休息と敵(かたき)
「本当に、すまなかった。」
「ゴメンね緋色~、もっと早く言っていたら、もっといろいろ楽だったんだけどね~。」
どうしてこうなった。
僕の目の前には、まさしく土下座ポーズをとる刀と、あっけらかんと事情を話す標の姿が。
どうしてこうなった。
どうやら、二人の話を分かりやすくまとめると、
「いつものように学校から帰ってきたら声が聞こえて、ヒイロが危ないと聞いてすぐに天使の言葉を承諾したら、身体の中に違う意識がある感覚がするようになって、でも、それも慣れてきたかというころに、突然、あの男が現れて――そこから先のことは、屋上まで覚えていない。」とは刀談。
「実は緋色の家にでっかい穴ができたあの時には、私はラファエルさんと意識の共有を済ませていたんだよね~。でもなんだか話しづらくって、で、あの日はアザゼルのことに気づけなくって、電車ですでに3駅位家に向かっていたから、あれだけ遅れたんだ。ほんとゴメンね~。」とは標談。「そうだったのか……。」これ僕談。
しかし、驚いた。まさか身近な二人が天使だなんて。いや、なんかいろいろ説明不足な表現なのはわかるが。それも、デュナメスよりも、二人とも階級は上だというじゃないか。
――だが、デュナメス達いわく「私のせいであまり階級が役にたっていないのも事実」らしい。だからなのか、階級が智天使と呼ばれる存在らしい刀は、それより一つ下の座天使であるデュナメスに敬語(もどき)で話している。逆にデュナメスは、タメ口だが。
そんな中、僕は僕が一番驚いた相手に声をかけた。
「標。」
「な~に? 緋色。」
標はいつもと変わらず、のんびりした口調で返事をする。本当に信じられないが、彼女の階級は熾天使、『天使』に属する階級の中では最上級だというのだ。
「ラファエルと同じ意識を共有しているっていうのは、本当なのか?」
標は「本当だよ~。」と、やはりいつもの返しをする。
「でも、基本は私、道標のまんまだって、ラファエルさん言ってたよ。そうだ、知ってた? 意識を共有するって、記憶を共有するも一緒なんだって。」
へえ、それは便利だ。
「ラファエルさんはね、デュナメスさんの部隊の元リーダーなんだ。」
さらに話を聞くと、階級というのは、やっぱり、会社の部長や係長といった肩書と同じようなもので、変化することがあるらしい。それで、座天使だったラファエルさんが熾天使に昇格すると同時、今の部隊長、デュナメス=ノーブル・ヴァーチェスにその座を譲ったのだとか。だからあの時デュナメスは標のことを「先輩」と呼んだのか。ん? まてよ?
「デュナメス、もしかして、標のこと――」
「ええ、知っていましたわ。」
やっぱりか。
「でも、最初はなんとなくそんな気がするな程度でしたし、彼女から『言わないで』とも言われていましたので。」
そこまで言って、デュナメスは標ことラファエルさんに視線を投げる。標は、「いや~ごめんね~、言い出しにくくってさ~。でもやっぱりこういうことって、自分の口から言い出すものだと思ってね~。」と一言二言。まぁ、確かにそれは大事だけどね?
「――まぁ、いいや。標なのは、間違いないみたいだからね。」
ただしゃべり方をまねただけなものじゃないことぐらい、10年来の幼馴染なのだからわかる。標もそれに納得したのか、「ありがと」と一言。どういたしまして。
「そういえば、あれすごかったね。」
「あれって?」
僕は、あの日――といっても昨日だが――を思い出しながら言う。
「ほら、アザゼルとかいうのを撃ち抜いた、あの拳銃。なんかガ○ダムのファン○ルみたいで。」
あの宙を浮いていた拳銃、それはそれはもうすさまじいものだった。
「ああ、アルテミスのことね。」
そういって標は、ポケットから羽根を一枚取り出す。それが急に光を帯びたかと思えば、急に拳銃へと姿を変えていた。いったいいつ変わったんだ!?
