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異界と竜の逆ハーもの  作者: 夢山 暮葉
第二章・祝呪封神
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第九話・不帰の“異客”となって


 “異触”で流れ着いた“客”が、生きてこちらの世界に適応出来る確率は、およそ2%程とされている。実際に公表されるその年の“客”の数は、そのたった2%の生き残ったものだけを数えているのだ。

 つまり、実際には何百人もの“異客”が流れ着いてはいるのだが、その殆どが死体であったり、あまりに環境の違う世界に適応出来ず、亡くなってしまったりしているのだ。

 しかしこの数百人という数も、この世界の人類が見つける事の出来る者だけを数えた結果だ。異世界からの漂流者なのだから、こちらの人間から見ると幽霊のような不可視の存在であったり、鉱石の様に不動の存在であったりする。そういった者たちを、“客”と判断するのは困難である。彼らのような者も含めた“客”の実数は、およそ数千人程で有るというのが最も有力な説だ。

 運良くこちらの世界に適応出来る種族で、出た場所が石の中や海の底等でなく、そして飢えや猛獣等に襲われて死ぬ前に保護を受ける事の出来た者だけが、この世界の“客”として数えられる。

 そうして迎えられた後も、言葉が通じないのなら覚えなければならないし、全く常識や価値観が違うのなら、一から教育を受けなければならない。この世界では昔から“客”を迎えて来たお陰で、それらに関する制度などが整っているのは、幸いというべきか。




 釈然としなさそうな表情の白矢が、開けられた玄関扉の向こうから顔を出した。竜型をとったままのムゥと並び立つ唯華は、何となく姿勢を正す。


「こ、こんばんは、風上さん」

「……この僕に何の用だ。下らん用なら呪いかけるぞ」

「やめてくださいよ、怖いですから。えっとですね、実は──」


 サングラス越しにも感じられる、まるで刃物の様に鋭い視線に、少し萎縮しながらも訳を話す。夕食に招待したい事を告げると、彼は険しい顔をして黙り込んでしまった。

 やはり、急にこんな事を言い出したのはまずかっただろうか。怒られるのは想定の範囲内だが、呪いなんてかけられたら堪ったものではない。しかし現実には、思っていたより良い方の結果が出た。


「フン。断る理由もねーし、そこまで言うなら付き合ってやる」

「良いんですか? よかった……」

「変に恨みを買いたくねーだけだ。少し待ってろ、杖出すから」


 白矢は一旦家の中に引っ込み、下駄箱から短い杖を取り出す。外行き用のスニーカーを履いて、そして再び唯華たちの前に姿を現した。


「出れるぞ」

「デシタら、ワタシの背に。野郎を乗せても何ら楽しく有りマセンが、ニシキノサンで相殺という事にしておきマショウ」

「悪かったな!」

「でも、二人も乗せられるのですか?」

「高空飛行は出来マセンし、長く飛ぶのも難しいデスが、館までならすぐ向かえマス。飛ばしマスので、気をつけていてくだサイね」


 まず唯華がムゥの背に跨がる。もう四回目になるので、慣れたものだ。その後ろに白矢が乗ると、ムゥは六枚羽根をフル稼働させながら、ふわりと十数m程舞い上がった。


「ヒィッ!?」


 唯華の後ろに居る白矢が、引き攣った悲鳴を上げながら彼女の肩を掴む。彼も、竜に乗った事は流石に無いのだろう。いきなりここまで高度を上げられれば、驚くのも仕方が無い。

 次の瞬間、ムゥは凄まじいスピードで山の方に突っ込み、そのまま唯華たちの足が地面に擦れないギリギリの低空を飛行し始めた。行きもこのスピードだったので、唯華は全然平気だが、肩に食い込む白矢の手には汗が滲んでいる。大きな悲鳴を上げずに堪えている事は、評価すべきなのだろうか。

 バランスを崩さないよう、しっかりとムゥの首を掴む。目を開ける事は出来なさそうだったが、それでも全身で切る風の感覚は気持ち良かった。

 そのまま暫くしがみついていると、不意に速度が緩んだ。もう目的地である館に到着したのだ。体感としては、数分にも満たなかっただろうか。

 ムゥは静止し、ゆっくりと身体を地面に近づける。すぐに唯華たちの足が地面に付き、簡単に降りられるようになった。唯華はそのまま降りようとするのだが、背後で硬直し続ける白矢にがっちりと肩を掴まれていて、上手く動けない。


