第十三話・ディスコミュニケーション
“異客”に対する竜族の対応は、慎重なものが多い。歴史的に見ても、竜は“異客”の知識の利用に、恐ろしく奥手な姿勢を見せ続けている。
“客”の処遇は、基本的には国が決定している。しかしその決定に、竜がうるさく口出しをし、“客”の知識を殆ど門外不出のままにしてしまうのだ。それが叶わなくとも、利用用途に著しく制限をかけたりもする。
しかも、時折“客”を誰よりも早く保護し、そのまま国に見つけさせないままにしてしまう事さえ有る。ともすれば暴虐とも取れるこの竜の行動に、一部の者は異を唱えている。だが、竜族はそんなモノなぞ取り合わない。
昔、そんな竜のかける圧力を無視し、“客”の知識を乱用し発展した国も有ったらしい。しかし、その技術でもって他国を征伐しようとした所、相手国に竜族が数多味方しており、逆に滅ぼされてしまったのだという。
何故、彼らがそこまで“異客”の知識を恐れるのか。今となっては、人々もその恐れの意味を知っている。50年前、数多の犠牲を伴いつつも終結した“大惨事”──その起因は、ある一人の“客”が齎した知識なのだから。
新幹線の駅前に辿り着き、唯華はその辺のベンチに吸い込まれる様にして座った。アレから何時間も探したが、“客”の少女の手がかりすら見つからない。少しずつ東の空が赤くなり始めて、そろそろ待ち合わせ場所に戻るべきだろうか、と溜め息を吐く。
少しベンチに座って休んだら、戻り始めよう。そう思って、辺りを行き交う人々を眺める。アレだけボロボロの衣服を着ていればすぐ分かるだろうが、生憎と彼女はここら辺には居ないらしく、目に留まる気配は無い。
(また、明日、探しましょうか)
足の指を曲げたり伸ばしたりして、そして再び立ち上がった時、駅前にバスが入って来た。停留所に停まり、中からそこそこの人数が降りて来る。
それだけなら、何の事も無い、気に留める事すら無いような風景だった。しかしその中に、見知った姿が混ざっていれば話は変わる。降りて来た乗客の中に、真っ白な長身が有ったのだ。
「風上さん……?」
あんな白い長髪を持つ者なぞ、他にはそう居ない。気を取られて見つめていると、彼もこちらに気付いたようで、杖を曵きながら歩いて来た。サングラスのお陰で、やはり表情はよく分からない。
「なんだあんた。家出か?」
「違います。ちょっと別行動しているだけですよ」
「何の為に?」
「探し人です。ここら辺に“客”の女の子が居るって話を聞いて、探していたんですけど……見つけられず、今からムゥさんと合流しようと思ってた所です」
「フーン……」
驚く程素っ気ない返事が帰って来たので、元々期待もしていなかった唯華は、そのまま彼に背を向け歩き去ろうとする。すると、白矢は慌てた様に唯華の肩を掴んで引き止めた。
「おい、ちょっと待て!」
「わっ!?」
「……コホン、僕は今暇をしている。暫く家にも戻りたくないし、あんたがどうしてもというのなら、その人探しに協力してやらんこともない」
「え、ええっと、それじゃあ、お願いします……?」
「ああ。──じゃなくて! 勘違いをしてくれるなよ、ただ単に家に帰りたくないだけなんだからな。ただの暇つぶしなんだからな!」
要するに、協力を申し出てくれたという事なのだろうか。彼の台詞は、いちいち遠回しで分かりづらい。『家に戻りたくない』というフレーズが気にかかったが、今はそれよりも“異客”の少女の事だ、と頭を切り替える。
「帽子を被っていて、ボロボロの衣服を身に着けていました。言葉も通じない様です。年齢は、7、8歳くらいでしょうか」
「他に特徴は?」
「ものすごく足が速かったですね。後はあんまり。髪とかも、帽子でよく見えなかったので」
「ふーん。ま、それだけ情報が有れば十分だわな」
唯華から探し人の情報を聞いた白矢は、杖を両手で捧げ持った。静かに目を閉じ、耳を張り詰めさせて、普段とは違う声音で何やら呪文を唱える。
(お、おお。魔法だ!)
