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蒋介石のスポークスマンの談話を評す (一九四五年八月十六日)

これは、毛沢東同志が新華社にかわって書いた論評である。



 蒋介石チァンチェシーのスポークスマンは、十五日午後の重慶チョンチンでの記者会見で、共産党が蒋介石委員長の朱徳チュートー総司令にたいする命令に違反した件なるものについてのべ、そのさい、「委員長の命令には、かならず服従しなければならない」、「違反者は人民の共同の敵である」と語った。新華社記者はつぎのように指摘する。これは蒋介石が公然と発した全面的内戦の信号である。蒋介石はさる十一日、日本侵略者を最後的に一掃するこの重大なせとぎわに八路軍・新四軍およびすべての人民軍隊が日本軍・かいらい軍を攻撃することを禁ずるという、民族を裏切る命令を出した。この命令は、もちろん絶対にうけいれられないものであり、また、絶対にうけいれてはならないものであった。つづいて蒋介石は、かれのスポークスマンをつうじて、中国人民の軍隊を「人民の共同の敵」であると宣言した。これは蒋介石が中国人民にむかって内戦を宣言したことをしめすものである。蒋介石の内戦の陰謀は、もちろん十一日の命令にはじまったわけではなく、八年の抗戦をつうじて、かれの一貫した計画であった。この八年間に蒋介石は、一九四〇年、一九四一年、一九四三年と三回にわたって大がかりな反共の高まり〔1〕をひきおこしては、そのたびに全国的内戦にまでもっていこうとした。ただそれが、中国人民と連合諸国の人びとの反対によって実現をみなかっただけであり、蒋介石はそれをくやんできた。そこで、蒋介石は全国的内戦を抗戦終結のときまでもちこさざるをえなくなり、こうして出されたのが今月十一日の命令と十五日の談話である。蒋介石は内戦をひきおこすために、これまでいろいろなことばを発明してきた。たとえば「異見」「奸党かんとう」「奸軍」「叛軍はんぐん」「奸区」「匪区ひく」「軍令、政令に服従しない」「封建的割拠」「抗戦を破壊する」「国家を危うくする」とか、または、中国にはこれまで「共産党討伐」があっただけで、「内戦」はなく、したがって「内戦」は今後もありえないなどということばがそれである。今度いくらか変わっている点は、「人民の共同の敵」という新しいことばが一つふえたことである。しかし、人びとはこの発明を愚かなものと感じるにちがいない。それというのも、中国では、「人民の共同の敵」といいさえすれば、それがだれをさすかはみんなが知っているからである。中国にはこういう人間がいる。かれは孫中山スンチョンシャンの三民主義と一九二七年の大革命を裏切った。かれは中国人民を十年にわたる内戦の血の海につきおとし、そのために日本帝国主義の侵略をまねいた。するとかれは肝をつぶして一目散に逃げだし、一味徒党をひきつれて黒竜江ヘイロンチァンから貴州コイチョウ省まで退却した。かれは手をこまねいて勝利を待った。はたして勝利がおとずれた。かれは大手をふって南京ナンチンにかえるために、人民の軍隊には「とどまって命会を待つ」よう命じ、敵軍や民族裏切り者には「治安を維持する」よう命じた。これだけいえば、それが蒋介石だということは、中国人民にはすぐわかる。蒋介石はこうしたことをすべてやってのけたのである。かれが人民の共同の敵かどうかという問題に、まだ議論があるだろうか。議論はある。人民はそうだといい、人民の共同の敵はそうでないという。こういった議論があるだけである。人民大衆のあいだでは、そういう議論もますます少なくなってきている。いま問題なのは、この人民の共同の敵が内戦をやろうとしていることである。人民はどうしたらよいか。新華社記者はつぎのように指摘する。蒋介石が内戦をひきおこすことにたいして、中国共産党のとっている方針は、明確であり一貫している。つまり、内戦に反対することである。中国共産党は、日本帝国主義が中国に侵入しはじめたときからすでに、内戦をやめ一致して外敵にあたるよう要求してきた。そして、一九三六年から一九三七年にかけては、おどろくほどの努力をはらって、蒋介石にわれわれの主張をうけいれさせ、これによって抗日戦争が実現された。抗日の八年のあいだ、中国共産党は、内戦の危険をくいとめるよう、人民の喚起をうながすのを一度もおこたったことはなかった。昨年からは、共産党はさらに、抗戦の終わるのを侍って全国的な内戦をひきおこそうという、蒋介石によってたくらまれていた大陰謀について、再三再四、人びとの注意をよびおこしてきた。共産党は、中国人民ならびに中国の平和に関心をよせている全世界の人びとと同様に、新しい内戦を災厄さいやくだと考えている。しかし、共産党は、内戦はやはりくいとめることができるし、またくいとめなければならないと考えている。共産党が連合政府の樹立を主張しているのは、内戦をくいとめるためである。現在、蒋介石はこの主張をはねつけ、いまにも内戦がおこりそうな状態をつくりだしている。しかし、蒋介石のその手を封ずる方法はじゅうぶんにある。