森の賢者は過去の自分を思う。
500年以上の歴史を持つ大国、ナシトア王国は衰退の道をたどっていた。
時の王、ナシャタ。その王の政策により国は荒れ果て、人々は貧困していた。その時点で王族への信頼は失せていたとも言えるだろう。
それに加えて近年問題になっていた『魔力欠病』の原因が明らかになり、王家に不信感を持つ国民に反乱の意をもたせるにはそれは十分なものだった。
国民達は反乱軍を形成する。
王を打倒せんと動く中で待ちうけるのは、隣国である帝国からの襲撃。そんな反乱と戦争の中で一人の英雄が生まれた。
その英雄は、『救世主』と呼ばれるようになる。
『カタラーツ文庫刊/『救世主』と呼ばれた男より出展』
衰退をたどるはずだったナシトア王国はお人よしな元勇者であるアキヒサの手によって、滅亡を免れることとなった。
私が今読んでいるのは、アキヒサについての記述の書かれた本だ。
相変わらずカタラーツ文庫は、賢者とか魔女とか救世主なんていうものに関する本を出すのが好きらしい。よくそういう本を出しているのを見かける。私についての本も大方ここから出ているしね。
アキヒサが私のもとを去ってから既に3年が経過している。力だけはあるアキヒサは出て行った後、王国の反乱軍を導き、帝国を押しのけ立派に過ごしているようだ。元々勇者として召喚された人間であるし、そういう素質はあったのだろうと思う。
私は精霊と一緒に、アキヒサが来る前と同じのんびりとした生活を送っている。
前と変わらない日々。充実しているはずなのに、何処か寂しさを感じるのは私と同じであったアキヒサが居なくなったからかもしれない。
椅子に腰かけたままふぅと息を吐いて本に視線を戻す。
綴られているのは、3年間のアキヒサのやったこと。国を救ったからと、アキヒサは救世主(メシア
と呼ばれている。まさに国からすればアキヒサは英雄なのだろう。
今はアキヒサは城に滞在して、英雄として暮らしているようだ。とはいっても書物の内容と実際は異なることもあるだろうし、今はどうしてるか少し心配した。やっぱり私は身内には甘いらしい。
私も遥か昔、トリップしてからドラゴン退治などをした事がある。あれはあの王子に騙されてやってしまったことだけど。一時期、私は英雄扱いだった。
あの頃の私は本当に幼い、まだ10代で若かった。此処まで擦れてなんてなかったし、無条件に人を信用してた。バカだったんだと思う。幼くて、考えがたらなかった。だから結果として騙された。
力があるって事はそれだけで利用価値がある事なのだ。人間全てが良い人間なわけではないのだ。国の上層部に行けば行く分だけ欲深い人間はきっと居る。策謀が疼くのが王宮っていう場所だ。権力に固執しているような貴族だって居るだろうし、王宮は色々と面倒だって経験から知ってる。
疑ってかからなければならないのだ。ああいう世界は。誰が味方が誰が敵か。それをきっちりと見わけてそれで行動していかなければならない場所。昔の私はそんな事全然考えてなくてだから散々利用された。
アキヒサも同じようにならないとは限らない。
もしアキヒサが私と同じようになったらどんなふうになるのだろうか。裏切りなんてものをきっとアキヒサはまだ知らないだろうからこそそう思った。
誰かが自分を思いっきり裏切った時の反応は人によって違うだろう。過去の私は泣いて、憎んで、どうしようもない気持ちでいっぱいになっていた。
日本に居た頃の私は、普通に家族がいて、友人がいて、悩みは少しあったけれど穏やかな生活をしていた。策謀なんて関わることのない、普通の高校生をやっていた。だからこそ、この世界での出来事は私にとって衝撃だった。
生きてる時間が長ければ長いほど、人の醜さとかがよく見える気がする。
ずっと生き続けるって事はある意味孤独だし、仲良くなった人を絶対においていかなければならないのだ。過去の私はそのことに泣いた。人間ではなくなってしまったと思った。普通の100年程度しか生きない人間とは異なるものになってしまったと泣いた。それに気付いた時愕然としたし、そんなに長く生きなければいけない事何て実感できなかった。
今は自分がそういう存在何だって受け入れはしているから、不老にも似た自分に嘆いたりはしないけれど、当時は嘆いたものだった。
私がこの世界で過ごして350年近く経つ。未だに衰えない私の外見。老いていくことのない。本当に私はいつまで生き続けるのだろうと自分で疑問に思うくらいだ。不老に近いとはいっても不死ではないから殺される可能性だってあるだろう。私は人間から見たら化け物にも等しい魔力量を所持している。
アキヒサはどう過ごすのだろうか。今の仲間がどうかは知らないが、歳をとらない人間っていうのは普通の人間からしたら不気味なものだと思う。もしその時代の人々が受け入れてもらえたとしてもその後の人間達がアキヒサをどうするか何てわからないのだ。
過去の自分と、今のアキヒサがどうも重なる。
私のようになってしまうのか、と思うと何とも言えない気持ちになる。やっぱり私は身内には甘いのだろう。それにアキヒサは私と同じ長寿だから、何て言うか妙な仲間意識がある。
そこまで考えて、考えても仕方がないかと私はぱたんっと本を閉じた。
―――森の賢者は過去の自分を思う。
(昔の彼女は、愚かな子供だった)