第12話:条件
「助けますよ――条件付きで」
その言葉のあと、集会所は静まり返っていた。
誰もが理解している。
これは“救済”じゃない。
取引だ。
しかも、完全にこちらが上に立った状態での。
「……条件は、さっきの通りですね」
リディアが静かに言った。
声は落ち着いている。
だが、ほんのわずかに硬い。
「財政の完全開示。そして、運用権限の一部委譲」
「はい」
俺は頷く。
「どちらも必須です」
「……」
一瞬だけ、沈黙が落ちた。
彼女の中で、何かが引っかかっている。
当然だ。
それはつまり――
“自分の領域を、他人に明け渡す”ということだから。
「補足しておきます」
俺は淡々と続けた。
「開示は“全部”です」
「表の帳簿だけじゃない。裏も含めて」
「……裏、ですか」
「ええ」
視線をまっすぐ向ける。
「貴族家の財政で、裏がないなんてことはないでしょう」
「……」
否定はなかった。
それが答えだ。
周囲の村人たちがざわつく。
「裏の帳簿って……」
「そんなもんあるのかよ……」
あるに決まっている。
むしろ、それが本体だ。
「そして権限」
俺は続ける。
「これは“助言”じゃない。“実行権”です」
「こちらが必要と判断した場合、介入する」
「……どこまで?」
リディアの声が低くなる。
「財政に関わる部分、すべて」
即答した。
逃げ道は残さない。
再び沈黙。
今度は、はっきりとした葛藤の沈黙だった。
リディアの指先が、わずかに震えている。
分かる。
それは彼女の“誇り”そのものだ。
貴族としての立場。
家を守る責任。
そして、自分が“上にいる”という前提。
それを――
全部、崩す条件だ。
「……そこまでしないと」
絞り出すように、彼女は言った。
「立て直せないのですか」
「無理ですね」
俺は即答した。
迷いは一切ない。
「今の構造、全部腐ってます」
「表面だけ直しても意味がない」
一歩、踏み込む。
「根から変えないと、また同じことになります」
「……っ」
リディアの呼吸がわずかに乱れる。
図星だ。
分かっているからこそ、苦しい。
「選択肢は二つです」
俺は静かに言った。
「このまま、ゆっくり破綻するか」
「全部差し出して、立て直すか」
それだけだ。
シンプルで、残酷な二択。
長い沈黙が流れる。
誰も口を挟まない。
決めるのは、彼女だからだ。
やがて。
リディアは、ゆっくりと目を閉じた。
そして――
小さく、息を吐く。
何かを手放すように。
何かを、壊すように。
「……分かりました」
目を開ける。
その中にあったのは、迷いではなく覚悟だった。
「すべて、開示します」
「権限も……あなたに委ねます」
はっきりと言い切る。
その瞬間。
何かが決定的に変わった。
貴族が“上”という構造。
それが、崩れた。
「本当にいいんですか」
俺は確認する。
「後から撤回はできませんよ」
「構いません」
即答だった。
「今さら、守るものなどありません」
……いいな。
完全に腹をくくっている。
なら、遠慮はいらない。
俺は軽く頷いた。
「では」
机に置かれた帳簿へと手を伸ばす。
これが始まりだ。
崩壊した貴族家の、再構築。
そして――
俺のやり方での、経営だ。
ページをめくりながら、静かに言い切る。
「では、まず全部見せてもらいましょう」