「天使の最大の武器は、その翼なんだよ。翼から羽根を抜けば、それを武器にできる。--だから、事実上、私は私の羽根の枚数だけ拳銃を取り出せるわ。」
それはすごい! あんな拳銃を羽根の枚数だけ出せるというのだから。しかも、彼女の羽根の枚数は3対6枚、普通の天使より遥かに多いのだ。じゃあ、それで物量作戦ができるんじゃ――そう言ったところで、標が「でもね」とつぶやいた。
「確かに、羽根の枚数だけ、拳銃が生み出せるよ。でもね、それを一度に扱えるのかって言ったら、答えはNO、到底無理。う~ん……たとえば、私が母艦、拳銃が戦闘機とするね。」
そういって、彼女は一つのたとえ話を始めた。
「一つ一つが高い戦闘力を有する私の自慢の戦闘機。それも、この戦闘機は私の命令ひとつで動く。それって、すごく強いじゃない?」
確かに、すごく強いだろう。現に、あのアザゼルを塵に還したのだから。
でもね。標は続ける。
「その命令を下す私は、一人だけ。一度にできる命令も、当然限られてくる。」
あ。そこで僕は気付いた。
「そ。数が多いと、簡単な命令しかできないの。『攻撃』『防御』とか。それも、遠ければ遠いほど、反応は遅いし。何より、私への負担が大きすぎるの。」
あまりやりすぎると頭痛が起きるとか。それは――あまりいことじゃないな。
「だから、一度に操れる量は、最高でもせいぜい30くらい、アザゼル戦のあの量でも、本当に『構え』と『撃て』の命令くらいしかできなかったもの。」
「そっか――なんか、ごめん。」
「うんにゃ、別に気にしてないよ。」
「――それは別として――」
『?』
標と刀が同時に僕を見る。頭の上には疑問符【クエスチョンマーク】がずらり。グレイズできません。
「さっきから気になっていたんだけれど――」
標も刀も、妙に大きな荷物を持っている。今は当然床の上だが。
「――その荷物、何?」
ついに聞く。聞かなければならない。現家主として!
「学校の制服とか普段着とか寝巻とか?」
「巫女服と木刀と、その他いろいろだ。」
二人して、そんなものをなぜ!? 今度はぼくが疑問符【クエスチョンマーク】。
僕の幼馴染と小3からの幼馴染は、まずお互いを見て、そのあと僕のほうを向いて、
「今日からよろしく~。」
「しばらく、泊めさせていただく。」
「え?」
僕の口から洩れたのは、そんな間抜けな声だけ。いやだって、ねぇ。標は確かに小さいときはよく家に泊まったりしたけれど、刀は初めてだ。いや、そこじゃないって。
「だめ~?」
「だめ、か?」
「え、あ、いや、その、ええ?!」
救いを求めるように、僕はデュナメスのほうを見る。すると帰ってきたのは――
「あ、泊まるように言ったのはアタシだから。」
「な、なんだって!?」
「あれ、今日の夕食はカレーなの?」
それはナンだって! カレーが食べたいのか? じゃなくて!
「ど、どうして!?」
「だって、カタナちゃんはヒイロを殺すように命じられていたのに、失敗したじゃん? おまけにラファエル先輩はカタナちゃんを操ってたあの男を滅したわけだし、命の保証がないのよ。なら、こんなに少数、ひとまとめにしたほうが安全でしょ?」
ま、まぁ、確かに、これが10人20人もいたらとてもじゃないが無理だが、たった2人、幼馴染2人を家に泊めるだけじゃないか。
――気が付けば、家には女の子だらけなわけだが。
沢山あった空き部屋も、今はいっぱいだ。主に少数部隊であるデュナメス部隊の地上拠点として。
「――わかった。いいよ、空いている部屋、適当に使って。」
そう言うと、二人して満面の笑み。くそう、男は女に負けるのはどんな世界でも共通ですか?
