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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第四章・継がれし因果
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幕間四・温め烏


 錦野一家の長女として生を受けた唯華は、幼少の頃から『変わったものが好きな子』であった。

 まず、彼女は動物が好きであった。これだけだと割と普通に見えるが、その『好きな動物』の範囲が、通常よりずっと広かったのだ。犬や猫、小鳥などは勿論、トカゲやヘビ、はてにはクモまでもを彼女は愛でた。流石に、毛虫やゴキブリなどは駄目だったが。

 父親の趣味で飼っている金魚たちに、毎日朝早く起きてエサをやるのが、彼女の日課であり楽しみでもあった。飼い主たる父親すら、金魚たちの見分けは殆どついていなかったのに、唯華はその一匹一匹全てを見分ける事が出来た。そして全員にそれぞれ名前をつけて、可愛がっていた。


「唯華、よく分かるなあ」

「おにいちゃんはわからないの?」

「ぼくには分からないよ。唯華はすごいね」


 四つ上の兄である竜一りゅういちは、いつもそんな事を言っていた。唯華にとって、動物の個体の見分けがつくのは、人間の見分けが出来るのと同様に当たり前の事だったので、当時は兄の言葉が不思議で仕方なかった。


 唯華は、動物に対してとても優しかった。そんな彼女の優しさと好き好きオーラに触れてか、彼女に接する動物たちも、皆彼女を好きになった。彼女は、人ならざる者たちに好かれる──そんな星のもとに生まれついていたのだ。

 とはいえ、彼女が家で動物を飼う事は、父親の趣味の金魚以外、無かった。何故ならば、一度飼い始めてしまえば、彼女は彼方此方から拾って来て、あっという間に動物屋敷になってしまう事が目に見えていたからだ。

 一度捨て猫を拾いかけた時、母親にキツく断られて、唯華はたいそう不満だった。その時一緒に猫を飼いたい事を訴えた、二つ下の妹・遥華はるかよりも、唯華は気を落ち込ませた。


「おねえちゃん、おとなげないよ……」

「でもっ、でもぉっ……!」


 泣く泣く捨て猫を元の場所に戻しに行った時の、猫が唯華を求めてニャァニャァと鳴く声は、今も思い出せそうな位に色濃く残っている。妹よりも大泣きして、喉が嗄れて痛かった記憶も。

 そして暫く後、忘れられずにその猫を見に行った時、彼が冷たくなっていたのが、彼女の一つのトラウマでもある。その亡骸は、母親に土下座して頼んで、庭に墓を作らせて貰ったが。




 そんな唯華にも、初恋が有った。五歳だった頃、彼女は恋をしたのだ。普通の人間の価値観に当てはめて、それでも恋と呼べるものなのかは、甚だ疑問が残るが。

 ある日の夕方、保育園にて、母親の迎えを待っていた時の事だ。妹が建物の中で、他の子たちと一緒にビデオを見ている中、唯華は暇を持て余して、保育園の敷地内をぶらぶらと歩き回っていた。


(ひまだなあ)


 土の地面をすり足で歩いて、大きな円を描いたりしてみながら、ぼんやりと空を見上げる。あの雲の向こうに天空の城でも有ったら良いのに、等と突拍子も無い事を考えていると、彼女の耳に男の子たちの声が届いた。


「へっへーん、これより『あくま』のしょけいをはじめる!」

「かかれかかれー!」

「ぶっころせー!」


 また何か、物騒な遊びでもしているのだろうか。近づかない様に踵を返し、妹と一緒にビデオでも見ていようかと画策する。しかし、男の子たちの声に混じって、カラスの悲鳴のような声が聞こえた所で、唯華の足は引き留められた。