「……あの、風上さん」

「な、ななななんだ!? 怖くねーぞ!? べっ別に、全っ然怖くなんかなかったんだからな!?」

「わたし、まだ何も言ってないですけど……」


 声をかけた途端、彼は飛び上がる様にして地面に降り立ち、唯華とムゥから距離を取って早口でまくしたてた。どうやら相当に怖かったらしい。声音の端々に震えが見て取れた。


「とはいえ、かなりスピード出てましたものね。気分とか、大丈夫ですか?」

「……平気だ、酔っちゃいない。だがな、怖くなかったからな!? 誰が高所恐怖症だボケェ!」

「だから何も言ってないデショウに。腰抜かしてないなら行きマショウか、テナサンも待ちくたびれているデショウし」


 人型に変化しつつ、ムゥがせせら笑うような顔をして言う。白矢は疲痩とした表情で、長い髪に絡まった枝葉を払い落としつつ、杖を曵いて歩いて来た。

 ずっと前から開けっ放しになっている門を潜り、玄関扉に手をかける。すると唯華が力を込めるより先に扉が開き、中から仏頂面のテナが現れた。ドアを開けようとした力が空振りして、少しバランスを崩しかける。


「わ、わっと! お、お待たせしました」

「ん。ごはん、炊けたから」

「いい匂いがするじゃねーか……」


 ぞろぞろと館の中に入れば、俄に辺りが賑やかになった、様な気がしてくる。唯華自身のお腹も、先ほどから絶え間なく空腹を訴え続けているので、気持ち足早に台所へ向かう。

 テーブルにクロスをかけて、肉じゃがを軽く温めて器に盛り、古い陶器製の茶碗にごはんをよそう。缶のお茶を四つ冷蔵庫から出して置き、箸やお皿も並べておく。めいめい皆が席に着いた所で、唯華は久しぶりに食べるまともな食事に心を躍らせつつ、両手を合わせた。


「いただきます!」




 炊きたての白いご飯に、懐かしい味付けの肉じゃが。思わず食べ過ぎてしまった感も有るが、今日だけは良しという事にしておく。空になった食器を水に浸けておいて、少しの間雑談をしていると、白矢が帽子とサングラスとを着け直し椅子を立った。


「僕はそろそろ帰るぞ」

「そうですか? でしたら、お見送りします」

「ケッ、勝手にしやがれ」

「ああ、帰りは歩いて行ってくだサイね。面倒デスので」

「アンタの送迎なぞ、こっちから願い下げだわ!」

「……で、あろうな」


 余計ともとれるムゥの一言に、彼は心底苛立っているような声をぶつける。長い足で大股に歩いて行くので、遅れて席を立った唯華は少し走らないと追いつけなかった。

 玄関前まで来て、ゆらゆらと杖を突いて歩き去ろうとする白矢の後ろ姿に、唯華は少し決心するように頷くと、彼の空いている方の手を軽く掴んで引き止めた。骨と皮ばかりしか無いように思える、女の唯華のそれより細い手首だ。長いエルフ耳がぴくりと動いて、それに一拍程遅れ、振り返る白矢の顔がこちらに向く。


「……何の用だ?」

「少し聞きたい事がありまして。ムゥさんやテナさんは答えてくれないみたいですけど、風上さんなら答えてくれそうだと思ったのです」

「チッ。手短に済ませよ。今日は『人狼』やるんだから」


 盛大に舌打ちをし、大仰に溜め息を吐きながらも、彼は足を止めてくれた。既に日は暮れており、館の庭を何ともファンタジックなクリスタル型の照明が照らしている。ようやく陽光が消えてくれたから、彼も上機嫌なのだろうか。強く握れば、そのまま折れてしまいそうな手首を放し、唯華は彼の顔を見上げる。


「風上さんは、テナさんの封印について、何か知っているんですよね? それについて教えて頂きたいのです」

「あー、うん。そりゃな。『封印の一族』だし……厳密には、アレは別なんだが」

「別? どういう事なんですか?」

「風上一族自体は、何百年も前から存在していた。だがあの“神”の封印が出来たのは、ほんの数十年前の事なんだよ」


 手短に話す為に、白矢は随分と言葉を吟味しているようだった。緩やかに上下に動く耳に、唯華はにやけそうになって、慌てて表情を引き締める。ムゥ相手だったら冗談で済むかもしれないが、白矢相手に『可愛い』と思っている事を悟られたら、本気で怒られかねない。