沢山あった空き部屋は、今では空きがあったかなとさえ思えるほどにぎわっています。よ? 父さん、母さん。
足が痛い。それはもう致命的に。
昨日の帰り道だって、デュナメスの肩を借りて帰ってきた感じだし。一応、歩くことはできるけれど、『肩ぐらい貸す』というなら、借りようじゃないか。美少女の肩なんて、めったに借りることなんてできないだろ? ――なんて下心が全くなかったわけじゃないが、少なくとも、素直にうれしくお言葉に甘えることにした。ホント痛いのよ。
そんなわけで、本日土曜日が結局これと言って大問題もなく過ぎていったのはうれしい限りだ。今日誰かが攻めてきたら、情けないがみんなに任せ切るしかない。
――そんな今日も、夕食の時間が近づいて参りましたした。
これだけ家にいるのだから、いつもさぞ賑やかなのだろうと思っていたあなた、実はそうでもない。
デュナメスを除くデュナメス部隊のみんなは、いろいろと忙しいらしく――デュナメス曰く『少数の精鋭部隊』らしい――、普段は天界――デュナメス達の故郷――に昼から戻って、そのままそっちで夕飯も済ませていたらしい。だから普段はデュナメスと二人っきりなわけで、騒がしいというほど賑やかでもない。
――のが、昨日おとといの話。
今日はやけに騒がしい。まず、標と刀が加わったこと。普段の食事に二人も加われば、十分に騒がしくなる――と思う。
だが、それ以上にすごかったのが――
『『『『『お願いしまーす!!』』』』』
超多重音声。天使×10。
つまり――えっと――何人だ?
僕、デュナメス、標、刀、アンジェラ、天子さんたち(×10)――合計15人――
そんな人数分、材料あったかな?
「任せてください。」
そう切り出したのは、刀だった。
「――では。」
もってきていたカバンから何かをとりだすと、僕に一言残して、刀はどこかへと走り出した。速っ!?
「あ、待ってよ刀~!」
「ラファエル先輩、財布財布!」
刀を追うように、標とデュナメスまで走り去っていった。やっぱ速っ!?
――財布? もしかして、材料を買いに行ってくれたのかな? それはありがたい。
ぺしぺしと痛む方の足を少し上げて片足でけんけんしながら冷蔵庫へと向かう。ガチャリ。なになに、焼き肉のタレ(甘口)×1、マヨネーズ(残り5分の1)×1、2リットルペットボトルのお茶(残り500mlあるのこれ?) ×1。……。わ~お。
居間では「お腹ペコペコ~。」とか「お腹すきましたね~。」「ね~。」とか、「デュナメス様と同じ食事を食べられるなんてしあわせ~♪」とか、とにかく空腹の天使さんたち。――頼む刀標デュナメス、早く材料を買ってきてくれ……! ぐぎゅうう……。あ、僕のお腹も……。
僕の願いがかなったのか、刀達はわりと早く帰ってきた。その両手にはたくさんの買い物袋。うう、足をくじいているとはいえ、(なにげに家の中で唯一の)男の僕が手伝い一つせずに待つしかできないというのは、少々あれだ……。と、とにかく、せめて食事の用意くらいはやらなければ!
と、言うわけで気を引き締めて台所に向かった僕だったが――すでに3人が3人とも場所を使っていた。なんて行動力。
「あ、緋色~? なにしに来たの~?」
「何しにって、手伝いに来たんだけど……――」
あたりを見渡す。かんかんかんととととととずばばばばどひゅーん。……何この効果音祭り。一部おかしな音が聞こえるのですが? なにどひゅーんって。
「と……ところで、なにを作っているの?」
怪しげな擬音のせいで不安になりながら、恐る恐る聞いてみる。
「カレーですよ。この人数を作るにも楽ですしね。」
明らかにカレーを作る音じゃないものが!? ねえ、ほんとにどひゅーんってなにどひゅーんって!? というか、カレーやっぱ食べたかったの?
