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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第三章・隣のエルダードラゴン
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第十一話・エルダーロリコン


 古竜エルダードラゴン。竜の中でも数百年以上生きた者がこう呼ばれるらしいが、具体的に何歳程でただの竜が古竜となるのかは、よく分かっていない。

 『数百歳程で一度訪れる“死”に打ち克った竜だけが、古竜となれるのだ』──そんな、一見荒唐無稽な説がまことしやかに囁かれている。これに関しても竜は上手く説明出来ないようで、真相は未だ闇の中だ。

 長く生きたという事はそれだけ知識も深く、また幾星霜と降り積もった年月によって研磨された精神は、ややもすれば天変地異を引き起こす魔法すらも操る事が出来る。竜というだけで強大なのに、古竜ともなればしばしば信仰の対象になる事すら有る。

 古竜が更に永く生き、数億歳程にまでなった竜は、ランクアップして『旧竜エンシェントドラゴン』と呼ばれる様になる事もあるという。しかし、今現在人間によって確認されている旧竜は、たったの三個体だけだ。

 全てと共に在る竜、“ネームレス”。全てを赦す竜、ラァ。全てを喰らう竜、ゾォ。この三柱は数多の竜族を纏め上げ、そしてアルシードという惑星の為に生き続けているのだという。




「ボクはずっと昔から生きていてね、全盛期には臼木中の人たちがボクを敬ったものさ。今は、月塚つきづかの一土着神だがね」

「つきづか、ですか?」

「ああ、この方上市の隣に有る、月塚町って所だよ。もし良ければ遊びにおいで、キミなら歓迎する」


 すっかり応接間のような使われ方になっている、四人揃った時用の部屋。しかし今日は、白矢の分の椅子には古竜シィが座っている。

 木製の器に小袋に分けられたお菓子を入れて、テーブルの中央に置いてある。冷蔵庫に仕舞ってある大きなペットボトルのお茶を、それぞれコップに分けて出してあるのを、シィは興味深そうに飲んでいる。


「しっかし、何時の世も人は珍妙な物を食べるのだな。乾かした葉っぱを煮た汁だの、苦い果実を元にあれこれ細工した甘い菓子だの……美味いけど」


 顔の右側に有る少し飛び出した前髪を、くるくると片手でいじくり回しつつ、彼女はチョコレートを食べる。よく見ると、その部分の髪だけ先端にピンク色のメッシュが入っていた。竜は皆、こういう変な髪の色をしているのだろうか。ムゥの銀髪と見比べながら、そんな事を思う。


「雑談はそこまでに。シィサン、アナタが月塚を離れてここに来たからには、何かよっぽどの理由が有るのデショウ?」

「ん? んー、大した理由じゃないんだけどね。一つは風上の様子を見に来た。もう一つは、六つ羽根、キミにある協力を要請をしに来た」

「協力、デスか?」

「ここら辺で、“異客”の少女が目撃されたらしいんだ。ああ、勿論唯華ちゃんじゃない。多分、前回の“異触”シーズンの時に流されて来て、そのまま誰にも保護されずに今日まで来たんだね。

 どうやら誰かの庇護下に有るわけでもないようでな、ボクとしては心配な事この上無いんだ。無理にとは言わないけど、もし見かけたら保護してやってくれないか?」


 彼女は脚と腕とを組み、真剣な表情をムゥに向けている。“異客”、唯華にとっても他人事ではない事柄だ。それを思って唯華まで神妙な顔になるが、同時に先ほど『ちゃん』付けされたのを思い起こし、もうそんな年ではないのにな、と半目になりかける。


「“異客”、ねぇ……分かりマシタよ、見かけマシタら保護しマス」

「そうかい、ありがたいねぇ」

「それと、デスが。ニシキノサンはアナタに『ちゃん』付けされる様な年齢では有りマセンよ。分かったら、早くその不埒な目線を向けるのを止めてくだサイ」

「えっ!?」


 そんな事を言われて、シィは素っ頓狂な声を上げた。不埒な視線を向けられていたのか、とまさに他人事の様に認識した唯華は、橙の目をまん丸にして、長い耳をピンと張り詰めてこちらを振り向くシィを見る。


「し、失礼だけど、唯華ちゃん、何歳?」

「17ですけど」

「あー、うん、ごめん……雰囲気的に、もっと下かと……ミレニアム単位で生きると、どうも人間の年齢の見極めがね」


 シィの台詞に、自分はそんなに幼く見えるのだろうか、と唯華は首を傾げる。確かにテナや白矢と並べれば子供に見えるだろうが、故郷ではこんな事を言われたのは一度もなかった。寧ろ、それなりに背が高い方だという事もあってか、落ち着いていて大人っぽい、という評価を下されていた程だ。


「ていうか六つ羽根、ボクの事を何だと思っているんだい? 確かに唯華ちゃんは非常にボク好みの可愛い子だけど、不埒な視線を向けた覚えは一度もないね」

「今にも連れ去りそうな顔して、何を言うのデスか? “エルダーロリコン”のシィドノ」

「子供だから好きなんじゃあない。ボクの大好きな純粋な心を持つ者が大抵子供だからそう思われるだけだ! そんじょそこらのロリコン・ショタコンと一緒にしないで頂きたいね!

