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森の賢者は本を読む。

 『救世主メシア』と対等に渡り合えたとされる『悪魔』が消えた事により、王国は優勢な立場となった。

 『救世主メシア』の前では、『悪魔』無き今、帝国がやりあえる事は叶わなかった。

 ある時は強大な魔術を行使し、ある時は尋常ではない身体能力を行使する。

 『救世主メシア』が力を振るえば振るうほど、帝国は戦力と共に闘う意志をそがれていった。

 そして、帝国との戦争は『救世主メシア』の活躍により王国の勝利として終わる事となる。

 『救世主メシア』は真に王国の英雄と言えるだろう。 



 『カタラーツ文庫刊/『救世主メシア』の戦いより出展』







 「英雄ねぇ…」

 『悪魔』―――フランツの服従の魔術具を解除し、『悪魔』と暮らすようになってたった4ヶ月。それだけの間で、戦争は終わった。

 フランツは自分のせいで帝国が負けた事に色々と思う事はあったようだった。でも利用されていた事は理解していて、殺したくないって思いもあって、帝国に戻ろうという思いはなかったみたいだった。

 今、私とフランツは向かい合って座っている。

 フランツは魔術書と睨みあいっこしていて、私はアキヒサについての本を読んでいた。

 魔術構築式は覚えるだけならまだ子供でも出来るけれど、正確に意味を理解するっていうのは時間がかかる。

 実際、アキヒサだって50年間の間でそこまで理解しているとは言えない。そもそもアキヒサは勇者として王国で魔術を習ったのもあって、使えるんだからそこまで積極的に学ぶ必要がないと思っていたのか、フランツみたいな学ぶ必死さはなかった。私も私で、アキヒサに魔術を積極的に学ばせようという意志も特になく、教えてほしいとも言われなかったから魔術について伝授はそこまでしていない。

 そもそも聞かれない事を教える気なんて全くないし。フランツは知りたがってるからおしえてるだけだ。

 フランツの場合は、服従の魔術具を着けられたっていう経験があるからこそ、それに対処する方法も知りたいみたいで必死だ。何より、魔術の勉強をするのが結構好きみたいで、だからこそ、教え甲斐がある。

 「『救世主メシア』ってセイナさんの血縁者なんですっけ」

 「ええ。地球の頃の弟の孫ね。弟に顔がそっくりで、勇者としてあらわれた頃には本当にびっくりしたわ」

 パラパラと捲って読んでいた本を閉じて、私は別の本を開く。それは帝国で出版された本だ。








 あれこそ、殺戮者であると私は言える。『救世主メシア』なんかではない。

 我が国からすれば、あれはただの恐ろしい化け物だ。一つの魔術で、軍隊にダメージを与え、どんな大人数で襲いかかっても撃退される。

 そして何より歳をとらない。

 姿形の変わらない化け物―――それが『救世主メシア』を表すに相応しい言葉である。あれは、人ではない。

 ああ、『悪魔』様はどうして我らを身捨てたのか。『悪魔』がいればこの帝国だって勝利し、多くの命が散る事がなかったというのに。


 『シルフィー文庫刊/帝国民の嘆きより出展』







 結局英雄なんて、敵国からみたら化け物でしかない。紛れもない殺戮者。多くの命を散らす存在。

 アキヒサはちゃんとそれを理解しているのだろうか、幾ら王国にとっては英雄だとしても他国からすれば化け物だという事を。

 国王の事を名前呼びしていたし、親しいのだと思う。だけれども、その次の世代がアキヒサを受け入れるかわからない事をちゃんと理解しているのか。

 この10年近い期間のアキヒサは、きっと優しい人達に囲まれていたのだろう。それでも、いつかは周りは死んでいくのだ。

 私は人の死になれすぎてしまっている。人が私より先に死んでいく事を割り切りすぎてしまっている。だから誰が死のうと何も気にしない。

 でもきっとアキヒサは違うだろう。幾ら敵国の人間を殺していようとも親しい人間の死は堪えられるのだろうか。

 「セイナさん、難しい顔してどうしたの」

 「…ちょっと考え事をしていたのよ」

 フランツに向かって、そう答える。

 王国がこれからどう動くつもりなのか、とかわからない。ただ、英雄を永久的に所持出来るという事でそれを自分の力だと過信して動かないとも限らない。それに出る杭は打たれるもの。

