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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第三章・隣のエルダードラゴン
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第十話・隻腕の親鳥


 竜。さも当たり前のように、遥か昔から人間の隣人として存在した種族であり、また未だ解明されない謎を数多く持っている種族である。

 どうやって生誕し、如何なる目的を持って生き、そして何時死ぬのか。人に良く似た姿を取る事の出来る種なれど、その精神構造は人のそれとは似ても似つかない。食事も、睡眠も、性交すらも必要としない。人間の三大欲求とされる物さえも無いのだから。

 とはいえ、分かっている事も多少は有る。基本的に不老の種族である筈なのに、多くの竜は何故だか数百年程度で人間界に現れなくなる事。人間の平均を大きく上回る高い知性、人間を遥かに凌駕する身体能力、人間では有り得ないレベルの魔法適性、等々様々を持つ事。

 この偉大なる種族の正体についての憶測は様々だ。やれ特殊なウィルスに感染し発症した人間の成れの果てだの、やれ宇宙の果てからアルシードを侵略しに来た宇宙人だの、やれ遠い昔にこの世界に流れ着いた“異客”が種族として定着した物だの、多種多様な説が飛び交っている。

 当の竜たちに尋ねてみても、彼らは多くを語らない。否、語る事が出来ないのだ。竜と人の間には、認識出来るモノの差、常識や倫理の壁等、様々な溝が有る。その溝を少しずつ埋め、狭める事が出来れば、すぐにでも竜の事を知る事は出来るのだろうが──多くの人類は、その努力を放棄してしまった。




 烏山の麓に存在する、歴史有る古い神社。名を『黒環神社』と言い、何百年も、もしかしたら何千年も昔から受け継がれて来た、由緒正しい聖域である。

 この神社を奉る家系として、『上月かみつき家』が有る。上月はエルフの家系であり、長い寿命と深い知識とで、この方上の地の相談役の様になっていた。

 『何かあったら、まず上月を頼れ』──昔から方上に住まう人々の間では、そんな常識が存在していた。実際、エルフの魔法は様々な恩恵を齎していたし、今も古くを知る彼らの頭脳は必要とされ続けている。


「あは。とはいえ、随分と腐ったようだねぇ。ま、無理も無いか」


 そんな独り言を呟くのは、ふわふわの赤みが強い茶髪をお下げの様に結った、胸と腰だけを絹の布で覆い隠しただけの、殆ど全裸の少女。ウサギのような長い耳は、今はへにゃりと項垂れている。きらきらと輝く明るい橙の瞳を、まるでアニメか何かのキャラクターのような笑顔と共に見開いている。

 少女は黒環神社の境内に入り、周囲の奇異の視線も気にせず社務所へ向かう。この時間帯だと、多くは無いがそれなりに参拝客も居るのに、彼女は気にしていない。


「おうい、上月。ボクが来たぞ、もてなせ」

「──し、シィ殿!? 何故今ここに」


 呼びかけに応えて現れたのは、線の細いエルフの青年。常装束に身を包み、手には小さな段ボールを抱えている。そんな青年を、シィと呼ばれた少女は軽く一瞥し、社務所の建物のすぐ横に有る、細い抜け道へと視線をやった。


「ボクが来たいと思ったから来たんだ。さぁ、あの爺を出せ」

「ですが、父様は足腰が悪く」

「ならボクが赴こう。案内をしろ、上月」

「……わかりました」


 黒く短い髪を掻き、青年は一度社務所に引っ込む。抱えていた段ボールを一度置いてしまうと、彼はそのまま少女を伴い建物近くの抜け道に入った。

 この道は、すぐ近くに有る上月家の敷地に入る為の近道で、普段は途中に有る門に鍵がかかっている。あまり人は通らないのだが、掃除をする者がマメなのか、石畳の道はそれなりに綺麗にされている。

 道を抜けると、そこには古い木の匂いがする立派な屋敷が有った。専属の庭師を雇って整えられている庭は、素人目にも見事な物だと分かる。しかし少女はそんな物には目もくれず、青年をせっついた。


「早く爺のところへ連れて行け。ボクだって暇じゃないんだ」

「し、しかしですね、あの池の錦鯉は──」

「五月蝿いなぁ、もう。止めてよね、そういうの。じゃ、お先~」


 少女は青年を置き去りに、素早く庭を駆け抜け、勢い良く玄関扉を開ける。そのままよく響く大声で、屋敷の中に叫び込んだ。


「たのもー! おい、爺! このシィが尋ねて来てやったぞ!」


 しばし有って、奥の方から古くさい和服を着た、エルフの老人が現れた。加齢臭がぷうんと臭い、ここまでずっとニコニコ笑顔だった少女も、思わず眉間に皺を寄せる。


「おお、これはこれは、“隻腕の親鳥”シィ殿。事前に連絡して頂ければ、もっと豪勢にもてなせましたのに……」

「はいはい、何でも良いから。ほら、上がるぞ」


 へこへことした態度でゴマをする老翁に、少女は変わらない声音で言いつつ、外から歩いてきたままの裸足で床に上がった。土で汚れる床に、青年は冷や汗を流しつつ、一礼をしてその場を立ち去った。彼にはまだ、仕事が山ほどあるのだろう。


