創造と解放
「おかーさん、あのね、あのね。」
ノイズ交じりに聞こえてくる声。懐かしい。
「僕ね、ヒーローになるんだ。」
ああ、そういえばそんなことを小学校の作文に書いていたっけ?
「そうね、あの子と決めたんだ!」
あの子――いつも聞くけれど、いったい誰なんだい?
「あのね――」
だけど、それ以上を聞くことも言うこともかなわない。
ドガシャン!
「――っててて……。」
背中に受けた衝撃で目が覚めた。ああ、またあの事件の時の夢か。
――もう10年も前になるのか。
20××年5月13日のことだ。
僕は、両親と幼馴染の道標と一緒にどこかへ出かけた。
その日の帰りに、僕は誰かに何かをされた。
気がつけばそこには、血まみれになって横たわる幼馴染と、僕らを何かからかばうようにして死んでいた両親の姿。そして、血の海で横たわっていたのは、標だけじゃない。僕も同じように、そこに横たわっていた。
その間の記憶と、その日のそれまでの記憶が丸々抜け落ちた。
覚えているのは、誰かとその日に約束をしたということだけ。
だれと、なにを約束したのか、思い出せない。
おかげで僕は、いつまでたっても約束を果たせない。それどころか、相手の顔すら覚えていない。
だけどその約束は、子供らしく、それでいて大事な――そんな気がする。
「――目覚めは最悪だな……。」
ベッドから盛大に落ちて、その衝撃で背中を強打し、痛い。
時計はまだ目覚ましがなる時刻より30分ほど早い6時ちょっと前を指していた。
「……二度寝できるほどの時間はないよなぁ……。」
仕方なく、起きることにする。
木曜日 いたって普通に今日も学校はある。
高校2年の初夏、いやな夢とともに、今日の学校の準備をする。
僕の名前は美菜乃緋色、いたって普通の高校2年生だ。
身長は170弱、体重50半ば、握力は30をギリギリ超えるか超えないかほどしかない。
成績も運動神経も髪の長さもみんな中途半端で、とりえといえるものはパッとは思いつかない。
昨日ダイエーで買っておいた総菜パンをほおばりながら、適当にテレビをつけてニュースを眺める。画面斜め左上の天気予報が、今日の晴れを予想した。時計が指し示す時刻は未だ6:13分、標との待ち合わせまではまだ30分以上ある。
「ふあぁ……。」
呑気な欠伸が出えてしまう。ニュースは正直聞こえてこない。聞いていない。時計代わりに使っているようなものだ。
また今日もあまりいいニュースは流れない。まったく、物騒な世の中だ。
「眠いなぁ……。」
適当に入れた牛乳を噛みながら飲む。あ、この牛乳賞味期限今日だ。
「あー……今日の昼飯何にしようかな……。」
弁当を作ってもいいのだが、昨日は体育があって疲れていて、本当なら今日は目覚ましギリギリまで寝ているつもりだったから、ご飯を炊いていない。
適当に学食でも行くか。そう結論付けた。
のろのろと着替えながら、今日の授業はなんだったかなと思いだす。うわ、一時間目から数学だよ。あの先生いい人だけど授業がつまらないんだよなぁ。
なんてね。
かなりゆっくり着替えたつもりだったが、時計は未だ6:31分を指す。後20分弱ほどは余裕がある。
「ん~……じゃあ、そうだな……。」
何をしようか少し考えて、いつもより少し早いがもうこれをしておこうと決めた。
「今日も頑張るよ、父さん、母さん。」
チーン
鈴をならし、仏壇の前で手を合わせる。両親が死んでからの日課だ。いつもなら学校に行く直前にするのだが、今日は時間がありあまりすぎた。
「たまには早くに行って標を驚かしてみようかな?」
あまり堂々と言えないことだが、普段学校へは標と一緒に登校しているのだが、その待ち合わせに僕が先に着くことはめったにない。
「たまには、僕が待つ側になろう。」
友達との待ち合わせなどなら、僕は比較的早くから待っている方だ。が、標より早くに待っていることは、やっぱりめったにない。
これは雨が降るか?
