表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/28

19話 同じ言葉で同じ動き

次の実技の時間、訓練場の地面には前よりずっと多くの白線が引かれていた。


円。

斜線。

細い通路。


正面を外し、横へ流し、狭い場所へ踏ませるための線だ。

ぱっと見には迷路にしか見えない。

だが、どこで寄せ、どこを空けるかまで最初から決められている。


見た目は複雑だが、やらせたいことははっきりしている。

好きに動かせるための線じゃない。動きを限定するための線だ。


ガルド教官が腕を組んだまま言う。


「今日は、正面から勝つな」


その言葉に、マルクが露骨に顔をしかめた。


「授業で教官にそう言われるの、なんか嫌だな」


「嫌なら覚えろ」


カツン、と杖の先が地面を叩く。


「真正面から押し切れる相手ばかりなら、搦め手など要らん。今日は、視線をずらす。足を止める。進路を変える。そこだけ叩き込む」


正面から勝てない相手を前提にしている。

異常個体を意識した授業なんだろうと思った。


ベルタが面白そうに鼻を鳴らした。


「ようやく兄さん向きの話になったな」


「お前が真正面でぶつかるのを好きすぎるだけだろ」


「嫌いじゃない」


「知ってるよ」


教官は板を立て、その中央へ四つの言葉を書いた。


寄せろ

流せ

空けろ

踏ませろ


「呼び方を決める。長い説明は判断を遅らせるからな」


最初の言葉を、杖で叩く。


「寄せろ。敵の進路を一つにまとめろ。左右から圧をかけ、抜ける幅を狭める」


次。


「流せ。正面でまともに受けるな。狙いを横へずらして受け流せ」


次。


「空けろ。そこに立つな。わざと一本、道を作れ」


最後。


「踏ませろ。作った道へ乗せろ。狭い場所、足場の悪い場所、受け手の真正面。踏ませる場所まで先に決めておけ」


短い。

でも、聞いた瞬間にやることが一つに絞られる。

言葉というより、足を動かすための合図だ。


ハンスが肩を回しながら呟く。


「ずいぶん短いな」


「短くないと実戦では間に合わん」


リーネが板を見たまま言う。


「意味が重ならないのはいいわね。聞いた瞬間に足が決まるわ」


教官がうなずいた。


「そのために短くしている」


リーネはやっぱりそこを見る。

言葉のきれいさじゃない。動きへ直結するかどうかだ。

そういうところは、かなり実戦寄りだと思う。


板の文字を見ながら、俺は辺境で一人戦っていた頃を思い出していた。

寄せる。流す。空ける。踏ませる。

これまでは全部、俺一人の頭の中で済ませていた。


一人なら、自分の中で完結する。

班でやるなら、頭の中の順番を外へ出さなきゃいけない。

今日の授業は、そのための言葉を作っている。


教官の視線が、まっすぐこちらを射抜く。


「ロイド。寄せろから踏ませろまで、一回見せろ」


「……一人で、ですか?」


「だからお前に言っている」


促されるまま前へ出る。


目の前にはゴーレムが三つ。

その先に、白線で区切られた細い通路が伸びている。


まず左へ回る。

真正面だけは外す。


正面を外すだけで、相手の向きが少しずれる。

最初にやるのは、それで十分だった。


足元の砂を払う。

視線が通路側へ寄ったのを見て、自分は半歩外へずれた。


「寄せたな」


後ろで見ていたベルタが呟く。


「流した」


ハンスが続く。


「中央を空けたわね」


リーネが言う。


「……そこが一番狭い」


教官がうなずいた。


「それだ。次は班でやる」


一人でやると単純だ。

班でやると、ここから先が難しい。

誰がどの合図を出すかまで揃えないと、たぶん崩れる。



白線の中へ六人で入る。


相手役は上級生二人とゴーレム一つ。

上級生の一人が正面から押し、もう一人が横を突く。

ゴーレムは少し遅れて中央へ入ってくる。


