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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第四章・継がれし因果
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幕間三・天狗の仕業

食人描写が有ります。ご注意ください。


 物理的な衝突を避けるため、自身を非物質化させた状態で、シィは烏山の森の中を飛ぶ。そして暫く飛び続けた所で、彼女はふわりとブレーキをかけ、そして地面に降り立った。そして地面を見下ろしながら、ある竜の名を呼ばわる。


「さっきの唯華ちゃんって子が、件の“テルニア”だよ。どう考える? ラーエーイーネイトニウス」

「ふむ。竜王様にも話は聞いておったが……ここまでに数奇な“客”は生まれて初めてじゃ。そなたも幸運よの、シーウークフロトクラット」


 シィの呼びかけに応えて、彼女の影の中から黒い人影が顕現した。まず、コールタール状の物体が影から溢れ出て、盛り上がり、やがてそれが人型を形成し、何とも妖艶な姿を持つ女性となる。

 その髪は黒、肌は灰褐色。目元は金の一つ目模様の入った黒い目隠しが覆い、口元には余裕たっぷりの笑顔を浮かべていた。チャイナドレス風の衣装にも、金糸で目玉模様があしらわれている。

 そして、濡れた烏の羽根の如き漆黒の髪を、吹く風にふわりと靡かせるこの女性の名は、ラァ。旧き竜の一柱であり、旧竜たちの実質的なまとめ役でもある。うねりの有る声で笑いながら、ラァは竜の姿のシィを見上げた。


「次の『旧竜会議』で、他の者にも意見を仰ごう。“テルニア”ともなれば、妾の独断でどうこうする事は許されぬ」

「そっか、分かった。お願いするよ、ラァ。……それと、風上の裔の話も、聞いてたよね?」

「うむ。あの老爺に与える慈悲は、最早無い。旧竜ラァが赦そう」

「よっしゃ、赦された! と、そろそろ来るみたいだ」


 シィはコホンと咳払いをして、きりりと表情を引き締める。同様に、ラァもその笑顔の色を変え、たっぷりの悪意を滲み出させ始めた。

 そうしているとやがて、彼女たちの前に一人のエルフの老人が現れる。上月の長たる勇五郎だ。憤怒に顔を歪めていた老爺は、彼女たちが立ちふさがっているのを見ると、まず怯えたような表情を取り、次に媚びるような笑顔を作った。


「こ、こんな所で出会うとは、偶然ですな、シィ殿」

「偶然? 否、これは必然だ。何故ならば、ボクがオマエに用が有るのだからな」

「は──ひ、ひっ!?」


 左側しか無い腕を伸ばし、そのつま先で老爺をつまみ上げる。相手が悲鳴を上げるのもおかまい無しに、シィは言葉を続けた。


「白矢から話は聞いたぞ。よくもまぁこれまで、風上に非道な真似をして来てくれたのだな。……あちらからボクへ連絡する手段を用意してなかったのは、失敗だったなぁ」

「ひ、ひぃっ……!!」

「はぁ……いくらオマエがゴミムシみたいな奴だったとしても、オマエの人望は有用だったからな……故に、今まで見逃して来た。

 だが、最早看過は出来ない。オマエは上月の、ひいては人類の癌だ。だから、廃棄する。

 もっと早くに決断しておくべきだったんだ。オマエが『ファーストアーミー』なんてのを考案し、我らとの契約を改変し、そして……“人の死”を“総意”から切り離した時点で」


 太い爪が老爺の身体に沈み込み、そして突き刺さった。じたばたと暴れ絶叫するも、彼女の爪からは逃れられない。


「ゲホッ、わ、ワシを殺せば、人間の組織からのバックアップも途絶えるぞ!!」

「知らないと思ったのか? そんな物がとっくに途絶えてた事を」

「“御柱”の生活費は、誰が出していたと思っている!? 分かったなら、放せ! 放してくれ!!」

「それは妾じゃ。数代前の“御柱”を、そなたが餓死させた時からは、ずっと妾の小遣いから出しておる」

「ぐっ……」


 ラァの援護射撃に、老爺は黙り込んでしまった。もう言い訳は無いのか、ととどめを刺そうとしたその瞬間、爺はぎゃあぎゃあと喚き出した。


「この、クソ竜どもがあああああ!! テメェらの妄想にここまで付き合ってやっただけ、感謝して欲しいくらいだ!

 “禍神”? “御柱”? んな生け贄ごっこには付き合ってられねぇんだよ! お陰でエムガも、ヴィルガも、働きもせず一日中ゴロゴロ! テメェらの所為で──」

「黙れよ」


 ぐぐっ、と、シィの手に力がこもった。老爺の全身の骨が砕け、その痛みに叫喚する。そんな老爺を、どこか疲れきったような表情で眺めるシィは、なんとか滾る怒りを呼び起こし、そして牙を剥き出しにした。


「ボクが片腕を犠牲にしてまで封じたあの“禍神”が、妄想? 笑えない冗談だなぁ。その上、ボクの愛した『ミハシラ』を、『風上』を、よくも、よくも……!!

