少数と多数
「申し訳ありませんでした。」
どうしてもこうなった。
目の前には、まさしく土下座ポーズの火の弾堕天使ことアンジェロさんが。
どうしてもこうなった。
彼女の話をまとめるとこうだった。
「覚えていないや。」とはアンジェロ談。
「気がつけばいなくなっていた。アンジェロなら大丈夫だろうと思っていた。」とはアンジェラ談。「なんでやねん。」これ僕談。
覚えていないほど前から洗脳されていたのか、単にお互い興味がないのか。ここで後者なら僕はアンジェラに少し幻滅すると思う。
「――いつからかな、私がアイツの操り人形になったの。」
「あなた、放浪癖あるからいなくなっても誰も怪しまないからねー。」
ねー。じゃないよ。もう少し妹のこと思ってあげてよ!
――と、口に出せない僕はヘタレなのだろう。
「でも、まぁ……よかったわ。」
「ゴメンね、お姉さま。」
本当に姉のことを「お姉さま」と呼ぶ人(天使だけど)って、いたんだね。なんてくだらない感想を持ってしまった。くそう、僕の馬鹿ラノベ脳め。ここは素直に感動しろよな。
と、力いっぱい抱き合う二人。おーい、アンジェラさーん、妹さんの顔が若干青いですよー? 力入れすぎですよー?
――あ、倒れた。
「お、お姉さま、力を入れすぎです……。」
あ、復活した。
「と、とにかく――私も、しばらく厄介になります。」
「あ、うん。でもできれば、アンジェラと同じ部屋にいてくれないかな? もう部屋がないんだ。」
空き部屋がいくつも残っていたとは言うが、別に僕の家は特別広い豪華な言えなわけではない。すでに10人の天使とアンジェラとデュナメスと標と刀を迎えているんだから、部屋なんてもう残っていない。当然、基本的に二人以上で一組にしている。
「お、お姉さまと同じ部屋――!? よ、よろこん――コホン。分かりました。」
「……。」
姉、アンジェラと同じ翡翠色の瞳が輝き、まるで感情が動いたのを示すように、濃い茶色の長い髪がふわりと揺れた。
明らかに喜んでいる。ならよし。
よく見れば、アンジェロのアンジェラを見る顔(ややこしい)が赤い。
――ゑ?
とりあえず、安心――できるの、かなぁ……。
後に聞いた話だが、デュナメスや他の天使曰く「アンジェロはお姉ちゃんっ子。」「若干危ない道に入りかけている。」「ツン成分の極端に少ないツンデレ。」とのこと。どこでツンデレなんて言葉を知るんだろう。聞いてみたけど、教えてもらえなかった。
それから2週間、毎日のように、堕天使か使い魔が僕らの所へやってきた。
「強くなりたい。」
そんな王道な理由で、僕は進んで戦闘に参加した。おかげで、強制をあのあと2つ、解除できた。この強制、いったいいくつあるんだろう。
そんなある日――5月ももうすぐ終わりかという、そんな日曜日。
久しぶりにクラブがあった。ほんと、活動期間が不定なクラブだよ。
今僕は、その帰り道。
デュナメスはともかく、意外にも部活に入っていない刀や標は、今家にいるだろう。
うーん、冷蔵庫の中身も寂しくなってきたし、今日はスーパーでも寄って行こうかな。んで、彼女たちに何か奢ってあげよう。1,2,3……15人……お金足りるかなぁ……。
とか考えながら、僕は電車を降りた。
ちなみに現在の有り金は――残念、23円なり。ば、ばかな、これっぽちだと!?
――と、
「ん?」
ひゅうう……――
何かが落下してくるような音。それと同時にいやな予感が。
――想像以上に、嫌な予感は的中した。
ダンっ! それは見事な着地を決めた。お見事、10点ですよ。
「やぁ、遊びに来たヨ♪」
「ルシフェル……!」
クレーターはおろか、傷一つ無く着地した堕天使の長に、僕は睨みつける。
「こんなところでやろうってのか……!」
「ははっ、それも面白そうだけれど、もっと面白いところがあるから大丈夫。」
パチン。
一つ、指を鳴らす。その瞬間、強烈な光が僕を襲う。咄嗟に、攻撃に備えて守りの体制をとる。――だが、予想していた衝撃は襲ってこない。
恐る恐る目をあけると、そこには――
「……な!?」
だだっ広い、なにもない空間。足元を、雲の様なものが流れていく。――違う、雲の様なものじゃない、雲だ。
つまり今僕は、飛んでいる――!?
