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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第三章・隣のエルダードラゴン
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第十四話・竜の躓き、数多度


 竜の契約に対する義理堅さは、良く知られる所である。一度交わした契約は決して違えず、如何なる手を以てしても履行する。故に、この約定に対する忠実さを利用するため、契約制度が生まれた。

 国として竜に依頼し、人の力では如何ともし難い事柄の解決をさせ、その対価として身分保障や金銭等を提供する。そうする事で、竜族というつかみ所の無い種族と、国という公的な機関の繋がりを形成してもいるのだ。

 そうやって確かな繋がりを作っておかねば、竜は本当に別次元の種族になってしまう。そうなれば、彼らがふと気紛れに人を滅ぼそうと思っても、それを止める手立てが無くなってしまうのだ。

 こうした様々な側面をも持つ契約制度であるが、これは間違いなく人類を安定させている。同時に竜は国との接点から、“異客”の知識の利用に関して厳しい制約をかけているのだが。

 もしかすると人類という種は、“異客”の知識による繁栄と引き換えに、竜によって安穏を与えられる、そんな契約を、知らず知らずの内に交わしているのかもしれない。




 異世界語の叫びが、唯華の耳にこだまする。


「ナ……ナラ・グクル!」


 甲高い声で叫びながら、少女は耳を両手で覆い隠し、そのまま踞ってしまった。猫耳で有る事に、何か嫌な思い出でも有ったのだろうか。どう声をかけたものか、と戸惑っていると、ムゥがラシェの前に進み出る。


「ラシェ、ミウィ……えー、ヨウィ、リエファ。仲間、トモダチ。ニェー?」

「ナ、カマ? トモ、ダチ?」


 ムゥの台詞の一節を、少女は言葉の覚えたての小鳥のように反芻した。恐る恐ると耳を隠す手を退かしても、こちらの様子に変化が無い事をみとめると、ほっとした様に胸に手を当てて、そして立ち上がる。


「そうそう、そうデス……大分落ち着いた様デスね」

「この子、どうします? シィさんに連絡入れるのは確定として、一先ず烏山に連れ帰りますか?」

「それが一番、我々としては有り難いデスかね。良いデスかな、風上の末裔殿」

「もう好きにすりゃ良いだろ……」


 白矢はややげんなりとしながらも、首を横には振らなかった。そも、唯華がもう居るのだから、多少の変化は甘受するといった所なのだろう。日も沈みきり、頼りない街灯に虫が群がるのを見上げながら、彼は帽子を外す。


「探し人が見つかったんなら、僕はそろそろトンズラするぞ。じゃあな」

「はい。今日はありがとうございました、風上さん」

「……ケッ」


 杖を突きながら、疲れきったような足取りで、道の向こうに消える。相当疲れていそうだったが、まだ帰らないのだろうか。その白い後ろ姿を見送り手を振っていると、ムゥの決意するような溜め息が背後から聞こえた。


「サテ、ニシキノサン。お説教の時間デス」

「えっ、今、ここでですか?」

「今、ここででなければ意味が有りマセン。指導という物は、時間を置けば置く程無意味になってしまいマスからね」


 成る程、確かに理に適っている。そう思ったので、唯華は身構えながらも、地面に正座してムゥを見上げた。ラシェは唯華の隣で、くるくると首を傾げている。


「コホン。まずは、最初にワタシと合流しなかった事について。確かに、あの骨野郎の魔法ですぐにこの子を見つけられたのデショウが、その時に一旦ワタシと合流して欲しかったデスね。

 それと、ガリ骨を庇って殴られ、そのまま相手側のボスと対決する羽目になりそうだった事。その義勇は買いマスが、もしワタシが来なかったらどうなさるつもりだったのデスか?」

「で、ですけど、風上さんがあんなので殴られたら、首の骨が砕けちゃいます」

「そんなもん砕けさせときゃ良いんデス! 中々合流場所に来なくて、ワタシがどれだけ肝を冷やしたか……!」


 本気で心配をかけてしまったのは、間違いない。色々言いたい事──白矢を完全に骨扱いしている事や、『砕けても良い』といっている事に対して──も有ったが、唯華はまず正直に謝る事にした。


