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天使と堕天使

「はあっ、はあっ、はあっ……。」

相変らず、ルシフェルの野郎は化け物だ……。

たった2週間だったとはいえ、僕も結構体を鍛えたし、実際、強くなった。

それでも、まだルシフェルには敵わない。

「ん~、確かに強くなったね。創造(アトム)強制(リミッター)を4つ解放(ブレイク)したのかな?」

大正解、正解者には――

「はあっ!」

武器精製能力による投げナイフをプレゼント!

だが、それをルシフェルはさらりとかわす。

「うんうん、コントロールもなかなか。」

だったら当たれよ。緋色は、ぎりりと歯を噛みしめる。

「んじゃ、こっちからはこんなものを。」

そう言ってルシフェルは、黒弾を放ってくる。

「こんなもの!」

それを緋色は、光弾でかき消す。

「そうそう、それくらいできるんだからもっと楽しませてくれよ? 折角俺が10年も前から目をつけていたんだから。」

10年前? ――ああ、そういえばこいつは家族の敵だったな。改めて意識すると、どんどん怒りが込み上がってくる。

どくん、と、大量の血が流れる感覚がした。

そして、パキン、と、何かが切れる音――これで、5回目か。

力が湧いてくる。

その緋色の背中には、1対の輝く翼が。

「へえ、5回目の解除(ブレイク)おめでとう。」

心にもないことを――まったく、

「はっ!」

手に、標のそれと同じ拳銃を出現させ、発砲する。

「いいねえ、それくらいこなくっちゃ!」

言いながら、ルシフェルは飛びあがる。それを追うように、緋色も飛びあがる。

「そうだ、こんなのはどうかな?」

ルシフェルが、掌を向ける。その掌は、青黒く輝く。

「――津波(ノア)――」

瞬間、まるで空で津波が起きたかと思うような程の衝撃波を連発してきた。

「うあああ!?」

慣れない飛行の緋色には、地面に押し返されるのに十分なものだった。

ヤバい……着地できない!

耐性を立て直せない。このままでは――

そう思ったその時、どこからか影がさっそうと現れ、緋色を受けとめた。

「間に合った!?」

「デュナメス!?」

そこには、輝く1対の翼を広げ、少しだけ荒い息をするデュナメスの姿が。

「どうしてここが?」

そのままだと男として恥ずかしいので、降りながらデュナメスに聞く。

「ヒイロたちの匂いは分かりやすいのよ。」

あ、そういえば天使は気配のことを匂いって言うんだっけ。

「それでここが?」

「そ! さすがに、ルシフェルと一対一なんて無謀すぎるからね。」

おっしゃる通りです。

「だから、ヒイロはいったんそこで休んでいて!」

「は?」

それだと今度はデュナメスとルシフェルが一対一になるんじゃ――

なんて当然のツッコミも、スルーされてしまった。デュナメスは、ルシフェルに向かって突進する。

「はっ!」

そのまま、見事な飛び蹴りがルシフェルの顔面をとらえた。ルシフェルは思わずのけぞる。

「って~……さすがは解放(エデン)、適当な力しか発揮できていない創造(アトム)なんかよりずっと強いな。」

「褒めても、蹴りしか出ないわよ!」

そういいながら、デュナメスは思いっきりルシフェルの腹にパンチを決めた。「蹴りじゃねえ!」ルシフェルが、キャラを捨てて突っ込む。

だが、デュナメスは容赦なくさらに腹にパンチを連打する。一発一発がかなり重いのが目に見えてわかる。

「はあっ!!」

思いっきり振りかぶり、トドメの一撃(フィニッシュ)。それを喰らい、ルシフェルが思いっきり跳んでいく。

おいおい、デュナメスさん、ひどいじゃないか。

「なんで、この前ルシフェルが来た時には戦ってくれなかったのさ。」

まさかデュナメスがここまでルシフェルを圧倒するとは思っていなかった。だからこそ、なぜこの前手伝ってくれなかったのか。これだけ強いなら、この前のうちにルシフェルを倒すことだって――

そう思ったところで、彼女が答えた。

「ヒイロ、周りのことも考えてね? 私が本気を出したら――多分あの辺り一帯は大変なことになっていたわね。」

「……なるほど。」

そういえば確かに、彼女はかなり派手に殴り飛ばしている。もしこんなことを家でやれば、周りも巻き込んで家が崩壊しかねないだろう。


――すでに家の周りで戦闘が行われ、案の定そこらじゅうに穴が出来ていることは、緋色は知らない。――


「分かればよし!」

そう言って、彼女また、ルシフェルに突進していった。


「っててて……あ?」

ルシフェルが起き上がると、すでに目の前にはデュナメスの姿が。その右の拳は、すでに最大まで降りあげられている。

「こっんの!」

咄嗟に、黒い波動津波(ノア)を起こす。

「!? きゃあああ!」

デュナメスはそれに直撃して、見事に振りだしにまで戻っていった。「デュナメス!」創造(アトム)の少年が叫ぶ。

「はっはっは! そうそう、面白くなってきたじゃねえか!」

両腕に、黒い波動を集める。「これでも喰らいな! 避けられるもんなら、避けてみろ!」

それを、空高く放つ。その黒い波動は空で花火の様にはじけて、無数の黒弾に姿を変える。

「こんなもの!」

創造(アトム)の少年が、巨大な傘の様なものを創造する。だが、そんなもんじゃこの豪雨(ラグナロク)は防げねえぜ?