確かに、テナも武器やバケツを作り出したりする事が出来る。しかし出来るのはそれくらいで、呪文らしい呪文も唱えていない。恐らく通常の魔法とは別物なのだろう、と勝手に思っていたが、こうして見てみるとやはり違う。
周囲の空気の流れが変わり、他の音が断たれ白矢の囁く呪文だけが聞こえる。魔法行使の現場も珍しいのだろう、野次馬が出来始めるが、彼らの声さえも届かない。
「──ふっ!」
そんな掛け声と共に、白矢は捧げ持っていた杖を天へと突き出した。不可視の波紋のような物が広がり、広く広く浸透していく。彼はそのポーズのまま、数十秒程不動でいたが、何か掴めたのか耳をぴくりと上向きに動かした。
「見つけたぞ」
「もう見つけられたんですか? 凄いですね、魔法……」
「そうだろ、魔法は凄いんだよ。もっと魔法は優遇され、研究されて然るべきなんだよ……まぁいい、行くぞ」
「はい!」
白矢は再び杖を片手持ちにして、唯華を導く様に歩き始める。野次馬をひと睨みして退かし、彼は唯華には見えない何かの目印を追う様に進み始めた。
ムゥの事が気にかかったが、少しくらい遅れてしまっても良いだろう。謝れば許してくれる筈だ、と、大股で歩く白矢を駆け足で追った。
メインの通りから外れた、草だらけでガラガラの駐車場。そこに、唯華たちの探し人が居るらしい。彼方此方ひび割れた舗装の道路で、早足を使って白矢に追い縋る。
時は既に逢う魔が刻、光量が目に見えて減り、唯華の只人の目ではよく見えなくなってくる。しかしそれでも、何やら諍い合う大声を聞き取る事は出来た。静かな声で、白矢と言葉を交わす。
「物騒な事になっているようですね」
「チッ、面倒だな。まぁ良い、この僕が居るんだ。大船に乗ったつもりでいやがれ」
聞こえて来る諍いの声は、割れているのと滑舌が良くない所為で、正確に内容を聞き取る事が出来ない。しかも、弱々しい子供の様な声──恐らく、件の“異客”の声──の方は、何語なのかも分からない言葉なのだ。聴覚から情報を得る事は諦めて、じっくりと夕闇に目を慣らす。
言い争いの渦中に飛び込む前に、白矢が小声で素早く呪文を唱える。恐らく使い慣れている魔法なのだろう、先ほどの探査魔法よりずっと早口だった。魔法が発動すると、何となく皮膚の表面を膜が生まれたような感覚が覆う。
「気配を殺す魔法だ。ガン見されなけりゃ見つからん。あんたは僕の後ろに居な」
「分かりました」
静かに歩を進め、駐車場の中に入る。間違いなく視界に入るような位置まで近づいても、彼らは唯華たちに気付かない。魔法って凄い、改めてそう思いながら、彼らの情勢を見極めようとする。
“異客”の少女は、一人。大方の予想通り、保護者らしい存在や仲間も居ないらしい。対する、先ほどから臼木語で少女に何やら叫んでいる方は、三人。如何にも田舎のチンピラ然とした格好で、普段の唯華なら見なかった事にするタイプの手合いだ。
「だーかーらーなっ、臼木語で喋れよ! 訴えるぞ!」
「ネニャ……ミナコ・エクル・ニモ……」
「適当ぶっこいて逃げようとしてんじゃねー! ぶっ殺されてーのか!?」
「ツァー、エルツァー!」
チンピラの方は、どうやら少女に難癖をつけているらしく、やれ骨が折れただの、やれ慰謝料だの、どこかにテンプレートでも有るのか、と思いたくなるような台詞を吐いている。少女はそれに疑問符を浮かべながらも、大声を出されて恐怖しているようだ。
そんなチンピラの背後に、白矢は特に身構えるふうもなく回る。魔法の効果は覿面なようで、唯華ですら気を抜くと見失ってしまいそうになった。そうして、杖の頭をチンピラの一人の首筋に当てると、ハッキリとした声で素早い詠唱をした。
瞬間、杖を当てられていたチンピラの身体が強張る。仲間の異常に気付いた残りの二人が、白矢の方に振り返り、彼の姿を見てぎょっと飛び退こうとする。しかしそれよりも早く、彼の杖が残りの二人にも当たった。すると、彼らも変なポーズのまま静止し、動かなくなる。
「金縛りだ。とりあえず口は動かせる様にしてあるから、質問くらいなら出来るぞ」
