日本刀と拳銃
「本当に、申し訳ありませんでした。」
どうしてこうなった。
僕の目の前には、まさしく土下座ポーズの弓矢堕天使ことアンジェラさんが。
どうしてこうなった。
どうやら、彼女たちの話を分かりやすく言うと、
「彼女はルシフェルによって操られていただけで、あの性格はその影響で、ほんとはいたってまじめな天使で、あたしの部下で友人。ちなみに能力は狩人で階級は権天使、結構下の方ね。」とはデュナメス談。
「うう、確かに私はあなたを襲いました。そのことは反省します。でも、普通女性の顔面を殴りますかぁ!?」とは、顔面を主に鼻血による物理的理由で顔を真っ赤に染めているアンジェラ談。「ごめんなさい。」これ僕談。
それにしても、人(というか天使)すら操れるとは、さすが最底辺ながら最高位の堕天使ルシフェル、やることがハンパじゃない。
「私以外にも、たくさんの人が彼の手によって『堕天』しています。」
どうやら、あの時昇って行った黒い影は、ルシフェルの影響による力だったらしい。
要は戦って勝てと。
戦って、勝てと。
……。
か、勝てるの? 僕。そのルシフェルとか言うのに。最高位で最底辺なんだろ?
と、ふと、自分の言葉のおかしさに気付く。
最高位で最底辺? それって、全くの矛盾じゃないか。
「なぁデュナメス。」
「なぁにヒイロ。」
デュナメスの横で『デュナメス様を呼び捨てにするな!』とか言っているアンジェラが。妬いているのか?
「ちょっと思ったんだけどさ、ルシフェルの階級、最高位で最底辺って、日本語としてはものすごく矛盾していないか?」
「ああ、そのことね。確かに、矛盾しているわ。」
でもね。と、デュナメスは続ける。
「そう現すのが一番正しいのよ。何せ彼は、実力に関しては、本当にアタシたちのだれも敵わないって言っても過言ではないほどに強い。」
アンジェラがつけたす。
「あの男の能力は破滅、その力は、大自然の秩序も乱すと言われています。」
具体的には、彼の気紛れでハワイのキラウエア火山すら噴火させられるのだとか。すげぇ。
「――そんなのに僕は命狙われているの!?」
はと気付く衝撃の事実。あれ? 僕絶体絶命?
「そうなるけれど、そうはさせません!」
力強くいったのは、デュナメスだ。
「アタシだって、ちょっと特別な力を持つ天使ですもの、堕天使ごと気に後れは取りませんわよ!」
なんと心強いことだろう。
そして、なんと自分が頼りないことだろう。10年前に勇者の契りをかわしたと言うが、どう考えても勇者とは僕のことである。なのに、このままでは僕は守るべきはずの存在に助けてもらう側になる。
これは、早いうちに強制の解除ができるようにならないとな。僕は、そう強く思った。
――その前に……。
「どーしようかね、これ……。」
僕はまず、この家にぽっかり空いたこの穴をどうにかしないといけない。もうアンジェラさんったら、玄関から入ることはできないの!? と、少々おばさん口調になるくらいどうしたものか。
「お任せください! デュナメス様の部下として、この穴は、わたしたちがすぐに修理いたしますので!」
割と大きい胸(C~D?) を張り、「お任せください!」と、どん、と叩く。直後にむせていたけれど。
「あ、じゃあおねがい。」
出来れば、彼女が来る前に――
だがその願いは、とどかなかった。
「緋色~、何このあ……な……?」
「あ。」
間に合わなかった。ご近所さんこと道標さんの登場である。彼女は『ピシッ』とか『ピキッ』とかいった音が似合いそうなほど見事に固まっている。まぁ、普段一人の男の家にいきなりでっかい穴があいていて、おまけに中に見知らぬ女性2人とくれば、幼馴染としてはだまっていられないのは分かる。
「あ、あ~……標?」
幸いなのは、この3人の格好はみないたって健全な格好なためラノベ的お決まりシーンになる可能性が限りなく低いことである。
具体的には暴力表現的な意味で。おそらく、標が本気で僕を殴っても、そんな過度な表現にはならないだろう。たぶん。きっと。おそらく。だからって殴ったりしないでね!
