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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第四章・継がれし因果
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第十九話・因縁変遷


 “異客”という存在に、慎重で強硬な態度を取り続けている竜族が、何故エルフという種の繁栄に異を唱えなかったのか。それにはいくつかの説が有る。

 一つ目、エルフの祖アールヴの知恵が、竜族より良く回ったからだ、という説。様々な策謀を巡らし、彼らの手をのらりくらりと躱しつつ、気付く頃には取り返す事の出来ない程にまで繁栄させていた、という説だ。しかし、これは竜たちによって真っ向から否定されている。

 実際、そんな事が出来る程の賢者が実在したのなら、人類と竜族の在り方はもっと変わっていただろう。しかし、世界中に相当の数が居る人類・エルフ至上主義者たちによって、この説は支持され続けている。

 二つ目、こちらが最も有力な説なのだが、アールヴが竜と何らかの契約を交わしていたという説。肯定出来る要素は少ないが、一つも否定する要素はなく、色々と無難でもある。故に、義務教育でエルフの歴史に触れる際には、こちらの説であるとして教えられる。

 実際の所は、エルフたち自身にもよく分かっていない。アールヴはそれに関する言葉を一切遺さなかったし、自分の子孫たちに教える事さえもなかったのだから。




 唯華たちの朝は早い。大体朝の四時くらいには起き出し、涼しいうちに外でのあれこれをこなしておく。日が高くなると、外での肉体労働がキツくなってしまうので、こうして早起きしているのだ。

 大体同じ時間に起きて来たテナと、並んで歯を磨いて顔を洗う。そんな今日のテナの文字Tシャツは、『インストール』。何をインストールすると言うのだろうか。全くもって謎である。

 その日は庭の土を掘り返し、抜いた雑草が二度と生えて来られないようにする作業をした。とはいえ、こういった草は得てして丈夫な物で、中には生き残り再び生えて来る物も有るだろう。唯華と庭の雑草の戦いは、まだまだ続きそうだ。

 体力や腕力が必要な作業となると、唯華とテナの体格差や性差が顕著になる。唯華が1の仕事をする間に、テナは3の仕事を終えてしまうのだから。正直、羨ましいと思う。

 定めたノルマを終えたら、朝食を作る。適度に身体を動かした後には、ご飯が美味しくなる。その前に、一応白矢を起こしに行ったが、まだぐっすりと眠っていたので、寝かせておく事にした。

 様々な具のサンドイッチを頬張り、空腹を満たす。食器等の片付けを終えたら、今日は適当なボードゲームで、ムゥが来るまで時間を潰す事にした。


「今日は何にします? オセロ──じゃなくて、『コウセ』とか、『ノルチェ』とか」

「……なら、今日はノルチェにしよう」

「はーい、了解しました。待っていて下さいね」


 一階の広間に移り、棚から古いノルチェの駒とボードを取り出す。ノルチェというのは、こちらの世界におけるチェスのようなもので、駒の名前や用語が少し違う以外は、殆ど同じゲームだ。


「えーっと、何処に仕舞ったかな……有った。じゃあ先攻か後攻か決めましょう、じゃんけんで」

「ああ……」


 じゃんけんの結果、勝者はテナとなった。彼は後攻を選んだので、唯華は白の駒を、テナが黒の駒を、それぞれ並べ始めた。

 正しく並べ終え、唯華がまず手始めに、ボーネ──ポーン相当の駒──を動かそうと手を伸ばした瞬間、乱暴に玄関の扉が開かれる音がした。イノシシでもやって来たのか、と身を強張らせる。