 幸い、相手は彼女の変化に気付かなかったようだ。少しほっとしつつ、続けられる語りに耳を傾ける。


「数十年前、“大惨事”より前の話だ。『ファーストアーミー計画』っつーのが有ったらしい。詳しくは知らんが、ああいうのを作り出した辺り、碌でもねー計画だったんだろ」

「知らないんですか?」

「所謂『黒歴史』みたいだからな。ちょっと突っ込んだ史書じゃねーとまともに書いてねーし、そこにも殆ど情報が載ってねーし……。

 ま、直訳して『手早い造兵廠』だ。横文字にして誤摩化してるが、おおよそ察しはつく」


 日本と良く似ている国なのだから、そういった物騒な話とは無縁だと思っていた。だが今白矢がホラを吹く理由なんて無いし、何より前々から出ていた“大惨事”なる単語。臼木には、思ったより凄惨な過去が有るのやもしれない。

 すっと端末を取り出し、ちらりと時間を気にしながら、彼は話を続ける。続ける辺り、まだ時間には余裕が有るのだろうか。


「それの試験体の一つとして作られたのが、アレだ。昔の馬鹿が、自然現象を思いのままにする為に、世界の法則に亀裂を入れてまでアレを作ったんだ。

 あの肉体に封入されているのは、『人間の死』という概念、所謂“死神”と呼ばれる、本来無形で有る筈の存在。そして完成したのが、一切環境を破壊しない、人間だけを殺すとてもクリーンな兵器だ」

「死神、ですか」

「ああ。“大惨事”の時には、相当猛威を振るったようだ。表の歴史には、専門書にちろっと一文載るくらいだろうがな。

 何だかんだで戦争が終わって、兵器が必要でなくなった後、ここに押し込められて封印されたらしい……ってのが、僕が父上から聞いた話だ」


 ほうほうと頷きながら、唯華は納得する。この世界の汚点を“客”に見て欲しくなかったから、ムゥは隠したのだろう。彼女が合点のいった様にしていると、白矢はやや感嘆するように声を上げた。


「あんた、冷静だな……」

「……? 取り乱す要素、ありましたっけ」

「もしかして信じてねーのか? 無理もねーけど」

「信じてますよー、風上さんがわたしに嘘を吐く理由が無いですし。あなたがどうしようもないオオカミ少年だっていうなら、別ですけど」

「今の話を頭から信じられるのは、それはそれでおかしいんじゃねーのか。いきなり『死神』とか言われて、それで納得出来るのは……あぁ、あんた“客”だもんな……」


 “客”だから、と納得されたのに、唯華は首を傾げる。この世界は、地球に様々なファンタジー要素を足したような世界と認識していたが、彼の口ぶりからするに、神様の存在は常識的ではないのだろうか。どこまでがアルシードでの常識で、どこからがアルシードでも非常識なのか、じっくり見極める必要が有りそうだ。

 なんだかんだで、やっと納得出来る理由を知る事が出来た。そして、こちらでやりたい事も増えた。一つのわだかまりが解けたのに、ほっと安堵の溜め息をする。


「これが僕の知っている事だ。じゃあな、“異客”。今度こそ帰る」

「ええ、ありがとうございました。また来て下さいね」

「ケッ」


 くるりと髪を靡かせ、白矢は再び背を向けると、そのまま門の方へ庭を横切って行った。唯華が静かにその後ろ姿を見送っていると、彼は門を抜ける前に、ぴたりと足を止めた。


「何時まで見てんだよ。……ああ、言い忘れてた」

「はぁ」

「その、なんだ……あのな……うん、まあ……えー、コホン!