と、ふと、
「(そういえば、この3人の手料理なんて食べたこと無かったな……。)」
デュナメスはともかく、幼馴染の標や刀の料理も食べたことがない。
――擬音が不安だ。
「手伝うこと、ある?」
「ないよ~。」標の攻撃。グサッ
「ないです。」刀の攻撃。グササッ
「ないですね。」デュナメスの攻撃。グサササッ
ないの3連発。うう、地味に傷つく……。
仕方なく僕は、植えた天使たちの待つ(表現に難なり)居間に向かうことになった。
居間で待つこと数時間。やはりカレーは時間がかかるが、それでもかなりの早さでそれは出来上がった。
紛うこと無きカレーだ。それはそれはもう。あの擬音は本当に何だったんだ? 特にどひゅーんって。あの打ち上げ花火の音を縮小したようなあれは。
「ほら食べてみて。自信作なんだよ~?」
「あ、うん。では。」
『『『『『いただきま~す!!!!!』』』』』
どことなくフラグ臭い標の催促に、僕は一抹の不安を抱えながら答える。とりあえず、スプーンにひとすくい。スパイスの食欲をそそる強烈な香りが、僕の鼻孔を刺激する。ぐぎゅうう。身体は正直です。
一口、食べてみる。
ぱく。
――、――、シャキッ?
何でキャベツの千切りが入っているの? 別にいいけどさ。
――、――、今さらだけどさ、
『『『『『『おいしい!!!!!!』』』』』』
僕、アンジェラ、天使(×10)の声が重なる。いや、これすごくおいしい!
「そう? 現世にない材料使ったかいがあったや。」
そう照れ笑いを浮かべるのは、何かを千切りしていたデュナメスだった。この千切りキャベツを切ったのがデュナメスということで、間違いないだろう。――こっちにないもの?
「そのキャベツみたいなやつのことですよ。」
刀がデュナメスに代わって補完してくれる。「なんでも、辛みと旨みを同時に持つ野菜の様ですから。」
言われて、もう一度そのキャベツもどきを見てみる。カレールウにまみれていて色がよくわからなかったが、よく見ればそれは緑ではなく、どちらかというと褐色だ。
「すごいですデュナメス様!」「レシピ! レシピを教えてください!」「キャーデュナメスサマー!」と、気がつけばデュナメスは天使たちに囲まれていた。ホント、慕われているんだなぁ。
もう一口。ぱくり。うん。おいしい。
カレーも食べ終えて(珍しく3杯も食べた)、お先に風呂も済まさせてもらい、次に誰が入るのかを聞こうとした時――
「あ、刀。」
「ぬ、緋色か。」
そこには、いつ着替えたのか、青色を基調とした巫女服に身を包んだ刀が庭にいた。その手には、いつもの木刀。
それを、いつものように素振っている。強いていつもと違うのは、いたってまともな素振りだったことぐらいだろうか。――それってそうとういつもと違うことだ!
「意識の共有――記憶の共有――記憶を共にするということは、なかなか不思議な感覚だな。まるで知らないはずの剣術が、どんどん頭に流れ込んでくる。――いや、まるで初めから知っていたような感覚だ。」
相変わらずの男勝りな口調、それを、僕はしっかりときくことにする。
久しぶりの会話な気がする――実際は、昨日もおとといも会話しているのだが――から、のんびりと、会話でもしよう。――と思っていたんだけどなぁ。
実は僕ら、まともな共通の趣味といったものがない。つまり共通の話題がないのだ。今ある話題となると――
「――よかったよ。」
「む?」
何がだ? とでもつけたしそうな顔だ。
「いろいろあったから、落ち込んでいるんじゃないかな―とか、思っていたからさ。」
その言葉にウソはない。洗脳されて、人殺しをさせられかけて、普通、何らかの感情が起きないわけがない。負の方へ。
「――うん。そうだね。」
珍しく刀が女の子らしい反応をする。いつもの彼女なら「うむ、そうだな。」くらい言いそうだが――それくらい、きつかったのかな……。
ラノベの主人公ではないが、僕も乙女心が判らない人種だ。だから、言葉に迷う。
「ありがとう。」
「え?」
「いや……言いたかっただけだ。気にするな。」
なんだか、すっきりとした顔立ちになった刀が呟く。僕、お礼を言われるようなことしたかな?