「クソがァァァ!! ヴィルガァ、出て来い!! 根性叩き直してやる!!」


 しかし、そいつは忌々しくも人間の言葉で喋りだしたので、唯華はうんざりしつつテナに耳打ちをした。


「件の加害者です。……どうしてここが?」

「……道標の、リボン」

「あ……う、うっかりしてました。アレを辿られてしまったのですね」

「……どうする?」

「関わりたくないのは山々ですが、そういうわけにもいきません。放っとけば、多分白矢さんの元に辿り着かれてしまいます」

「了解。追い出せば、良いんだな」


 唯華の言葉に頷きつつ、テナは右手に長い棒を作り出し、そして構えた。そのまま素早い動作で広間を出て、叫び散らす老爺に飛びかからんとした。


「出たな!?」

「ッ!!」


 ごり、と、壁が思いっきり抉れる音がした。どうやら、あの老人が魔法を放ったらしい。唯華の頬と耳とを切り裂いたのと同じ物であるらしく、彼女のサイドテールの髪が一房、切れて落ちてしまった。しかし、それよりも何よりも。


「……~っ!!」


 また髪が切られてしまったのも勿論ショックだったが、それよりも衝撃的な光景が、目の前に有った。カラリ、と音を立てて、テナの手から棒が落ち、そのまま消え去る。空いたその手で左肩を押さえながら、彼はふらふらとよろめき、しかし立ち止まった。

 彼の左肩からは、だばだばと血が流れ出していた。なぜならば、あの切り裂く魔法が、彼の腕を切り落としてしまったからだ。白いシャツがみるみる赤黒く染まって行くのに、唯華はえずきかける。しかし踞る前に、彼女は手近に有った椅子を掴み、持ち上げた。


「チッ、別人か。だが、まぁいい、そこの女郎の仲間なんだろ? ならば同罪だ、死ねェッ!!」

「させるものかアアアァァァ!!」


 さらに詠唱を重ねようとした老爺へ、唯華は椅子を前方に構え、吶喊と共に突撃した。腹の底から鬨の声を上げ、挫けそうになる心を無理矢理奮い立てる。テナが驚く気配がしたが、そんな事にいちいち構っていられない。


「今すぐ帰ってください! 出直すならっ、また来世にッ!!」

「どわっ、ちょっ、クソッ、小賢しいッ!」


 がむしゃらに椅子を振り回し、老爺が魔法を使うのをなんとか防ごうとする。今までは、便利で生活の役に立つような魔法しか見て来なかったが、一度それを殺傷目的に向けると、ここまでに恐ろしい武器になるのだ。少しでも気を抜けば、そこから崩れて泣き出してしまいそうな気分だ。


「このっ、小娘が!」

「あうっ」

「ユイ、カ……!」


 しかし彼女の奮闘も虚しく、老爺は何らかの魔法を完成させてしまう。どうやら念動力か金縛りの魔法らしく、片腕が見えない何かにがっしりと固定され、動かなくなってしまった。力が込められ、みしりと骨が悲鳴を上げる。


「あっ、やっ、やだっ……!」

「よくも手こずらせやがって……このままへし折ってやる!」


 折られる。骨折を経験した事はないが、きっとものすごく痛いのだろう。それを考えると、今まで猛進で一杯だった心に、恐怖が一気に噴出した。


「いやだっ、止めて下さい! やだやだぁっ!」

「そうだよ、その顔、その声だよ! ったく、この前は化け物かと思ったが、ちゃんと恐怖心が有るようで安心したよ……さぁ、折れちまいな!」

「てめ……やめろ!! ぐっ……」


 彼女を救出せんとテナが動くが、痛みと貧血に足をもつれさせ、そのまま倒れてしまう。もう希望はないのか、と絶望しかけた瞬間、第四の足音が階段を駆け下りて来た。


「こ、の、糞爺!」


 初めて会った時と同じ、あの長大なねじくれた杖を携えた白矢が現れたのだ。彼が声を張り上げながら呪文を唱えると、唯華の腕をへし折ろうとしていた力が消え、自由に動かせる様になる。


「テメェ……このワシに逆らうのか?」

「ああそうだとも、この下衆が。唯華に何をしてくれてンだァ!! 帰れ!!」


 魔法という物がよく分からない唯華でも、何かを肌に感じる程強大な魔法が行使され、その衝撃によって老爺が吹き飛ばされる。次いで起動された術式により、老人の姿は館から消えた。