「緋色……ラノベのお決まりな展開になってほしくなかったら、今すぐこの二人のことを説明してね。拒否権はないよ。」
「わ、わかっているってば。」
だから、さ、そんな恐い顔しないで。いやもうマヂで。
「……ふぅん、標ちゃん、ねぇ……。」
その彼女の顔を、デュナメスはじっと見つめていた。そのことに気づいているのは、アンジェラしかいない。
金曜日、華金だよ華金。
空は晴れ晴れ5月晴れ、気温もちょうどいい感じ。
まさに「いい日」なのだが――
「……眠い。」
というよりも、寝ていない。
なぜって? 理由は二つあるんだ。
一つは、「やっぱり、背中に羽が生えたのがいっぱい外にいると、いろいろと問題になると思うので、夜のうちに仕事をさせてもらいますね!」
と、多分悪気のないアンジェラとその仲間たち。そのみんながみんな、背中に羽が生えている女性である。
女性しかいないのか? とも思ったが、確かルシフェルはアンジェラに『彼』って言われていたからそんなことはないのだろう。とおもい、思い切ってアンジェラに聞いたところ、
「わたしたちの男女比率は大体7:3くらいの割合で女性が占めていますね。実際、私たちの舞台は女性だけですし。」とのこと。
――話がずれたが、要は一晩中作業の音が聞こえてきていたわけで(外に音が漏れないように防音効果のある結界の様なものをはってはいたらしいが、その中にいる僕には関係ないことだった)、それがまず一つ。
もうひとつは――
「どうしてもこうなった?」
別に狭い部屋ではない。穴があいたとはいえ、幸い、吹っ飛んだ部屋はない(水道管とかもやられてはいなかった)。のに、
なんで――僕の真隣にデュナメスさんがいらっしゃるのでしょうか? 居間で寝ていたはずでは?
ああ、ラノベ展開は免れないのか? 男としてはうれしむべきなのだろうが、寝ている女の子というのは、健康男子高校生(高2)には刺激が強い。
とりあえず、起こさないように布団から出る。うん、なかなかに器用なことだよねこれ。だって僕、壁とデュナメスとに挟まれるように寝ていたんだよ? あ、そこのガ○ダム好きそうなそこの君、デュナメスってそのデュナメスと違うからね。もしそうだったら僕死んでいるからね?
――とにかく、朝食を。今日はちゃんと弁当も朝食も作るかな。昨日あんなに激しい運動(言い方に難あり)をしたっていうのに、特に疲れは見当たらない。これが創造の力?
なんて考えながら居間に行くと――
「あ、おはよ~緋色~。」
「おはようございます、アトムさん。」
思わずこけそうになる。
なして僕の家の居間で標とアンジェラが仲良く茶をすすっているの?! アンジェラなんか、何か知らないうちに煎餅パリポリ食べているし。
――なんてツッコみを入れようかと思ったけれど、中央のちゃぶ台に置いてある4人分の朝食を見て、その朝食から香る凄まじくおいしそうな匂いで、その気も失せた。ぐぎゅうう。あ、腹の音が。
「凄まじく分かりやすい感情表現ですね。」
なんか、いろいろな感情が混じっているようで実はたんにバカにしているだけの様な顔のアンジェラが鼻で笑う。
「わっかりやすいね~ほんと。」
標まで笑うなよ。ぐぎゅうう。はい、2回目。
「デュナメス様が起きてきたら、朝食にいたしましょう。」
「あ、じゃあ、僕が起こしてくるよ。」
ぐぎゅうう、と、本日3回目の腹の虫を早く抑えるために、彼女を起こしに僕の部屋へと起こしに行く。
と、
「ところで、ここに敷いてある布団って、デュナメスさんのだよね~?」
「標?」
「な~んで緋色は、自分の部屋に向かっているのかな~?」
何となく、そう、何となくだが、今標の顔を見るのはものすごく怖い。別にやましいことなんてなーんにもしていないのだから、僕は恐れる必要はないのだが、だがしかし、何でかなー、怖い。
ああ、暴力幼馴染にしりに敷かれているラノベ主人公はこんな気持ちなのかな? 標の場合、そう簡単に手を出してきたりしないからそこら辺は安心だが、いざというときの彼女の強さはハンパジャないから怖い。
「あ~、これはですね~?」
だから、やましいことなんてないのに何でこんな言い訳じみた切り出し方をするのかなぁ僕。
がちゃり。
「おはよーヒイロー。あ、アンジェラも標ちゃんもおはよー。」
『……。』
3人が、僕の部屋から出てきたデュナメスを見て凍りつく。
あれ、おかしいな、2人分の殺気を感じる? おいおい標、いつからそんな殺気を放てるようになったんだ? それだとまさしく『暴力系ツンデレ幼馴染』だぞ。単語3つ繋げて、そのうち前二つはお前に当てはまってないぞ?