でも、まぁ――
「どういたしまして。」
とりあえず、そう返しておくか。
その時だ。黒い翼の少女がとんできたのは。
『!?』
さっと刀は身構える。僕も身構えるが、どうしても足を意識してしまう。
少女は、いつぞやの使い魔とよく似ていた。違うのは、発する緊張感が段違いなことか? 前に出会ったのが中級なら、こいつはそれ以上なのだろう。上級使い魔?
「緋色は下がって!」
言うが早いか、動くが速いか、刀はいつかの日本刀――スサノオ――を構えて飛びかかる。確か、天使の武器は普段は羽根になっているんだったな。
すかっ 上級使い魔(仮)は、刀の一撃をひらりとかわす。だが刀と手当然、本気の一撃なわけがない。
べきっ! まさかの回し蹴りは、しっかりと相手の上級使い魔(仮)の無駄な肉のないわき腹にはいった。しっかし相変らず、人体から発したらまずそうな音を立てる。今の絶対折れたでしょ?
『!?』痛みを耐えるような表情をした上級使い魔(仮)は、カウンターと言わんばかりに火の玉を掌から放つ。それを――
「無駄です。」
刀は、日本刀で受けとめた。火の玉は刃の部分で受けとめられ、綺麗に二つに分かれ、火の粉となって消えた。
「今度はこちらから――」
言うが早いか動くが速いか、刀は高速で接近する。
――そして、勝負はついた。――
『……っ!?』
ドサッ 上級使い魔(仮)は、その場に力なく倒れた。そこには、日本刀を逆手に持つ刀の姿が。どうやら、持ち手の部分で鳩尾を殴ったようだ。いたい……。
「無駄な殺生は好まない。さっさと帰れ。」
『……っ!』
上級使い魔(仮)はなにも言わない。ただ刀を睨むだけだ。
――と、
「か、刀!」
「!?」
異変に気づいて、あわてて刀を呼ぶ。
刀が上級使い魔(仮)から離れたその瞬間、そいつは落ちてきた。――上級使い魔(仮)の上に。
メキョッ 血しぶきとともに、人体からは聞こえてはいけないような音が響く。その上には、一人の男が。
「お前が、創造の少年か?」
まるで「少女漫画に出てくるイケメンの執事」を形にしたような見た目だった。
「だったら、どうだっていうんだ。」
「遊びに来たヨ♪」
瞬間、男から、言いようのないほどに強い緊張感を感じた。ま、まずい――殺される!?
「させない!」
刀の日本刀が、男の背中を斬――ろうという瞬間、何かが刃の部分を粉々に砕いた。
「なっ!?」
「剣士の能力――ソニアか? まだまだだなぁ。」
驚く刀をよそに、男の手が僕へとのびる。こういうとき、どうして人間は動けなくなるのだろうか。足が痛いとか、そんなものは関係ない。動けないんだ。
「ヒイロ!」
男の腕が僕の顔をつかむ直前、白い光弾が男の顔面をとらえた。それを皮切りに、僕の身体は自由を取り戻した。急いで、後ろに逃げる。
見れば、デュナメスをはじめ、残りのみんながそこにそろっていた。
「これはこれは解放のお嬢様、今日はあんたにゃようはないんだ。」
「アンタがアタシ達に用がなくても、アタシ達はアンタに用があるのよ! ルシフェル!!」
「! こいつが……?」
もう一度、黒い燕尾服の男を見る。顔面に光弾が直撃したというのに、その顔は涼しそうだ。この男が、僕の命を狙う男――!?