げらげらと、下品な笑いは、しかし自身の放った豪雨(ラグナロク)の雨音にかき消された。


「こんの……!」

大きな傘を広げ、豪雨に負けないように踏ん張る。

だが、最初こそ傘も踏ん張ってくれたが、すぐに傘は駄目になってしまった。

雨漏りの原理で、緋色たちに被弾する。『うあああああっ!』

二人の絶叫もまた、豪雨(ラグナロク)にかき消されていった。


「さあって、追撃、と。ふはは、避けるなり受け止めるなり掻き消すなりしろよな?」

笑うルシフェルの手には、巨大な、禍々しい妖しい光を放つ巨大な矢が。

それを、すっ、と、豪雨に飲まれる緋色たちに向ける。


――終末(アポカリプス)――



それが、この矢の名前だ。

その名の通り、当たれば終末へと向かわせるほどに強力な矢である。

それを、ぎりぎりと引っ張り、いつでも放てる状態にする。

「はっはあ!」

そして、つかむその手を離したとき――


矢が(・・)二つに(・・・)裂かれた(・・・・)


「!?」

そこには、刀傷だらけの少女が一人。

手には、長大な日本刀が一本。

それを握る少女は、さらにそのままルシフェルに斬りかかっていく。

その日本刀は、少しだが、しかし確かに、ルシフェルに刀傷を生んだ。

「こ……の!」

反撃しようと、斬りかかってくる少女に対して腕を振る。

だが、少女の動きはルシフェルの思っていたものより、圧倒的に速かった。

「ちっ!」

さらに速く腕を振ったが、少女はバク宙でそれをかわした。

ザッ しっかりと足場を踏みしめた少女――刀は、対峙する相手を、睨みつけた。


bang!

黒弾の豪雨に打たれる緋色とデュナメスの鼓膜に、銃声音が響いた。

そこには、ボロボロになりながら銃を構える少女が。

「早く行って! 刀がやられる前に!」

黒弾の雨に負けないほどの量の銃を操り、彼女は叫ぶ。とっくに限界まで身体を使ったというのに、操れる限界量をはるかに超えたその銃を操ることは、もはや無謀だろう。

だが、彼女はその無謀を選んだ。

勝つために。

緋色のために。

「……ありがとう! すぐに終わらせる!」

デュナメスの手を握り、黒弾の豪雨と魔法弾の一斉射撃がぶつかり中を緋色が駆け出す。

いいなぁ、デュナメスは。

ひっそりと、標が呟いた。



「こんの(アマ)が!」

日本刀を握り、何度も立ち向かう刀に、ルシフェルはいら立ちを隠そうとはしなかった。

腕を振ればそれより速く動き、黒弾を放てばそれはあっさりと切り裂かれる。

だが、それもここまで。

「おらあっ!!」

ガンっ! ルシフェルの腕が、しっかりと刀に命中した。

「が――っ!」

肺から空気が漏れ、勢いよく吹っ飛ばされる。

「はっはああ! こいつでおさらばだとっとと死ねぇ!」

もう一度ルシフェルは、終末(アポカリプス)を構える。

そして、その手が放されると同時、ルシフェル(・・・・・)|が吹っ飛《・・・・》んだ(・・)