「――アンジェラさん。」
「了解。」
ちょ、弓と矢を構えないでほしいな? ボクワルイコジャナイヨ?
ぷすり。思い届かず、浅くもささる。もし僕が一つも創造の強制を解除をしてなかったら確実に貫かれていましたよ!?
「あー……なるほどね、ごめんねヒイロー、これって、間違いなくアタシの責任だよね?」
ああ、デュナメス、君が物分かりのいい人(正確には天使)で助かるよ。でも僕だって、ここで「はいそうですね」とは言うまい。
「……。」僕は黙ることにした。察してくれ。
「――とりあえず、朝食覚めちゃうからしゃしゃっと食べよっか~。」
最初に口を開いたのは、標だった。あ、何かいろいろ察したって顔している。
「そうしましょうか。」「そうですね。」「うん、そうだね。」三者三様、僕らはそれぞれ口を開く。ぐぎゅうう、あ、今日4回目。
そういうわけで、とりあえず僕らは朝食(白飯と出し巻き卵とみそ汁の和食3点セット。塩鮭が恋しい)を食べることに。
ふと、時計に目をやる。なんだ、まだ7時にもなってないんだ。いつも学校には30分近くの余裕を持ってついているから、これくらい、どうってことはない。
「そういえばデュナメス、こっち側の戦力って、どれくらい?」
疑問に思っていた。
相手は人(というより天使)を自分の操り人形にできるのだから、そうとう戦力はあるはずだ。質も量も。
「う~ん、どれくらい、て聞かれると答えにくいわね。もともとルシフェルのことを快く思っていた天使なんてほとんどいなかったわけだし、そういう意味では天使のほぼみんなが味方、なんだけれど、みんながみんな無事だとは正直思えないし……何人かは、多分人の身体を借りているから探すのも大変だし。」
「人の身体を?」
「そう。ゆうたいりだつ? うん、なんか違うけどそんな感じ。」
なんでまた、そんなことをする必要があるのだろうか。
僕のそんな意志を呼んだのかと思えるほどのタイミングで、アンジェラが続ける。
「いわゆる『変装』みたいなものですよ。一般人の身体を借りれば、当然、見た目はその人のそれに変わりますよね? そうすれば、ルシフェルに見つかるまでの時間稼ぎができるのですよ。――もっとも、こんなふうに人の意思に直接干渉できる天使自体が少ないのですがね。私たちにはできない芸当です。」
なるほど、何となくはわかった。
「じゃあ、ルシフェル側の戦力ってのは? なにも本人以外みんな操り人形なんて不安定なことはしないだろ?」
「そうね。でも、実際の戦力は大半が操っている堕天させられた天使たちだと思うわ。それ以外は、使い魔とか?」
使い魔? 僕と標が首をかしげる。
――ちなみに、標には昨日のうちに説明を済ましている。――
「うん。ゲームとか漫画によくあるあれだよ。」
ドゴンッ!
言い切るが先か(また)壁に穴が開くのが先か。僕と、一晩かけてほぼ完ぺきに壁を直したアンジェラが同時に絶叫を上げる。のほほんとしているのは、なにが来たのかを理解しているデュナメスだけだ。
「あれ。」
指差す先には、黒い小さな翼をつけた中学生くらいの背格好をした赤髪の少女。え、あれ?
「ふぅん、中級使い魔ね。いいわ、アタシが相手してあげる。」
茫然と少女の方を見つめる僕と標をよそに、デュナメスが立ち上がる。「頑張ってくださーい! デュナメス様~!」とは勿論アンジェラ。
「ていっ!」
相手の中級使い魔さん(たぶん150センチ半ばくらい)は掌から火の玉を一つデュナメスに向かって放つ。
それをデュナメスは軽くあしらう。それはもう飛んでくる蚊を払うがごとく。
お返しと言わんばかりに、今度はデュナメスが掌から光の珠を放つ。ファイ○ルファ○タジーのホ○リ○とかアル○マとかを彷彿とさせる。それは見事に中級使い魔さんに直撃する。
メリョっ、なんか人体から聞こえてはいけない感じの音がする。だが、さすが使い魔、割と平気そうだ。
すかさず、デュナメスが相手に急接近する。
「死にたくはないでしょ? ――分かるわよね?」
相手にしか聞こえないようにつぶやいたから僕らには彼女が使い魔になんて言ったのかは聞こえなかったが、使い魔は顔を真っ青にして眼を見開いている。よく見ればかすかにふるえている。
ついに、糸が切れたかのように使い魔はがくっと膝をついた。
「うん、えらいえらい。」
まるで家事を手伝った子供を褒めるような態度。いったい何したの?