「はっ!」
もう一度、光弾がルシフェルの顔をとらえる。
「これぐらいじゃあ痛くもかゆくも――」
だが、標はルシフェルに喋らせる気もないようだ。彼女の武器の拳銃が26丁、彼女の操れるほぼ最大の拳銃が一度に火を噴く。
「ちょ」
ルシフェルの右腕に5つ。
「おま」
ルシフェルの左腕に5つ。
「いてっ」
ルシフェルの右足に5つ。
「やめっ」
ルシフェルの左足に5つ。
「ラファエ」
ルシフェルの身体に5つ。
「――ったく、痛いなぁ。話は聞けよな――」
Bang 最後の一丁が、ルシフェルの顔面を撃つ。
凄まじい総攻撃だ。さらに恐ろしいことに、そんなルシフェルに向けてアンジェラは高速で矢を放ち、デュナメス部隊の天使(×10)もそれぞれ飛び道具で攻撃している。そのデュナメスも、光弾を撃ち続けている。刀は背後から、炎の衝撃波を浴びせる。
凄まじい。それ以外、なにをどう言えと?
――言葉はまだあった。
恐ろしい。
なにが? これほどの攻撃を受けてもまだ立っているルシフェルが、だ。
それも、ずいぶんと涼しそうな顔をしている。
「バ、バケモノめ……!」
デュナメスが悪態をつく。僕もそう思う。こいつは、正真正銘の化け物だ。
「ひどいなぁ、俺も元はお前たちと同じ天使だったんだからさぁ、その扱いはないんじゃないか?」
その顔には、嫌なうすら笑いが。
「しっかしなぁ、そんなんで俺を倒せるのか? 俺、最強だぜ?」
台詞の最後には(笑)が付きそうな感じだ。――本当に、こいつは腹が立つ。
「っ。」
思いっきり、全力で、創造の力を右手に集めた一撃を放つ。
――効くはず、無かった。
「なんだ少年、蠅でも止まっていたか?」
「あ……あ……っ。」
ルシフェルの背後に悪魔が見えた気がした。
『逃げて』そんな言葉が聞こえたときには、僕は空を飛んでいた。殴り飛ばされたようだとわかったのは、ルシフェルの追撃のもう一発を殴られた時だった。
「なんだよなんだよ、大したことないねぇ。」
「こ……の……!」
殴られながらも身体を捻らせて、何とか蹴りを決める。だがやはり、効いていない。それどころか、逆に地面にたたきつけるように蹴りを入れられる。肺の中の空気が一気に口からあふれる感覚がする。
強いとか、そんな次元じゃない。
――勝てない。
そう、確信した。そう、今の僕には、どう頑張っても勝てない。
家の庭に背中から盛大に着地した。クレーターが出来上がり、土が舞い上がる。
遅れて、僕の身体の上にルシフェルが着地した。
「がっ――!?」
肺に残っていたわずかな酸素も、その衝撃で一気に吐き出す。ヤバい、意識が――
「んー、つまんねーなぁ、もちょいっと抵抗してくれよぉ。」
もう一発、思いっきり踏まれる。――死、ぬ――
ふと、走馬灯のように、デュナメスが家に来た時のことを思い出す。
――そういえばあの時――デュナメスが傷ついたのを見て――強制が一つ外れたんだっけ?
外れろよ――僕の強制――
外れてくれよ――僕の強制――!
パキン
鎖が斬れるような音が聞こえた気がした。
僕はこの音がなにを示すものなのかを知っている。
強制の解除。
知識が直接頭に流れ込んでくる。前にデュナメスに手伝ってもらって一時的に解除した時は武器精製能力だったが、今回はどうやら違うようだ。
ルシフェルはまだ僕の上だ。正直重い。
意識がなくなる前に、何とかしないと――
「――っ!」
声が出ないから、気合だけで、魔法弾を放つ。
魔法精製能力。これが今回外れた強制らしい。
「!?」
いきなり魔法弾がとんできて慌てたのか、ルシフェルが僕の上から飛んで逃げる。
「――二つ目の解除か。」
どうして強制の解除の回数が判るのかは知らないが、その通りだ。
「んー……そうだなぁ、」
顎に右の人差し指を当てて考えるルシフェルに、もう一発魔法弾を放つ。
それを、ルシフェルは左手で払う。
「よし、決めた。」
そういうと、いきなりルシフェルの背中から黒い6枚の翼が現れた。
「もー少し待てば面白くなりそうだし、今日はこれで引き上げますかね。」
広げた翼は、暗い夜だというのにはっきりと黒いことが分かり、はっきりと大きいことが分かった。
「あ、そうそう、そこに倒れている天使はまだ生きていると思うから。」
そう言い残して、ルシフェルは飛び立った。追う気力も、追撃する体力も、もうない。それより、そこに倒れている天使?