 声の方に駆けつつ、石をいくつか拾い集める。そして現場に辿り着き、棒等を振り上げてカラスを叩いている彼らをみとめた瞬間、唯華はその後ろ姿に拾った石を投げつけた。


「なにやってるのー!!」

「う、うわっ、ゆいか!? イテッ、なにすんだよ!」

「その子からはなれろー!」


 がむしゃらに叫びながら、石を投げて彼らを散らす。そして傷ついたカラスの元に駆け寄り、庇う様に立ち、最大級の怒り顔を浮かべて男の子たちを威嚇した。


「からすをいじめちゃ、だめ! あっちいけー!」

「なんだよ、きゅうに! そいつは『あくま』なんだぞ、おまえこそ早くはなれないと!」

「あくまなんかじゃないもん! 先生にいいつけちゃうからー!」

「うう~……! ゆいかのアホー!」


 石を構えた唯華の気迫に圧され、彼らは棒を取り落としながら、銘々に逃げさって行った。彼らを追い払う事に成功した唯華は、足元で震えるカラスの方に目を落とす。


「からすさん、だいじょうぶ?」


 そう言いつつ、カラスを撫でようとしたのだが、彼の警戒心は強く、さっと身を引かれてしまった。無理に追いかける事はせず、唯華は地面にぺたりと座ってカラスに話しかける。


「わたしね、ゆいかっていうの。からすさんは?」

「……くわぁおー」

「えっと、くろ? くろ、っていうの?」

「かぁー」


 是、とでも言うかのように、くいっと首を回しながら一鳴きする。その反応に、唯華はぱっと顔を明るくさせながら、くろに顔を近づけた。


「くろさん、はねはだいじょうぶ? おそら、とべる?」

「かぁー!」


 そう問うと、くろはバサバサと翼をはためかせ、そのまま飛び上がってどこかへ行ってしまった。みるみる小さくなって行く黒い影に、唯華は両手を振って見送る。


(よかった、大きなケガがなくて)


 また一つ、動物を助ける事が出来た。心地よい達成感を胸に、彼女は母親の迎えの気配を察知し、保育園の建物へと駆け戻って行った。


(それにしても、くろさん、キレイなからすさんだったなぁ)


 これまでもカラスは見て来ていたが、あそこまでカッコいいカラスは初めて見た。普通の人間では分からない違いかもしれないが、傷つけられてなお美しい毛色に、しゅっと整った形の嘴。まん丸な瞳がチャームポイントで、とても愛らしいと思う事が出来た。

 また、あのカラスに会う事は出来るのだろうか。そんな想いに少しばかり心を躍らせながら、唯華は母親の姿へ駆け寄った。


 唯華は昨日の事に気を良くしつつ、次の日も妹と共に保育園に来ていた。母親と今一度の別れを告げて、遥華の手を引いて先生に挨拶をし、鞄をロッカーに仕舞って、遥華が同年代の友達と合流した所で、唯華は再び外へ向かう。

 この時間帯だと、保育園の庭は沢山の子供たちで賑わっている。遊具で遊ぶ者、地面に枝で落書きをする者、何やら鬼ごっこを開始している者など、様々だ。

 走り回って遊ぶのは体力が保たないので、どこかで可愛い虫でも見つけ出そうか、と視線を低くして歩く。そうしててくてくと歩いていると、後頭部に小さな衝撃が有り、思わず振り返った。


「きのうのしかえしだー!」

「『あくま』のなかまだ、やっちまえー!」

「ぶったおせー!」


 見ると、先日の男の子たちが沢山の石を抱え、唯華に向けて投げつけて来ている所だった。基本はそこまで威力も無いが、中には大きめの石も有り、唯華は腕で頭を庇う。


「あうっ、やめてっ!」


 抗議の声を上げながら、その場から逃げ始める。しかし彼らはしつこく追いかけて来て、やがて体力が尽き立ち止まってしまう。

 投げられる石から身を守るため、唯華はその場に踞り、そして両腕で頭を隠した。相手の気が済むまで、投石の雨が止むまで、耐える事を選択する。

 ぽつぽつと当たる痛みに、後で先生に言いつけてやる、等と思いつつ耐えていると、不意にカラスの鳴き声がして、同時に数多の羽音が耳に入って来た。一拍程置き、男の子たちの悲鳴が上がる。


「う、うわあっ!? 『あくま』だぁっ!!」

「なかまをたくさんつれて、やってきやがった!」

「え……?」


 そんな台詞に、恐る恐ると顔を上げてみると、無数のカラスたちが男の子たちに襲いかかっている場面が目に入った。そのカラスたちの中には、昨日助けたくろの姿も有った。

 やがて男の子たちは恐れをなし、一目散にその場から逃げ出す。そうすると、群がっていたカラスたちも退散し、それぞれの生活へと戻って行った。しかし、くろだけはその場に残り、唯華の方によちよちと歩いて来る。


