お姫様の戦い3
基本的に、私は貴族同士の茶会を好まない。
何が嬉しくて自慢と噂と悪口しかない話に参加しなければならないのか。
彼女たちと、彼女たちに付き従う侍女の目はさりげなさを装いながら私の動きを逐一観察し、少しでもおかしな態度をみせれば、すぐにそれは噂となり、尾ひれ背びれ胸びれまでつけて泳ぎ回るだろう。
自分以外の美しいものを疎み、自らを高みに持ち上げるのではなく、他を落とすことによって自分を上にしようとする。
それを楽しむ強者もいるが、私はそうではない。
百合にたとえられた微笑を浮かべ、エメラルドと謳われた目で悪意をはねつける。
こんなことを小一時間でも続けていたら、胃がおかしくなる。
今日の茶会も、同じようなものだった。
違うことを考えながら、意見を求められれば小首をかしげてあいまいに微笑む。
それだけで勝手に話が進んでくれるのだから、この顔をくれた母に幾千の感謝をささげたかった。
さっさと終わらないかな。
出された茶菓子を口に含む程度で食べ、あとはひたすら茶を飲む。
今日の主催者であるダリア様は、集めた同じ側室令嬢たちの噂ばかりにけだるく髪をかきあげた。
「どれも似たようなものばかり。なにか目新しいものを知っている方はいらっしゃいませんこと?」
自分よりも爵位が低い、八華にも入っていない令嬢たちにそう言った。
令嬢たちは目配せをしあい、小さくうつむく。
私は茶を飲むふりをして、その光景を無視した。
いやな沈黙が続く。
しばらくして、ダリア様の侍女がその沈黙を破った。
「市井の闘技場で今、活躍をしている人がいるそうですわ。」
「まあ、どんな殿方なの?」
普通なら茶会で侍女が話しに入るのは良しとされないが、この場においてはダリア様に気に入られている侍女は、ダリア様の機嫌が悪くない限り、とがめられたりはしない。
「それがなんと・・・娘だそうです!」
飲んでいた茶を噴出しかけた。
なんとかこらえ、咳き込みたくなるのを我慢する。
その間にも、興味を持った令嬢方がその侍女の話をきらきらした目で待っていた。
「娘?女性が男の方に混ざっている、ということですの?」
闘技場、というのはその名の通り、腕に覚えのあるものたちが体を張って戦うものだ。
いくつかの規則があり、武器は使用してはいけないこと、相手が負けを宣言したら終わりにすること、など、娯楽の要素が強い。
筋骨隆々な男たちが半裸になってとっくみ合い、殴り合う。
国を建国した初代国王の時代からある、国を代表する娯楽の一種だ。
闘技場で人気のある闘士は宮城に招かれることもあり、たくましい男たちには貴族令嬢から見初められることもあった。
もちろん男の競技だ。
数少なく女性もいるが、男尊女卑のこの時代、女性はめったに出てこないし、そもそも傷がつくこと前提のものだ。出たがる女性も少ない。
そのなかで活躍しているというのだから、かなりのイロモノだろう。
「そうなのです。ですが、負けはほとんどありません。」
「ではとても体の大きい、牛のような人なのではなくて?」
嘲笑に笑いさざめく令嬢たち。
私は持っていた茶器を皿に載せた。
かちゃん、という音に噂で興奮していた令嬢たちが私を見た。
「そろそろ時間ですでの、私は失礼させていただきますわ。」
「あらマルス姫さま、もうお帰りですの?」
「ええ。今日は楽しかったわ、ダリア様。」
私が立つと、皆もあわててたつ。
この中で一番位が高いのは私なのだから当然だ。
私が去るのをきっかけに、茶会は解散となる。
多少強引ではあったが、時間はとうに過ぎていたし、問題ないよね、と自分を納得させた。