第8話:包囲網
「その契約、全部赤字ですよ?」
あの一言で、空気は完全に変わった。
商会の男は、最後まで笑みを崩さなかった。
だが。
「……今回はご縁がなかったようですね」
そう言い残して去っていったとき、その目は明らかに冷えていた。
――嫌な終わり方だな。
俺はそう思ったが。
数日後、その意味を理解することになる。
◇
「……来ない?」
エリシアの声に、俺は頷いた。
「来ませんね」
広場には、まとめて準備した収穫物が並んでいる。
本来なら、今日引き取りに来るはずだった商人がいる。
だが。
誰も来ない。
「別の商人は?」
「当たった」
エリシアが短く答える。
「全員、断ってきた」
「理由は?」
「“今は取引できない”ってさ」
曖昧な言い方。
だが、意味は一つだ。
(締め出し、か)
完全にやられたな。
視線を巡らせる。
村の外へ続く道。
普段なら行き交うはずの商人の影が、一つもない。
物流が、止まっている。
「……あいつらか」
村人の一人が吐き捨てるように言った。
「さっきの商会だろ」
「ほぼ確定ですね」
否定する理由がない。
あの場で恥をかかされた。
なら、やることは単純だ。
――潰しに来る。
「でも、こんな露骨に……」
「やるでしょ」
俺は淡々と言う。
「向こうは“市場”を持ってる側ですから」
個人じゃない。
組織だ。
流通を押さえている以上、こういう動きは容易い。
問題は――
(こっちに対抗手段がないことだな)
視線を収穫物に落とす。
【在庫:増加】
【販売先:なし】
【劣化リスク:上昇】
【収支予測:再赤字】
……まずい。
このままでは、確実に崩れる。
「どうする」
エリシアが低く問う。
周囲の視線も集まる。
いつもなら、ここで答えを出す。
だが――
(即効性のある手がない)
頭の中で選択肢を並べる。
遠方へ持ち出すか。
直接販売か。
だがどれも時間がかかる。
そして、その“時間”がない。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だけ。
思考が止まった。
「……」
沈黙が広がる。
それだけで、空気が変わる。
今まで絶対だったものに、わずかな揺らぎが生まれる。
――まずいな。
すぐに思考を回す。
止まるな。
止まれば終わる。
だが。
現実は、冷静だった。
「他の物資は?」
「それもだ」
エリシアが歯を食いしばる。
「塩も、道具も、全部入ってこない」
「……徹底してるな」
完全封鎖。
売ることも、買うこともできない。
つまり。
(内部で回せない分、確実に詰む)
村人たちの顔に不安が広がる。
「どうするんだよ……」
「また赤字に戻るのか……」
「せっかく立て直したのに……」
――当然の反応だ。
ここで“何もできない”と判断されれば、流れは一気に崩れる。
だが。
俺は、視線を上げた。
状況は最悪。
だが、まだ終わってはいない。
(……やれることはある)
ただし。
簡単じゃない。
確実にリスクがある。
それでも。
やるしかない。
俺は小さく息を吐いて、静かに言った。
「……完全に囲まれましたね」