断固として、すみやかに、人民の民主勢力の拡大につとめ、人民の手で敵の占領している大都市を解放し、敵軍・かいらい軍の武装を解除し、もしこの暴君・人民の敵があえて人民を侵してくるならば、自衛の立場から、内戦挑発ちょうはつ者に勝手なふるまいをさせないよう、これにだんこ反撃をくわえる。これがその方法であり、またこの方法しかないのである。新華社記者は、全中国と全世界がつぎのようなもっともそらぞらしい、もっとも恥しらずな欺瞞に反対するようよびかける。その欺瞞というのは、蒋介石が中国人民にたいし、敵占領下の大都市を解放することを禁じ、敵軍・かいらい軍の武装を解除し民主政治を確立することを禁じ、かれみずからそれらの大都市にでかけていって、敵・かいらい勢力の支配を「世襲」(破壊するのではなく)すれば、かえって中国の内戦はさけられる、というものである。新華社記者はつぎのように指摘する。これは欺瞞であり、こうした欺瞞は、あきらかに中国人民の民族的利益と民主的利益に反するばかりでなく、中国近代史の全事実にまっこうから反するものである。つぎのことを永久に心にとめておかなければならない。一九二七年から一九三七年にかけて蒋介石が十年の内戦をおこなったのは、大都市が蒋介石の手中にはなくて共産党の手中にあったからではない。まったくその逆で、一九二七年からこんにちまで、大都市は一つとして共産党の手中にあったことはなく、蒋介石の手中または蒋介石からそれをゆずり渡された日本と民族裏切り者の手中にあったからこそ、内戦が全国的な規模で十年間もおこなわれ、しかも、局部的にこんにちまでつづいているのである。つぎのことも永久に心にとめておかなければならない。十年の内戦が停止されたのは、また、抗戦中の三回にわたる反共の高まりやその他の数しれぬ挑戦(さいきんの陝西シャンシー甘粛カンスー寧夏ニンシァ辺区南部への蒋介石の侵犯事件〔2〕にいたるまで)がくいとめられたのは、蒋介石の力が強大だったからではなく、まったくその逆で、蒋介石の力が相対的にそれほど強大でなく、共産党と人民の力が相対的に強大だったからである。十年の内戦は、全国の、平和をのぞみ戦争をおそれる人びとのうったえ(たとえば、かつての「内戦廃止大同盟」〔3〕などのうったえ)によってやんだのではなく、中国共産党の武力による要求や、張学良チャンシュエリァン楊虎城ヤンホーチョンの指導する東北軍、西北軍の武力による要求①によってやんだのである。三回にわたる反共の高まりやその他の数しれぬ挑戦は、共産党のきりのない譲歩と服従によって撃退されたのではなく、共産党が「相手が侵してこなければこちらも侵さない、相手が侵してくれはこちらもかならず侵す」〔4〕という厳正な自衛の態度を堅持したことによって撃退されたのである。もし共産党が、少しの力ももたず、少しの気骨もなく、民族と人民の利益のためにたたかいぬくことをしなかったら、どうして十年の内戦を終わらせることができただろうか。どうして抗日戦争をはじめることができただろうか。たとえはじめたとしても、どうしてこんにちの勝利まで堅持することができただろうか。また、どうして蒋介石のようなやからがこんにちまで無事に生きのび、前線からあれほどはなれた山奥で、命令とか談話とかを発表することができただろうか。中国共産党はだんこ内戦に反対するものである。「内部の平和状態を確立し」、「民衆のあいだのすべての民主的な人びとの代表が広範に参加する臨時政府を樹立するとともに、できるだけはやく、自由選挙をつうじて、人民の意志に責任を負う政府の樹立を確実に保証する」こと、これはソ米英三国がクリミアでのべたことばである〔5〕。中国共産党はまさにこの主張、つまり「連合政府」の主張を堅持している。この主張が実現すれば、内戦をくいとめることができる。その条件は力をもつことである。全人民が団結して自己の力を強大にすれば、内戦はくいとめることができる。




〔注〕

〔1〕 蒋介石がひきおこした三回にわたる大がかりな反共の高まりの経過については、本選集第三巻の『国民党中央執行委員会第十一回全体会議と第三期国民参政会第二回会議を評す』にみられる。

〔2〕 一九四五年七月、国民党軍が陝西・甘粛・寧夏辺区関中分区の淳化、栒邑、耀県などの地方を襲撃した事件をさす。本巻の『抗日戦争勝利後の時局とわれわれの方針』注〔6〕にみられる。

〔3〕 「内戦廃止大同盟」は、一九三二年八月に上海で成立したもので、主として一部のブルジョア人士によって構成されていた。かれらは「内戦をなくし、ともに外侮をふせぐ」ことを主張する宣言を発表した。

〔4〕 本選集第二巻の『中央通信社、掃蕩報、新民報の三記者との談話』にみられる。

〔5〕 これらのことばは、一九四五年二月十一日のソ米英三国クリミア(ヤルタ)会議のコミュニケからの引用である。

〔訳注〕

① 本選集第一巻の『蒋介石の声明についての声明』注〔1〕にみられる。



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