「始めろ!」


最初に声を上げたのはミアだった。


「寄せっ!」


左右へ開き、マルクと一緒にゴーレムの進路を絞りにかかる。

だが近すぎた。

押し込む前に振り幅へ入り、ミアが慌てて下がる。


気持ちは合っていた。

でも近すぎる。

寄せる前に、自分が殴られる距離へ入っている。


「近いぞ」


ベルタが即座に刺す。


「圧をかける前に、自分が押し返される位置へ入るな」


「わかってるわよ!」


「わかってないから下がってるんだろ」


ミアがむっとしながらも、元の位置へ戻る。


ベルタの言い方はきつい。

でも、今のはその通りだった。

ミアも腹は立てても、位置は戻した。


次は俺が声を出す番だった。

「流せ!」


ベルタが正面を受けるふりを見せる。

俺が半歩横へ入り、進路を外へねじ曲げる。

ハンスがその先を押さえ、ゴーレムの向きが右へ流れた。


正面で止めるんじゃなく、行き先を変える。

そこは俺の手が一番馴染む。

まともに受けない方が、やっぱりしっくりくる。


「空けろ!」


マルクが中央から退き、ミアがその外へ回る。

ベルタと俺の間に、ゴーレム一体ぶんの道が空いた。


「踏ませろ!」

リーネの声が飛ぶ。


ゴーレムが白線の細い区画へ入った瞬間、ベルタが前を塞ぐ。

ハンスが横から支え、俺が背後を断つ。

逃げ場が消えた。


決まった。

最後の声が早い。

リーネが見えた瞬間に切ってくれたから、迷わず閉じられた。


教官が杖を下ろした。


「今のは合格だ」


ベルタが少し肩で息をしながら言う。


「最後の声、早かったな」


「遅いと抜かれるもの」

リーネは冷静に返した。


その言い方に無理がない。

自分で言っていても気負っていない。

少しずつ、班の中で声を出す位置に慣れてきているんだろう。


マルクが手を振る。

「でもさ、誰が何を言うか、だんだん混ざってこないか?」


教官がすぐに応じた。

「それも決める」


板に書き足していく。


前衛:受ける/流す

中衛:空き/埋める

後衛:次

遊撃:寄せ


「全部を一人で喋ろうとするな。喉が詰まるぞ」


そこで教官の杖が、俺へ向いた。


「ロイド。お前は喋りすぎる。今の一歩を見ろ」


「……見てからだと、遅れませんか?」


「お前は三手先を見すぎる。そのせいで、今の一歩が薄くなる時がある」


何も言い返せなかった。

その通りだった。


先を見たくなる。

その癖で助かったこともある。

でも班でやると、今の一歩を太くする方が先になる時がある。そこがまだ甘い。


ベルタが横から口を挟む。


「兄さんは、先を見すぎて足元が薄くなる時があるんだよな」


「……言い方」


「事実だろ?」


「でも、流す位置は正確よ」

リーネが板の「流せ」を見たまま言う。

「最初だけ揃えば、その後は使えるわ」


ベルタが、にやりと笑う。

「言われたな、兄さん」


リーネの言い方は淡々としていた。

けなしてはいない。

欠点と使いどころを分けて見ている。そこはありがたかった。


「……お前も、一人で突っ込みすぎるなよ」


「私は前衛だ。出るのが仕事だろうが」


「出てもいい。でも、戻る一歩が遠い位置まで行くな」


ベルタがこちらを向く。

「……今日はやけに細かいな」


「前が空いたら、それで終わるからだ」

答えてから、自分でも少し強いと思った。

けれど、ベルタの踏み込みを見ると、どうしても口が先に動く。


言いすぎかと思った。

でも、前が空く形だけは見過ごせない。

そこだけは、もう身体が先に反応する。


ベルタはそれ以上追及せず、斧の柄を肩に乗せ直した。



実習の締めくくりは、班ごとの模擬戦だった。


相手は上級生二人とゴーレム一つ。

正面から押す役。

横から刺す役。

遅れて中央へ入る役。

三つの線を同時に相手にする。


「始め!」


最初に出たのは、正面役の上級生だった。

