お姫様の戦い1
朝は目が覚めたときからが勝負だ。
まず、枕に隠してある鏡を取り出して、顔をチェックする。
よだれや目やにがついていたら、すぐに拭いさる。侍女が起こしに来る前には綺麗にしておかなければならない。
髪も軽く整えて、また横になってから鏡でチェック。
母譲りの巻き毛は、きちんと整えたらとても豪奢でどんな華やかなドレスにも負けないけれど、一歩間違えたら鳥の巣のようなありさまになってしまう。
ある程度整えて、角度を変えてさらにチェック。
扉を開ける音がして、私はあわてて鏡を枕に突っ込んだ。
目を閉じてしばらくすると、寝台を囲んでいたカーテンがゆっくりと開かれ、明るくなっていくのをまぶたの下で感じた。
「姫さま、朝にございますよ。」
「ん・・・」
少し声を漏らしたりなんかしてみて、ゆっくりと目を開ける。
穏やかに微笑み、薄紫色の髪に緑の目をした彼女の名前はエリス。私が10歳のときからそばにいてくれる、私専属の侍女だ。
ちょうど日の光が私の白い肌を輝かせ、長いまつげに縁取られた青空のような青い目を煌かせているのだろう。
エリスはそっと感嘆の吐息を吐いていた。
私はそれに気づかぬふりをして、まだ眠気にとらわれているふりをする。
ゆっくりと体を起こし、父譲りの金髪を背中に払った。
陽光は私のすべてを輝かせ、際立たせる。輝くように意識しているからなのだが、でもなぁ、と内心ため息をつく。
(今の季節は日焼けがすごいのよねー。エリス、さっさと窓のカーテン閉めてくれないかしら。髪だってうっかり視界に入ったら眩しいし。そもそも寝台が窓際にあるのがおかしい)
内心ぶちぶち愚痴をたれながら、表情にはかけらもそんなものを見せず微笑を浮かべる。
「おはよう、エリス。今日もいい天気ね」
「はい、姫さま。きっと巫女さまが幸せなのですわ」
この国の天気は、巫女と呼ばれる一人の人間によって左右される。
その人は天上より降臨され、神殿の奥深くに住んでいる。めったに出てくることはなく、重要な儀式にしか出ない。
日の光もめったに触れないというのだから、相当な箱入りだ。
まだ眩しくて、怪しまれない程度の速さで寝台からおりる。陽光の入ってこない部屋の奥へ向かった。
すぐさまエリスがドレスを差し出し、寝間着を脱いでドレスに袖を通す。
一般的には、侍女が着替えからなにまですべて行うが、私には理由があるので一人で着る。エリスも一人で着たがっていることは知っているため、髪を結うための準備をしてくれている。
体に出来た青いあざを見られないかひやひやしながらすぐさま身につけると、エリスが近づいて最後に体に合わすように着させてくれる。
エリスの手によって、髪はあっという間にドレスと同色のリボンで編み上げられ、より華やかに、美しくなった。
化粧もさっと仕上げられる。
私の好みで薄化粧だ。
おしろいには水銀と呼ばれる成分が入っている。毒をぬりつける趣味はないので、少しだけだ。
肌も元から白いし。
「今日もありがとう、エリス。エリスのおかげでとっても綺麗になったわ。」
「いいえ、姫さま。姫さまの美しさは清らなる魂からにじみ出るものですわ。わたくしはみなにもその輝きが見えるよう、お手伝いしただけにございます。」
詩というものに興味のない私は、エリスからすらすら出てくる語彙にあいまいに微笑んだ。
清らなる魂って、なんだろう。
鏡に視線を戻し、自分の完成度をいろんな角度からチェックする。
うん、いい感じ。
これで、武の国と名高いガンダルディア第二王女こと私、マルス・エルダ=アルトノス・セ・ガンダルディアが完成された。