「? ちょ~っと脅かしただけだよ。」
「脅した」の間違いではないでしょうか?
――それより。
「あうあうあ~……。」
涙を流して苦笑いするアンジェラさん。そんな彼女の視線の先には、壁にあいた穴が一つ。
「――すみません、お願いします。」
「ううっ……いつも泣くのは下っ端なのですね……。」
ホント、すいません……。
心で謝る僕。しんとする居間で聞こえてくるのは、今日のニュースくらいだろう。
さて、今日も今日とて学校ですよ奥さん、華金でも学校ですよ。
教室で刀に「今日は遅かったのだな」と言われたこと以外に何ら変わりなく今日が始まりますよ。なんか見慣れない新しい机が運び込まれていたけれど何ら変わりなく始まりますよー。
「あー、転入生の紹介をします。」
――何ら変わりなく始まりますかー?
今の僕には、一つの予感がしていた。ラノベ脳ならだれもがすぐにこれを思うだろう。
ざわめく教室内で、おそらく僕と同じことを考えているのは標。
「入ってきなさい。」
担任の一声で教室の扉ががらっと音を立てて開く。
入ってきたのは、まぁ、予想通りに「あー、転入生のデュナメス=ノーブル・ヴァーチェスさんです。」だった。
「デュナメス=ノーブル・ヴァーチェスです。気軽に、呼びやすいように読んでください。」
カカカッ、と、小気味いいリズムで黒板に自分の名前を書いて行く。字、綺麗だな。
「それじゃあ、あそこの席に座ってくれ。」
そう言って、いつの間にか教室にあった見慣れない机を指差す担任。「はい。」当たり障りない返事。
――ちなみに、その空いた席というのは僕の席(窓際最後尾)の後ろの席(今日からこっちが最後尾席)だ。
「よろしくね。」
まるで初めて会ったクラスメイトに挨拶をかわすように、デュナメスは僕に微笑みかける。
「あ、うん。よろしく。」
――とはいえ、すでに一晩共にした訳で(言い方に難なり)、今さらよろしくというのもなんだか変な気分だ。
ちょうど、チャイムが鳴った。
休み時間になり、担任が教室を出て言ってすぐに、僕の机の真後ろは人だかりができた。それが休み時間の度に続く。
おかげで、僕らがデュナメスにまともな確認をとれたのは、昼休みになってからだ。
「え-と、いろいろ聞きたいことがあるのですが。」
「あ、どうやって学校に入ったとか?」
それもあるけれど、それよりも
「どうして、の方が先に知りたいかな。」
僕と標が、じっとデュナメスを見る。僕らは今、クラスを離れ、内緒話の定番、屋上――ではなく、僕が所属する写真部の部室にいる。暗室にするためにこの部屋の窓は完全に封鎖されているから、鍵をかけてしまえば屋上にいるのと大差はない。――広さは大差あるが。
「どうしてって、アタシもヒイロも、命を狙われている身なんだから、下手にばらけるのは危険でしょ?」
命? いや、初耳ですけど。――とはいえ、言うまでもなく、僕の命が狙われているのは確かなことだ。では、デュナメスは?
「命を……って、デュナメスも?」
「ええ、アタシも。だって、考えてもみてよ、相手にとって、わたしは今、邪魔ものでしかないのよ?」
言われてみればその通りである。現に昨日、ルシフェルに操られていたアンジェラの僕削除計画は、――結局は僕が解決したが――邪魔をしたのはデュナメスだ。それに、かなりの実力者なのも確かな話。
「というわけで、安全のために。それに、契りをかわした人と離れるというのは、なかなかさみしいのですよ?」
そう言って僕に寄ってくる。い、いろいろ近いです。そして標、妙に顔が怖いです……。
「でも、この学校……何というか、同族の匂いがしますわね。」
「え? 匂い?」
そりゃあ、写真部の部室というのは、現像液等のにおいがこもってなかなかきついかもしれないが、それは数分前の話で、今ではすっかり換気扇のおかげで換気済みなわけで――
「匂いなんて、しないけれど……。」
「まぁ、アタシにしかわからないとは思いますが、ね。」
そう言って、ひょいと標の方をデュナメスが見る。ちなみに標は、僕の斜め後ろのいすに座っている。
だから、気付かなかった。標が小さく唇を傾けて笑みを形作り、人差し指を立ててデュナメスに『しゃべらないでね』と無言で言っていたことに。
「……そうね。」
「ん? どうしたのデュナメス。」
「いえ、なんでもありませんわ。」
そっか、なんでもないんかー。
――なんてわけで、割と平和に今日も放課後。
「おや、今日は写真部にはいかなくてもよいのか?」
「あ、うん。今は現像液が足りないから。」
「そうか。」
と、適当に刀との会話を済まし、僕も帰ろうかなーと思った、その時。
「話がある。」
――と、帰りかけところを刀に呼びとめられたわけでして。
そんなわけで今僕は――屋上にいたり。
えーと、もしかして、うわー!?