考えて、少し悲しくなる。
「あれ? 今日は早いね~。」
待ち合わせ場所に着いてからそれほど待たずに、標がやってきた。時計を見ると、6:40分、待ち合わせに僕が指定した時間は7:00。いつもこんなに早くから待っていたのか? 別に急かせば僕だってこんなにゆっくり行動しないのに。
「うん。ちょっといやな夢を見てね。」
「また、あの事件の?」
そう言って標は、自分の頭にそっと手を当てた。
あのときの事件で彼女は頭――こめかみの辺りだったかな?――に大けがを負い、その傷跡を隠すように、夏だろうと関係なく常にニット帽をかぶっている。事情を話しているので、学校の先生も公認だ。ニット帽から、彼女の本来の長い茶髪が顔を見せる。
頭に手を添える彼女の顔は、やはりあまりいい顔をしない。僕だって、あれは思い出したくない――わけではないが、目の前で両親が死んでいたんだ、できればやはり、思い出したいものではない。
「うん……。そ、それよりさ、せっかく早く集まったし、たまには刀の所に行ってみない?」
「あ、いいね~。」
刀とは、この町の神社の娘だ。
美琴刀、僕らと同い年で、大体僕より全部上の小学生のころからの幼馴染――小3からの友人を幼馴染に数えていいならだが――で、巫女(もどき)だ。僕が彼女に勝ると言えば、身長が3センチ高いことか?
本人は剣道だと言って木刀をよく素振りしているが、かなり独自の解釈をしているのか、いろいろと知らなかったりする、いわば素人だ。それでも彼女ほど運動神経がいいと、「面!」と言いながら思いっきり相手の頭をたたくだけでそれなりにさまになるから不思議だ。もし彼女と剣道の試合をしたら、たいてい相手が(刀の自覚なしルール違反で)勝つだろう。が、それが喧嘩ならまず間違いなく彼女が勝つだろう。少なくとも僕は彼女に勝てたためしがない。試合以外で。
「この時間なら、彼女、もしかしたらまた素ぶっていたりしてね~。」
「はは、そうかもね。」
ぶんぶんと素振り(剣道というよりは野球のそれに近いかもしれない)をしている彼女の姿を想像して、笑いをこらえずにはいられない。
――なんて言っている間に、その神社に到着。階段を上り、鳥居をくぐる。予想通りにぶんぶんと音がする。今日も本気振りだな。
「おっおお~い。」
「む?」
標の呼びかけ(?) に反応して、刀は素振りをやめる。ちなみに今日のそれは完全に野球選手のそれだった。あぶな。
「標に緋色か。珍しいな、こんな朝早くにこんなところに来るなんて。」
「いや、それよりも、さ。」
今彼女は、青を基調とした巫女服姿である。現在時刻は6:56分。割とギリギリである。
「――間に合うの?」
「――? うわっ!? もうこんな時刻か!! 少し待っていてくれ、すぐ用意する。」
男勝りというか、侍もどきというか、妙な男口調(素である)の刀が全力疾走で母屋へと駆けていく。黒髪のロングなサイドテールがそれについて行くかのようになびく。
「ほんと、元気だよね~。」
「僕はついていけないよ。」
正直、彼女の生活を僕がしろと言われたら、一瞬で断れる自信がある。
別段巫女として特別なことをしているわけではないらしいが、とにかく本人が気まぐれに毎日素振りなんかしているんだ。僕が同じことをすれば、次の日にはまず間違いなく筋肉痛だろう。
「待たせた。では行こうぞ。」
相変らず早い。女の子ってもっと用意に時間かけるようなもんじゃないの? とはあえて言わない。
「ぎりぎりせぇ~ふ!」
