第27話:見えない敵
「……誰かが、操作してますね」
あの違和感から、三日。
市場の動きは、さらに露骨になっていた。
上がるものは一気に上がり、
下がるものは底まで落ちる。
しかも――
(タイミングが揃いすぎている)
偶然ではあり得ない。
だが。
それ以上に問題が起きた。
◇
「……は?」
報告書を見たエリシアが、素っ頓狂な声を上げた。
「ちょっと待って、これ本気?」
「ええ」
俺は静かに頷く。
「三件です」
「昨日まで普通に取引してたところだよね!?」
「はい」
「全部、突然の契約打ち切りです」
机の上に並ぶ書類。
どれも同じ内容。
――契約終了。
「理由は?」
「“都合により”」
「ふざけてるの?」
エリシアが苛立ちを隠さない。
当然だ。
安定していた取引が、一斉に消えた。
「連絡は?」
「つきません」
「は?」
「正確には」
一枚の紙を指で叩く。
「“つながらないようにされている”」
「……どういうこと?」
「仲介が入ってます」
エリシアの眉が寄る。
「仲介?」
「はい」
「直接の取引じゃなくなっている」
「間に別の商人が入ってる」
「そんなの、いつの間に……」
「裏で契約が書き換えられてますね」
淡々と告げる。
空気が冷える。
「……ちょっと待って」
エリシアが書類を掴む。
「契約って、そんな簡単に変えられるの?」
「正規なら無理です」
「じゃあ――」
「抜け道を使ってます」
視線を落とす。
「代理契約」
「再委託」
「優先条項の悪用」
一つずつ並べる。
「合法の範囲で、いくらでもいじれる」
「……そんな」
「知らなかっただけです」
それが現実だ。
ルールは守られている。
ただし、“都合よく解釈されている”だけだ。
「でも、それって……」
「はい」
エリシアの言葉を引き取る。
「完全に狙われてます」
沈黙。
重い沈黙。
◇
その日の午後。
俺は実際に、取引先の一人に会いに行った。
「……悪いな」
男は、視線を逸らしながら言った。
「こっちも商売なんだ」
「ええ」
俺は頷く。
「分かっています」
「じゃあ――」
「ただ、一つだけ」
一歩踏み込む。
「誰に言われました?」
男の肩が、わずかに揺れる。
「……何のことだ」
「今回の契約変更です」
「自分の判断ですか?」
沈黙。
ほんの一瞬。
だが――
(分かりやすい)
目線。
呼吸。
全部が語っている。
「……別に」
「ただ、条件が良かっただけだ」
「どこがです?」
「……」
「言えない?」
男が歯を食いしばる。
そして、吐き捨てるように言った。
「……関わらない方がいい」
その一言。
それで十分だった。
「そうですか」
俺はそれ以上追わなかった。
追っても意味がない。
すでに“握られている”。
◇
戻ると、エリシアが待っていた。
「どうだった?」
「黒です」
即答する。
「やっぱり……」
「ただし」
椅子に腰掛ける。
「直接ではない」
「間に誰かいる」
「……やっぱり商会?」
「可能性は高いですね」
だが。
確定ではない。
いや――
(確定させないように動いてる)
それが正しい。
「ねえ」
エリシアが少し声を落とす。
「これって、どういう状態?」
いい質問だ。
だから、はっきり答える。
「戦いです」
「……戦い」
「はい」
視線を合わせる。
「ただし」
一拍置く。
「剣も魔法も使わない」
「見えない戦いです」
エリシアが息を呑む。
「情報」
「契約」
「流通」
「全部が武器になります」
「……厄介すぎるでしょ」
「ええ」
同意する。
だが。
「だからこそ、強い」
相手は、正面から来ない。
来る必要がない。
見えないところで崩せば、それで終わる。
実際――
もう崩され始めている。
俺は小さく息を吐いた。
そして、静かに言う。
「正面から来ない、か」