「大丈夫なんですか、これ……」
「あ? 死にやしねーよ。僕が解除すれば、すぐに元に戻る。痺れくらいは残るかもしれんがな」
「良かった、それなら安心です」
とはいえ、彼らに訊く事など無い。唯華は、呆然とする“客”の少女に駆け寄った。傷と泥に塗れた手を取り、努めて柔和な態度を心がけつつ声をかける。
「大丈夫ですよ。もう怖い事は有りません。わたしたちは味方です、安心して良いのですよ」
「ア……アウ……」
金縛られたチンピラたちと、少女の間に立ちふさがる位置に、唯華は立つ。中腰になって少女と視線を合わせると、少女はハッとした様にチンピラの方を見た。そして慌てる様に片手を振り払い、指を四本立てる。
「フェーニ! ケルナ・リスドゥ・フェーニ!」
「は……?」
流石の唯華も、異世界語は分からない。少し考えて、四本立てられた指を見て、もしかして、と背後を振り返る。チンピラたちの方は、先ほどから動かないまま異常は無い。何かをぎゃーぎゃーと喚いているが、特に気に留める必要の無い内容だ。
だが、それ以外の場所に異常が有った。唯華から少し離れた場所に、成り行きを見守る白矢の姿が有る。彼は全体的に白っぽいので、この夕闇の中でもすぐに捉えられるのだが、そんな彼の後ろに、何か長いものを振り上げる男の姿が現れたのだ。
「──あ、危ないっ!!」
深く考えるより先に、身体が動き始めていた。自分でも驚く程の瞬発力を発揮し、白矢の元へ駆け寄る。そして、驚いて棒立ちのままの彼の腕を引き、その場から退かせる事に成功した。成人男性とは思えない程軽くて、退かせた後勢い余って転ばせてしまったが。
代わりに前へ出た唯華が、振り下ろされた鉄パイプの衝撃を真っ向から喰らう。脳天に強い衝撃が襲いかかり、思わず倒れてしまいそうになる。だが彼女は意志を強く持って、どうにか踏みとどまる事が出来た。揺らぐ平衡感覚に吐きそうになりながら、四人目のチンピラと対峙する。
恐らく、“異客”の少女は、『奴らは四人居る』といったニュアンスを伝えたかったのだろう。情報提供に感謝しなければならない、少女のジェスチャーが有ったからこそ、唯華は白矢を庇う事が出来たのだから。
金縛り状態の三人は、最後の一人──恐らくリーダー格──の登場に、ご機嫌な野次を飛ばしている。取っ組み合いの喧嘩なんてした事も無い唯華は、ガタガタと震える身体を抑えながら、相手の姿を見上げた。
「よォ……この俺様の子分を、随分と可愛がってくれてる様じゃねぇか」
「……っ!」
「フン、女のくせに、大した度胸だ。俺様相手にも尻込まないとはな」
今後ろに守るものが無ければ、このボスチンピラの凄みに負けて逃げ出してしまっただろう。だが今彼女が逃げてしまえば、“客”の少女も白矢も危険に晒される。涙が出そうになるのを堪えて、あくまでも泰然を装って睨み返した。
「おい、馬鹿、何やってんだ!」
「風上さん、今のうちにその子を連れて逃げて下さい。わたしは大丈夫ですから」
「そういう問題じゃねーだろ!」
白矢に向けて叫ぶ間に、相手が再び鉄パイプを振り上げる。意を決して、目を閉じ歯を食いしばる。しかし、唯華の耳に次に入って来た音は、自分が殴られる音ではなく、少年の雄叫びと相手の悲鳴であった。
「去ねッ!!」
「うぎゃっ!?」
唯華のすぐ隣の空間が歪み、そこからムゥの姿が現れたのだ。その姿は、基本は人形態であったが、六つ羽根が露になっており、加えて角や尻尾までもが顕現している。菫色の瞳はおぞましい程に見開かれ、眉間に深い深い皺が寄っていた。
現れた彼はその長い尻尾を鞭の様にしならせ、相手の腕を引っ叩いく。さらに相手の足を払って、仰向けにずっこけさせる。淡い燐光が紫水晶の羽根から放たれるが、それすらも彼の威圧感を増長させる。
「良くもまァ、この“六つ羽根”ムゥの契約者に傷を付けてくれマシタねェ……本当に大した度胸デス、竜を敵に回そうというのデスから」
「なッ……聞いてなッ」
「黙れ、ゴミ虫」
「がはっ!?」