――思えば16年(1月生まれの早生まれ)、彼女いない歴=年齢の僕……もしかするともしかして!?
――だけど、刀の口からはそんな春色な言葉は出てこなかった。
『……削除。』
「!?」
刀が何かを振り下ろすのと、それを僕が避けたのはほぼ同時。間一髪、創造の力を開放するのが間に合った。あと数瞬遅ければ、今頃僕は真っ二つだ。
「ど、どうしたんだ刀!」
『――削除。』
どうしたんだ? 一体どうしたんだよ、刀! まるで昨日のアンジェラみたいだ!
――と、ふと、今朝の会話を思い出す。
「人の身体を?」
「そう。ゆうたいりだつ? うん、なんか違うけどそんな感じ。」
なんでまた、そんなことをする必要があるのだろうか。
僕のそんな意志を呼んだのかと思えるほどのタイミングで、アンジェラが続ける。
「いわゆる『変装』みたいなものですよ。一般人の身体を借りれば、当然、見た目はその人のそれに変わりますよね? そうすれば、ルシフェルに見つかるまでの時間稼ぎができるのですよ。――もっとも、こんなふうに人の意思に直接干渉できる天使自体が少ないのですがね。私たちにはできない芸当です。」
人の身体を借りる。もしかして、今の刀は刀じゃなく、天使の一人? そして、ルシフェルにもう操られているとか!?
だが、刀――今は本当に刀かどうかはわからないが――は、考える時間をくれそうにない。
いったいどこから取り出したのかと思えるほどの長さの日本刀を構えて、僕に斬りかかってくる。
それを、本当にギリギリでかわし続ける。
だが、攻撃の手はゆるんだりしない。
『削除、削除、削除!』
刀の声だが、どこか刀のそれとは違う声が刀の口から放たれる。
まったく、ルシフェルも卑怯だ。僕を殺したければさっさと自分が出てきたらいいのに、こうやって親友を差し向けて、おまけに心を操って――許せない!
きゅっと、学校指定のスリッパが屋上の床とこすれて音を立てる。つまりは、勢いよく僕の足が床をふんだということ。
「ていっ!」
音を立てた右足を軸に、思いっきり回し蹴りを決める。入ったか!? だが、そんなことを思えばそれは入っていないフラグである。
僕の足は、彼女の持つ日本刀で軽く抑えられていた。
「ちっ!」
素早くその足を引くが、わずかに遅れた。――スリッパが一刀両断された。
「(あ、あぶな……。)」
素早くその身をたてなおし、さらに攻撃をかわす準備をする。
――が、やはりほんの少し遅れた。
ザシュッ。
身体の中心で、斬られたのだ。
とはいえ、ちゃんと身体はつながっているし生きている。もし創造の力を使って脚力を高めていなかったら、今頃逃げ遅れて本当に真二つだろう。
――ちなみに、あの後知ったことなのだが、僕が昨日強制の解除をしたのはあくまで『力』の想像部分だけらしく、よって、僕は今だ『武器』といったものを生み出したりはできない。――
僕は、斬られた。およそカッターシャツ一枚分。
心臓がバクバクと音を立てる。そりゃそうだ、斬り殺されかけたのだから。
「(平和的解決――はできそうにないね。)」
残念そうに、また防一戦へと望む。もちろん、すきあらば攻撃に転じるつもりだが、何分、めちゃくちゃ速いのだ。今だ強制を一つしか解除しておらず、攻撃方法が肉弾戦オンリーの僕には、勝機は限りなく薄かった。
「(真剣白刃取り――はとてもじゃないけれどできそうもないな。早すぎる。)」
憧れるが、そんな感情で命を落とすなんてまっぴらごめんだ。
「どうすっかな――っ!?」
ここで痛恨のミス。ずっと左のスリッパを脱いで(というか、斬られて失った)戦っていたせいで、足が滑り、バランスが崩れた。
まずい――! そう思ったその時だ。
ガチャリ!
