第20話:摩擦
「ここ、住ませてくれませんか?」
その一言から、街は一気に広がった。
人が増える。
労働力が増える。
市場が活性化する。
――順調に見えた。
最初のうちは。
◇
「おい、それは俺たちの分だろ!」
怒鳴り声が、倉庫に響いた。
「は? 先に並んでたのはこっちだ!」
「関係ねぇ! 俺たちは前からここでやってんだ!」
食料の配給を巡って、揉めている。
新しく来た者と、元からいる者。
明確な線引きはない。
だが、意識の差はある。
「ちょっと! やめなさい!」
エリシアが間に入る。
だが――
「部外者は黙ってろ!」
「俺たちの街だぞ!」
言葉が荒れる。
空気が、明らかに変わっていた。
(……早いな)
想定より、ずっと早い。
成長に対して、ルールが追いついていない。
◇
別の場所。
「家が足りねぇんだよ!」
「こっちだって住む場所がねぇ!」
仮設の住居を巡っての争い。
押し合い、言い合い。
収まりがつかない。
さらに――
「仕事が回ってこねぇぞ!」
「人が増えすぎなんだよ!」
労働の配分にも偏りが出始めている。
ある者は忙殺され、
ある者は仕事がなく立ち尽くす。
歪みが、露骨に現れていた。
◇
「……ひどいね」
広場を見ながら、エリシアが呟く。
その表情には、明確な焦りがあった。
「ええ」
俺は静かに頷く。
「完全に、処理能力を超えてます」
「どうするの?」
「放置すれば」
一拍置く。
「崩れます」
即答だった。
曖昧さはない。
現実だ。
「でも……こんな急に」
「急じゃないですよ」
俺は言った。
「予測できたことです」
「……」
「人が増えれば、摩擦は増える」
「資源が有限なら、奪い合いになる」
シンプルな話だ。
「じゃあ、なんで……」
「対策が遅れたか?」
エリシアの言葉を引き取る。
「ええ」
「優先順位です」
俺は視線を街に向けた。
「成長を優先した」
「結果、管理が後手に回った」
「……」
エリシアは何も言えない。
それは、責任でもあるからだ。
だが。
「責める話じゃないです」
俺は続ける。
「成長しなければ、ここまで来れなかった」
「だからこれは、“次の段階”です」
「次の段階……」
「はい」
振り返る。
「“統治”の段階です」
空気が変わる。
今までとは違う領域。
個人の判断では回らない規模。
「ルールが必要です」
「配分の基準」
「労働の管理」
「居住の整理」
一つずつ、積み上げる。
「仕組みで回さないと、崩れます」
その言葉の重みは、今の状況が証明している。
誰も反論できない。
「……私に、できるかな」
エリシアがぽつりと呟く。
自信が揺れている。
当然だ。
今までは“回す側”だった。
これからは“整える側”になる。
「できますよ」
俺はあっさり言った。
「でも」
一歩、踏み込む。
「やり方を変えないといけない」
「やり方……?」
「個別対応は限界です」
「全体ルールにする」
それが唯一の解だ。
「……分かった」
エリシアがゆっくり頷く。
目に、再び意思が戻る。
「やる」
短く、強く。
いい顔だ。
なら――
あとは進めるだけだ。
俺はもう一度、街を見渡した。
広がりすぎた人の流れ。
ぶつかり合う利害。
放置すれば、崩壊する。
だが――
整えれば、次の段階に行ける。
だから、はっきりと言い切る。
「このままだと崩れます」