 ……上月勇五郎よ、ボクはな、何だかんだと言って『上月』も愛していた。だから、これまで、オマエの改心を期待し続けて来た。だけど、それも終わりだ。

 “隻腕の親鳥”シーウークフロトクラットは、上月との契約に背き、オマエを殺す」


 契約に背く。それは、竜にとって最大級のタブーであり、屈辱だ。今まで彼女たちが老爺への制裁を先送りにしていたのも、上月との契約が有ったからといえる。

 たとえ先に相手が破ったのだとしても、こちらも背いてしまうのは、竜の矜持に反した。しかし、そのプライドが、事態をここまでに歪めてしまったのだ。


「……良いよね、ラァ?」

「うむ。この妾、ラーエーイーネイトニウスが赦す」


 確認を求めたシィは、ラァの言葉に背中を押され、左手に込める力を最大にする。すると、いとも簡単に老爺は握り潰され、間抜けな悲鳴を上げながら息絶えてしまった。

 これで、一つの問題は解決した。こんなにも簡単な解法が有ったのなら、最初からこうしていれば良かった──そんな念が湧く。妙に平静さを取り戻した顔で、シィは残骸を見下ろした。

 その遺骸を眺めつつ、シィは竜の大口を開ける。そしてその口の中に、血まみれの死体を放り込んで噛み砕いた。まともに咀嚼しないまま飲み込み、彼女は顔をしかめる。


「まっず! 人間、それも年喰ったのはまずいね……オエ」

「吐いてくれるなよ、“隻腕の親鳥”。誤摩化すのが面倒になるからのう」

「分かってるって。うええ……」


 吐き気を抑えつつ、シィは人型に戻り、ラァを今度は見上げる。その笑みから悪意は消え、同胞に対して向ける微笑みになっていた。


「それと……随分と“死神”の封印も緩んでおるようじゃな。もう、そう遠くないうちに解けるであろう」

「ん、ラァもそう思う? “星の精”は優秀だね、本当に予想通りの時間で解除しちゃうし」

「しかし、それで良いのか?」


 角のような、ともすれば触覚の様にも見える耳と思しき器官を、彼女はゆらりと動かし、そして口元を一文字に結んだ。シナを作って重心の足を変え、彼女はシィを見下ろす。


「……一悶着、あるとは思うよ。危惧はしていた事だけど……人としての自我が強くなり過ぎてる。消去に一手間必要になるくらいに」

「で、あろうな」

「それに……“死神”自身も、あの子、唯華ちゃんだって、きっと」


 シィは橙の瞳を伏せさせ、ばつが悪そうに両手で横髪を弄り始めた。唇をへの字に曲げ、眉を八の字に垂れさせながら、肩を竦めて嘆息する。


「ま、全ては選択次第。彼の者が選んだ道をスムーズに通過出来る様、それと“禍神”が復活しない事を、妾は祈るばかりじゃ」

「そだね。ボクもなるべく気にかけておくよ。……烏山に来るにのは、限界があるけどさ」


 顔を上げたシィがそう言うと、ラァは再び笑顔を浮かべてその両手を広げた。すると、彼女の足元の方から本当に真っ黒に染め上がってゆき、平面とも立体とも判別つかない影へと変化してゆく。


「さて、用事は終わったかの」

「うん。ありがとね、ラァ」

「うむ。また妾の手が必要な時は、いつでも言うと良い。妾は同胞の味方じゃ」


 そう言うと、ラァの姿は融け崩れ、再びコールタールのようなものに変化した。それらはずぶずぶと最寄りの影へと沈み込み、やがて見えなくなる。完全に消えるのを見送った後に、シィはふらふらとその場に座り込んだ。


「……妄想、か」


 ぽつり、と呟いた声は、驚く程弱々しくて。


「だよ、ね……何千年も前の話だもの。今の人からすれば、妄想、だよね……」


 ぎり、と歯を鳴らす。悔しさと悲しさと虚しさとが混ざり合い、深くおぞましい闇を作り出す。慌ててそれを打ち払いながら、むくり、と彼女は立ち上がった。


「……うん! 沈むのなんてボクらしくないよね! こうなったら、ラシェちゃんと唯華ちゃんで純粋分補給して、元気出して行こう!」


 シィは空元気を振り絞って、思いっきり地面を踏みつけつつ立ち上がる。そうした所で、新たな気配を感じ取ったので、出端を挫かれた感にがっくしと肩を落としながら、そちらに顔を向ける。


「はぁっ、はぁっ、と、父様、お待ち下さ……て、あれ……?」

「なんだ、上月か。丁度いい、伝えたい事が有ったんだ」

「な、何ですか──って、ひっ!?」


 現れたのは、黒環神社の実質的な管理を担っている、上月のエルフの青年。きっと老爺を追いかけて来たのであろう彼は、まずシィの姿を見、そして視線を地面に移した時、黄色い悲鳴を上げて尻餅をついた。

 何か有ったのかとそちらを見てみれば、先ほど老爺を潰し殺した際の血が地面に染み込み、血だまりを作っていたのが分かった。それを見て、青年は怯えて腰を抜かしたのだ。


「あの爺は死んだ。次はキミが新たな『上月』だ。良いね?」

「あ、あ、何故、何が──」

「……天狗の仕業、だよ。次の上月こそは上手くやってくれるって、期待しているからね」


 そう意味深に笑ってみせれば、全てを理解した──理解してしまった青年は、カタカタと哀れっぽく震えながら、こくこくと激しく頷く事しか出来なかった。そんな彼を見て気を良くしたシィは、悠々と歩いて館への道を辿り始める。

 万が一、青年が彼女の後を追って来ていた時の為に、シィは彼方此方を迂回して回っておいた。ここまですれば、例えつけられていたとしても、適当に迷子になってくれるだろう。

 ピンク色のメッシュが入った前髪を軽く弄りつつ、開けっ放しの門を潜って玄関に向かう。顔を手でぐにぐにとして、いつも通りのニコニコ笑顔を作り上げ、そして唯華の名を大声で呼ばわった。

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