いつも乗る電車が発車する寸前で僕らは電車に飛び乗った。駆け込み乗車はご遠慮ください。僕がいえることじゃないけれど。
さぁここからが長い。学校に着くまで、あと1時間は使うだろう。
まぁ、のんびり揺られれば、すぐなんだけれどね。
電車を乗り換えてからの記憶はあいまいだ。僕はどうやら、電車の中で熟睡していたらしい。いびきが聞こえなかったかと少し不安になったが、別にそんなことはなかったらしい。
校門の目の前の急な坂をてこてこと歩きながら、最近買ったラノベの話を二人にする。飛び出す絵本から本当に少女がとび出た話だ。短編だと思って買ったら続きものだったから、なんとも金銭的にきつい勘違いをしたと後悔した。話がよかったから続きが気になるのに買えないというのは嫌いなのだ。
時刻は8:15分、朝のHRまで、まだ35分もある。あ、漢字のプリントやってない。急いで朝にやろう。
あ、プリント忘れた。
ま、ノートでもちぎってそれに書けばいっか。
どうってことない一日がその日も過ぎた。
目の前で電車が出ていったせいで次の電車を待つはめになったが、別にだからと問題ではない。急いで帰る理由なんてない。どうせ家に帰っても一人なんだから。
――ちなみに、僕は10年前のあの日以来、母さんの母さん――つまりお婆ちゃん――と暮らしているのだが、何分、かなり若いころに僕のお母さんを生んだらしく、しかも本人がかなり若い(見た目的にも性格的にも)ため、僕が高校1年に挙がったとたん『わたしは旅行に行くわ!』と、ギリギリ50代のお婆ちゃんがどこかへと消えて、それ以来僕は一人暮らしだ。――
どうってことない一日がその日も過ぎた。
――と思っていたんだけどなぁ。
6:17
学校に5時くらいまで残っていたから、駅に着いたらこんな時間になってしまった。
「(家に着いたら6:30くらいかな?)」
なんて。
――家に着いて、見慣れないものが玄関前(外)においている時まで、本当に今日も平和に終わるものだと疑いもしなかったのだが。
「なんだこれ?」
それはダンボール。いや、見ただけでそれは分かる。問題は、これの中見なわけで。
がっちりとガムテープで封をされていて、側面には『割レ物注意』と。そして差出人不明。なにせ、差出人が判るようなものが一切ないのだから。普通こういう荷物って、相手先(この場合、僕の家)の住所とか書いた紙が張っているだろうけれど、どうにもそういった類のものはない。はられていた形跡もない。ただ一枚、ひっそりと『緋色殿へ』と書かれた小さな紙がガムテープ本体を重しにそこにおいていた。察するに、この荷物はここでガムテープの封がされたのだろう。
「……う~ん……。」
――本当に何だろうか? できれば面倒事じゃないといいけれど。と、僕のラノベ脳がいらないフラグを立ててしまった。しまった。
――とにかく、いったん家に……うわ重い。結構ギリギリか?
よたよたとおぼつかない足取りで、それを家の中へと持ち帰る。
本当、中身が食器とかならまだいいんだけどね。一人暮らしだからそんなに食器入らないけれど。と、なぜか中身は食器じゃないこと前提で物事を考えだしている。おい僕のラノベ脳、それ以上変なフラグは立てないでくれ。
よたよたと居間の方へ荷物を運ぶ。割レ物注意となれば、進む足も慎重になるというものだ。いてっ、肘打った。
その衝撃でよ達樹、ダンボールが角にぶつかる。「いたっ!?」
――いたっ? あれ、僕、こんなに声高くないよ?