ふと、一人の少女を思い出す。ルシフェルより先にここに来た少女。
みると、血まみれのその少女から、黒い煙の様なものが浮かび上がって行った。
あ……ヤバい……意識が……。
「ヒイロ!」
「でゅ……デュナメス……あの子、まだ生きているみたいだから……。」
「うん、わかった! ――すごいよヒイロ、あのルシフェルを追い払ったんだから。」
「あいつが……勝手に帰っただけだよ……。」
はは……。小さく笑ったところで、意識がとんだ。
「ん……。」
目が覚めると、そこには見慣れた居間の天井が。
むくりと起き上がる。さすがに服はそのままだったが、額から冷たい濡れたタオルが落ちてきた。
その瞬間――
「ヒイロ!」
「緋色~!」
「緋色……。」
胸に二つと背中に一つの衝撃が。胸には標とデュナメスが。ということは、背中のは刀か。
「みんな……。」
背中や胸に、しっとりと暖かいものが。これは、涙?
僕のために泣いてくれているのか? ――うれしいことじゃないか。
自分のために泣いてくれる人に出会うなんて、そう簡単なことじゃない。そんな人が3人もいるなんて、僕は幸せ者なんじゃないか? これで命が狙わなければ最高なのだが、それがなければ、きっとこんな状況にはならないのだろうな。
「――みんな――ありがとう――。」
少しして、嬉し泣きも落ち着き、僕も一息ついていたところ。
「そういえば、あの娘は?」
「あの娘?」
「ほら、あの天使。」
僕がここで言う天使とは、当然、ルシフェルのせいで血の海に沈みかけていた上級使い魔だと思っていた娘のことだ。
「彼女なら、アンジェラ達がついています。――それにしても、こんな形で再会とはね……。」
「え? 知り合い?」
驚きだ。それならなぜ、さっき血だまりに沈んでいた時に何も言わなかったのだろうか。
「ええ。彼女はアンジェロ――アンジェラの妹です。」
「ええ!?」
ならなんで、さっき気付いてやれなかったのだろうか?
そんな僕の考えは読まれているのか、標が答える。
「ルシフェルの『堕天』は、いわば一種の毒の様なものなの。れっきとした天使が彼の手によって堕天させられた場合、徐々に毒に侵されるように姿が変わっていくの。彼女の場合、顔とかにもちょっとずつ変化が見られたけど――一番わかりやすいのはやっぱり『翼』ね。」
「翼? 翼がどうしたの?」
「天使の羽の色は共通で白なの。でも、彼女の翼の色は――」
黒。なるほど、それは分かりやすい変化だ。
「でも、彼女のことを知っている存在からしたら、彼女が発する『匂い』も、変化の一つ何だけどね。」
「匂い?」
そういえば、前にデュナメスが学校で「同族の匂いがする」とか言っていたっけか?
「あ、もちろん臭いとかいったものじゃないよ? まぁ、言うなら気配みたいなものなんだけど――天使のそれは、個人差が強いのよ。特に、能力の高い存在ならね。」
なるほど。つまりあのときデュナメスは、――標は近くにいたから――刀の気配を感じた、というわけか。
それが変化していて、なおかつ見た目もちょこちょこと変化しているなら、パッと気付くのは難しいだろう。
「無事なら、安心だよ。」
そう、安心だ。――あ、安心したら、また眠気が――
「ゴメン――ちょっと、寝る――」
そのまま再び意識がとんだ。
変な寝方をしたせいで、夜中の2時に目が覚めてしまった。
「……あー……。」
妙に目がさえて、もう一度眠れない。
横には、ぐっすりと寝ているデュナメスや標が――
――あれ?
