第14話:改革開始
「……想像以上に、ひどいですね」
その結論から、一夜。
貴族家の屋敷の一室。
机の上には、再び帳簿が広げられていた。
ただし――
今回は“見る”ためではない。
“切る”ためだ。
「始めます」
俺が言うと、室内の空気が張り詰めた。
リディアは正面に座り、無言で頷く。
エリシアはその隣で腕を組んでいた。
「優先順位は単純です」
帳簿を指で叩く。
「“出ていく金”を止める」
「……収入じゃなくて?」
エリシアが聞く。
「収入は時間がかかる」
即答する。
「でも支出は、今この瞬間に止められる」
「だから先に切る」
理屈は明快だ。
そして、残酷でもある。
「では、一つ目」
俺は一冊の帳簿を引き寄せた。
「外部委託契約」
ページを開く。
数字が浮かぶ。
【契約数:過剰】
【単価:相場の3倍】
【依存度:高】
「これ、全部見直します」
「全部……?」
リディアがわずかに反応する。
「はい」
迷いなく言い切る。
「不要なものは即解除。必要なものも再交渉」
「ですが、急に切れば――」
「困るのは向こうです」
遮るように言う。
「今までが異常だっただけで、適正に戻すだけです」
「……」
リディアは言葉を飲み込んだ。
分かっているのだ。
“正しい”ことを言われていると。
「次」
別の帳簿を開く。
「人件費」
空気がさらに重くなる。
「ここが一番効きます」
「……人を、切るんですか」
エリシアが低く聞く。
「はい」
俺は即答した。
躊躇はない。
「働いていない人間に金を払う余裕はありません」
「ですが……彼らは」
リディアが言いかけて、止まる。
“身内”だ。
言葉にしなくても分かる。
「関係ないですね」
俺は淡々と言う。
「仕事をしているか、していないか。それだけです」
「……っ」
リディアの指が、ぎゅっと握られる。
分かる。
それが一番、切りにくい部分だ。
だが――
「ここを切らないと終わります」
一歩も引かない。
「情で残せば、その分だけ全体が沈む」
静かに、確実に言い切る。
沈黙。
長い沈黙。
やがて。
「……分かりました」
リディアが、絞り出すように言った。
「必要なら、切ってください」
その声は震えていたが、逃げてはいない。
……いい。
これなら進める。
「では決定です」
俺は次のページを開く。
「不要人員、整理」
「契約、再構築」
淡々と項目を並べていく。
「さらに」
もう一つ、帳簿を叩く。
「備品購入」
「これも全見直し。相場基準を導入します」
「……基準?」
「価格の上限を決める」
シンプルだ。
「それを超えるものは買わない」
「そんなことで変わるの?」
「変わりますよ」
即答する。
「今までが無法地帯だっただけです」
事実だ。
ルールがないから、好き放題やられていた。
なら――
作ればいい。
「まとめます」
俺は立ち上がった。
「無駄な契約は切る」
「働かない人間は排除」
「支出は基準で管理」
一歩前に出る。
「これだけで、流出は止まる」
室内は完全な沈黙だった。
だが、それは拒絶ではない。
覚悟の沈黙だ。
もう戻れないと、全員が理解している。
だから――
俺は最後に、帳簿の一点を指で叩いた。
ここが始まりだ。
この腐った構造を壊す、最初の一手。
そして、はっきりと言い切る。
「まず、ここから切ります」