「のああっ!?」

間抜けな声とともに、ルシフェルが地面にころがり落ち、終末(アポカリプス)も消え去る。

「刀。」

そこには、二人の姿が。

緋色と、デュナメス。

「――助かった、緋色。」

「刀、標を手伝ってやってくれないか? あのままだと標、頭痛で倒れてしまうから。」

緋色は覚えていた。限界数を超える拳銃の操作は頭痛を起こすと。

「――承知。」

本当は、緋色といたかった。

だが刀は、そんなことは一言も言わなかった。この勝負を済ませてから、また会えばいい。

それだけだ。

緋色が駆け出すのと、刀が駆け出すのは、同時だった。



『はっ!』

緋色とデュナメス、2人が同時に掌から光弾を放つ。

「――あーもー、いいわ。」

それを、ルシフェルが避けた。避けたのだ。

「そろそろ、本気だしてもいいよな?」

声色が変わった。

その瞬間、言いようのない、今まで感じたことのないほどの異様な緊張感(プレッシャー)を感じた。

だが、緋色もデュナメスも、臆することなく立ち向かう。

「はあっ!」

緋色が、武器精製能力を使って、刀の日本刀――スサノオ――を出現させ、斬りかかる。

だが、それはルシフェルに届く一歩手前で、粉々に砕け散った。

初めて家にこいつが現れた時に刀の日本刀――スサノオ――がそうなったのと同じように。

「な……!?」

「まさか……!」

デュナメスが、わなわなとふるえる。

「何か知っているのか? デュナメス。」

だが、デュナメスが答えるより早く、ルシフェルの拳が緋色の腹に直撃した。

触れたその瞬間、


バキバキバキ! いやな音が響く。


「……っ!?」

アバラが何本か折れたのだ。

「あ……ぐ……!?」

ほとんど、ルシフェルは触れただけだったのだろう。現に、緋色も殴られたという感覚はない。せいぜい小突かれたというレベル。

だが、それだけで緋色のアバラが何本か折れたのだ。

『――破滅(カタストロフィ)――』

デュナメスとルシフェルの声が重なる。

「これが彼の能力……自然災害なんて、彼の能力の一部にすぎない。彼が本気になれば、触れただけでそれを壊せる……。」

デュナメスが、カタカタと震える唇から声を出して説明する。

「だから誰も、彼には勝てない……。」

確かにそうだ。

今まで能力をまともに使っていなかったというのなら、その状態で苦戦している僕たちに、勝機があろうか?

いいや、無いね。残念ながら。

苦しい。

アバラの骨が折れて、うまく息が出来ない。この様子だと、アバラ以外もやられたかもしれない。

その間にも、コツコツとルシフェルが近づく。

「――ヒイロには近づかせない。」

「デュナメス――まさか……!?」

そのまさかだった。

「うあああああ!」

彼女は、無謀にもルシフェルに突撃したのだ。

「や、やめろ!」

だが彼女は、聞く耳を持たない。くそ、止めたくてもまだ回復は済んでいないぞ!?

「あああ!」

彼女の拳が輝く。解放(エデン)によるものなのか、はたまた別のものなのかは知らないが、力強く輝いた。

だが、その輝きは、ルシフェルには届かない。

それどころか、またも骨の砕けるような音が響いた。

その砕けるとと同時、デュナメスが吹っ飛んでいった。

デュナメスが吹っ飛ぶのと同時、緋色の4つ目の強制の解除(リミッターブレイク)によって思い出した力、『肉体再生能力』による骨の再生が終了した。

骨の再生と同時、緋色は吹っ飛ぶデュナメスを受けとめるために、駆け出した。


どん


地面に着地する寸前、緋色はデュナメスを受けとめることに成功した。

「大丈夫か、デュナメス!」

「ひ、ヒイロ!? え、あれ!?」

痛みより、僕がダッシュしたり人一人を受けとめたことに驚いているようだ。よし、それだけ余裕があるなら大丈夫。

残念ながら、まだ僕は人の身体まで修復することはできない。

だから、「デュナメス、今度は君が休んでいて。」


さて、休んでおいてと言ったものの、どうやって攻撃を当てようか。

とりあえず、直に触れるのはヤバいから、光弾でも放っておこう。

「はっ!」

まずは試しの一発。

直撃――と思ったが、よく見たら触れる直前に爆発していた。

「はああああっはっはっはっはあっは!」

――うわー、ちょっとヤバめの笑い方してるよあの男。狂気しか感じない。

「はっはあああっ!」

右手から、光弾を放ってきた。それだけなら、先ほどまでの戦いと変わらない――が、この光弾……何か……違う……!

異常を感じて、急いでそれを避ける。

「……!?」

黒弾が通り過ぎた所を見て、緋色は驚きを隠せなかった。

まるで、空間をえぐり取ったような、そんな光景が、黒弾が通り過ぎた所に残されていたのだ。


息を呑む。


そんな単語が、頭に浮かんだ。まさしく、その通りだ。


当たるとヤバい。


そんなの、これを見れば誰だってわかるだろ?

