緋色とデュナメス
「長い間、世話になったな。」
「ありがとう、標。」
そう言い残して、刀の中にいた天使、エクスシア・ソニアと、標の中にいた天使、ネハシム・ラファエルは、半透明な身体となって飛び去ってしまった。
「また会えるといいな。」
「そうだね。」
刀と標の願いは、はたして叶うのだろうか――それは誰にもわからない、が、きっとかなうんじゃないかと、僕は思う。
そんなわけで――どんなわけで?――
今日も今日とて月曜日、学校ですよ奥さん。
あの後、やってきたアンジェラ達のおかげで僕らは地上に帰ってきて、その後――いろいろあったなぁ。
「姉上、そっちはどうだ?」
「異常なしよー。――まったく、罰だって言うからどんなものかと思ったら――」
彼女達は今、天界の牢獄の最下層にいる。ただし、彼女達がいるのは牢の外だ。
ならなぜこんなところにいるか?
なぜなら、それが天界側が彼女たちに出した『罰』だからである。
その内容というのが――
「なーハルートマルートー、なんか面白い話ないー?」
「まったく……罰がまさかこいつの御守だったとはね。」
そう、牢の中にいるのは、力を失ったルシフェル。
いつ変な気を起こすかもわからないこの男の見張りが、彼女たちに与えられた罰である。
「(ま、こんな奴の御守ってんなら、確かに罰になるけどさ……。)」
大した事がなかったのに、なぜか釈然としないマルートであった。
「わたしはまた旅に出る!」
と、お婆ちゃんこと熾天使ミカエルさんは、天使特有の『若い時間が長い』ことを利用して、もう一度旅に出かけてしまった。まったく、あのお婆ちゃんは……。
次に帰ってきたときには、なんか作ってあげよっかな?
デュナメス部隊は――デュナメスが力を失ったことで、アンジェラがリーダーになったんだっけ?
その際にアンジェロが『ぜ、ぜひ私をお姉さまの部隊に!』ってものすごい顔で言いよってたっけ。
――そうだよ、そのデュナメスだよ。
あのあと、彼女はどこかへ行ってしまった。
起きても、彼女はいなかった。
家は、再び静かになった。
ああ――改めてみたら、物凄くこの家広かったんだね。
「緋色~?」
「うあ!?」
考え事をしているうちにぼーっとしていたようだ。標がのぞきこむ。
「――緋色。好きだよ。」
なんて告白されて、意識しないわけにもいかず、僕はどぎまぎしているというのに、標はまったくそんなそぶりを見せない。
「なんか考え事していたでしょ。」
「え、あ、う、うん。」
「それも、デュナメスさんのこと。」
うわ、ドンピシャだ。なんでこういうのってみんな鋭いの?
「それよりさ~、昨日の私のあれ、返事まだ~?」
「う゛……。」
「なによ『う゛……。』って、傷つくなぁ。」
「あ、ごめん。」
「あれとは?」
隣から、刀がひょっこり現れる。
刀が同棲しはじめたときから、彼女と学校に行くのが『たまに』から『いつも』にランクアップし、どうやらそれはまだ続けるつもりらしい。
「あ、え、え~っとね……。」
なんで僕、こんな状況に? おい告白した本人、なににやにやこっち見てんだ。
「……ふむ。大体察しはついた。」
女ってすげぇ。
改めて、僕はそう思った。いや、刀だからこれだけ鋭いのか?
「――それを踏まえて、あえて言わせてもらう。」
「え?」
ナ、ナニヲデスカ? ナンダカ、スゴクドギマギナヨカンガ?
「緋色、好きだ。」
なんだか語尾に『(キリッ』とか付きそうな顔だなぁ。もうちょっと恥じらってもいいものを。
というか、これなんてギャルゲ?
「え、あ、えーっと……。」
ちらりと標の方を見てみる。うわぁ、ばっちり刀の方を見ているよ。
ちらりと刀の方を見てみる。うわぁ、ばっちり目があったよ。
どうしよう、これってどうするべき? 教えてエロい人。じゃなくって偉い人。エロい人に聞いたら大変なことになりそうだ。
「え、えっとね、ちょっと待った。二人とも、なんで僕なの?」
告白されたらまず知りたいこと第一位(当社比)を、僕はズバリ聞いてみる。
「なんで、ねぇ……。」
「ふむ……改めて聞かれると難しいな。」
あ、そういうものなの?