「くろさん、助けてくれたの?」

「くわー」

「ありがとうね、くろさん」

「かぁ、かぁ」


 くろはばさりと飛び上がると、踞ったままの唯華の肩の上に、ちょこんと乗っかった。頬に触れる羽毛の感触に、くすぐったいなと思いながら、そっとくろに手を近づけ、撫でる。

 わざわざ仲間を引き連れてまで、彼女を助けに来てくれた。そんな恩返しを受け取って、唯華は胸がいっぱいになる気分だった。耳元で鳴る彼の声を聞くと、心がぽかぽかと温かくなる。


「くろさんはかっこいいのね」

「かぁー!」

「だけど、もう、あんなわるい子たちにつかまっちゃ、ダメだよ」

「かうぅ」


 暖かなカラスの腹の体温と、肩を掴む爪の感触を味わいながら、唯華は少し目を閉じた。そうして、お昼ご飯の時間になり、先生が唯華を探しに来るまで、彼女たちはとても穏やかな時間を過ごした。




 そんなくろとの出会いから、唯華は毎日の様に彼との逢瀬を重ねた。保育園の中に限らずとも、決まった時間にくろの名前を呼ばわれば、彼はすぐに飛んで来てくれた。

 給食の余りのパンを持って行ったり、お菓子を半分こにして食べたり。くろの方も、たまに綺麗な石やビー玉なんかをプレゼントしてくれた。そして言葉が通じないながらも、あれこれ話して笑い合ったり、愚痴を聞いてもらったりもした。

 いつからか、くろに対する唯華の気持ちは、友情から恋慕へと変化していた。まさか、カラスに対してこんな想いを抱く事になるとは、流石の唯華も思っていなかった。

 もし、他人に彼との関係を知られれば、少なくとも異常者の烙印を押される事は避けられないだろう。故に、彼との逢い引きは徐々に秘めやかなものになって行った。


 流石に小学校に上がった後には、逢瀬の頻度は下がってしまったが、彼女の思慕は燃え上がるばかりだった。

 休みの日に、小遣いを叩いて買った美味しいパンや好きなお菓子を持って、町外れの空き地でくろの名を呼ぶ。すると間もなく、一羽のカラスが彼女目がけて飛んでくるのだ。


「くろさん! 会いたかった……!」

「くわぁーう!」


 やって来たくろを、唯華は優しく抱き締める。言葉が通じないながらも、くろも唯華の想いを理解しているらしく、彼女の指を嘴で甘噛みする事で応えた。


「今日は、ちょっとお高い食パンを買って来ました。一緒に食べましょう、美味しいですよ」

「くわぁ」


 背負ったリュックを下し、まずキャラクター柄のシートを取り出して、地面に敷く。その上に二人並んで座ると、唯華は袋に入った柔らかそうな一枚の食パンを取り出し、まず半分に千切った。そしてハンカチをお皿代わりに、くろの前に半分を置く。


「いただきまーす」

「くぅわ」


 唯華が残りの半分に口をつけ始めると、くろも足でパンを押さえつけ、嘴で器用に千切りながら食べ始めた。地味な味の食パンも、くろと一緒に食べるだけで、これ以上無く美味しく感じられる。

 食べながら、唯華は最近の出来事を話し始めた。やれ算数が難しいだの、やれ無事生き物係に就任する事に成功しただの、そんな他愛も無い事を話す。くろがどれ程彼女の言葉を理解しているのかは分からないが、相づちを打つかのようにかぁかぁと鳴いてくれるのだけで、唯華にとって十分だった。


「くろさん、大好きですよ」

「かぁー」

「だから、わたしが大人になったら、くろさん、お嫁さんにしてくれますか?」

「くわう? かぅ、かー!」


 冗談はよせやい、というふうに、くろは首を振った。唯華としては冗談なわけなく、本気だったのだが。

 とはいえ、こんな子供の言う事が信じられないのは、仕方ないだろう。だから、大人になったら、また告白をしよう、唯華はそう決意した。

 パンを食べ終えたら、次はお菓子を取り出す。しつつ、くろの艶やかな羽に指を入れ、もふもふと撫でながら、唯華は目を細めた。

 くろと過ごす日々は、時間は、至福の時であった。しかし、そういうものは決まって、長くは続かないものである。




 小学三年生になったある日の朝、唯華は自室の窓が叩かれる音で目を覚ました。随分と朝早いこの時間だが、一体何が起きているのだろうか。ストーカーでもされてるのだろうか──悲しいかな、唯華はこの年でストーカー被害を経験済みだった──と思いながら、唯華は窓へと視線を向ける。