 王国がこれでどんどん力をつけていったとすれば、他国にとって邪魔者以外何者でもない。戦争に介入するのも、王国で暮らすのもアキヒサの意志だ。

 ただし、最悪の未来を想像してないアキヒサはどうかと思う。

 前に会ったアキヒサは英雄として暮らしていても、私が敵になる事を想像もしていなかった。自分の力を過信して、私に勝てると思いこんでいた。実際私は魔術の研究はしても大魔術と呼ばれる類のものはあのアキヒサと暮らしていた50年の間で使った事はなかった。

 使う必要がなかったからだ。

 やろうと思えば私は人を大量虐殺する事も出来るし、人を害するドラゴンみたいなモンスターを倒す事だって出来る。

 でもやろうとは思わない。

 結局戦争なんてそこら中で起きている事で、一々介入するのは面倒だ。人っていつだって争い合ってる。戦争だったり、モンスター達が繁殖する時期だとモンスター相手に戦ったり。

 強大な敵がいる時は、まとまるけどそうじゃなければ争い合うものだろうし。

 それにしても自分勝手。帝国も。フランツがいれば勝てた。いなくならなければよかったって。

 服従させて戦わせた事実を帝国民は知らないのかもしれない。それでも、結局力を使うも使わないも本人次第で誰にも責められる筋合いはないのだ。

 王国民や帝国民はまだ国のため、故郷のためと戦っていけるかもしれないが、アキヒサもフランツもそうではないのだ。アキヒサはただお人よしだから力を貸していて、フランツは服従させられ無理やり従わされていた。

 だから感謝はしても文句を言うのは違う。力を貸してもらってる側が色々と文句を言うなんて、馬鹿みたいだと思う。実際私もこの世界に来た当初は、力はあっても生物を殺す事に戸惑った。動けなかった。その時は責められて、王宮で居場所がなかった。

 そんな風だったからこそ、必死だった。気付いたから、あそこの人間は不要なら私を簡単に切り捨てると。迷い人で利用価値があるから、おいていてくれているのだと。

 その点を考えると昔のトリップ少女は幸福だった。私が地球にはかえしはしなかったけど、王妃として居場所があった。人に好かれる体質なのかもしれない。そう、ああいうタイプは利用されそうになっても周りに守られて無事な気がする。

 でもそれは本当にトリップ少女に魔力がなく、力がなかったからだ。長寿で力がある私やアキヒサやフランツはそういう風にはならない。

 羊皮紙を取り出して、迷い人と呼ばれる存在について私は考える。

 まず、フランツの話から導き出したものを仮定として考えてみる。地球がこの世界の上にどんっと乗っかってるのをイメージして、そのまま下に落ちていくとする。

 地球とこの世界との間で、少なくとも迷い人が魔力を持つようになっている。では、その魔力は何処から手に入れられているか。そして、魔力量が多い人間と少ない人間の違いは何か。

 私が知っている地球からの人間を考えてみよう。まず、私は350年以上前にこの世界に落ちてきた。そいて美少女ちゃんは150年以上前。アキヒサは召喚だから少し特殊だけど、50年以上前。そして目の前のフランツは数年前。

 で、考えてみると…、召喚は除外して考えて大体150年周期ぐらい一人きているような気がする。それでいて、トリップ少女と私やフランツの違い。

 落ちてきた時代。だけれども多分それだけではない。地球とこの世界の間の空間が、変化している? 一定周期でその空間内で変化がある? もし、私やアキヒサやフランツが同じ場所から魔力を摂取しているとすれば…、50年前は私とアキヒサの魔力の質が似ているのは血筋かと思ったけれども、そうではないと仮定出来る。

 それに私の知っている迷い人は地球人しかいない。この世界の迷い人は上の世界からこの世界に落ちてくる存在なのかもしれない。少なくとも時々地球人が紛れ込んでいるわけだから、地球とこの世界との間に穴でも出来るのかもしれない。