美矢みやの様子はどうだ? いきなりボクが訪ねるのはまずいと思って、まずこちらに来たのだが」

「……彼奴は二十年程前に死にましたよ。息子を生んでね」

「ほう、代替わりしたのか。ならその息子の調子はどうだ」

「多少身体が弱いようですが、概ね好調ですよ。ただこの時間ですと、間違いなく睡眠中かと」

「成る程、ならばまた日を改めるとするか」


 客間に案内されつつあった足を、ぴたりと止める。少女がここに来た目的の半分が、今果たされたからだ。くるりと踵を返しつつ、笑顔を止め剣呑に目を細めながら、彼女は神妙な声音で問う。


「時に、上月の翁よ。ボクはこの前、悪い噂を聞いたのだ」

「はぁ……?」

「オマエが風上の裔を敬うどころか、蔑ろに扱っているという噂をな」


 老人はしわくちゃで分かり難い表情に、疑問符を浮かべる。しかし少女はその変化すらも気に留めず、更に言葉を続けた。


「風上は“御柱”の家系。刹那に生き、“禍神まがかみ”に永久のしじまを捧ぐ為の贄だ。うつし世の日常を保つ為の、人柱である。

 上月は、そんな風上を通して“禍神”の恩恵を受ける代わりに、風上を率先して敬い世話をする為の血だ。まさかオマエ、ゆめゆめ忘たわけじゃあないだろうな?」

「え、ええ。忘れるわけがございません」

「だよなぁ? ボクはオマエたち上月を信用しているものな。風上程ではないにせよ」

「わ、分かってますとも。それに、50年前の恩情だって、忘れるわけがありません!」

「うむ。とはいえ、二度は無いと思えよ。次に“意志”を切り離した挙句封印したり、今封印されてる“死神”の解放を邪魔することが有れば。『上月』の使命に背く事が有れば──」


 ばさっ、という音と共に、少女の背から髪を押し退け、巨大な猛禽類の翼が飛び出した。頭頂部からはやや捻れた一対の角が現れ、左腕の肘から先が鷹の脚のような姿になる。その脚にある太く鋭い爪を老翁に突きつけながら、犬歯と呼ぶには鋭過ぎる牙を剥き出しにして唸った。


「失敗作の上月を廃棄し、新たな『上月』を立てる。良いな?」

「は、はひぃ……」

「よろしい。ならば、そろそろ次の場所へ行くかね。じゃ、次は良い噂を聞ける事を期待しているよ」


 相手が顔を蒼白にしながら頷いたのを見て、少女は満足した様に頷いた。軽く右手を振りながら彼女は屋敷を出て、そのままどこかへ行ってしまう。

 異形の後ろ姿を見送りながら、老爺はやっと我を取り戻し、真っ青だった顔を今度は真っ赤っかにして歯ぎしりした。地団駄を踏みながら、忌々しげに吐き捨てる。


「ケッ、何が“禍神”だ! いくら相手が竜族だからといって、あんな妄想に付き合ってられるか! あのキジルシめ!」


 口汚く少女の事を罵りながら、彼は屋敷の奥の自室へと戻って行く。竜の聴力であれば、屋敷の庭からその罵声を聞き取る事だって出来るというのに、この老人にはそれを予想する頭が存在しなかった。




 テナが芝刈り機を庭で動かしている間、唯華は玄関から塀の門までの道の雑草を抜く作業をしていた。流石に庭全部の雑草を抜くのは大変過ぎるので、他の部分は短く刈るだけにしておく。

 今日のテナの文字Tシャツは、『踏み絵』だ。一体このTシャツ群は、何時の時代の物なのか。それなりに最近の物のように見えるが、もしかしたらこれも、テナの術で作り出している物なのかもしれない。

 軍手を着けて、スコップも利用しつつ、根っこから草を引き抜く。室内だとあまり暑くは感じられないが、直射日光に照らされて労働をしていると、汗がたらりと流れる位には暑かった。


「……暑いですね」

「ああ……」

「風上さんじゃないですけど……太陽とか滅びれば良いのに、とか思ってしまいます」

「……流石に太陽には、オレの手は届かないな」

「休憩に、しましょうか……」

「わかった」


 冗談を言い合いながら、抜いた雑草をビニール袋に入れて、休憩の為に館の中へ向かう。館は古い建物なのに空調が利いているから、入れば一気に涼む事が出来る。そう思って玄関の方へ身を向けた時、頭上からばさりという大きな羽音がした。