屋上の扉が開いた。と、同時に、見たことのある白い球が刀に向かって飛んでくる。
それを、刀は難なく斬りおとし――あれって斬れるんだ――たが、そのすきに僕は距離を離す。
「大丈夫!? ヒイロ!」
救世主の登場だ。
「なんとかね。」
僕は適当に返事をする。
「それにしても、よくまだ強制を一つしか解除していないのに剣士から逃げられたわね。」
「まあね。」
何度か殺されかけたけれど、とは続けなかった。――刀がまた切りかかってきたのだ。
それを、二人同時にかわす。
「正直、あれを相手にするのはなかなか大変なことよ。」
存じ上げております。現に、創造の力を最大まで速さにまわして、割とギリギリかわしていたっていうレベルですから。
「彼女は――おそらく、エクスシア・ソニア。階級は智天使で私よりも一つ上。能力はさっき言ったけれど剣士、――強敵なんてもんじゃないわね。」
「説明どうも。でも、残念ながら逃げるわけにはいかないんだ。そのソニアさん? が今入っているあの娘は、僕の親友なんだから!」い地でも助ける。そう決めていた。
「ええ、わかっている。――だから、アタシの力で、あなたの力を強化するわ。」
――え?
「私の力は解放、この能力のおかげで、アタシは階級以上の待遇をされているのよ。――なんて説明はあとあと。いくわよヒイロ!」
え? ええ?? い、行くってどこに!?
だが気がつけば、すでにデュナメスは背中から輝く白い翼を1対現し、そして同じく気がつけば、僕の胸の中心が輝いている?!
「アタシの力で、一時的に次の強制を解除するわ。――だからあなたが勝って、ヒイロ。」
そう僕に呟くと、デュナメスから現れた輝く翼は消えうせ、同時に輝きを失い、その場に膝をついた。
「デュナメス!?」
「ヒイロ!」
近づこうとした僕を、しかしデュナメスが制止させる。
「あなたは彼女に勝って! それで、助けてあげて!」
デュナメスの眼は、本気だった。当然だ、こんなところで本気でも何でもない眼をしていたら、僕は彼女にがっかりするところだ。
「――分かった!」
そう言って、刀の方へと駆けていく。
感覚的に、次の強制が外れたことによる能力が何なのかは分かる。待ちに待った――とはいっても昨日の今日だが――武器精製能力だ。
「はっ!!」
手には、一本の日本刀。刀の持つそれと同じ形のものだ。しょうがないだろ、パッと思いつくのはこの日本刀だったんだから。
カンっ! と、金属と金属のぶつかり合う鈍い音が放課後の学校の屋上で響く。
つばぜり合いって言うんだっけ、こういうの。
キリキリキリと金属と金属のこすれ合う音がする。ほとんど力は互角だ。だが、それも少しずつ変わって――僕が押した。そして、押し勝った。
『……!?』
驚く刀には目もくれず、攻撃の手を休めない。だが、相手も当然指折りの実力者だ、そう簡単には勝たせてくれない。
斬って斬られ、お互い、一瞬のうちにボロボロとなった。
――後で知った話だが、この勝負、あまりに二人の動きが速く、サポートをしようと思ったデュナメスが追いつかなかったのだとか。――
「はーっ、はーっ。」
『……っ。』
らちが明かない。そんな声が聞こえたのは、その時だった。
「このような勝負では、らちが明かない。」
そう呟きながら、刀の背後から、黒いマントで身を包んだ存在(声を聞くからに、おそらく男だろう)が現れた。戸津ぜ習われただけでも驚きなのに、その男が、策の向こう側に立っていることが何よりの驚きだ。
ここは屋上なわけで、学校の中でも一番高いところにあるというのは道理であり――つまり、なにが言いたいかというと、その男、浮いているのだ。
「いくら創造を持つ男とはいえ、まだ能力をまるで扱えていないというのに、そのような半端ものにすら、おぬしは勝てぬというのか。」
男の顔は見えないが、きっと見下すような眼で刀を見ているのだろう。――それが気に入らない。
「――アザゼル。」
ぼそりと、おそらくその男の名前を呟くデュナメス。アザゼル――確か、堕天使や悪魔の名前としてもかなり有名な名前だ。
「あなたでしょ? 刀さんを操っているの、――今すぐ開放しなさい、さもないと――」
「さもないと、何だ?」
男の声が、ニヤリと笑ったことを明確に表す。デュナメスは、ギリッ、と歯を鳴らす。
「確かに私の方が、単純な実力は劣るだろう。――だがそれだけだ。結局、おぬしでは私に勝てない。」
「なら!」
思いっきり床を蹴る。デュナメスで倒せないなら、僕が相手になる!