恐る恐るダンボールを見下ろす。――まさかねぇ。
きっと今の声は僕の幻聴。それはそれでひどいが、差出人不明の荷物の中身が人であることよりずっとましだと思う。
ようやっと、居間にたどり着く。
さっきのは幻聴さっきのは幻聴さっきのは幻聴さっきのは幻聴さっきのは幻聴さっきのは幻聴さっきのは幻聴さっきのは幻聴さっきのは幻聴さっきのは幻聴さっきのはg(ry。
言い聞かせるように僕はつぶやく。
ビリビリビリッ!! 力任せにガムテープを引きちぎる。粘着力高いよコレ。
そして、だ。
いやな予想は大的中。何このラノベ的展開。
ガムテープを引きちぎると同時、ダンボールから女の子がものすごい勢いで飛びついてきた。が、どうやら僕の位置が悪かったのか――悪いのはある意味僕の運だろうけれど――思いっきり頭をぶつける。
『――~~っ!!!!』
二人同時に同じような体制でうずくまり額に手を当てる。ファーストコンタクトがこれとは、つくづくラノベ展開をどうもありがとう。望んでないけれど。
「痛いじゃないのヒイロ!!」
ん? この子今なんてった?
真っ先に普通こういうことは夢だと思うだろうけれど、あいにく夢じゃないとしか思えないほどの痛みをファーストコンタクトで味わっているから、諦めてラノベ展開を楽しむことにする。――じゃなくて、今この子、僕の名前を呼んだ?
「――誰?」
金髪碧眼、いかにもな外国人美少女相手に、これまたいたって普通な対応を。もしかしてストーカーかなんか? とも思ったが、こんな美少女相手に付け回されるような生活はしていない。
「誰って……アタシを覚えていないのですか!?」
「へ?」
まるで「覚えていたと思っていたのに!」と言わんばかりに彼女は声を荒げる。
「アタシよ、デュナメス=ノーブル・ヴァーチェスよ!」
と、デュナメス=ノーブル・ヴァーチェスさんが声を荒げる。いや、そんな大層な名前の知り合いは思い当たりません。
「10年前の契りを果たしにに来たのに!」
10年前? ――ああ、嫌な思い出がよみがえる。
「――10年前の、いつ?」
「5月13日ですわ。」
――ああ、その日なのねやっぱり。
「――本当に、覚えていらっしゃらないのですか?」
「……残念ながらね、僕の知り合いの中にデュナメスさんだなんて大層な名前の人物はいないよ。覚えている範囲では、ね。」
あの事件の日、僕は標と両親と共に襲われた。その日のことは覚えていないと言っても差し違えがない。
覚えているのは、誰かと何かを約束したということ。
『10年前の契りを果たしに来ました!』
彼女の言葉は真剣そのもの。
もしかして、彼女が?
「――その日のことを、教えてくれないか?5月の、13日のことを。」
僕は、聞くことにした。だって知っているんだろう? これは当然の選択だと、僕は思う。
彼女も、それに答えてくれた。
「――えーと、つまり――」
彼女の話をまとめると、こんなところだろうか。
僕は彼女のヒーローになる。
当時6歳(僕は1月生まれの早生まれだ。) の僕は、彼女と『約束』をかわしたらしい。ヒーローということは、さしずめ彼女はお姫様か? そう解釈すると、彼女の服装――短いスカートにノースリーブで背中が丸だし――というのも、いささか不釣り合いというかなんというか。
しかし、あまり詳しく話してくれない。
「そこから先は、自力で思い出してほしいというのが乙女心ですわ。」らしい。
そして、
「僕は、人間?」
「ええ、たぶん。」
多分かい。
というのも、彼女によると僕はとんでもない力を持った『アトム』なる存在らしい。鉄腕? いいや違う、詳しくは知らないが、彼女曰く『エジプト神話に出てくる天地創造の神の名前』らしい。
そのとんでもない力こそ、『創造』、大雑把にいえば『思い通りにものを生み出す力』らしい。思い通りに、どこのハ○ヒだよ。
さらにさらに、僕は完全無意識化でその力に強制をかけているらしく(それも何重に)、普段の生活に影響はないんだとか。
つまり、もし仮にその強制が解除されれば、僕は人の言うところの『神』にも『悪魔』にもなるとか。
――夢だな。これはさすがに夢だな。如何に僕がラノベ脳で心の広い若者でも、さすがにそれは信じたくない。
でも、ラノベだとこういうときってたいてい相手の眼は本気だろ? 悔しいね、彼女の眼も本気と書いてマヂと読みそうなくらいに本気だった。
その時に「厨二病乙」と鼻で笑ってやれば僕は平和だったのだろうか? とにかく僕は、この馬鹿らしいことを真実として受け入れることにしてみた。
「あなたが狙われたのは、その力を恐れた堕天使によるもの。彼は、アタシたちの中で最底辺であると同時に最高位なの。」
「アタシたち?」
「アタシたちは、天使や悪魔、神、その他それに通じる類義語を使って階級を現すの。アタシの場合、名前はデュナメス、つまり力天使だけれど、本当の階級はスローネ、つまり座天使に値する存在よ。」
りきてんしがざてんしでなんだって?