 同時に、地面に大きな影が落ちる。ムゥが来たのかとも思ったが、彼の翼はどんなに激しく羽ばたいても音が出ないつくりだ。そうこう思って立ち止まっているうちに、庭のど真ん中に羽音の主が降り立った。


「久しいなぁ、“死”よ。それと、キミは……“異客”かな?」


 その姿は、概すると『嘴の代わりに牙の有るグリフォン』の様であった。全身はモフモフとした茶色の羽毛で覆われており、獅子のそれではない太く長い尻尾の先まで包まれている。一見厳つい外見だが、その声はまるで少女のような可愛らしい響きであった。頭頂部には、捻れた赤黒い角が生えている。

 左側しか無い猛禽の前脚と、こちらは両方揃っている獅子の後脚。それらで体重を支えつつ、立派な翼を背に畳む。後脚を折り、地面に座り込むと、彼女は唯華を見下ろしながら目を細めた。


「うむ、眼福眼福。……む? 六つ羽根のはおらぬのか」


 突然現れた正体不明の存在に、唯華は如何に接するべきなのか掴めずに居た。しかし、その言葉に出た『六つ羽根』という単語に、もしかしたらムゥの知り合いなのか、と思い立つ。

 様々な考えを巡らせている間に、再び地面に影が落ちる。先ほどより随分と小さい、そして羽音を伴わないその影の上に、よく見慣れた少年の姿が落ちて来た。彼は鎮座するグリフォンもどきを見上げ、いつもと変わらない声調で語りかける。


「シィサンデスか。どうしてまた、わざわざここまで」

「近くに寄ったから、ついでにな」

「あ、あの……知り合いなのですか?」


 ようやく声を出せたのだが、出たのはそんな間抜けな言葉でしかなかった。そこで、事情を知っているらしいムゥが唯華の方に顔を向ける。


「ええ、この方はワタシの同胞デス。しかし、急にその姿で現れたら、知らない者は驚くデショウ? せめて人型を取ってくだサイよ」

「えー、めんどくさいなぁ……」


 モフモフの竜は肩と思われる部分を落とし、溜め息を吐きながら、空気が抜け風船が萎む様に姿を縮ませる。そして息を吐ききり縮み終わった時、そこには何とも可愛らしいほぼ全裸の少女が座っていた。

 竜の姿の時には欠けていた右腕だが、人型ではしっかり両手両脚が揃っていた。五体満足の整った身体に、黄色の布を二枚、胸と腰とに巻いて辛うじて隠している。少し激しい動きをすれば、それだけで見えてしまいそうだ。

 だが少女はそんな装いでも恥じる事も無く、ぴょんと飛び上がる様に起立し、赤茶というにはやや赤みが強過ぎる髪を揺らしながら、唯華の方へ歩み寄って来た。エルフのそれよりも長い、ウサギのような垂れ耳がぴこぴこと動く。


「キミ。ちょっと名乗ってよ」

「は、はい。錦野唯華といいます」

「唯華、ねぇ。成る程、成る程、良い名前じゃないか。ボクはシィ、“隻腕の親鳥”とか勝手に呼ばれてるが、恥ずかしいから普通にシィと呼んでくれ」

「よ、よろしくお願いします、シィさん」


 彼女は丁度唯華と同じくらいの身長で、しかし顔や体つきからやや幼く感じられる。人外らしい橙の瞳に好奇心を煌めかせ、一通り唯華の身体を舐め回す様に眺めると、シィは訳知りふうの笑顔を見せてこう言った。


「ふーん、可愛いねぇ、キミ。しかし、珍しい事も有るんだね。まさかこのアルシードに、テ──」

「わー! わー!!」


 可愛いと言われて、唯華は少し惚ける。その後何か言いかけたのを遮る様に、ムゥが慌てて大声を上げた。唯華もろともシィが驚き、抗議するように声音を荒げる。


「何だよ、急に」

「その事はどうか極秘にと! 前、言ったじゃないデスかー!」

「ああ、そういえば……」


 何か秘密でも有るのだろうか。半ば置いてけぼり気分の唯華は、隣に立つテナの横顔を見上げる。すると相手も丁度こちらに視線を向けたようで、がっつり目が合った。

 『何なんでしょうね?』といったふうに、困ったような笑みを浮かべてみせる。相手も同意する様に軽く目を閉じて、そして視線を再びシィたちの方へ向けた。倣って、唯華も視線を前方へ戻す。


「キミの事情は大体把握した。成る程ね、そりゃ隠したくもなるわな……改めて自己紹介をしよう、ボクの名はシィ、古竜エルダードラゴンだ」


 ムゥのそれとは違い、友好的で表裏のなさそうな満面の笑顔と共に、シィは右手を差し出し握手を求める。唯華は色々と質問したいのを飲み込んで、彼女の要求に応え、まずはその手を握った。

各話最初に挿入されている説明部分は、主人公が本を読む等して得た知識だとお考えください。

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