 白矢は暫くの間、肩で息をしながら、相手が消えた後をねめつけていたが、やがて踞る唯華たちの方に振り向いた。眼鏡もサングラスも掛けていない素顔に、すっかり血が上っているのが見えた。


「はぁっ……はぁっ……は、はぁーっ……おい、あんたら……無事か」

「は、はい。わたしは無傷です、五体満足です。だけど、ですけどっ、テナさんが!」


 テナはなんとか意識を保っているが、どうやら立ち上がれそうにもない。落とされた方の腕を拾い上げると、まだそれに体温が残っている事に、再びえずきかける。


「うるせぇ、落ち着きやがれ! 見せてみろ、新鮮ならまだ繋げられる」

「あ、あうあ、はい……」


 腕を白矢に手渡して、ゆっくりとテナを助け起こす。白矢は杖を片手に腕を見分し、そしてテナの左側に膝を折った。杖を短く持ち直し、先端を肩の切り口に向ける。


「うん、これなら繋げられるだろ。……ケッ、何で僕が“死神”なんかの治療をせにゃならんのだ」


 不本意そうにしながらも、彼は喋る声とは全く違う清涼な声でしんしんと唱える。そうしながら、向きに注意しつつ腕を傷口にくっつけると、いつか唯華の頬の傷がそうなった様に、みるみるうちに繋がってしまった。


「しばらくはそっちの腕は大事にしろよ、あんま負担かけると千切れるかもしれんからな。これは貸しだぞ」

「……かたじけない」

「よ、良かった……! ありがとうございます」

「ハッ」


 服の袖で涙を拭いつつ、辛そうに俯くテナの方へ手を差し伸べる。そのまま肩を貸して立ち上がらせながら、白矢の方に顔を向けた。


「助かりました。あの、先ほどは取り乱してしまって、ごめんなさい。一先ず、テナさんをベッドに運んできます」

「ハン、僕もあのいけ好かねぇ爺に一矢報いれたからな、良いんだ」

「そういえば、どうして消えてしまったのです? まさか……」

「殺してねーからな? 流石に僕も、弱冠21で、殺人容疑で逮捕とかされたくねーし。テレポートで吹き飛ばしただけだよ」


 言いつつ、ゆっくりとテナと共に歩き始める。その少し後ろを、白矢が付いて来始めた。床のカーペットに大きな血のシミが付いてしまったので、後で張り替える必要が有るかな、等と考える。


「そ、そうですよね。白矢さんは、本当は怖い人じゃないですものね」

「なんじゃそりゃ。僕をけなしているのか?」

「違いますよ、そんな意味じゃありません。本当は優しい白矢さんが、わたしは好きなんですって事です」

「ナンッ!!」

「ぶっ……ユ、ユイカ……!?」


 階段を上っている最中だったのだが、白矢は思いっきり足を踏み外し、そのままガタガタと頭からずり落ち、階下の床に強かに頭を打ち付けた。すっかりぐったりしていたテナも、俄に気力を取り戻して唯華に顔を向ける。


「な、だ、大丈夫ですか!?」

「おい、ユイカ……今のは、どういう意味なんだ……?」

「何でテナさん、ちょっと怒ってるんですか? 深い意味は有りませんけど……」

「……いや……」


 特に特別な感情は無く、友人として『好き』と言っただけなのだが。滑り落ちた白矢は、辛うじて意識を繋ぎ止めていたらしく、今の唯華の言葉を聞いて、顔だけ起こしてこちらを睨みつける。


「あの……折れたりとかしてませんか……?」

「してねーよ! ああもう何なんだよ、先行っとけ! アホか!」


 そう言うと、彼は再び項垂れてしまう。起き上がる気は無いようなので、唯華はまずテナを部屋に運ぶのを優先する事にした。肩に回る彼の腕に、先ほどより力がこもっているような気がするのは、気のせいだろうか。

 少しは仲良くなれたかな、とも思ったが、やはりまだ完全に打ち解けるには至っていないようだ。白矢との親睦を深めるのは、中々に長く険しい戦いになりそうである。




(マジで何なんだよ、あの小娘ェェェ……)


 倒れた体勢のまま、白矢は今世紀最大の歯ぎしりをしていた。サングラスどころか眼鏡も掛けてない所為で、窓から差し込む朝の日差しが眩しい。さっさとそれから逃れる為に起き上がりたい所だったが、先ほどから思考の全域を駆け巡り続ける物が離れなかった。


(本当何なの……『好き』って……ぼ、僕の事が?)