ちょっとがっかりしたような、そんな気分で、ふと時計を見る。
7:41
このままだと、遅刻だ。
「うあああああ!?」
「ちょ、緋色!?」
全力疾走。男は疾走。とにかくダッシュ! なんか今はそんな気分。
「ま、まだ答えを聞いていないぞ!?」
「出来れば時間をくださいー!」
いや、マヂで。
なんとか電車に乗り込んだが、何というかものすごく気まずい。
こんなときは寝るに限るや。うん。
――なんて思えど、疲れているのに眠れやしない。
「――そういえばさ、緋色。」
「ん?」
「創造のちからは……もう……。」
ああ、そのことか。
「うん。……でも、いいじゃん。これで僕は名前通り、子供のころの夢をかなえたんだから。」
みんなのヒーロー
まさか、10年以上前の子供の夢を叶えるとは思っていなかった。
こうして、僕の住む町は確かに、僕の手によって救われた。
でも、そのことをわざわざ公言してどうなる?
ただの厨二病だと思うだろ? じゃあ、言わないよ。
「そっか……もう能力は、使えないんだ。」
「ま、ちょっと残念だね。」
でも、それでいいさ。
少なくとも、僕はそう思っている。
そんなこんなで、今日も今日とて学校は過ぎていった。
昨日はいろいろありすぎて、ほとんどの授業の記憶があいまいだ。きっと、熟睡してしまったのだろう。
どうってことない一日がその日も過ぎた。
目の前で電車が出ていったせいで次の電車を待つはめになったが、別にだからと問題ではない。急いで帰る理由なんてない。どうせ家に帰っても一人なんだから。
――そう、一人、なんだから。
学校には、まだデュナメスの机が残っていた。表向きではまだ休みらしい。
これがいつ『引越し』とか『転校』とかになるだろうか――考えて、少しさびしくなる。
なんて。
――家に着いて、見慣れないものが玄関前(外)においている時まで、本当に今日も平和に終わるものだと疑いもしなかったのだが。
「……はは……なんだこれ。」苦笑しながら、ダンボールを見つめる。
それはダンボール。いや、見ただけでそれは分かる。問題は、これの中見なわけで。
がっちりとガムテープで封をされていて、側面には『割レ物注意』と。そして差出人不明。なにせ、差出人が判るようなものが一切ないのだから。普通こういう荷物って、相手先(この場合、僕の家)の住所とか書いた紙が張っているだろうけれど、どうにもそういった類のものはない。はられていた形跡もない。ただ一枚、ひっそりと『緋色殿へ』と書かれた小さな紙がガムテープ本体を重しにそこにおいていた。察するに、この荷物はここでガムテープの封がされたのだろう。
――なかみが、容易に予想できる。
さて、今回も居間に運ぼうか。
あれだけ鍛えても、そのほとんどは創造によるものだったらしく、その重たい段ボールを運ぶ足取りは不安定だった。いたっ、肘打った。
その衝撃でよたつき、ダンボールが角にぶつかる。「いたっ!?」
――はは、なんだこりゃ。まるで、あの日と同じ――
よたよたと、居間にたどり着く。そして僕は、力いっぱいガムテープを引っ張る。ビリビリビリッ! 相変わらずの粘着力御苦労さま。
そして、だ。
ガムテープを引きちぎると同時、ダンボールから女の子がものすごい勢いで飛びついてきた。が、どうやら僕の位置が悪かったのか――今回は間違いなく僕の位置が悪かったのだろう。――思いっきり頭をぶつける。
『――~~っ!!!!』
二人同時に同じような体制でうずくまり額に手を当てる。ファーストコンタクトと同じとは、とことんあれだな。
「痛いじゃないヒイロ!」
「ごめんごめん、デュナメス。」
そこにいたのは、金髪碧眼の美少女。なぜだろう、彼女の顔を見た途端、安心感が――
「昨日の今日で戻ってくるとはね。」
「仕方ないでしょ? 解放を失って、アタシの居場所はもうここしかなくって――」
「そっか、うん。またあえてうれしいよ。」
「でしょ?」
あんまり調子に乗るなよ? 僕は笑いながら彼女にそういった。
「――本当に、嬉しいよ。貴方は、アタシを受け入れてくれるから。」
「当然だろ? だって、昔そう約束したじゃないか。」
そっと一息吸って、
「『僕の名前は美菜乃緋色、みんなのヒーローになる男だ! そのみんなの中に、お前も入れてやる!』ってね。」
苦笑しながら、僕はつぶやいた。
「思い出すのが遅いわよ。」
そうぼやきながら、彼女は目に涙を浮かべて、笑いながら僕に抱きついてきた。
もう一度、僕は苦笑した。