そんなものを、ルシフェルは乱射してきた。

「うわっと!?」

下手に避けるも、下手に動かないのもできない、デタラメなようで計算された動き。さすがはルシフェル、狂っているようでそうでもないのかもしれない。

「おらおらおらぁっ! はっはあはああ!」

――やっぱ狂ってら。

ほんと、どうやってかとっかなぁ……。

そう悩んだ時――


「ヒイロ!」

デュナメスが、叫ぶ。

「勝つ方法――あるよ。」


どうやら、僕の悩みも解消されそうだ。



これを使うしか、彼には勝てない――少なくとも、今のアタシ達じゃ。

でも――できれば、使いたくなかったかな。

でも、ね、使いたくないっていう気持ちより、『勝つ』って気持ちが――ヒイロのためになるって気持ちが、勝っちゃったんだもん。

だったら、仕方ないよね。思っちゃったんだから。



「勝つ方法?」

「そう! だからそのためにも1分時間を稼いで。」

「ドラ○ンボールみたいに1分経っても出来ないとかは無しな!」

「当然!」

おk、そうときまれば、時間稼ぎだ。

まず、あの空間削除黒弾をデュナメスに当てないようにしないとな。

こういうとき、僕が囮になったら、デュナメス目掛けて撃つって事になりそうだから――

「こうするべきだよね!」

「きゃ!?」

僕は、デュナメスを抱き上げ、創造(アトム)の力を脚力に可能な限りまわし、全力で逃げまくることにした。

「とにかく逃げるから、とにかく急いで!」

「わ、わかった!」

応えるデュナメスの顔は、少し赤みがさしていた。


あと40秒


黒弾から逃げまくるのも、なかなかつらい。

だけど、泣き言なんて言ってられない。このままだと、僕は確実に消滅させられる。

だからとにかく走る。走って、走って、走ればいい。


あと30秒。


急に黒弾の数が減った。疲れてきたのか? そんな僕の願いともいえる予想は、的外れだった。

「――津波(ノア)――」

両手に黒い光が集まり、それを思いっきり放ったのだ。

それを、僕は背中で受けとめる。デュナメスにダメージが届かないように。

「ヒイロ!」

「僕は大丈夫だから……とにかく、急いで……!」

がんばって笑って見せるが、結構痛いなこれ。


あと20秒。


津波も治まり、今度こそ疲れたのか? そんな僕の切実な願いは、的外れだった。

両手に黒い妖しい光が集まり、それを大空高くに向けて放つ。

その瞬間、幾つもの黒弾が雨の様に降り注いだ。

「――!?」

それをかわすのが困難なことくらい、理解している。

その時――


bang


銃声が響き、さらに銃声が響き、とうとう銃声しか聞こえなくなった。

「緋色。」

そんな銃声の中でも、幼馴染の声はしっかり聞こえた。

「緋色には、当てさせないから、安心して!」

「標……ありがとう!」

今度、彼女の好きなものでも奢ってあげないとな。


あと10秒


豪雨(ラグナロク)の向こうで、ルシフェルが巨大で妖しい輝きをする矢を構える。

「ははっはっはっは、あははははは!」

その矢が放たれると同時、矢が二つに裂けた。

「!?」

斬り裂いたのは、当然――

「緋色。」

「ありがとう、刀!」

だが、その彼女は膝をつき、その場に倒れてしまった。「刀!?」

「緋色……あとは任せた。」

彼女の限界が来たのだ。


あと5秒


急にぴたりと、黒弾の雨がやんだ。

それと同時、今までで感じたどんな感覚よりもいやな感じが、僕に緊張感(プレッシャー)を与えてきた。

見れば、ルシフェルの目の前には、今までに見たどんな黒弾よりも大きな黒弾が。

「――破滅(カタストロフィ)――」

おそらく、それが彼の最後の技だろう。

そして同時に、最強の技だろう。

それは進んでいった場所の空間を消していき、真っ黒な、宇宙の様なものだけを残していった。


「――!?」


かわせない。


そう悟った、その時。


「緋色――」

「標……?」

目の前に、標が立ち――

「私は、道標。今日はあなたの道標。私が、あなたの道の標になる。」

何を、言っているんだ?

ただ、嫌な予感がする。物凄く、ものすごく。


「――緋色。好きだよ。――ずっと前から。」


――は?


予想していなかった答えに、僕の頭の上には疑問符【クエスチョンマーク】。

だが、おいてけぼりな僕をよそに、彼女は黒弾に突っ込んでいった。

「し、標!?」

「はああ!」

大きな、今までのなかで一番大きな翼が、標の背中から現れ、黒弾に特攻を仕掛ける。

人間でもなんでも、死ぬ直前が一番美しいというけれど――その時の標の翼の美しさは、忘れない。


触れる


絶望。


そう思った、その瞬間――


――(ゼロ)――



一瞬、何が起きたのか理解が出来なかった。

物凄く強い輝きを感じたと思えば、今僕は、過去を見ていた。



これは、今から10年前のことだ。



「おーっ!」


――その日僕らは、世間一般に言うピクニックに来ていた。お父さん、お母さん、標、それに僕。

空は青く晴れ渡り、気候もよく、気温も適温、絶好のピクニック日和だ。

車で約30分の所の自然公園、人口芝生の堅い感触、お昼に食べたお弁当のおにぎりの中身はおかかだったっけ?――


――ああ、今頃思い出したよ。あのときの芝生の感覚、おにぎりの味。思い出って、一度思い出すと、こんなふうにいろんなことを思い出すんだなぁ。――


――日も傾きだし、太陽が放つ日の色が夕焼け色に変わったころ、「おトイレー。」なんて今さらのんきに、僕はお手洗いへと駆けていったんだっけ。――


「お?」


――ああ、そうだ、確かここで、彼女に会ったんだ。

人口の芝生の上に立つ、悲しそうな顔の少女に。――


「どーしたのー?」

「え?」


――そうそう、初対面なのに僕、いきなり馴れ馴れしく話しかけたんだっけ? こういうことは、小学生の低学年までが許されることだよなぁ。――


「どーしたの? なんか、すごく悲しそうな顔しているよ?」

「そ、そんなことは、ありませんわ……。」


――今思えば、昔の方がずっと鋭かったんじゃないだろうか? この時僕は「嘘をついている」って、子供ながらに確信したんだっけ?――


「ねぇ、なにかあったの?」

「なんでもありません!」

それでも、彼女のほほには涙が伝った。

「泣いているじゃん、悲しくないのに泣いたりしないよ?」

「な、泣いてなんて……。」

それでも、彼女は泣いていた。

「うん、決めた!」

「――え?」


――涙をこらえている彼女を見て、僕はこう決意したんだっけ?――


「僕の名前は美菜乃緋色、みんなのヒーローになる男だ! そのみんなの中に、お前も入れてやる!」


――この時のぼくにとって、みんなとは家族や標たちだけだったんだろうな。だから、こんなことを言った。これが僕にとっての特別だから。子供の夢って、何でもありだよなぁ。誰かが泣いているのを見て、それがつらくってこんなことを言うんだもん。――


