「五多」問題を解決しよう (一九五三年三月十九日)
これは、毛沢東同志が中国共産党中央のために起草した党内指示である。
(一)われわれの党組織と政府部門の農村工作には、農民大衆からひどく浮きあがって、農民とその積極分子の利益をそこなっているところがいくらかある。「五多」問題というのがそれである。「五多」とは、任務が多い、会議や講習会が多い、公文書・報告書・集計表が多い、組織が多い、積極分子の兼職が多い、などである。これらの問題はかなり以前から存在するもので、かつて党中央はそのうちのいくつかについて指示をあたえ、各級党委員会にこれを重視し、解決するよう要求したことがある。ところが、問題は解決されないばかりか、ますますひどくなっている。その原因は、問題全般を系統だてて提起しなかったことにある。とりわけ重要なのは、中央、大行政区、省(市)、車区、県など五段階の党と政府の指導機関で分散主義と官僚主義に反対する闘争をくりひろげなかったことである。総じて、区と郷の「五多」は、区と郷で生じたものではなく、上級機関からきたものである。それは、県以上の党と政府の各級指導機関にひどい分散主義と官僚主義が存在しているためにもたらされたものである。そのうちの一部は過去の革命戦争と土地改革の時期の産物であり、それが改められることなく、こんにちまで残されてきたものである。したがって、一九五三年には、官僚主義反対、命令主義反対、法規・規律違反反対についての党中央の指示を実行するなかで、指導機関に存在する官僚主義と分散主義を克服することに力をいれ、以前は必要であったが、いまはもう必要でない制度ややり方を改めなくてはならない。こうしてこそはじめて、この問題は解決できるのである。今後、各級の指導機関で任務をあたえる問題、会議を招集し、講習会をひらく問題、公文書や集計表を配布し、下級機関に報告書の提出を求める問題、区と郷の組織形態を定める問題、農村の積極分子を使用する問題については、いずれも、県以上の党委員会と政府の主な責任者が実行可能な範囲で、適当に定めることとし、問題によっては、中央が統一的に定めることとする。以前、各級の党、政府、大衆団体の多くの工作部門は、それぞれ独自に下級組織に任務をあたえ、勝手に下級組織の要員や農村の積極分子を招集して会議や講習会をひらき、むやみに公文書や集計表を配付し、勝手に下級組織または農村に報告書の提出を求めた。こうしたよくない制度ややり方は断固廃止し、そのかわりに指導のある、統一的な、実情に即した制度とやり方を採用しなくてはならない。農村の各郷にさまざまな委員会があること、積極分子の兼職が多すぎることについては、いずれも生産をさまたげ、われわれを大衆から浮きあがらせるものなので、これも断固として、だが段どりをおって改めていくべきである。
(二)党、政府、大衆団体の中央機構の関係語部門については、党中央がそれぞれ中央組織部、中央人民政府政務院およびその所属下の財政・経済、文化・教育、政治・法律など三委員会を主管する同志に責任をもたせて、以前「五多」問題をもたらした諸事項をすみやかに整理するとともに、適当な制度ややり方を定め、それを党中央へ報告するようにさせる。
(三)各大行政区と各省・市については、各中央局、分局、省・市委員会およびそれぞれの段階の行政機関を主管する同志が責任をもって、「五多」問題を整理し、それぞれの解決策を定め、これを党中央に報告する。このために、各中央局、分局、省・市委員会は、もっぱら「五多」問題の調査にあたる点検班を派遣し、それぞれの管轄下にある一、二の区と郷(都市では一、二の区、街)の状況を点検して、それを問題解決の参考資料にしてもらいたい。
(四)専区段階と県段階の「五多」問題については、省委員会が責任をもってその解決の指導にあたる。
(五)農業生産は農村の何よりも重要な仕事であり、その他の仕事はみな農業生産をめぐって、これに奉仕するためにおこなわれる。およそ農民の生産をさまたげるような任務や工作方法は、すべて避けるべきである。いまのところ、わが国の農業は基本的にはまだ旧式の道具をつかう分散した小農経済であり、機械をっかう集団化したソ連の農業とは大いに異なる。したがって、わが国では、いまの過渡期に農業面で統一的、計画的な生産をすすめることは、国営農場をのぞいてまだ不可能であり、農民に過度の干渉をするわけにはいかない。いまは、価格政策をはじめ、必要で実行可能な経済工作と政治工作によって農業生産を指導し、それを工業とのつりあいを保たせながら国の経済計画に組みいれていくよりほかはない。この限度をこえるような農業「計画」とか、農村での「任務」とかは、当然実行できず、またかならず農民の反対をまねくもので、全人口の八〇パーセント以上を占める農民大衆からわが党を浮きあがらせることになる。これはひじょうに危険なことである。区や郷の仕事のなかでの「五多」問題というのは、大部分がこのような農民にたいする過度の干渉の現われである(残りの部分は、革命戦争と土地改革の必要から生じたもので、それがずっと残されてきたのである)。それはすでに農民の不満を買っており、ぜひとも改めなければならない。