「つまり、アタシはかなり高位の存在ってこと。」
「なるほろ。」
でもまだ、『たち』の部分について説明してもらっていない。彼女たちは、階級を持っていると言うけれど、『たち』って誰?
「ああ、あたしの職場の上司とか部下のこと。」
その説明の瞬間、狙ったかのように家の壁が爆発した。修理費がえらいことになる! ――じゃなくって、何者だ!?
『見つけた。アトム。』
そこには、小さな白い翼を背中につけていることと手に弓を持っていること以外は特別不思議なことのない美少女が一人。標と同じくらいの濃さの茶髪だろうか? あ、瞳が翡翠色だ。
「でたわね堕天使!」
どうやら、彼女の仕事仲間らしい。事が穏便にすむとは思えないが。
『アトム。排除。』
どこか無機質無表情な相手の堕天使さんは、デュナメスを無視して自分の翼から羽根を一枚むしり、それを弓に構えた。するとどうだろう、羽根は見る見るうちに鋭い矢となった。うわ、僕を狙っている。
『排除。』
もう一度彼女は言うと、矢を持つその手を話した。その時だ。
「無視すんなごるああぁぁぁっ!」
強烈なデュナメスの頭突きが相手の堕天使をぐらつかせる。こら、そんなはしたない言葉を使わない。
どうしてこうも僕は余裕を持てるのだろうか。分からないけれど、解らないことは分からないことのせいにしておけ。というわけで、僕が余裕を持っているのはきっと僕の『アトム』の力のおかげだろう。強制? 細かいことはいいんだよ。今だけは。
その間にも、彼女たちは激しい攻防をして――いなかった。
圧倒的な攻め。どっちがって? 位の高いほうがだよ。
『排除。排除。排除。』
「そんなんじゃ当たらないわよ狩人、て言うか、あんたそんなしゃべり方じゃないでしょ?」
『……排除、排除!』
一瞬だけ感情を見せたかのように思えたが、その表情は一瞬で戻り、また弓を撃つ作業に戻る。普通ではありえない速度で放たれている矢だったが、それはデュナメスにかすりもしない。ちなみに僕には見えもしない。
「そおい!」
そのうちの一本を、デュナメスが刃の部分をよけるようにつかみ、投げ返した。なんつー荒技。
だがそれは確かに狩人と呼ばれた堕天使の羽根に命中させ、血が流れる。
『ギッ……。』
まるで油が切れた人形のように、『ギギギ』とか『ガガガ』とかいった擬音が似合いそうな感じに僕の方を睨んできた。
『――排除ぉ!』
一気に、10本近く矢が放たれた――と思う。あのね、肉眼であれを捕えろとか無理。
「! ヒイロ!」
「え?」
ドスドスドス。
一瞬、何が起きたか分からなかった。理解するのに1秒以上使い、理解したくないということを理解するのに、また1秒近く使った。
デュナメスが、僕をかばったらしい。
背中には、10本(本当に10本だった)の矢が突き刺さり、かばったその時の姿のまま、力なく腰を抜かして動けない僕の胸元に倒れ込む。
――フラッシュバック――
ああ、あの時と同じ、あのときの事件と、同じ。僕は、誰かにかばわれて、かばった人は、死んで――死ん、で……。
死――なせない。
ぷつんと、何かが切れるような音が聞こえた気がした。
続いて、パキン、と、鎖がちぎれるような音がした気がした。
体中に力がみなぎる。もう、腰も動く。