「――本当?」

「うん! だからもう泣かないで。」


――いつだったかに聞いた話だけど、この時の彼女は、自分の持つすごい力に気付いていなくて、落ちこぼれの烙印を押されていたらしい。――


――だから彼女は喜んだ。誰も相手にしてくれなかった自分を、一つの輪の中に入れてもらえることが。――


「じゃあ――約束して。絶対に、私のヒーローになるって。」

「うん!」

そう言って僕らは指きりした。

この時、緋色に眠る力――創造(アトム)が、彼女の眠れる力――解放(エデン)により目覚めたことを知る者はいない。


――すごいな、昔の僕。まだ彼女から名前も聞いていないっていうのに。……そうだった。今から聞くんだったな。――


「そういえば、まだ名前聞いてなかったな。なんていうの?」

「――アタシの、名前はね――」


――デュナメス=ノーブル・ヴァーチェス――



「ばいばーい。」


――僕は手を振り、彼女に別れを告げた。

また会うという、あてのない約束だけを残して。――


――その、帰りだ。――


「――へーえ、数100年に一度現れるっていう創造(アトム)――今回はあの少年かぁ。おお、こわいこわい。――だからさっさと殺しましょう♪」



「おかーさん、あのね、あのね。」


――ノイズ交じりに聞こえてくる声。夢で聞いて以来だな。――


「僕ね、ヒーローになるんだ。」


――ああ、そういえばそんなことを小学校の作文に書いていたっけ? みんなのヒーローになるって。――


「そうね、あの子と決めたんだ!」


――あの子――今なら分かる。これが彼女(デュナメス)を指すのだと。――


「あのね――」


――だけど、それ以上を聞くことも言うこともかなわない。あの男が、攻撃を開始したからだ。――



道路の上空、そいつは黒い6枚の翼を広げて、いきなり攻撃を仕掛けてきた。

そこから先は一瞬のことだ。だがその一瞬で、いろんなことが起きた。

まず、道路に雷が落ちた。雲ひとつない夕焼け空から突然だ。見れば、空の一部分に異様な黒い雲が浮いている。

それに伴い立ち往生。続けてもう一発、今度は竜巻が車を襲った。

それはあっという間に車の外装を剥ぎ、中から僕らを引きずりだした。

異常を感じた僕らは、すぐに走りだした。だが、突然の地震で足元がもつれてこけてしまった。

こけ方が悪かったのか、標は頭を強くこすりつけてしまった。

小さな黒い球が、雨の様に降り注ぐ。それは標を、僕を、そして、僕の両親を傷つけていった。

「バイバ~イ♪」

とびきり大きな黒い球を、男が放つ。


――死ぬ。子供ながらにそう実感したその時だった。一瞬だけ、僕の能力(アトム)が発動した。――


光弾が黒弾を打ち消し、あたりに光の粒子となって霧散していく。

「げっ、もう目覚めたのか?」


――驚く両親をよそに、僕はもう一発、光弾を放った。その時の限界で。でも――


「うわっ!?」

直撃する。だが、

「――なんだよ、ビビらせやがって。」


――効いていなかった。僕の記憶があるのは、そこまでだ。僕はそこで、気を失ったのだ。――



これは、今から10年前の出来事だ。



目が覚めるような感覚とともに、僕はすべてを思いだした。

昔、あの事故の時のこと。

そして――創造(アトム)を。


ダン


いまいるところから、僕は駆けだし、その瞬間には、標を抱きかかえていた。

あのほぼ零距離から間に合うあたり、さすがは創造(アトム)の力だと、自分の能力に感心する。

「ひ……緋色なの?」

「? 何か、顔についている?」

「――ううん、なんだか、雰囲気が――」

そこで標は声を失った。

緋色の背中から、12枚(・・・)の翼が現れていたのだ。

さらに、デュナメスは光り輝き、長大な2枚の翼を広げていた。その大きさは、今この場をおおいつくすほどはあるだろう。


――エデン完全開放――


これが、彼女の切り札だった。

その場にいる味方全員の潜在能力を実数値の何百%も発揮させる。

――そう、理解はしているが、使ったことはなかった。

なぜなら――



「じゅ……12枚……だと!?」

ルシフェルは、驚愕した。

翼の枚数は、その天使の階級や実力に比例する。

だが、12枚などという例は存在しない。

だが、単純に考えても、天使の最高階級である熾天使(セラフ)が6枚なのだから、その2倍――圧倒的なものだ。

「ルシフェル――悪いが――倒させてもらう。」

創造(アトム)の少年がそう呟いたかと思えば、その時にはルシフェルは殴り飛ばされていた。

「(な……!?)」

なぜ触れることができる――!?

今の俺は、触れるより先に骨が砕けるんだぞ?

