第2話:能力開示
門を出た瞬間、背後で重い音がした。
――バタン。
振り返るまでもない。
あの家との縁が、完全に切れた音だ。
……まあ、どうでもいい。
俺は軽く息を吐くと、街道へと足を向けた。
当面の問題はひとつ。
(資金だな)
追放されたばかりの身だ。
持っているのはわずかな銀貨と、最低限の荷物だけ。
何をするにも、まずは金がいる。
しばらく歩き、最寄りの街に入る。
活気はあるが、どこか雑多な空気。
商人、冒険者、行商人……様々な人間が行き交っている。
その中で、ひときわ声を張り上げている男がいた。
「さあさあ! 上質な薬草だ! 今なら特別価格で銀貨五枚!」
露店の商人だ。
机の上には束ねられた薬草が並んでいる。
見た目はそれっぽいが――
(高いな)
いや、“高い”というより。
(ぼったくりか)
足を止めた俺に、商人がすぐに食いついてきた。
「お、兄ちゃん。いいところに来たな。旅の途中だろ? この薬草は効くぞ。怪我もすぐ治る」
「銀貨五枚、でしたっけ」
「そうそう、特別に安くしてるんだ」
にこやかな笑顔。
だが、その裏側は透けて見える。
――いや、正確には。
“見えた”。
瞬間、視界に違和感が走った。
商人の持つ薬草に、うっすらと数字が浮かび上がる。
【原価:銅貨8枚】
【適正価格:銅貨20枚】
【現在価格:銀貨5枚(銅貨500枚相当)】
【利益率:+2400%】
……は?
思わず目を瞬かせる。
だが、消えない。
視線をずらすと、別の商品にも同じように数値が浮かぶ。
人にも、荷物にも、取引にも。
――全部に。
(なんだ、これ)
心臓が一瞬だけ強く打つ。
だが、すぐに理解が追いついた。
さっき、あの家の帳簿を見たとき。
あれも同じだった。
数字が“自然に読めた”。
いや、違う。
(読めたんじゃない。見えてた)
収支、損失、構造。
すべてが、最初からそこに表示されているかのように。
……なるほど。
これが、俺の“力”か。
「どうした? 兄ちゃん」
商人が不審そうに覗き込んでくる。
俺は視線を薬草に戻した。
「これ、銀貨五枚は高いですね」
「はあ? 何言ってる。これでも安く――」
「原価、銅貨8枚ですよね」
ぴたり、と商人の動きが止まった。
「……は?」
「適正でも銅貨20枚。なのに銀貨5枚。さすがにやりすぎです」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、商人の顔が引きつった。
「な、何を根拠に――」
「乾燥が甘い。品質も中の下。採取場所も近場でしょう。輸送コストもほぼゼロ」
淡々と並べる。
すべて、“見えている情報”を読み上げているだけだ。
「その値段で売れるなら誰も苦労しませんよ」
周囲のざわめきが大きくなる。
「おい、今の本当か?」
「銀貨五枚って言ってたぞ……」
「銅貨20枚が適正って……」
客たちの視線が一斉に商人へ向く。
商人の額に汗が浮かんだ。
「ぐ……っ、てめぇ……!」
「別にいいですよ。買いませんから」
俺は肩をすくめる。
「ただ、次はもう少し分かりにくくした方がいい」
「……っ」
商人は言葉を失った。
そのまま、何も言い返せない。
完全に詰みだ。
周囲の空気が変わる。
さっきまで客だった人間たちが、一歩距離を取る。
信用が崩れた証拠だ。
――分かりやすい。
俺はその場を離れながら、もう一度周囲を見渡した。
人、物、金。
すべてに数値が浮かぶ。
利益、損失、価値、構造。
隠されていたはずのものが、最初から“可視化”されている。
そして――
(全部、繋がってる)
この世界は、数字で動いている。
なら。
それが見えるなら。
やることは、一つだ。
自然と、口元がわずかに緩む。
理解した。
完全に。
この力の意味を。
俺は小さく呟いた。
「つまり――全部、見える」