声には煮えたぎる怒りを、瞳には溢れ出る憤りをたたえ、彼はボスチンピラの腹を片足で踏みつけた。思いっきり踏まれ、相手は情けない声を漏らす。
「ああ、本当に、ニンゲンはなんてろくでなしなのデショウ。反省しマシタか? ああ、まだしてなさそうな顔デスね。ならば──」
「そこまでっ! そこまでです、ムゥさん!」
慌てて声を出し制止する。彼の怒りは本物で、放っておけばチンピラを全員虐殺しかねない勢いだったからだ。勿論唯華にも怒りや恨みが無いわけではないが、限度という物がある。
唯華の制止を受け、ムゥは大人しく引き下がった。目を閉じ、飛び出ていた竜の部分を引っ込める。予想外の存在の乱入により、恐怖しながらこちらを見上げるボスチンピラに対し、彼は完全な人型であっても健在の威圧を放ちつつ、口を開く。
「ま、無益な殺生は性に合いマセンが……次にこのような事が有れば、容赦なく捻り潰しマスよ。理解しマシタかね?」
「くっ……こ、この場は預けてやる! おい野郎ども、ずらかるぞ!」
「お、オッス!」
唯華が目配せすると、白矢は服に付いた土を払いながら立ち上がり、そして杖を軽く振った。するとチンピラ三人の金縛りが解け、動ける様になる。一瞬“異客”の少女がビクリと震えたが、ボス共々すごすごと立ち去って行ったのを見て、ようやく安堵出来たようだ。
一悶着有ったが、これでようやく落ち着いて話が出来る。唯華は少女の元に歩み寄ると、その近くで膝を折った。
「ヨウィナ……ヘルナト・リエファ?」
一難さってまた一難。そういえば、この“異客”の少女は、言葉が通じないのだった。どう声をかけようか迷っていると、ムゥが顎に手を当てながら首を傾げる。
「ンー、もうちょっと何か喋ってもらえれば、少しは分かるのデスが……」
「分かるんですか?」
「ま、今でも、SVO──米語と同じ文型っぽいのだけは分かってマスけど……」
「ナ、ズパグキ・ネネ? ヨウィ・ネェ・レェ?」
米語というのは、こちらの世界における英語のような言語だ。唯華は言語学などには詳しくないので分からないが、ムゥは少女の台詞に熱心に耳を傾け、解析をしようとしている。そしてしばしば熟考した後、徐に口を開いた。
「コホン。ヨウィ・ネェ?」
「……? ミア……? ミウィ・ラシェ。ナー、ヨウィ・ネェ?」
「えーっと……ミウィ・ムゥ」
辿々しいながらも、意志の疎通が取れたのを見て、唯華は思わず息を呑んだ。相手もムゥが成さんとしている事を理解したのか、比較的ゆっくりはっきり発音している。唯華もムゥに倣い、一先ず名乗って見る。
「えっと、ミウィ・ユイカ」
「ユイカ。ムゥ。ミア・ニェー」
こちらが言葉を解そうとしているのが嬉しいのか、少女の表情も少しずつ柔らかなものになり始めた。ここまでの会話で得られた情報を、ムゥが纏める。
「この少女の名は『ラシェ』というようデス。一人称は、『ミウィ』なのか『ミア』なのか……」
「良く分かるな、オイ……僕にはニャーニャー言ってる様にしか聞こえん」
「そんなふうに理解を放棄するから、いつまで経ってもガリガリスケルトンなんデスよ」
「もやしの次は骨扱いかよ!? いい加減やめろよなそういう揶揄!」
「喧嘩は後でにして下さいよ、ラシェちゃんが怯えちゃいます」
「ぬ、ぬぅ……」
『ガリガリスケルトン』の語呂の良さに、思わず唯華も吹き出しそうになったが、大声を出す白矢を諌める言葉を嘯く事で、どうにか紛らわせる。実際、2m近い大柄の彼が苛立ちまじりの声つきで喋っていると、普通にチンピラにしか見えない。
ラシェは、少なくとも唯華たちに自身を傷つける意志が無い事を理解して、ほっと安堵した色を顔に浮かべている。しかし、彼女がふと唯華の顔を見上げて、その拍子に目深に被っていた帽子が脱げて落ちた時、少女の表情は一気に強張った。
「あ……」
淡いブロンドの髪は、元々は短く切り揃えられていたのだろうが、今はぐしゃぐしゃに伸び散らかっている。だが、それよりも何よりも目を惹いたのは、頭頂部に有る猫のような耳。
──少女の金色の瞳に、明確な恐怖の色が浮かんだ。
“客”の子が喋ってる謎言語は適当語です。