「ひ……ヒイロ……?」
「死なさない。」
ゆっくり、驚愕の顔をした彼女を床に寝かせる。当然、矢が刺さっている方を上に向けて――つまり仰向けに――だ。
『――は、排除!』
一瞬ためらった狩人は、しかし排除対象の僕めがけて矢を放つ。
今度は、見える。
頭では理解できないが、心や体はすでに理解している。
創造』の強制を解除。
デュナメスは『いくつも』と言っていたから、きっとまだまだ本調子ではないんだろう。それでも結構だ。見えるならそれで、
「問題ない。」
さっきデュナメスがやったように、とんできた矢を素手でつかむ。なるほど、これはすごい。
それを、同じくデュナメスがやったように相手の翼めがけて投げつける。
『……!』
かわせずにそれを翼で受けとめた狩人もまた、驚愕、といった顔で僕を見つめる。いや、睨む、の方が適当か。
『……っ! 排除ぉお!』
今までで一番感情のこもった顔だ。だが、そんな彼女の一撃も、今の僕にはどうってことない。
ひらりとかわし、『創造』の力を右手に集中させる。話を聞くい限りではあらゆる物を生み出せるらしいが、あいにく、パッと思い浮かぶような物はなかった。だから、それを『力』として『生み出す』。
だん、と、畳の床を蹴り、相手に接近する。
相手は少女、顔面を殴るのはかわいそうな気がした。
だから僕は、思いっきり顔面を殴ることにした。
なんでって? かわいそうと思うことが間違いだからだ。
メリョっ、と、おおよそ人体から発することはないであろう音とともに、彼女は吹っ飛んだ。倒れた彼女の身体から、何やら黒い影の様なものが浮かび上がる。
「それが、彼女を変えていたもの。」
「デュナメス!?」
背後には、倒れていたはずのデュナメスが。
「ちょ~っと痛かったけれど、ま、たかだか階級下位には負けないわよ。」
見ると、さっきまで倒れていたところには血痕と引き抜かれた矢が。そうだ、背中は!?
「大丈夫、これくらい平気だって。」
そう言って、彼女は背中を見せた。肌が露出しているそこには、傷痕はほとんどない。
「こう見えて、アタシ丈夫なのよ? ある程度の再生能力もあるし、あたしの階級の座天使って、形ある天使の中では最高位だって言われているしね。」
「そっか、よかった……。」
座天使がどうのこうのというのは、僕にはわからないが、とにかく彼女は無事だった、そういうことだろう。
「それにしても、あれだけ頑丈な強制を解除しちゃうなんてね。まぁ、まだ一つ目なんだけれどね。」
あ、やっぱりまだ解除は幾つも残っているんだ。でもそもそもどうやってこの力が解放されたのか、今一理解していないんだけれど僕。
と、
「うう……。」
のそりと、狩人が立ち上がろうとした。アイツまだ立てるのか!?
拳にさっきと同じように力をためてみる。と、
「ストップヒイロ、ここはアタシが。」
そう言って、デュナメスは狩人に歩いて近づいて行った。
そして、
「大丈夫? アンジェラ。」
「でゅ、でゅなめす様ぁ~……。」
泣きながら、さっきの弓矢堕天使は座天使だか力天使だかよくわからないデュナメスの胸元に泣きながら飛び込んだ。
……え~、どういうこと? ですか? どうか、僕に分かりやすいように説明をお願いします。
緋色は心の中で、そう嘆いた。