だがそれは、飛んできた刀に食い止められた。
「!」
「そう焦るな若者よ、おぬしの相手はこの女子、私じゃない。――もっとも――」
二人揃って地面に降り立つや、刀は容赦なく剣を振る。それを飛び退きながらかわす。が、そんな激しい運動(表現に問題あり)を経験したことない(表現に問題あり)僕は、そううまく着地できるわけでもなく――
「いてっ!?」
着地失敗。足首ぐねった。いたい。でもそんなことを言っている場合じゃない。すぐに、次の攻撃を――!?!?
起き上がろうと耐性をたてなおしていると、すでに目の前には僕に向かって日本刀を振り下ろしている刀の姿が。ヤバい――眼が本気だ。
ギンッ!! 日本刀同士がぶつかり合い、金属音が響く。お願いだ――
「目を覚ましてくれ! 刀!!」
じゃないと、僕の命が危ないから!
そんな僕の願いがかなったのか、彼女の動きが鈍くなる。がたがたと震えて、そして――
ひ……い……ろ……?
「緋色!?」
日本刀を構えたままの刀が、たたき起されたかのようにハッとする。目に見えて『意識が戻った』のだ。
「刀! よかった、洗脳が解けて――」
そこまで言って、刀の腕の力がちっとも弱くなっていないことに気がついた。ちょ、待って、この体制、力が入りにくいんだよ!
「刀!?」
「緋色、なんだこれは!? 自分の身体なのに、身体が言うことを聞かないのだ!」
な、なんだってー!?
それはあれですか? 意識だけは戻ったけれど、身体はいまだに操り人形で、その先に待つのは――!?
「すまない緋色――これは私のせいではないのだー!」
そう言って、ものすごく激しく日本刀をたたきつけてくる。操り手であるアザゼルが焦ったのか、操られぬしの刀の意識が覚醒したからなのか、はたまたどっちも関係ないのかしらないが、急に戦い方が変わった。――これはきつい。
だが、加わる力がバラバラな分、弾き返すのが少しは楽に――なりませんでした。
「か、刀!!」
「っ!」
一瞬だけピクン、と動きが止まった。いまだ!
僕はころがり、その場を離れ、一気に立ち上がる。刀の動きが止まっていたのは本当に一瞬で、立ち上がった僕の胸元すれすれを日本刀が通り過ぎる。すれすれアウトで服に切れ目が走る。さっきの一撃と合わせて、綺麗な十字ができましたー(はぁと)――じゃなくって!
だんっ! 痛む足に力を込めて、一気に距離を離す。情けないが、足を痛めた今のままでは一人ではまず絶対勝てない。
「デュナメス!」
「ええ!」
僕が何かを続けるより早く何を求めているのかを察して、彼女は朝に見せたホ○リ○もどきを放つ。
だがそれは、目標には一歩届かずに何かに遮られる。ああっ、おしい!
「ふふふ、その程度の呪文では、私たちにはとどきませんよ?」
みると、アザゼルと呼ばれた黒マントは左の掌から禍々しい色の黒い球を出している。左利きなのかな? なんてことを考えるほど僕も余裕じゃありません。
「あれが、絶対に勝てない理由?」
こくん、と、小さくうなずく。
「アイツの左の掌のあれ――あれが、私の放つ光弾を打ち消す力を持つのよ。たった1の力で、アタシの10の力を消せるって言えば、どれくらい厄介か分かるわよね?」
それは厄介だ。物凄く。
「つまり――アザゼルとか言うのがいる限り、デュナメスの攻撃はあっちには届かないって思うべき、かな?」
またも小さく、デュナメスはうなずいた。悔しそうだ。
「さぁ、降参するのが、そしてアトムをこちらに引き渡すのが、身のためですよ? デュナメス嬢よ。」
そうほざくアザゼルの下には、動かないであろう体を必死に揺さぶって僕の名前を叫ぶ刀の姿が。――くそ、足首を少し痛めただけで、これだ。――なんだよ、『神にも悪魔にもなれる』? 笑わせないでくれ、僕は、足首が痛いだけで走ることもできないただの高校生じゃないか!