 しかし、唯華ちゃん、その年齢でそのピュアさ……一体どういう半生を送ればそんな心が持てるんだい? 是非教えて欲しいね……げひょむひょ」


 まるで下衆じみた笑い声を伴った台詞に、唯華は冷や汗を添えた引き笑いを返す事しか出来なかった。テナがいつの間にか手に警棒を持っているし、ムゥは白目のない瞳を開いて、険しい視線をシィに送っている。


「スミマセンね、ニスィ……あ、噛んだ、ニシキノサン。この方、この異常性癖さえ無ければとっても良い方なのデスよ」

「異常じゃない、正常だ! キミも可愛くて純粋な子は好きだろ!?」

「ハイハイ、ソーデスネ」

「……六つ羽根の、ユイカに手出しさせるなよ」

「分かってマスとも」

「あ、あはは……」


 確かにシィの言い分にも一理あるが、唯華はからからと笑う事しか出来なかった。共感が得られない事に、シィは残念そうに肩を竦めると、ゆっくりと立ち上がる。


「ま、マジョリティから見ればどん引きなのは知ってるからね。安心して、物理的に手を出す事は無いから。イエスロリータ、ノータッチの淑女の精神さ。

 じゃ、そろそろボクは帰る。あまり烏山に居るのもまずいしね。また会おう、唯華ちゃん」

「は、はぁ……分かりました」

「それと、ムゥ君の事をよろしくね」


 そう言い残し、シィは外側の壁へダッシュで駆け抜ける。急な出来事に唯華は目を閉じ耳を塞いでしまうが、壁にぶつかる音はせず、代わりに大きな羽音が聞こえた。恐らく、彼女もムゥがいつもする様に壁をすり抜けたのだろう。


「全く、いつもながら傍若無人な竜デス……さて、遅くなりマシタが、最近困った事とかは?」

「そうですね……燃えないゴミや空き缶がいい加減溜まって来たのと、それとそろそろまた買い物に行きたいですね」


 多少予想外の出来事が有ったが、もう唯華の頭は通常運転に戻りつつ有った。テナも構えていた警棒を消し──そういう魔法らしい──、やや安堵したような色をその目に浮かべている。

 明日の予定を相談しながら、唯華はシィが言っていた“異客”の事がずっと気になっていた。運良く保護された唯華でさえ取り乱したのだ、誰かの庇護も無く、恐らく半年近くもひとりぼっちのままなのだ。きっと、さぞかし心細いだろう。




「それでは、また明日来マス。今日の所はさようなら」

「ええ、お待ちしていますね!」


 唯華のにこやかな声に送られて、ムゥは壁を突き抜け竜の姿へと転じ、紫水晶の六枚羽根を広げて空へと飛び立った。すぐに遠く離れて行く地面を見下ろしながら、彼は優雅に旋回して館の屋根の上を通り、雲の更に上へ上へと昇って行く。


(果たして、今日は何処へ行こうか。予定も無いし……)


 頭の中で賽を振って、5が出たので振り直しをして、出た目は2。彼のルールに則れば、2は今向いてる方から右を目指す目だ。なので、彼は雲の上でゆるりと右旋回をし、非常にゆっくりとした速度で航行を開始した。

 腹が丁度雲海の上にすれる高度に調整し、平たいヒレのような前腕で雲を掻く。その腕の動きに合わせて進む様にすれば、まるで雲の上を泳いでいるような感覚を味わえる。昔から良くやっている遊びだ。

 暫くはそれを続けて遊んでいたが、雲がふつりと途切れた所で止める。しばしのんびりとその場に静止し、ぼんやりと過ぎる時間に身を委ねていた。

 そして流れて来た雲が、丁度垂れ下がっていた腕の辺りを覆い隠したのを見た時、ムゥの頭の中にいつしかの記憶がフラッシュバックした。幼少の頃精神に刻まれた、強烈で深過ぎる傷が、色鮮やかに蘇る。


「……!!」


 四肢の感覚が、消える。痛みも苦しみも無く、ただ消える。必死に動かそうとしても、全く力が入らない。動かし方を忘れてしまったような感覚に、ムゥは目を見開きながら喉を振るわせる。


「あ、が、か……ああっ!!」


 慌てて雲から離れる。腕を改めて視覚で認識すれば、先ほどまで麻酔でも打たれたかの様に動かなかったそれは、すぐにコントロール出来る様になった。微かに痺れが残るヒレを、首を曲げて恐る恐る見下ろす。