触れることなど、できるはずが――

思考が高速に達した時、もう一発、ルシフェルは殴り飛ばされた。


創造(アトム)の完全な制御。

たった10年前のあの日のことを思い出しただけで、ここまでやれたのだとは、正直思っていない。

むしろこれは、デュナメスのおかげだろう。

「はあっ!」

3発目の拳が、ルシフェルに決まる。

圧倒的。

それが、創造(アトム)の力に対しての素直な感想だ。

「くそったれえええええ!」

怒りにまかせて、ルシフェルが巨大な黒弾を放つ。

それを、光弾で撃ち消す。

今までの僕の実力じゃ、こんなことはできなかっただろう。

「はあっ!」

4発目。

「はあっ!」

5発目。

「はああああっ!」

6発目がルシフェルに命中し、ルシフェルが遠くへと吹っ飛んでいった。

「く……そが……! これでも喰らいやがれ!」

そう叫び、巨大で禍々しい光を放つ矢を現し、それを撃つ。

それを、緋色はつかみ、投げ返す。

初めてデュナメスにあった日に戦った、アンジェラに対してやったように。

それが、ルシフェルの身体を貫く。

「が……っ!」

貫かれた体はすぐに再生をはじめ、あっという間に元の身体に戻った。

それと同時に、僕の拳がルシフェルを貫いた。7発目!

「が……っ……!?」

「悪いけど、容赦はしないよ!」

さらに右膝蹴り。8発目!

その勢いで、もう一度ルシフェルが吹っ飛ぶ。

きっと、ルシフェルには僕が悪魔に見えるだろう。

いいさ、悪魔になってやる。

「――はっ、ははは! これで……これでどうだ!?」

そう叫ぶルシフェルの腕には、ぐったりとした刀の姿が。

「緋……色……。」

なるほど、これが噂の人質ってやつか。確かに、卑劣だな。

「優しい優しい創造(アトム)の貴方様なら、この娘のためにどうするべきか――」

「黙れ。」ルシフェルが言い終わるより早く、僕が動き出す。

ダン

その瞬間には、すでに腕ごと刀は僕の腕の中にいた。

「なっ……!?」

「9発目。」

千切れたルシフェルの右腕から、鮮血がほとばしる。

その血がまるで人の腕の形を形成したかと思えば、ルシフェルの失った右腕が再生された。

「く……そ……が……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

まるで気でも狂ったのか、ルシフェルが叫ぶ。

そのまま、大きく跳躍し、空高くへと浮かぶ。

「俺の堕天使生活もここまでだな……俺の全能力を使ってお前を滅する!」

そう叫ぶと、ルシフェルの胸元に、今まで見たことがないくらい――それこそ、さっきアイツが放った黒弾をさらに上回るほどに――巨大な黒弾が現れる。

「――(カタス)――トロフィ!!!――」

それが、放たれる。

――そうだな、今までの僕ならここで『終わった……。』なんて思うだろうな。

でも――今は違う。

ダン

黒弾に向かって、僕もまた、跳躍する。

『緋色!?』

刀と標、二人が僕の名前を叫ぶ。だけど僕は、振り返らない。


そして僕は、黒弾の中心部に突撃した。


「はっはあああああ!」

創造(アトム)の少年は破滅(カタストロフィ)に直撃した。

これを受けて、まともでいられるわけがない!


――勝った。


そう確信した。


それが、甘かった。


ズボッ!


そんな擬音が今にも聞こえてきそうだ。

破滅(カタストロフィ)の中心から、創造(アトム)の少年が現れたのだ。

「な……!?」

どうやってこの破滅(カタストロフィ)を打ち破ったのか!?

ルシフェルのそんな疑問は、しかし口にはできなかった。

「10発目――」

創造(アトム)の少年の右手が、眩しすぎるくらいに輝く。


「これで――最後だ!」


その一撃は、ルシフェルの顔面にねじ込まれた。



ドン


何かが何かにぶつかる、この激しい音は、ルシフェルが地面に落下した音だ。

――勝ったのだ。

「これで……終わり……――じゃ、無いな。」

創造(アトム)の力というのは、不思議なものだ。今別の場所で起きている現実が、目に見えて解るのだ。

ルシフェルが倒れたことにより、地上で戦っていた堕天使たちは一斉に元に戻り、戦闘が終了した。

だが、戦闘による被害は、ルシフェルが倒れた今でも変わらず、色濃く残っている。

「――うん。」

理解は、している。

天使の能力は、基本的に無限にわいてくる。

しかし、溜めこんでおける量には限界がある。

要は、幾らでも補充が出来る水の入ったコップだ。

天使はそのコップに入った水を使って能力を発動する。

普通なら、使う水の量は少しだから、すぐに補充できる。

だが――今から僕がやろうとしていることは、そのコップの水をすべて使う大仕事だ。

天使は、コップの水がなくなると、二度と天使としての能力が使えなくなる。泉の水が枯れるように。

そして――天使でも、堕天使でもなくなる。

それを承知で、僕は今から、このコップの水をすべて使おうと思う。

――いいじゃないか。

これで僕の能力がなくなろうと、いつも通りの生活に戻るだけだ。

そうだろ?