「あーあー、ほら、布団に入って寝ないと……しょうがないなぁ。」
ぱっぱと布団をとりだし、適当なスペースに布団を敷き、デュナメス達を寝かす。
「――……。」
さて、下手に僕が男から雄に変わらないうちに自分の部屋に逃げるとしようか。襲う勇気なんてこれっぽっちもないけれど。
「ん~……ヒイロ~……。」
デュナメスの寝言が聞こえる。僕の名前?
「――約束して。絶対に、私のヒーローになるって。」
その言葉に、何かが引っ掛かる。この言葉を、僕は聞いたことがある。でも、いつだったかな? それが思い出せない。
こういうとき、思い出せない理由なんて、一つしかない。
10年前の事件に関係することだ。
――それが判っても、わからないことはわからないのだが。
思い出せないというこのもやもや感は、たとえどんなに年をとろうと、間違いなく気持ちの悪い、嫌な感覚なのだろう。
はぁ……どうしてこう、思い出せないのかなぁ……。
呟きながら部屋に入ると、そこには――
「あ。」
「え?」
アンジェラがいた。ついでにベッドは見慣れぬ天使――確かアンジェロだったっけ?――に占領されていた。
「あー……ごめんなさい。」
「できれば、謝るより先に状況を教えてくれない?」
話をまとめれば、こうだった。
「庭から一番近い個室がここだったから運び込んだ。」
「服を着替えさせるのに、男がいる部屋で着替えさせるのには抵抗があった。」
とのこと。男が寝ているベッドを使うことには抵抗がないのね。そのことを突っ込むと、
「――あっ!」
素ですか。
「あ、あなた、このベッドの上で、変なこととかしていないでしょうね……?」
「変なことって……。」
――まぁ――ノーコメントでお願いします。
明らかに「うわぁ……」と思っているであろう顔。うんまぁ、今の質問に対して黙るっていうのがどれほど墓穴掘ったかはわかっている。
「あ、あはは……。」
「うう、こんなののベッドに大切な妹を寝かせたのだと思うと……。」
うわぁ、ひどい言われよう。――それより、どうしようかなぁ。今夜。
――仕方ない、居間に戻るか。
「ま、ベッドで寝るのは諦めるか。その娘、起きたら言ってね。『家主が心配していた』って。」
「ええ。『変態が心配していた』と伝えておきます。」
思ったけど、彼女、僕のこと嫌いだよね絶対。
「――もうそれでいいよ。」
それで妥協しちゃう僕ってヘタレ?
あれ?
居間に戻ると、デュナメスがちょうど起きた。
「ヒイロ~……?」
「うん、僕だよ。」
若干寝ぼけているデュナメスに、僕は答える。
「アタシ……昔の夢を見ていた。ヒイロに初めて会った時のこと。」
そっか、あの時のセリフは、最初に会った時のものなのか。
「――まだ、思い出せない?」
「……ごめん。」
「ううん……ゆっくり思い出せばいいよ。それに――」
「それに?」
「――私は、覚えている。」
約束を相手だけが覚えているって、どんな感じだと思う?
相手が可哀想? そうだね、僕もそう思うよ。
でも、約束を忘れた方も、時と場合によってはかわいそうだと思わないか?
大事な約束を、思い出せないんだ。
きっと簡単なことなのだろう。小学生のころの約束なんて、そんな大層なものじゃない。
でも、それは第3者の視点から。約束は、相手がどう思うか、だ。
――どうも思えないくらいに、今の僕は覚えていないんだ。強いて思うことがあるなら――ごめん――くらいかな。
もう一度寝るまでに、僕はそんなことを思った。