「あ、あ、うあ……は、はぁぁぁ……」


 恐怖。50年も前の記憶が、未だに彼を苛む。負の感情を吐き出すように、深く長い息を吐いた。そしてふるふると震える羽根を、ゆらりとはためかせて再び上昇を開始した。

 雲も、もはやかからない程の高空。今居るのがアルシードの上空なのか、それとも宇宙空間なのか、判断のつかない程の高さをたゆたいながら、ムゥはぼんやりと物思いに耽る。


(もう、ワタシも子供じゃないんデスから……克服しないと……)


 頭で決意するのは簡単だ。しかし条件が揃うと、否が応でもトラウマが蘇ってしまう。未だに残る恐怖の残滓を消す為に、彼はそれらを恐怖を刻んだ相手への憎悪に変換する。つまり、人類への憎しみ。“異客”に対する嫌悪だ。

 だが、そうして怒りを募らせようとすれば募らせようとする程、ムゥの脳裏に唯華の顔がちらつく。

 彼女はおおよそ人間だ。人類を憎むという事は、彼女を憎むという事になってしまう。

 彼女は紛れもなく“客”だ。“異客”を嫌うという事は、彼女を嫌うという事になってしまう。

 上手く感情の整頓が出来ず、ムゥは頭を抱えた。結局、彼は恐怖を憎悪に変換し損ねて、代わりにもやもやとした霧の様な感情がわだかまる。


(……ああ、駄目だ)


 憎悪に足る要素をこれでもかと内包している唯華を、しかし憎み切る事が出来ない。何故ならば、彼女は──。


 絡まり合った矛盾を紐解く為に思考をフル回転させていると、徐々に飛行が疎かになってゆき、不安定に高度を落とし始めた。

 無限ループの思考に没入したまま、彼は重力に身を任せる。しばらく有って、地面が冗談でない勢いで眼前に迫って来た辺りで、ムゥはようやく我に返った。


「う、うおあああああーっ!?」


 地面すれすれで六枚羽根を広げ、ギリギリ激突を回避する。電離圏から地上目がけて落下してしまえば、いくら竜といえども重大なダメージは免れ得ない。ただでさえムゥの竜体は頑丈でなく、鋭い新品の刃物で斬りつけられれば、簡単に鱗ごと切り裂かれてしまうのだ。あのまま落ちていたら、潰れた蛇の様な有様になっていただろう。


「び、びっくりした……」


 こんな失敗をしてしまった自身の間抜けさに、ムゥは肩を落として溜め息を吐いた。別に肉体の損傷で死ぬ事は有り得ないのだが、一度全身が壊れてしまえば再構成に数年はかかる。そうなれば明日の唯華との約束も果たせなくなるし、最低限治るまでは動けないから、館を訪ねる事すらも出来なくなる。

 何だか、今日は疲れてしまった。このままここで丸まって次の日を待とう、と地面に接着して翼を畳もうとした時、ここ数週間ですっかり聞き慣れた声を捉えた。


「ムゥさん……? こんな所で、どうしたのですか?」

「え、ニャァッ!? ニシキノサン!? アナタこそ、どうしてここに!?」

「へ、その、近くで凄い叫び声が聞こえたので、何事かと思って……」


 現れたのは、驚いた様子の唯華の姿だった。その背後には、窺い難い無表情を保つテナの姿も有る。どうやら、偶然烏山の館の近くに落ちたらしい。


「驚かせマシタかね? 少し考え事をしていたら、墜落してしまったようデシテ」

「だ、大丈夫だったんですか、それは……」

「この程度で死ぬ程、ワタシもヤワではありマセンよ。お騒がせしマシタ」


 心底心配そうに眉を垂れさせる唯華に、ムゥは先ほどまで巡っていた思考を一旦封印して、人型を取った。また飛び立っても答の出ない自問が繰り返されるだけなので、いつも通りに笑顔を浮かべて、それを唯華に向ける。


「とはいえ、今日はどうも羽根が不調のようデシテね。よろしければ、今日はこのままこちらに身を寄せさせて頂きたいのデスが」

「もちろん、良いですよ! ……良いですよね?」

「ユイカが是と言うのなら、オレも是だ」


 適当に理由をでっち上げて、今日はここに留まる事に決めた。適当に世界を巡るのは楽しいが、たまには一所に停まって羽根を休めるのも、悪くない。

 水面下に、溜め込んだ憎悪と消化し切れない恐怖を沈めながら、ムゥは笑う。そんな物を抱えているからか、彼の笑顔からはいつの間にか純粋さが消えていた。

 しかし唯華は、そんな彼の笑顔に対しても、等しく微笑みを向ける。そこに混じり気はなく、シィが熱弁する『純粋な心』の魅力とはこういう事なのかな、と少し理解出来た気がした。

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