ベルタがそれを受け止める。

その外を、もう一人が横へ回ろうとした。


正面を見せて、横を通す。

分かりやすい形だ。

だからこそ、止められないとそのまま崩れる。


「寄せっ!」

ミアが叫び、マルクと一緒に外側から圧をかける。

横へ回ろうとした上級生の足が、一瞬止まった。


ミアはやっぱり動き出しが速い。

寄せる役としては悪くない。

問題は、そのあと自分が出すぎるところだけだ。


「流す!」


ベルタが真正面を外す。

俺が半歩横へ滑り込み、進路を内へねじ曲げる。


ここは綺麗に入った。

ベルタが受け切らずにずらし、俺がそれを内へ押し込む。

この形は、今の俺たちならもう反応で出る。


「空いた!」

ハンスの声。

ベルタと俺の間に、意図的な通路ができる。


「踏ませろ!」

リーネの号令と同時に、遅れて入ったゴーレムがその区画へ滑り込んだ。

そこは最も狭く、逃げ場のない場所だった。


前をベルタが固め、横からハンスが圧す。

俺が退路を断ち、ミアとマルクが外側を塞ぐ。


きれいに閉じた。

誰かが一歩でも遅れていたら抜けられていた。

でも今のは、全員が同じ形を見ていた。


「そこまで!」

教官の声が響く。


訓練場に、激しい息遣いだけが残った。


終わった瞬間に分かった。

今のは偶然じゃない。

手順として通せた。


「今の形を忘れるな」


教官が静かに言った。


「寄せる。流す。空ける。踏ませる。どれか一つでも遅れれば崩れる。だが、全員が揃えば正面からでは勝てない相手にも形を作れる」


その言葉は重かった。

普通の相手の話じゃない。

その先に、異常個体まで見ている声だった。


ベルタが斧を担ぎ直し、晴れやかな顔で言う。


「やっと、班で戦ってる感じがしてきたな」


「最初からそれでやってくれよ」


ハンスが笑いながら返すと、ベルタが即座に言い返した。


「最初からできたら、授業なんていらないだろ?」


「私は『寄せ』の担当、得意かも!」

ミアが胸を張ると、マルクが呆れたように肩をすくめた。


「寄せすぎるなよ。お前、勢い余って自分まで前に出すぎるから」


「勢いは大事よ!」


「……勢いだけで死ぬなよ」

俺の言葉に、また笑いが起きた。


最後に、教官が告げた。


「異常個体は、ただ強いだけの相手じゃない。お前たちの手順を壊しに来る。なら、お前たちはその手順を極限まで揃えろ」


その言葉で、場がしんと静まり返った。


結局、そこへ戻る。

今日の授業も、その一言へ向かって積まれていたんだろう。

壊される前提で、それでも通る形を作れ、と。


「兄さん」

前を向いたまま、ベルタが口を開いた。


「ん?」


「次は遅れるなよ」


「お前も、前へ出すぎるな」


「……お互い様だろ」

ベルタが、くすりと笑った。


ミアはまだ『寄せのプロ』を名乗り、マルクがそれに突っ込んでいる。

ハンスは白線の位置を足で確かめ、リーネは板の文字をじっと見ていた。


ハンスは身体で覚えるつもりなんだろう。

リーネは言葉と形を頭に刻んでいる。

覚え方は違っても、皆ちゃんと次へ持っていく顔をしていた。


白線の上には、何重にも靴跡が重なっていた。


寄った跡。

空けた跡。

戻った跡。


六人分の足跡が、ようやく一つの形へ繋がり始めていた。


それは確かだった。

でも、それだけで足りるとはまだ思えなかった。


頭に残るのはあの異常個体ディヴィアントの動きだ。


今の俺たちなら、普通の相手には形を作れる。


けれど、頭に残るのはあの異常個体ディヴィアントの動きだった。


ベルタが前に立つ。

その背中を見た瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。


次にあれが来た時。

この形は、間に合うのか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