「いやよ! なんでわざわざヒイロを死なせに行かなきゃいけないのよ! 絶対にお断りよ!」
アザゼルはそんな彼女の答えに「そうか……」と呟き、息を一つ。そして――
「最後はアトム、あなたの親友の手によって二人共に殺されなさい。」
そう呟き、アザゼルは右手でぐっと握り拳を作る。
「い、嫌だ! やめろ!」
刀が叫ぶが、その刀の腕は、止まらない。両の手にもつ日本刀を天高く掲げると、その刀に、見間違いでなければ赤い炎が灯っていく。
「彼女の階級智天使は、回転する炎の剣とともにエデンの園にある命の木を守るために置かれたという話がある。エデンを守るはずの炎の剣に焼かれ死のうとするエデンの少女よ、どういう気分だ?」
嘲笑うような声。気にくわない。
「黙れ! アタシはまだ死なない!」
そう吐き捨て、とびきりの光弾を放つ。――が、やはり、かき消されて終わる。
「や、やめ……やめ……ろ!」
刀が、力強く反抗を繰り返す。が、その顔には涙が。そりゃ、嫌だよな、無理矢理体使われて、友達――刀がそう思ってくれていることを望むよ――を、殺させようとしているんだから。
「死ね。」
アザゼルのそんな声が聞こえたとき、状況が一変した。
一筋の光弾が、貫いたのだ。
アザゼルの右腕を。
「!?」
僕もアザゼルも、驚きを隠せない。こんな中で驚いていないのは、デュナメスだけだ。
「――遅いですよ、まったく。」
そんな彼女の視線の先には――驚くべき存在が。特に、僕にとって。
――3対6枚の翼を背中にはやしている――
――二対の拳銃を構えている、それと同型の拳銃を幾つも空中にキープしている――
――ニット帽の少女――
「し、標――!?」
「うん、そうだよ~。」
のんびりとした口調、やはり、標だ。
でも、なんで!? どうやって!? なにがなんだかわからない。
そんな僕をよそめに、デュナメスが標に声をかける。
「遅いですよセラフィム先輩。――でも、来てくれて、うれしいです。」
先輩?! デュナメスの?
もうなにがなんだかわからない。――ただ分かるのは、一気に状況が変わったということだけ。
一番大きいのは、アザゼルの右手が撃ち抜かれたことにより、刀を操っていた力が消え、彼女が自由になったということ。
「ひ、緋色、わ、わた、私は……っ!」
半分涙目になって、刀は僕に訴えかける。わかっている、君は何も悪くない。――悪いのはあのアザゼル――そして――ルシフェルだ。
僕が彼女のもとによたよたと痛む足を引っ張りながら近づいている間にも、戦場は動いていた。
「まさか、あなたほどの方まで来るとは思っていませんでしたよ。それも、人間に身体を借りて。」
「一応、本人の許可は得ているよ?」
かちゃりと、標の持つ銃が音を立てる。空中にキープしていたのも含めて、ざっと20の銃口がアザゼルを狙っている。
「――容赦はしないよ?」
ガチャリと、もう一度、拳銃たちが音を立てる。20の銃口があやしく光ったように見えたのは、きっとアザゼルの見間違いではないのだろう。
「――ふ、ふふふ……さすがの私も、20の魔法弾を吐く鉄の鳥を操る少女相手に、勝てるとは思っていないさ。」
実際、アザゼルの放つ闇弾が真価を発揮するのは、交じりっけのない魔法――つまり、デュナメスの放つ光弾相手くらいなのだ。
それに、彼女の階級は熾天使――天使の中では最上階級である。とはいえ、この階級も、解放を持つ彼女の存在によって、あまり意味をなすものではなくなってきているのは事実なのだが。
「――私が滅されても、ルシフェル様がいる限り、お前たちに平和は訪れないと思っておけ――」
マントで顔は見えなかったが、彼の顔が穏やかであることが、なぜだか標――もとい、ネハシム・ラファエルには理解できた。
「――ならば、ルシフェルを滅するまでだ。――お前の様にな。」
そう呟いたのは、まぎれもなくセラフィムの方である。
瞬間、彼女の武器である拳銃たちが、魔法の弾を一斉に放った。
――アザゼルの身体は、塵も残らず、消え去った。