「心配をかけて、ごめんなさい。合流を後回しにした事は、とても反省しています」

「なら、良いのデスがね。……立ってくだサイな、そろそろ帰りマショウ。こんな時間になってしまいマシタし」


 正座状態の唯華の眼前に、ムゥの手が差し出される。間近で見ると綺麗な肌だな、等と思いつつ、唯華はその手を取った。引かれて立ち上がり、軽い痺れを訴える足にふらつく。


「では、ワタシに乗ってくだサイな」


 唯華が膝辺りを払っている間に、ムゥは一歩二歩後ろに下がり、そして竜の姿に変身した。ラシェが息を呑むのが伝わって来る。彼が持っていた買い物袋を片手で受け取りつつ、唯華はラシェの方へ振り返った。


「アー、その子の事、お願い出来マス?」

「お安い御用です。ラシェちゃん、おいで」


 優しい声で、ラシェに呼びかける。自分の名前が呼ばれた事は分かったのか、少女は少し戸惑いながらも、唯華の声に応えて付いて来た。それをみとめた唯華は、先にムゥの背に乗る。


「よっと……ラシェちゃん、手を」

「シャル・ネネ?」


 唯華が手を差し出しつつ、ラシェの名前を呼ぶと、大体察したのか手を握ってくれた。唯華はその小さな手をしっかりと掴むと、少女の身体をムゥの背の上に引き上げる。自分の前にラシェを座らせると、空いている片腕で彼女を抱き締める様に支えた。


「よし……ムゥさん、出発して大丈夫です。念のため、ゆっくり飛んで下さい」

「言われなくてもそうするつもりデスよ」


 ヒレの前脚が、唯華の脚を包み支える。同時に非物質の六つ羽根がはためき、ふわりと静かに浮き上がった。だだっ広い駐車場の敷地を利用し、くるりと一回程旋回した後、烏山の方へ飛んで行く。


「ワワワワワ……」

「大丈夫ですよ。しっかり掴まってて下さいね」

「ユイカ、ユイカ、ミラ・ヒャウリ! パーヒェン!」


 何を言っているのかは分からなかったが、どうやら興奮している事だけは分かった。顔いっぱいにきらきらとした笑顔を浮かべて、頭部の猫耳も忙しなくぴょこぴょこ動いている。両手が塞がっているため、撫でるフリをして猫耳の感触を堪能する事が出来ないのが、とても口惜しい。


「あー、ちょっと良いデスか、ニジッ……ニスィッ……コホン、ニシキノサン」

「良いですけど……やっぱり、わたしの名前、発音苦手なんですか?」


 ムゥが何かを言い出そうとして、唯華に呼びかけるのだが、今回は二回も噛んだ。これまでも時々、唯華の名字を呼ぼうとして噛んでいたのだが、臼木語の発音もどこか不自然なのから察するに、『ニシキノ』という音の運びが苦手なのだろう。


「ダメデスねー、慣れて来て、なるべく不自然の無い様に言おうとすると、決まって噛むのデスよ……」

「仕方がないですよ。どんなに外国語が堪能な人でも、変な発音はどうしても拭い切れないものなのですから」

「ムムム……デスが……あ」


 何か思い立ったのか、ムゥは短く声を上げた。


「なら、これからは下の名前で呼んでも良いデスか? ユイカ、なら、ワタシの発音でも問題なく言えマスので」

「へ? 良いですけど……なんだか、変な感じですね」

「テナサンには四六時中呼ばれているのデショウ? ユイカサン」

「いや、テナさんとムゥさんは別人だし……でも、親密な感じで、悪い気はしませんね」


 いつまでも名字で呼ばれ続けるのも、どこか他人行儀に感じられる。何年も連れ添った友人のように、気軽に名前で呼ばれてみるのは、少し新鮮で心地よかった。

 腕の中に抱え込んだラシェは、いつの間にかうとうとと船を漕ぎ始めていた。きっと疲れてしまったのだろう、耳もぺたりとへなっている。連なる山々の中で、どこか異様な雰囲気を放つ烏山を遠目に捉えつつ、唯華はムゥに声をかける。


「ムゥさん、それで、さっき言いかけた事って?」

「ああ。シィサンが来るのは明日になるそうデス。申し訳有りませんが、それまでの間、その子の事はお任せしマス」

「分かりました。何時くらいに?」

「ンー……あの方、ニンゲンの作った時間の概念に無頓着デスからね……お昼前には来る、と思いマスけど」

「……って、どうやって今連絡取ったんですか?」

「竜は、同族同士でのみ通じるテレパシーのような物が使える、そうお考えくだサイ」


 便利な種族特性その2だ。話を聞いたり本を読む限り、このアルシードの竜は、何かにつけてつくづく超スペックである。そんなムゥの言葉を胸に留め置きながら、唯華は館で心配しているであろうテナにどう謝るかを考え始めた。