「……くろさん!?」


 すると、そこには、くろがこつこつと窓をつついている姿が有った。ベッドから飛び降り、窓の鍵を開け、彼を招き入れる。すると、彼はばさりと唯華の机の上に移り、次に唯華の腕の中に飛び込んだ。


「クゥ……」


 彼の上げた鳴き声が、驚く程に弱々しくて、唯華は驚いてしまった。少しの間会わない間に、一体彼に何が有ったというのか。彼を抱き締めながら、唯華は問いかける。


「どうしたのですか、くろさん?」

「かぁ、きゅう、くわぅ」


 今まで聞いた事の無い鳴き声に、唯華は更に困惑した。尋常でない事態であるらしいのが分かる。暫く彼を撫でてやっていると、やがてくろは目を閉じ、ぶるりと身体を震わせた。


「──え」


 次の瞬間、くろの身体から、鼓動が消え失せた。同時に力が抜けて、がくりと頭を項垂れさせる。


「そ、そんな、くろさん」


 軽く揺すってみるが、最早反応はない。完全に生命の気配を失った黒い毛玉に、唯華はがくりと崩れ落ちた。涙がぼろぼろと零れる。


「い、いやだ……くろ、さ……う、うわああ、あああああ!!」


 まだ温く体温を残すくろに、唯華は顔を埋めながら泣きじゃくった。間もなく、彼女の泣き声を聞きつけた母親が、何事かと部屋に入って来る。


「唯華、何が有ったの!?」

「お、お母さん……! くろさんが、くろさんが、し、死んじゃって……!」

「くろ……?」


 母親は唯華に近づき、その腕の中で踞るカラスの姿を見て、全てを理解した様に頷いた。ぽん、と娘の肩に手を乗せ、唯華を抱き寄せる。


「その子は、あなたの大切な子だったのね」

「うん……あの、今まで黙ってて、ごめんなさい」

「いいのよ、危ない事をしていたわけじゃないのだし。……とりあえず、今日は学校はお休みにしましょう」

「で、でも、ずる休みしちゃ」

「ずるじゃないわ。家族が亡くなったら休むのは、当たり前の事だもの」


 母の腕に抱きすくめられた唯華は、その胸に顔を埋めて、今度こそ家族の迷惑も憚らずに、大泣きをした。兄や妹までもがつられて起き出して来るまで、彼女はただひた泣き続けた。


「くろさんの、ばかぁっ……! うっ、ううっ、うわあはああう……!!」


 唯華にとって、くろは、間違いなく最愛の者であった。例え誰にも理解されない愛だとしても、ずっと一緒に居たかった。一緒に話した言葉や、彼の鳴き声、次に会う時の為に買っておいたお菓子などの記憶が、ぐるぐると脳裏を過り、さらに胸を悲痛に突き刺してゆく。

 ──かくして、錦野唯華の初恋は、儚くも散ったのであった。




 その後、休みを取った唯華は、父親の手を借り家の庭に深く穴を掘って、くろを埋葬した。大きめの石で墓標を作り、野花をいくつか摘み取って、そこに供えた。亡骸に不自然な所は無く、死因は普通に老衰だろう、との話だった。

 いつか、訪れる事の分かっていた別れだった。カラスの平均寿命は、ほんの十年程だとされているのだから。ただ、当時八歳でしか無かった唯華にとって、最も親しい者の死は重大なショックであった。

 暫くの間、唯華はショックから立ち直れずに居た。しかし、どん底気分の中ながらも、無理矢理日常を過ごしたお陰で、彼女は少しずつ前を向く事が出来た。

 故に、彼女は目立つトラウマを残す事もなく、今まで割と健全に来る事に成功したのである。


 “異触”なる事象に巻き込まれ、アルシードで日常を過ごし始めた今になっても、くろの事を忘れたわけではない。成長した今の唯華の人外好きの根本には、くろとの思い出が多々影響しているのだから。

 ただ、それは『良い思い出』として、だ。くろと過ごした日々は、幼い頃の美しい憧憬として、唯華の記憶の片隅に刻まれている。それは、たまに振り返って懐かしむ事はあれど、それに囚われるモノではない。

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