 さらっと羽ペンでそこら辺をメモしていた私はフランツに呼びかける。

 「フランツ、少し知りたい事があるから魔力を調べさせて」

 「え。あ、はい」

 そしてそのまま解析の魔術を行使する。

 「…やっぱり似てるわね」

 「え、何がですか?」

 「あなたの魔力の質と私やアキヒサの魔力の質がよ。となるとやっぱり迷い人って同じ場所から魔力がとりいれられているのかしら……」

 王国民や帝国民とは何処か違う魔力の質だ。所々で、私と同じ質の人間もいるみたいだけどそれは薄いし、多分迷い人の血が入っているからだろう。

 そういえば…、世界を渡った時に何処か心地よい魔力を感じた気がする。世界から世界へ渡るときに。もしかしたらそれはこの世界特有なのだろうか? その魔力が迷い人の体に入っていくとして、世界を渡った時には入らなかった事を考えると…、異世界から生物が迷い込んできた時のみ間にある魔力がその生物の体に吸収されるという事だろうか?

 それなら一応つじまいはあう。この世界では魔力がなくてはいけなくて、その法則を正すために入ってくる魔力のない異物に魔力を与える。

 フランツがいなきゃ日本人だから何かあるとかいう考えも出来たかもしれない。アキヒサと私しか魔力量を多い者がいないから家系とも言えたかもしれない。

 でも全然関係ないロシアのフランツもこうなのだから、そのどちらも違う。

 「同じ場所からとりいれられてる?」

 「ええ、おそらくだけれども。その可能性があるわ。実際異世界からやってきた私達は何処から魔力を摂取しているのかは謎でしょう? この世界は魔力がなければ生きていけないと一応私の中で結論づけられているの。だから世界に入った時に魔力がなければそこで死んでるはずだと思うの」

 実際『魔力欠病』と呼ばれる勇者召喚のためのもので、多くの人間が死んだ事もその証拠だろう。魔力がなくなったから死んだのだ。魔力がなければこの世界では生きていけない。

 それらの結論を羊皮紙に書いていく。

 「となると、地球とこの世界との間に多分魔力が溢れているか何かしてると思うわ。魔力のない生物から魔力を持つ生物に作り替える何かが。ただ、どうして魔力量の多い人間と少ない人間がいるかは謎だわ。

 世界側で多い時と少ない時があるのか、それとも私達が魔力を取り入れやすい体をしているかって事よね」

 あとアキヒサが召喚で強化される事を考えると、地球とこの世界との間では人の体をいじる事が簡単なのかもしれない。とはいっても、世界を渡るのは一瞬であるし、召喚の魔法陣とかに組み込まない限り意図的にはいじれないだろう。

 それとも入ってくる時に魔力を持つ存在に作りかえる時だからこそ、いじりやすかったのかもしれない。

 「セイナさんは魔術に詳しいですよね…」

 「そりゃね。昔の子供だった私は地球に帰りたくて必死だったもの。必死に勉強して、生みだした時にはもう150年たってたわ。それから世界を渡る術を行使して、地球でも此処でもない異世界にいってしまったり、地球にたどり着けても日本じゃなくて、外国で全然わかんなくて。言語を共有するような魔術を生み出さなきゃ、私が迷ってきて何年たったかもわからなかったわよ」

 この世界では言語共有が勝手にされているけど、地球じゃそうもいかなかった。外国の言葉は外国の言葉として聞こえて意味がわからなかった。しかも街中にいきなり出現したせいで、慌てて姿を周りに見えないようにした。あれ以上みられてたら流石に人がいきなり現れたと広まって大変な事になってた気がする。

 で、頑張って言語共有の魔術を開発した。時間かかったけど、帰るための魔力が完璧に回復するまでの間で長い時間がかかったからその間に生み出した。

 そもそも地球のお金なんて持ってないし、私に出来るのは徘徊する事だけだった。行方不明になって長い時がたってる事にも気付いたし、昔の姿のままだったらただの化け物だってわかってた。空を飛べたりはするけれども、転移の魔術でも距離がありすぎると行使できないし、パスポートとかないから船とかのれないし。

