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森の賢者は噂を聞く。

 アキヒサが出ていって7年が経った。

 私は現在、本が欲しくなって近隣の街に買い物に来ている。私は時々外に出て、本や暇つぶしの道具を買いにいく。それ以外は外には出ない。ずっとあの深い森の中で私は過ごしている。

 私が足を踏み入れているこの街は、王国の端に位置している。そのためか、にぎわいはなく少し寂れている。

 王都は大国なだけあってにぎわっているだろうが、此処は王国の中でも田舎なのだ。でも、だからこそいい。人が多い場所より、少ない場所の方が私は落ち着く。

 それにこの街の周りは自然に溢れている。街の周辺には花畑が広がっていて、見ていて気分がいい。それに精霊も結構いる。だから私はこの街自体は気にいっているの。

 街の中央部には大きな噴水があって、その場所は街の人々の憩いの場となっている。

 風通しの良いこの街は前愛敵にのどかな雰囲気を纏っていて、穏やかな気持ちになれる。

 私は街の中を歩く。ただ、本屋に向かって足を進める。そんな中で、街の人々の話声が響いてきた。

 「聞きました? 帝国がきな臭いらしいわ」

 「ええ。実際に帝国の軍を見たものもいるのでしょ?」

 「でも大丈夫だよ。だって『救世主メシア』様がいるもん!」

 『救世主メシア』という単語に私は思わずぴくりと反応を示した。

 聞こえてくる声にアキヒサはちゃんと民に慕われているのだと少しの安堵を感じる。

 それと同時に、帝国がきな臭いという事に思わず眉をひそめてしまった。アキヒサが圧倒的な力で、制圧したのはわずか7年ほど前である。

 それなのに、たった7年で王国に手を出そうとするのだろうか。

 とはいっても、7年という年月は普通の人間からすれば長いのだろうとも思う。私からすればたった7年だけれども。普通に考えれば子供が大人になるぐらいの長い期間だ。

 本屋に向かう中で、少し気になったから私は魔術を行使した。噂話を集めるための魔術。

 ひきこもってばかりの私は、周りの譲歩をそこまで多くは知らない。今までなら人間がどうなろうともどうでもよかったから、情報収集なんてほとんどしていなかった。

 だけれども、アキヒサがどうしているか身内として気になった。

 魔術によって、沢山の情報が私の耳に流れ込んでくる。

 『帝国は最近戦争の準備をしている』

 『王国も周りを属国にしようって意見が出てるらしいわ。『救世主メシア』様の力を借りて』

 『『救世主メシア』様なら誰にも負けないもんな』

 流れ込んできた言葉に、ため息が漏れた。

 利用しようと思っている人間はやっぱり少なからずいるようだ。

 アキヒサは勇者補正もかかっていて、身体能力も超越しているものがある。魔術面は私より遥かにおとっているが、身体能力はアキヒサの方が上だ。

 今はアキヒサは『救世主メシア』として慕われている。ただもし負けた場合、その扱いがどうなるかはわからない。一つの行動で人は惑わされる。たった一つの行いが、その後の評価につながる。

 そして人は噂に惑わされてしまうものだ。だから、今はようても今後どのようんあるかは全くわからない。

 他にも色々と噂が聞こえてくる。

 『帝国は最近活発に戦争をふっかけているらしい』

 『属国も増えているみたいだし…』

 『何でも『悪魔』って呼ばれる人がいるんだよね?』

 聞こえてくる声。住人達の噂。

 それは帝国に居るらしい『悪魔』と呼ばれる存在についての話だった。

 そんな存在が居るなんて知らなかった私は、思わずその噂に耳を傾けた。

 『『悪魔』は敵国の人間を焼き殺したらしいわ』

 『まぁ、おそろしいわね』

 『凄く強いんでしょう?』

 『3年ほど前に突然現れたと聞くわ』

 『まだ若い男で――』

 この王国の『救世主メシア』と呼ばれるアキヒサのように、帝国には『悪魔』と呼ばれる圧倒的存在がいるようである。

 敵国の人間を焼き殺した、と他国に広まるほどの威力を持つ魔術を放つ存在。それを聞いて私はもしかしたら、私やアキヒサのように魔力量が多いのでは、と思った。最近現れたらしいが、少なくと魔術の腕はアキヒサより上かもしれない。

 アキヒサは魔術に関して発展途上。帝国の『悪魔』はどうなのだろうか。それに国によって魔術の発展も色々と違うものだ。

 聞こえてくる噂を頭の中で整理していく。

 『王国は『悪魔』が出てきた時、『救世主メシア』様に頼むそうだわ』

 『そうだな。救世主メシア様以外に太刀打ち出来る者はいないからな』

 誰もアキヒサを、アキヒサとは呼ばない。王国の民からすれば、アキヒサの救世主メシアって肩書が重要で、名前なんて気にしていないのだろう。私だってそうだ。賢者や魔女と呼ばれたことはあるけれども、誰も名前は気にしない。

 肩書が大事なのだ。名前なんかよりずっと。

 個人として自分を認識してくれる人が誰もいないというのは空しい。肩書でしか見ないって言う事は、その肩書に相応しくない行動をとったら周りの態度は少なからず変わる。

 私もあの時のトリップ少女の時に追い返したからこそ、魔女扱いされた。王国で伝わっている『賢者』に相応しくない行動だったから。

 勝手に期待して、勝手に失望して、勝手に噂する。

 力があったら戦わなきゃいけないとか、賢者だから誰もを助けなきゃいけないとか、そうやって押しつけられるのは私は少なくとも嫌い。

 勝手なんだ、凄く。私だって自分本位で、自分勝手な人間だからそんな風に文句を言うのはおかしいかもしれないけれどさ。

 『悪魔』と呼ばれるその存在が、どういう人間なのかわからないけれど、恐ろしく強いと噂されているのだ。帝国が王国に、救世主メシアであるアキヒサに、喧嘩を売って勝てると思うほどに。

 利用されているのか、自分の意思であるのか。

 思考を巡らせながらも、私は息を吐く。

 「……考えても、仕方ないか」

 そう、考えても仕方はない。結局気にしているとはいっても私は現時点でアキヒサのために動こうという気はない。

 アキヒサは自分の意思で出て行った。自分の意思で人間の溢れる場所に向かっていった。だからどうなろうと、私には知ったことではない。

 そう思うのに、胸騒ぎと心配が胸を掠めて、思わず苦笑した。


 その後、私は本を買うとさっさと森の中に戻っていくのであった。


 ―――森の賢者は噂を聞く。

 (胸騒ぎをしながらも、彼女は動かない)

 

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