12枚の翼を大きく広げ、創造(アトム)を発動する。

12枚の翼から放たれる輝きが、真下の僕の住む町を覆った。

「ヒイロ……。」

その様子を、能力を使いきったデュナメスがじっと見る。


と、


「――ぐ……く……そ……ったれ……!」

『『!?』』

ルシフェルが、起き上がったのだ。

確かにトドメは刺さなかったが――早すぎないか!?

まずい――今は動けない――どうする?

「くそが……堕天使としての能力をほとんど完全に使っちまったから大したことは出来ないが――」

にやりと、その顔がゆがむ。

「これくらいのことはできるよなぁ!」

ダン、と、ルシフェルが駆けだす。

まずいまずいまずいまずい! 刀も標もぐったりしているし、デュナメスはもう能力を使えないし、僕は今動けない――

「死ねええええ!」

その拳が振り下ろされようとした、その時――


「ちぇいさー!」


誰かが、ルシフェルをぶっ飛ばした。

「まったく、こんなのがわたしの息子の敵なのかい?」

その声に、聞きおぼえがあった。――って、

「お、お婆ちゃん!?」

「緋色、久しぶりね。」

そこには、見た目も性格(なかみ)も若すぎる僕のお婆ちゃんの姿が――って、何で背中に翼が!?

「え……お婆ちゃんって……ミカエル様が!?」

「み、ミカエル様?」

デュナメスの意外な一言が、僕の気をそぐ。おおっと、集中集中。

「――緋色、あんたも立派になったわね。あんたを見ていると、あんたの両親を思い出すよ。」

「ぼ、僕の両親?」

そういえば、お婆ちゃんが(デュナメスに「様」づけで呼ばれるほどの)天使だというなら――「もしかして――」


「そ。あんたは生粋の天使だったのよ。」


「はああああ!?」

は、話が飛び過ぎてよくわからない。

「あんたの両親――息子とその嫁と、二人とも、最後まであんたを護ったんだから、立派だよ。」

「え?」

「なんだい、10年前のこと、思い出さなかったのか?」

10年前――やっぱりそこに話が戻るのね。

「あ、うん、その……思い出したんだけど、僕の両親が天使だっていうようなところはなかったよ?」

というか、僕は10年前にルシフェル相手に気を失ったわけで……。

「そうかい、なら、話すよ。といっても、わたしの話も、とある天使を通して聞いただけなんだけどね。」

そう言って、見た目30代ほどの僕のお婆ちゃんは話し始めた。



これは、今から10年前の出来事だ。



「緋色!」

母、(こころ)が、気を失った緋色へと近づく。だが、手が届く直前に、無慈悲な男の攻撃によってそれは遮られる。

「ぶぁ~か、感動の再会なんてさせね~よ。」

黒い黒弾が、心に直撃する。もともと、なぶるつもりだったのだろう。この一撃を受けても、一般人の心は吹っ飛ぶだけだった。――左腕が。

「あああああっ!」

男はケラケラと笑い、心は千切れてなくなった左腕の根元を抑える。

「心!」

父、(ちから)が、左腕を失った心へと駆けよる。

「だーかーらー、感動の再会なんてさせねーっつってんだろー?」

黒弾が、力の元へと飛んでくる。

だが、力はそれをかき消した(・・・・・)

心の左腕は、出血がみるみる収まり、気がつけば、吹っ飛んでいったはずの左腕はひっついていた。

「――相変らず、お強いねぇ。力さんに心さん――いや、元熾天使(セラフ)のお二人さん。まったく、俺とおんなじよーな待遇なのに、何であんたらはこうのうのうと暮らせるのかなぁ~? ちょっと嫉妬しちゃうよ~?」

ケラケラと笑う男の背中には、同じく6枚の翼が。

それを睨む美菜乃夫婦の背中にも、同じく6枚の翼が。

「まったくさ~、折角の地位も力も使わないで、人間にあこがれて堕天して、子供まで作っちゃって、そんな子に限ってこんなに強いって、やっぱあれ? 蛙の子は蛙? あれ、意味あっていたよね? あってなくてもいいけどさー。」

歌でも歌うような軽いノリで、彼はさらに黒弾を放つ。

「ぐうっ!?」

「きゃあっ!」

二人にそれが命中する。地上に降りてから、もう6年たつ。――緋色は、1月生まれの早生まれだ。――たった6年だというのに、元同じ階級の天使に、二人がかりで勝てないというのか?