 本人が『深い意味は無い』と否定していたが、どうしても勘ぐってしまう。全く興味の無い相手なら軽くスルーしただろうが、なまじに顔とスタイルが好みなので、余計な事を考えてしまう。

 あの“異客”がやる事や成す事は、本当に真意が汲み取れない。まるで菩薩か何かのような聖人かと思えば、失言に取り乱したり好奇心に正直だったり、年相応らしい部分も有る。もしかしたら、彼女の故郷たる異界では、アレがスタンダードなのかもしれないが、白矢にとっては理解し難かった。


(“客”って皆あんなんなのか? ……ああ、もう、いい加減起きろ僕)


 ぶつけた頭を撫でさすりながら、のそのそと起き上がる。足を踏み外した時、咄嗟に魔法で頭や首周りの骨を強化してなければ、多分ヒビくらいは入っていただろう。長い被虐待生活で、怪我に対する対応の早さばかりが鍛えられている。


(……本当に上手くいくのかね)


 未だに、上月勇五郎から逃れる術は無い、今回もまた徒労に終わってしまうのだ、といった諦念が、頭のどこかにまとわりついている。今回も駄目だったら、それこそ死ぬより酷い目に遭わされるだろう。

 あの“死神”のように、腕を落とされるだけでは済まされない。少し想像をしてしまって、吐き気をもよおした。悪い事ばかりを考えてしまうので、彼はなんとか別の事に気を逸らす。


(“死神”といえば、だ! 何でこの僕が、父上を殺した奴の治療をしちまったんだ! 放っときゃ溜飲も下がったろうに……)


 昔の記憶を思い起こす。“死神”の性質はよく分かっているから、あのテナという男を責めるのは筋違いなのだが、しかし感情はそう簡単に割り切れない。憎いという程ではないが、嫌いではあった。

 しかし、いくら嫌いな相手といえど、あのまま放置していたら、治療をしなかった彼を唯華は責めただろう。自嘲するような声を上げつつ、今回は彼女の好感度を買ったと思う事にした。


「おおい、ユイカサーン……おや、そこに居る間抜け面は、ホワイトニング枯れ木ではありマセンか?」

「今度は枯れ木かよ……いい加減止めろって、そういう嘲弄」


 玄関から、随分と聞き慣れたうざったい声が聞こえて来たので、眼鏡を掛けていない所為でぼんやりとする視界を、目を細めて少しでもましにしようとする。そこにはやはり、あの銀色の竜の姿が有った。


「成る程、あの方がワタシを呼びつけたのは、アナタに関する事デスか」

「チッ……僕はサングラスを掛けて来る」


 髪すらも結っていない状態なので、放っておくと階段の手すり等に絡まって引っ掛かってしまいそうだ。いい加減ぼやけてぶれる視界ともおさらばしたいので、非常用の長くねじくれた杖を突きながら、階段を一段ずつ昇る。

 途中、竜の呼び声を聞きつけた唯華とすれ違った。あの出血量だ、“死神”の方は多分寝ているのだろう。あの血だまりはどうするのだろうか。


(……上手く行きそうだったら、あのシミを綺麗にしてやるかね)


 魔法の力を使えば、あの程度のシミ抜きなぞ造作も無い事だ。その程度の礼はしてやっても良いだろう、そもこの館は風上の物なのだし──そう考えながら、ムゥと何やら話し込む唯華の後ろ姿を、階段の上から眺めた。

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