「ここが俺達の故郷、天界だ。」
こつん、と、革靴が床を蹴る音が聞こえてきた。
「ここが? このなにもない場所がか?」
「お前は天界を狭い箱庭か何かと勘違いしているのか? ここにはなにもない、ただそれだけだ。」
「なるほど、なっとく。」
「そんじゃま、始めましょうか。」
次の瞬間には、光弾と黒弾がぶつかりあい、爆発が起きていた。
「……!」
「どうしたの~? デュナメス~。」
「どうなさったのだ? デュナメス殿。」
「――ヒイロ?」
急にデュナメスが発したその単語に、標と刀が反応する。
「緋色がどうかしたの?」
だが、デュナメスは黙っていた。ただじっと、天井を見ている。
「――ヒイロが、戦っている――?」
『!』
言われてから、ようやく一つの気配を感じた。天界で起きている、二つのぶつかり合い。二つとも、よく知ったものだ。
「まさか、ルシフェルが天界に!?」
「ついに現れたか――」
2週間前、緋色を襲った男。
10年前、緋色の家族を殺した男。
その男が今、緋色と戦っている。そうとわかれば――
デュナメスが駆け出し、標と刀も後に続く。
そして、玄関に手を伸ばした、その時――
斬
扉が斬られた。そこには、大量の黒い翼の少女――堕天使――と、それを引き連れるように立つ二人の瓜二つな堕天使の姿が。
「どきなさい!」
「そうはいかない。」
二人の瓜二つな堕天使のうちの一人が、デュナメスに剣を振る。それをデュナメスは簡単によけた。
だが、続けてもう一方が拳銃を構える。しまった――
だが、銃声は自分の目の前の堕天使の持つ拳銃からではなく、背後から聞こえた。当然それは、自分を狙ったものではない。目の前の堕天使を狙ったものだ。残念ながら、弾はかわされたが。
「デュナメス、貴女は先に行っていて!」
銃を構えた標が、彼女に言う。
「ありがとうございます、ラファエル先輩!」
背中から二枚の翼を洗わせて、彼女は飛び出した。「させるか!」剣を持つほうの堕天使が、斬りかかろうと飛び上がる。
「それはこちらのセリフだ。」
「!?」
空中で、刀同士のぶつかる金属音が響く。
「邪魔はさせない。」
「邪魔すんな!」
刀と、剣を持つ堕天使のつばぜり合いが続く。
ダンっ! 着地と同時、二人が同時にバク宙で相手から距離をとる。
「どうやら、緋色に会うにはこやつらを倒す必要があるみたいだな。」
「そうだね~。」
刀と標が、たがいに手に持つ武器を構えなおした。
『さっさとやるよ!!』
二人は一斉に反対方向に飛び出し、それを追うように、二人組の堕天使もわかれて、追いかけていった。
飛び立ったデュナメスを待ちうけていたのは、大量の堕天使たちだった。
「あなたたちにかまっている暇はないの!」
さらに加速させる。だが、数は圧倒的に相手の方が多い。こっちが一人だというのに、相手はなかなか容赦がなかった。
いっせいに、1000(!?) はあろう程の矢や魔法弾がとんでくる。
いくら頑丈なデュナメスといえど、矢が刺さった時や魔法弾が直撃した時に痛いのはほかの天使や人間と一緒だ。
「この量は反則でしょ!?」
言いながら、光弾を放つ。一気に何百本もの矢や魔法弾が消滅した。
だが、それでも残った矢や魔法弾はデュナメスめがけて飛んでくる。
当たる! そう思ったその時だった。飛んでくる矢に、横から矢が当てられたのだ。
「今のって――」
その通りだった。
『『『『『デュナメス様!!!!!!』』』』』
デュナメス部隊天使(×10)。そして、この矢を放ったのは――
『デュナメス様、さあ、早く!』
アンジェラ、アンジェロの姉妹だ。
「早く行ってください。ここは、私たちで喰い留めます!」
その瞬間には、あるものは弓矢で、あるものは魔法弾で、あるものは剣を用いて、矢の雨を消滅させていった。
「地上には落とさせません!」
「ですから、早く!」
「アンジェラ、アンジェロ――」
――ありがとう!
一言残して、彼女は天界へと急いだ。