「そうだね、お前たちと違って、僕は闇ってやつも力にしたからね。厨二病乙~俺~。でもいいじゃん、本当なんだも~ん♪」

さらに黒弾は勢いを増す。今度は、雷のおまけつきだ。

「何が――なにが目的だ!」

力が叫ぶ。

「ん~? 目的ね、簡単簡単、お前たちの抹殺だヨ♪」

力も心も、声を失った。軽いノリでそんなことを言うようになるまで堕ちたのか、お前は――残念だ。

「でもねー、お前達なんかより、ずっとそっちの方が興味深いね。そっちのチビッコ。一瞬、俺もビビるような力を出すんだもん。」

そう言って、男は緋色に向けて黒弾を放つ。

それを、力が辛うじて受けとめる。「ぐうっ――!」口から空気が漏れた。

「あなた!」

「ああ! 絶対に、息子を傷つけてなるものか!」

意地でも息子を守ろう。それが――父親っていうやつなんだと、オレは思っている。

「ふぅん、息子は(・・・)、ねぇ――じゃあこっちはどうなってもいいよね!」

急に、黒弾を放つ方向を変えてきた。その先には――標。息子の幼馴染だ。

「あぶない!」

急いで駆け出す。「かかったね。」「!?」

標に放ったそれよりも大きな黒弾を、今度は我が息子(緋色)へと放つ。しまった――!

くそう、息子を見殺しになんかできるか――! だが、黒弾が速すぎて、ここからじゃ間に合わない。

その時、だ。


――あなた! あなたは標ちゃんを!――


最愛の妻の声が聞こえた。

その時には、オレはすでに緋色の幼馴染の代わりに黒弾を受けていた。

そして、緋色の代わりに――

「こ――こころおおおぉぉぉっ!!」

最愛の妻が、黒弾を受けきった。だが、それはなまった体で受けとめきれるほどやわな一撃じゃない。心は、緋色に被さるように膝をつき、手をついた。

「緋色――私の、息子――」

すでに彼女の能力(ラファエル)が発動して、彼女の背中の傷を修復していく。しかし、これは怪我を直すだけで、体力は戻らない。このままでは、心は――


「ああああああああああああ!!!!!!」

大声で、男に突進する。今出せるありったけの力で、あいつの顔面をぶん殴ってやる!

だが――

「無ー駄♪ そんなになまって大丈夫か?」

あっさりと、蹴落とされる。


――バケモノめ。――


奇しくも、息子、緋色は、10年後に同じ男に対して同じ感情を抱くことになるが、そのことを彼が知る由もない。


落ちていく最中にも、男は容赦なく黒弾を当ててくる。


――勝てない。――


なら、勝たなければいい。

俺がするべきことは、簡単なことだ。バケモノに勝つことじゃない。バケモノから、護ることだ。ここにいる3人を――皆を。

俺は美菜乃力、皆の力になる男。

だんっ!

アスファルトの地面に背中から思いっきり着地して、2、3回バウンドする。だが俺は諦めない。護ってやるよ。

同じ志で、最愛の妻、心が立ち上がる。そうさ、護ってやるさ。お互いがお互いを、お互いが一人ずつ子供を守れば、ちょうど計算が合うだろ?

だが、そんな俺たちの心を打ち砕くものが、そこには広がっていた。


男の全長を超える、大きな黒弾。


「あほらし。護れるもんなら護ってみなよ。もし護れたら、俺の攻撃はこれでやめるさ。」

ああ――そうかい。それがどうした?

「あああ!」

「はっ!」

俺たちは、二人同時に光弾を放つ。

「諦めたらいい物を……。」

最後に、そうぼそりと男が呟いたのが聞こえた。そして男は、その巨大な黒弾を、放った。あっさりと、俺たちの光弾がかき消される。


「あ……あ……。」

俺は、言葉を失った。だが、心は――最愛の妻は――

「あなた――愛している。」

それだけ残して、緋色の元へと駆け寄った。


「――ははっ、最後は息子と妻から少し離れるのか――俺も、愛しているさ。」


最後くらい、息子の顔を見届けたかったが、きっとそれは無理なんだろう。

――いいさ、妻に「愛している」なんて言われて、カッコをつけたがらない夫はいないさ。最後くらい、たった一人でも、護ってやろうじゃないか。


俺は緋色の幼馴染に、心は、緋色に覆いかぶさる。こんなでっかい雨粒、俺たちが屋根になって護ってやるさ。



「――心――緋色――愛している。」

最後にもう一度だけ呟いて、

「ええ――私もよ。」

最後に妻の声を聞いて、


そうして俺たちは滅された。



「――あーあ、本当に護っちゃったよ。しゃーね、行こうか。」

血の海に沈む夫婦を見届けて、彼――ルシフェル・イブリースは、去っていった。



これは、今から10年前のことだ。



「――というわけだ。」

「はぁ……。」

そんなにすごい両親だったなんて、知らなかった。

「そんな天使を、この男が殺したのか……。」

そう言って、お婆ちゃんはルシフェルを見下ろす。

「憎いか。」

「当たり前さ。」

「なら、俺を殺せ。殺したければ殺せばいい。そうさ、俺があいつらを()ったように! は……ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

「うるさい。」

あのルシフェルを、お婆ちゃんは足蹴りする。すご……。

「まったく……自分から死を望む奴を殺してどうすんだい、それじゃご褒美じゃないか。」

そう言って、お婆ちゃんはもう一発、蹴りをかます。

「あんたの罰は――わたしが決めることじゃないからね、ま、どうせ今は何もできないただのガキなんだから大人しくしていな。」

「――ちっ。」

あのルシフェルを言いくるめた――さすがというべきかすごいというべきか……。


結局、僕はほとんど集中できず、町の復旧作業は何時間もかかった。

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