 ……う、うまかったから」


 聞こえるか聞こえないか程度の小声で言い残すと、白矢はそのまま大股で駆け出してしまった。みるみる彼の姿は遠くなり、木立の向こうへ消えてしまう。遠くから、人が盛大にずっこける音と彼のものと思しき悲鳴が聞こえてきて、唯華は思わず笑ってしまった。


「随分と恥ずかしがり屋さんなのですねぇ、あの方は」

「ええ、その通りのようデスねぇ」

「──って、う、うわっ!? ムゥさん!?」


 いつの間にかしれっと隣に立っていたムゥに、唯華は仰天して思わず飛び退いてしまった。一体どうやれば、ここまで気付かれずに接近する事が出来るのだろうか。


「スミマセンねェ、先ほどの話、一部始終を聞かせて頂きマシタ」

「あ、あのう。その、悪気は無かったんです。ただ、どうしても気になって」


 どこか詰責するような色を含んだ声に、唯華は何故だかしどろもどろになって弁明した。しながら玄関扉の方に振り向くと、背を壁に寄りかからせて立っているテナの姿も有り、唯華は更に罪悪感を深くする。


「……ユイカは、悪くないよ。むしろ、言わなかったオレが悪い」


 彼は壁から背を離し、普段よりも深く顔を俯かせたまま、徐に唯華の方へ歩み寄る。その表情は、この距離ではよく見る事が出来なかった。数歩程進んだ所で、彼は足を止め、顔を上げた。


「ごめんね。でも、オレは、ここから離れられないから……あの“御柱”に頼めば、匿ってくれると思う」

「……はい?」

「“死神”と、いつか自分を殺める存在と一緒なんて、嫌だろう。だから……」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ。テナさん、勝手に暴走しないで下さい! ……ムゥさん、あの」

「先ほどのホワイトロングの話の真偽デスか? ま、おおよそ真実デスよ」


 隣にて、いつもの笑顔で傍観するムゥに、軽く確認を取る。しつつ、気の毒な程悲しそうに目を歪めるテナの方へ、改めて向き直った。少し彼の方へ歩み寄って、労せずとも互いの声が聞こえる程度に近づき、そして口を開く。


「今更『出て行け』なんて言われても、わたし困りますし……それに、テナさんの事は嫌じゃないですよ? むしろ、好ましいとすら感じています」


 友人として、こういう優しく善良な者は好ましい。そう長くない、むしろ短い付き合いだが、これまで出会って来た中で最高級に付き合いやすい人物だ、と彼女はテナを評価している。多少無口で無表情な事なぞ、瑣末事でしかない。


「そんなあなたの正体がどうだろうと、わたしには大事ではありません。確かに“死神”ってのには、少し驚きましたけど……驚いただけですよ」

「だが、しかし」

「どうしても出て行って欲しいと言うのなら、出て行きますけど……元々わたしは居候の身ですし……でも出来れば、もう少しここに置いて欲しいです」

「そ、そんな事は、言っていない」

「なら、まだここに居ても良いんですよね? わたしは、ここに帰って来て、良いんですよね?」

「……う、む」


 言い包めるようで卑怯だとは思うが、円満に場を収めるのに手っ取り早い。柄に合わずしどろもどろに頷くと、彼は目を逸らし、次いで顔をそっぽに向けてしまった。


「良かった。さ、なら戻りましょう。洗い物をして片付けをしませんと」

「フム。デシタら、ワタシも手伝いマショウ。ほら、テナサン、アナタもデス」

「……ん、おう」


 ムゥにも呼びかけつつ、唯華は玄関扉の方へ向かう。少しぼけっとしていたふうのテナも、やや慌てるようにして彼女の背に連なる。しかし、彼は何故だかエントランスの半ばで立ち止まり、何やら難しい顔をして考え込んでしまった。声をかけようかとも思ったが、考え事をしているならそっとしておいた方が良いかもと思って、唯華はそのまま台所に入って行った。




 故に、彼女たちはテナの独り言に気付く事は無かった。彼は、声が拡散しないように、口元を片手で覆いながら、ぶつぶつという囁き声で呟く。


「……この、ましい……?」


 脳裏で、先ほどの唯華の台詞を反芻しながら、その一つの形容詞を口にした。凪であった心に波が生じ、その波は心臓をどくりと大きく脈打たせる。


「……そういう、こと……なの、か……?」


 俄に頬に朱が差した。胸が焼けて、息が詰まるような錯覚を覚える。深呼吸をし、波打つ感情を落ち着かせた所で、いつの間にか自身が立ち止まっていて、唯華たちが先に行ってしまった事に気付いたらしく、慌てて早足で台所に向かった。

 彼女の言葉は、恐らくは単に友人としての意味なのだろう。しかし、そうでないと思いたい自分が確かに存在する。一先ずはその幸せな勘違いをしておく事にして、テナは普段通りの仏頂面を作り、台所のドアを開けた。

二章はここまでです。

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