お姫様の戦い2
着替えが終われば、次は朝食。
用途不明の、やけに長いテーブルに端に座り、次々と給仕される冷めた朝食に手をつける。
そばにはエリスを始め、女官長のセレナが立って私が食べる様子を見ていた。
この長いテーブルに一人で食べるようになってから、セレナに食器の持ち方、食べ物の食べ方、椅子の座り方、食事の礼儀作法はすべてを叩き込まれた。
ある意味教師である彼女は鋼のような人で、彼女がそばにいると少しだけ緊張する。
毒見のせいで量は少ないし、腕のある料理人たちが腕をふるっているのはわかるのだが、味がわからない。
それでも食べなければ腹は減る。
この後はシュクジョの嗜みである詩や縫い物の勉強や、政治経済の勉強もあるのだ。
最後の一口を飲み込み、ほっと息をつくと、セレナが緑色の液体が入ったグラスを差し出した。
「マルス姫様、これをどうぞ。」
「・・・これは、」
「これには血行を促進するアカナンの根と、骨を丈夫にするジュウソの種と、疲労を回復するルレイの蜜、それから月のものを安定させる石割草が入っております。」
「・・・そう。ありがとう、セレナ。」
緑色の液体は、液体と呼ぶのがはばかられる物体だった。
ゆらすとたぷたぷと動くのだが、やけに動きが粘着質だ。匂いもひどい。
「食後に服用すると、効果がさらにますのだそうですよ、マルス姫様。」
「そうなの。いつもありがとうね、セレナ。」
真剣なまなざしで見つめられ、くすりと笑ってしまう。
セレナは厳しいが、いつだって私のために一生懸命なのだ。
ただ、アカナンの根は辛いし、ジュウソの種は苦い。味をごまかそうと甘いルレイの蜜を入れたのだろうが、石割草と合わせてしまうとすっぱくなってしまうのだが。
効能だけを考えた結果だろうが、猫が嗅いだらすぐに砂をひっかけるだろう。
実は味と匂いと見た目のひどい飲み物は今日で三日目だったりする。
毎日毎日違う効能だが。よくこれだけ味のひどいヴァリエーションを発見できたな、と逆に関心する。
「いただきます。」
熱い視線を感じながら、そっと口をつける。
息を止め、一気に傾けた。
目を閉じ、すべての感覚を遮断する。
感じない。感じない。
喉が異物を押し返そうとするのを気合で押し込め、下に感じる得たいのしれない感触を流し込むことで耐える。
「・・・ごちそう、さまでした。」
にっこりと笑って、セレナの親切を飲み下した。
眉にしわひとつ寄せたりしない。
優雅に、美しく。
グラスにテーブルにおき、口を布で拭いた。
立った拍子に冷や汗が背中を一筋伝った以外は完璧な朝食だった。
朝食の後は、王家の娘としてのたしなみを学ぶ時間。
他国から呼び寄せた高名な詩の教師に、現代から古代の詩まで一文、一文、丁寧に教えてもらう。
途中、朝食で飲んだセレス特性ジュースのせいか、胸がむかむかした。
それを除けばおおむね順調な授業だっただろう。
興味が無いせいで眠かったけど。
昼食は無く、休憩もかねて父の側室たちとお茶会。
さして仲良くもない側室たちなのだけれど、私が第二王女であり、父にも可愛がられていることもあって、たびたびお誘いの手紙が来る。
正直迷惑だが、断るわけにもいかない。
誘ってくださったのは、父に気に入られている八華と呼ばれるうちの一輪、ダリア様だ。
アイロット侯爵家の方で、真っ赤な赤毛の、その名にふさわしい華やかな女性だ。
しかし、貴族の娘というだけあってなかなか自尊心も高い女性。
華の国と名高いリンフェイでも流行の髪飾りを身につけ、洋服もリンフェイ製のものばかり。
国を超えれば関税もかかるし、リンフェイのブランド商品ばかりを買っているため、お金がかかるかかる。
しかも、彼女にならって他の貴妃も流行を取り入れ始めたため、すさまじい勢いで国庫が空になりつつあるのだとか。
国民の血税で買われた装飾品をこれから自慢されるのかと思うと、すでに収まったはずのセレナ特製ジュースが胃の腑を荒らすような気がした。