第1話:追放と断言
重苦しい沈黙が、広間を支配していた。
壁一面に飾られた家紋。磨き上げられた長机。
その中心に座る当主と、左右に並ぶ家族たち。
――そして、その視線はすべて俺に向けられている。
「……結論から言う」
父が口を開いた。
「お前は、この家に必要ない」
淡々とした声だった。怒りも、情もない。ただの“判断”。
予想通りだな、と俺は思った。
理由も、分かりきっている。
「戦闘能力が低すぎる。魔力も平均以下。これでは貴族としての役割を果たせん」
横に座る兄が鼻で笑う。
「剣も振れない、魔法も使えない。何ができるんだ、お前は」
――何ができるか、か。
内心で小さく肩をすくめる。
できることなら、いくらでもあるんだがな。
ただ、この家が“それを評価できない”だけだ。
「婚約も、解消とする」
その一言で、視線が一人の女性に移る。
リディア・ヴァルクレア。
俺の元婚約者になるはずだった女だ。
彼女は微動だにせず、こちらを見下ろしていた。
「異議はありません」
即答だった。
「貴族とは、価値で結ばれるものです。価値のない方との婚約は、無意味ですので」
冷たい声。だが、その奥に迷いはない。
合理的な判断だ。
だからこそ、何も言い返す気はなかった。
「――以上だ。荷物をまとめ、今日中に出て行け」
父の言葉で、すべてが決まった。
あっさりしたものだ。
十数年暮らした家からの追放にしては、あまりにも軽い。
けれど。
不思議と、焦りも怒りも湧いてこなかった。
むしろ――
(やっと解放されたか)
そんな感覚のほうが近い。
俺は静かに立ち上がると、机の上に置かれていた書類に目を落とした。
会議用の帳簿だ。
普段なら目もくれないくせに、今日は“形式”のために用意したらしい。
……雑だな。
一目で分かる。
数字が歪んでいる。
いや、歪んでいるどころじゃない。
(収支が合ってない)
ほんの数秒、目で追っただけで十分だった。
収入、支出、税、外部取引。
全部がバラバラだ。
無駄な出費。見落とされた損失。意図的に隠された穴。
――そして、決定的な致命傷。
(これ、二重計上してるな)
同じ支出が、別項目で重複している。
しかも、それを前提に税が計算されている。
つまり。
(損失が加速する構造になってる)
放っておけばどうなるか。
考えるまでもない。
雪だるま式に赤字が膨らみ、やがて資金が尽きる。
それも、そう遠くない未来で。
……なるほど。
そりゃ俺を追い出す余裕もないはずだ。
内心で苦笑する。
「何を見ている」
父の声が飛んできた。
俺は顔を上げる。
「いえ。少し気になっただけです」
「もうお前には関係ないことだ」
「そうですね」
その通りだ。
もう俺は、この家の人間じゃない。
助言する義理もない。
見捨てるのが一番楽だ。
――なのに。
口が、勝手に動いた。
「一つだけ、いいですか」
広間の空気がわずかに変わる。
父が眉をひそめた。
「何だ」
俺は帳簿を軽く叩いた。
「これ、誰が管理してます?」
「……会計係だが、それがどうした」
「いえ」
ほんの一瞬、視線を巡らせる。
誰も気づいていない。
誰一人、この数字の意味を理解していない。
だから――
俺は、淡々と告げた。
「――この家、あと2年で破綻しますよ」