 彼の事だから、きっと唯華に怒る事はないだろう。だがその代わりに、あまり動かす事の無い表情をこれでもかと歪めて、怪我は無いか痛い所は無いかと聞いて来るに違いない。そして無事だと分かれば、まるで自分の事のように安堵するのだろう。




 翌日。昨日はあのまま帰って、ラシェの為におかゆを作って、それを食べさせた後、倒れる様に眠ってしまったらしい。走り回ったり殴られたりしたので、思った以上に疲労が溜まっていたようだ。廊下で倒れた筈なのに、目覚めたらベッドの中だったのは、テナが運んでくれたのだという。

 大方の予想通り、テナには死ぬ程心配されていた。倒れたのもそれを加速させたらしく、本当に泣きそうな顔でこう訴えられた。


「頼むから、オレを心配させないで……」


 それに対して、唯華は平謝りするしかなかった。二度とこんな事になるな、とよくよく念を押され、しばらくの単独行動禁止令を出されたりもしたのが、今朝の話だ。

 ムゥは昨夜も館に泊まったらしい。この日シィが来るまで、滞在してくれるのだという。一時的にラシェも増えて、館内は俄に賑やかになっていた。


 この日の朝食を終え、テナと共に洗い物をしていると、館の外から一昨日も聞いた大きな羽音が聞こえて来た。呼び声も耳に届いたので、一旦それを中断し、ぽけっとしているラシェを連れて外へ向かう。


「やー、唯華ちゃん! また会えて嬉しいよ!」

「どうも、シィさん。こちらこそ」


 しかし玄関から出る前に、人型をしたシィが飛び込んで来て、唯華に駆け寄りハグをしてきた。少し戸惑いながらもそれに軽く応えると、ようやく彼女は離れてくれた。


「それにしても早かったねぇ。こんなにすぐ見つかるとは思わなかったよ」

「はい。風上さん──知り合いの魔法使いの人が、手伝ってくれましたので」

「ふーん、て、風上……? キミ、風上の“御柱”と知り合いなのかい?」

「あ、はい。そうですけど。たまにですけど、ここにも来て下さいます」


 シィの抱擁から解放されつつ、テナに片手で肩を引かれて半歩下がる。半裸の少女はなにやらニヤニヤと笑いながらそれを見ていたのだが、風上と聞いて一気に神妙な表情になった。


「……その子、何か言ってなかったな?」

「へ? 何か、って……何を?」

「いや、良いんだ。ごめん、変な事を言った」


 彼女は白矢とも知り合いなのだろうか。唯華は疑問符を浮かべつつ、興味津々といった様子でシィを見上げるラシェの方を見る。すると、シィは再び眩しい笑顔を浮かべて、ラシェの方に目を向けた。しゃがみ込んで視線を合わせながら、長い耳をぴこぴことしながら話しかけ始める。