 そもそも外国から日本に飛んで渡るとか距離がありすぎて流石の私でも無理っぽいと思って魔力回復したらさっさと帰った。

 世界を人の力で渡るのって普通に難しいの。渡った場所の指定なんてできないし。物を送ったりするのもそう。指定はできないし、本当大変なのよね。

 「世界を渡る魔術ですか…」

 「ええ。150年間必死に勉強して生みだしたの。でも私の魔力ほとんど持っていかれるわ。そして、魔力量も何もかもそのまんま姿形もそのまんま。私はもう長寿な魔術師で、普通の人間じゃないもの。向こうでも大分時間がたっていたしね」

 本当に必死だった。帰りたいと思ってた。でも自分はもう普通の人間じゃないってわかってた。

 ただの化け物だ。地球人からしても、この世界の住人からしても私達みたいな存在は。ただこの世界の方が魔術が当たり前にあって、150年ぐらい生きる長寿ぐらいなら受け入れられている。

 それに精霊がいるから、私は此処で生きている。

 「150年もかかったんですか?」

 「ええ。そうよ。ずっと魔術を勉強してようやく完成したの。でも魔力をもっていかれすぎるからあんまり使いたくないわ。違う世界にいっても魔力がなくなれば死ぬっていうのは同じなの。私もフランツも魔力がなくなったら死ぬ生物になっているの。

 だからはじめてつかった時は死ぬかと思ったわ。魔力とられすぎて」

 説明をしながら苦笑を浮かべてしまう。地球では魔力がなくても生きていけたのに、今の自分はもう魔力が体内から失われれば死ぬ生物になっているのだ。言いかえればこの世界の法則は何処までも強すぎるのだ。

 本当、そんな魔術をどうでもいい人間のために使わなかったからって私を魔女呼ばわりしたあの時の王子とトリップ少女には今考えても呆れる。

 「…そうなんですか」

 「ええ。それに前に私が地球にたどり着けたの偶然だもの。失敗して別の世界にいった事もあるわ。地球に行くつもりなのに。失敗したり。魔力回復が速い世界と速くない世界があったから、帰ってくるのにも色々大変だったわ。まだこの世界には私になじんだものが多いからそれを手掛かりに帰ってこれた。でも地球にはもう私がいた頃より時間がたっているし、手がかりがないから難しくて。どうにか自分の思う地球を思って頑張っていったのよ」

 大体その時地球から私が消えてこっちの世界では150年たっていたのだ。もはや、どう地球が変わっているのかとか、全然わからないし、地球の記憶もうろ覚えだった。

 本当この世界に帰ってくるにしても、場所指定出来なくてわけのわからない場所に飛んだりして…、海の上だったりした事もあった。本当に世界を渡ったのなんて三回だけだけど、それだけで行くのも帰ってくるのも疲れた。だからそういう魔術を自分で使う気は今のところない。

 この世界の法則より強い魔力のない世界に間違っていったら私にとって第二の故郷とも言えるこの世界にも帰ってこないっていう事になるのだ。ただ帰ってくるのは行きより簡単だ。何て言うか、この世界魔力が充満しているのもあって、魔力を目印にすれば結構家の周辺とかにこれるものだ。

 あと地球みたいな魔力がない世界で魔術使うのって凄いかったるい。元々ないものなのだから、地球にとって私は異物だったのだろう。いるだけでも何だか気分悪い節もあったし。

 転移の魔術もそのせいもあって難しかったし、帰還の魔術も色々難しかった。帰ってこれて安心したけれど。

 もう本当に疲れるから使いたくないの。世界を渡る魔術は。

 「どうでしたか…?」

 「時間の進み具合が違ってこっちより遅くゆっくり進んでたわ。実際50年前にアキヒサが来た時も向こうではそんなにたってなかったわね。進み方も違うしわかんないわ。今向こうでどれだけたっているか。私がいった時はそこまで変わってなかったわね」

 今は大分たってるだろうから、本当色々進歩しているでしょうけど。ちょっとフランツに現代のロシアがどんな感じなのか聞いてみても楽しそうね。

 そんな事を思いながらも私はまた、本を読み始めるのであった。



 ――――森の賢者は本を読む。

 (彼女は救世主についての本を読んで何を思うのか)

 

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