第13話:腐敗の全貌
「では、まず全部見せてもらいましょう」
その一言で、始まった。
――貴族家の解体作業が。
◇
机の上に、帳簿が積み上がる。
一冊や二冊じゃない。
十冊、二十冊――いや、それ以上。
年代ごと、用途ごとに分かれた記録。
その中には、明らかに“表に出せないもの”も混ざっていた。
「……ここまでとは」
エリシアが小さく呟く。
彼女の表情も、さすがに硬い。
「全部です」
リディアが答えた。
「隠している余裕はありません」
その声は冷静だ。
だが、どこか空虚でもある。
――覚悟はしてきた、という顔だ。
俺は一冊を手に取り、ページをめくる。
瞬間。
視界に、いつものように“数字”が浮かび上がった。
【収入:減少傾向】
【支出:異常増加】
【資産流出:継続】
【内部不正:複数】
【最終収支:崩壊寸前】
……ひどいな。
いや、これはもう――
(“管理されていない”レベルじゃない)
完全に“食い物にされている”。
「まず、これ」
俺は一つのページを指で叩いた。
「外部委託費」
「……はい」
「相場の三倍ですね」
「三倍……?」
エリシアが目を見開く。
「この内容なら、本来はこの金額で済む」
指で別の数字を示す。
「でも実際は、この額を払ってる」
「差額は?」
「中抜きです」
あっさり言い切る。
「しかも、同じ業者に継続発注」
「……癒着ですね」
「その通りです」
リディアが目を伏せる。
否定しない。
できない。
「次」
別の帳簿を開く。
「備品購入費」
「これもひどい」
「……どこが」
「全部です」
ページを軽く叩く。
「価格がバラバラ。基準がない」
「つまり?」
「言い値で買ってる」
沈黙。
「それって……」
「ぼったくられてますね」
はっきり言う。
遠慮はしない。
事実だから。
「さらに」
俺は別の帳簿を引き寄せた。
「人件費」
その瞬間、空気が変わる。
「これが一番まずい」
「……」
「働いてない人間、多すぎます」
「っ……」
リディアの肩がわずかに揺れた。
「名義だけの役職。実働なし。それで給料だけ出てる」
「……寄生、ですね」
「はい」
淡々と頷く。
「しかも切れない構造になってる」
「どういうことです」
「身内です」
一言。
それで十分だった。
完全な沈黙が落ちる。
エリシアが、言葉を失っている。
村人たちも、ただ固まっている。
――想像を超えていたんだろう。
俺はさらにページをめくる。
まだある。
いくらでも出てくる。
「税の運用もひどいですね」
「本来、再投資されるべき金が消えてる」
「流通も握られてる。利益は全部外に流出」
一つ一つ、積み上げていく。
言葉で。
構造で。
逃げ場を潰すように。
「まとめると」
俺は帳簿を閉じた。
「稼げない構造じゃない」
一拍置く。
「稼いでも、全部抜かれてる構造です」
沈黙。
誰も動かない。
理解してしまったからだ。
どれだけ頑張っても、意味がなかった理由を。
「……私は」
リディアが、ぽつりと呟いた。
「何を見ていたのでしょうね」
その声には、もう強さはなかった。
ただの、自嘲だ。
「気づけなかった」
「止められなかった」
「……守れていなかった」
拳が震えている。
悔しさと、後悔と、無力感。
全部が混ざっている。
だが。
「仕方ないですよ」
俺はあっさりと言った。
リディアが顔を上げる。
「え……?」
「見えないものは、対処できません」
それだけだ。
「でも」
一歩、踏み込む。
「今は見えてますよね」
沈黙。
そして、ゆっくりと頷く。
「……はい」
「なら、終わりじゃない」
帳簿に手を置く。
「ここから直せます」
その言葉に、わずかに光が戻る。
ほんの少しだが、確かに。
……まあ、それはそれとして。
現実は現実だ。
俺はもう一度、帳簿を開き。
静かに、結論を口にした。
「……想像以上に、ひどいですね」