「キミがラシェちゃんか。どうも、こんにちは! 初めまして、ボクはシィ! って……臼木語通じないんだったかな」

「ハク・ネネ……?」

「シィ。ミウィ・シィ」


 とんとんと自分の胸を叩いてみせながら、シィは名乗る。ラシェは唯華の手にしがみついていたが、やがておずおずとシィの方に歩み寄り、彼女の手を取る。


「うんうん。やっぱり可愛いなぁ、純粋な子供は……うふふ、ラシェちゃん、うふふふへ」

「ナーナー、ヨア・ハク・ネネ? ミイェイ・サパク・ヨー、ワッセ」

「うんうんうん。ボクも一杯キミとお話したいな」

「何言ってるか、分かるんですか?」

「何となく、だけどね。子供の考えてる事を読むのは、結構得意だから」

「……流石、伊達に“エルダーロリコン”とか呼ばれてマセンね。もう手懐けるとは」

「うるさいなぁ、もう。ボクだって怒る時は怒るんだよ?」


 ものの数十秒で、シィはラシェを懐かせてしまったようだ。相も変わらず、変な笑い声が漏れているが。彼女はラシェの手を握りながら、唯華たちの方に顔を向ける。


「とりあえず、この子はボクが保護をする。“異客”や子供の扱いに関しては、六つ羽根よりボクの方が手慣れているから」

「え、でも……」

「一所に“異客”を集めていると、見つかった時が厄介だからね。この子は分かりやすく人外だし、どんな知識を持っているかも分からない」

「変な事しないでくだサイよ」

「だーかーらー! ボクはそういうのはしないって!」


 ラシェの頭を撫でながら、シィはやや真剣さを含む声音で語る。子供を手元に置きたいのも有るのかもしれないが、本で“客”の齎した知識による惨劇をいくつも読んで来た唯華は、少し悩みながらも頷いた。


「なら、お任せします。でも、たまには遊びに来て下さいね?」

「えっへへ、分かっているよ。ボクも唯華ちゃんには会いたいし。そうと決まれば……んあ」


 何かやるべき事を思い出した様に、シィは立ち上がって耳をぴこりと動かした。その橙色の瞳が次に向かった先は、先ほどから微妙な表情をしているムゥの姿。


「六つ羽根、ちょっと話が有るんだった。顔を貸してよ」

「えっ……ちょちょ、引っ張らないでくだサイ!」

「ごめんね、唯華ちゃん、“死神”。二人っきりで話をさせてね?」

「は、はぁ……」


 彼女はムゥの腕を引っ掴み、ズルズルと半ば引きずる様に外へ向かって行く。ムゥが白矢を引きずっている姿と何となく重ねながら、隣に居るテナと顔を見合わせた。




「い、一体何なんデスか? 急に」

「キミが人間──それも、“異客”に、あんなに構ってるとはね」

「は……?」


 庭に出た後、ムゥが困り顔になりながら疑問符をぶつけると、シィは後ろを向いたままそんな事を言った。声つきからは、普段のふざけた調子が消え失せている。


「“大惨事”から、もう50年も経った。そろそろ、キミも割り切っていい頃だ」

「ああ、その事デスか。何を期待しているのか知りマセンけど、ワタシがニンゲンを好きになる事は有りマセンよ」

「散々使うのを躊躇している“王権”を使ってまで、唯華ちゃんを助けといて、今更何処の口が言うのさ」

「……何故、それを」

「少し注意してれば、伝わって来るんだよ。そういう種だからね、竜ってのは」


 ゆっくりと、シィが振り返る。ニヤニヤ笑いを浮かべた、竜らしく整った作りの顔が、ムゥの目にも見えた。表情こそ不真面目に見えるが、声音は甚く真面目だ。


「……あの時ユイカサンが大怪我をして、病院にかからなければならなくなったら、色々と面倒だったデショウから。それだけであり、他意なぞございマセン」

「はぁ、つれないねぇ、キミも。でもね、ムゥ君。どうせ竜と人間は切っても切り離せない関係なんだ、好きになっちゃった方が色々と得だよ。

 それに……早いとこ割り切っとかないと、唯華ちゃん他の男に取られちゃうよ?」

「ハ──ゴブァッ!?」


 突然の爆弾発言に、ムゥは変な息の吸い方をしてしまい、盛大にむせた。ケホケホと咳をしている間にも、シィは更に言葉を続ける。そこには、いつものおちゃらけた色が復活していた。


「あの“死神”君とか、モロじゃないか。いつまでも『ニンゲンナンテ、ダイキライダー』ってやってると、まごまごしてる内に──」

「やめてくだサイよ、別にワタシは、その」

「オマエがそう思うんならそうなんだろうね。ま、先輩竜のボクから、ちっぽけな後輩へのアドバイスだ。

 上っ面だけ良い顔し続けても、意味は無い。いつか破綻する時が来るよ。『種と個は違う』って事を、早い所悟る事だね」


 下世話な笑みを浮かべながら、シィは館の中に戻って行く。ムゥは頭を抱えながらも、彼女に倣って歩き始めた。


(……頭では理解出来ても、感情はそうはいかない)


 無言で、彼は考える。


(ユイカサンは、嫌いでは無い。だけど、ニンゲンや“異客”は……憎い。だから……)


 ひたすら水面に負の感情を押し込みながら、彼はその思考を後回しにする事にした。大きく揺さぶられて落ち着かない感情が、彼を苛む。

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