第11話:選択
「……助けてください」
その言葉が、集会所の空気を止めた。
誰も動かない。
誰も、すぐには理解できなかった。
あのリディアが、頭を下げている。
かつて俺を切り捨てた女が。
“無能”と断じた相手に。
助けを求めている。
「……ふざけるな」
低い声が響いた。
振り向けば、村人の一人が立ち上がっていた。
「今さら何しに来やがった」
「そうだ! 追い出したのはお前らだろ!」
「困ったら助けてくれ? 都合が良すぎるんだよ!」
次々と声が上がる。
怒りと、不信と、当然の拒絶。
空気が一気に荒れる。
リディアは何も言い返さない。
ただ、俯いたまま立っていた。
反論できない。
すべて事実だからだ。
「帰れ!」
「ここはお前らの場所じゃねぇ!」
罵声が飛ぶ。
だが、その中で。
俺は一度だけ、軽く息を吐いた。
「……静かに」
その一言で、場が止まる。
全員の視線がこちらに集まる。
エリシアも、リディアも。
そして、村人たちも。
「気持ちは分かります」
俺は淡々と言った。
「裏切られたと思ってる。信用できない。関わりたくない」
視線を巡らせる。
「全部、正しい」
誰も否定しない。
できるわけがない。
「でも」
一拍置く。
「それで、この村が得しますか?」
沈黙。
空気が、わずかに揺れる。
「……どういう意味だ」
誰かが低く問う。
「簡単な話です」
俺は机に手を置いた。
「感情で切り捨てるのは簡単。でも、それで利益は出ない」
「利益って……」
「今、この村は成長途中です」
はっきりと言う。
「資源も、人手も、まだ足りない」
視線をリディアに向ける。
「一方で、向こうは“情報”と“権限”を持っている」
ざわ、と空気が動く。
「貴族側の内部事情。税の仕組み。流通の裏」
「それを持っている人間を、完全に切るのは」
一拍置く。
「合理的じゃない」
沈黙。
今度は、“理解”の沈黙だった。
「……じゃあ、助けるのか」
エリシアが聞く。
その目は、試すような色を帯びている。
俺は少しだけ考えた。
そして、結論を出す。
「助けますよ」
リディアの肩が、わずかに揺れた。
だが、次の言葉で――
「――条件付きで」
空気が再び引き締まる。
全員の視線が、俺に集まる。
「条件……?」
「はい」
俺はリディアをまっすぐ見る。
もう、対等ではない。
完全に立場は逆転している。
「まず一つ」
指を立てる。
「財政の完全開示」
「……っ」
「隠し事は一切なし。全部見せてもらう」
逃げ道はない。
「二つ目」
指を増やす。
「運用権限の一部をこちらに渡す」
「それは……」
リディアが初めて言葉を詰まらせた。
当然だ。
それはつまり――
“支配される側”になるということ。
「嫌ならいいですよ」
俺はあっさり言う。
「そのまま潰れるだけです」
沈黙。
重い沈黙。
リディアの拳が、強く握られる。
プライドと、現実。
その狭間で揺れている。
やがて。
彼女はゆっくりと顔を上げた。
目は、決まっている。
「……受け入れます」
はっきりとした声だった。
もう迷いはない。
「すべて、開示します」
「権限も……必要な分、渡します」
完全な決断。
――いいな。
ここまで来れば使える。
俺は小さく頷いた。
そして、最後に確認するように言う。
「後戻りはできませんよ」
「分かっています」
即答だった。
その覚悟だけは、本物だ。
なら――
問題ない。
俺は視線を外し、静かに言い切った。
「助けますよ――条件付きで」




