第18話:小商人の誕生
「……任せてください」
エリシアのその一言から、街の動きは変わった。
指示を待つ空気が、消えた。
誰かが考え、誰かが動く。
流れが、自然に生まれている。
そして――
「なあ、これ見てくれ」
広場の端で、村人の一人が声をかけてきた。
手に持っているのは、粗末な布袋。
「何です?」
「干した果物だ」
袋の口を開けると、甘い香りが広がる。
「売れ残りを、試しに干してみたんだが……」
「ふむ」
俺は一つ摘まんで口に入れる。
甘みが凝縮されている。
悪くない。
「保存性は上がってますね」
「だろ?」
「これ、運びやすくもなるし、遠くでも売れると思ってよ」
――なるほど。
ちゃんと“考えてる”。
「原価は?」
「ほぼゼロだ。どうせ余ってたやつだからな」
「手間は?」
「干すだけだ」
「売値は?」
「そこなんだよ……いくらにすりゃいいか分からなくてな」
周囲にいた数人も、興味深そうに覗き込んでいる。
待っている。
答えを。
――だが。
「どう思います?」
俺は逆に聞いた。
「え?」
「自分なら、いくらで売ります?」
「いや、だからそれが……」
「考えてください」
淡々と言う。
「誰に売るのか」
「どこで売るのか」
「どれくらい売りたいのか」
「……」
男が黙り込む。
だが、逃げてはいない。
ちゃんと考え始めている。
「……遠くの市場なら」
ぽつりと呟く。
「甘いもんは珍しいかもしれねぇ」
「はい」
「だったら……少し高くてもいけるか?」
「可能性はありますね」
否定しない。
「でも、高すぎたら売れねぇ」
「ええ」
「……じゃあ、最初は少し安めで出して様子見るか」
顔を上げる。
目が決まっている。
「売れたら、次は上げる」
「いいですね」
俺は頷いた。
「それでいきましょう」
「……ほんとか?」
「はい」
「それが“商売”です」
正解なんてない。
試して、調整するだけだ。
「よし……やってみるか」
男は袋を握り直した。
その動きに、迷いはない。
その様子を見ていた別の村人が、口を開く。
「じゃあ俺も……ちょっと考えてたことがあるんだが」
「なんです?」
「余ってる木で、小物作れねぇかなって」
「例えば?」
「簡単な箱とか、道具入れとか」
「いいですね」
即答する。
「需要はあります」
「マジか……」
「ただし」
一歩踏み込む。
「誰に売るかは考えてください」
「……ああ」
「街に来る商人か、それとも外に出すか」
「売り方で値段も変わります」
「分かった」
男は強く頷いた。
周囲の空気が変わる。
“待つ側”から、“動く側”へ。
「俺もやってみるか……」
「うちの畑のやつ、別の形で売れねぇかな」
「加工すればいけるかもな」
ぽつぽつと声が上がり始める。
小さな火が、広がっていく。
誰かがやるのを待つんじゃない。
自分で考えて、自分で動く。
――いい流れだ。
「……すごいね」
隣でエリシアが呟く。
「何も言ってないのに、勝手に動いてる」
「ええ」
俺は静かに頷いた。
「それが正常です」
「今までが異常だっただけです」
依存していた。
決めてもらうことに慣れていた。
でも今は違う。
考える余地がある。
動く余地がある。
だから――
動き出す。
「これが回り始めると」
広場を見ながら言う。
「もう止まりません」
「小さな商売が増える」
「お金が回る」
「さらに新しいことが生まれる」
連鎖だ。
「……街になるね」
エリシアが小さく笑う。
「もう、なり始めてますよ」
俺も少しだけ口元を緩めた。
そのとき。
「おーい!」
さっきの男が戻ってきた。
息を弾ませている。
「どうしました?」
「さっきのやつ、試しに見せたらよ」
袋を掲げる。
「商人が食いついた!」
「ほう」
「いくらだって聞かれて……とりあえず言ってみたら」
一拍置いて、にやりと笑う。
「そのまま買っていった!」
周囲が一気にざわつく。
「マジかよ!?」
「売れたのか!?」
「ああ!」
男は力強く頷いた。
そして、興奮したまま言い切る。
「これ、売れますよ」




