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16話 ホーンラビット串焼き

翌日の実習が終わると、俺たちはそのまま学院裏の調理場へ回された。


石敷きの床は夕方の冷たさを残しているのに、竈のまわりだけは先に熱を帯びている。

長机には解体済みのホーンラビット肉が並び、余分な脂と筋を落とした切り口が白く光っていた。


もう授業の延長というより、本番前の確認に近かった。

ここで崩れるようなら、学院祭当日はもっと崩れる。


学院祭に出す以上、一度は試作してみろ。

それがガルド教官の指示だった。


「本番で食えないものを出したら叩き潰す」


料理の話なのか何なのかよくわからない。


あの教官なら、たぶんどっちの意味でも言っている。

まずいものも、回らない段取りも、まとめて潰す気なんだろうと思った。


「こうして並ぶと、いよいよ店っぽいな」


ハンスが木盆を持ち上げる。


少し浮かれているんだろうと思った。


「並べただけで浮かれるな。まだ生肉だぞ」


炭袋を肩に担ぎながら、ベルタが返した。


「食える形になってから喜べ」


「お前、こういう時は妙に厳しいな」


「火と肉を舐めると痛い目にあう」


料理の言葉に聞こえるが、たぶん野営や炊き出しの失敗まで含めて言っている。


火の前に立つベルタは手慣れていた。

炭を寄せる手が止まらない。

鉄網を置く位置も、一度で決まる。


迷いがない。

何度も火の前に立ってきた手つきだった。


その横で、ミアはもう串を握って目を輝かせていた。


「串焼き!祭り!いい匂い!もう勝った気がする!」


「まだ何も始まってないぞ」


「気持ちで勝つのは大事だよ、ロイドさん」


「雑な理屈だな」


雑だが、あいつなりに場を明るくする役をやっているんだろうと思った。

実際、ああいう声があると空気は少し軽くなる。


そう返しながら机の上を見回す。

肉。串。塩。香草。

それから、甘辛だれの入った小鍋。


その全部を前にして、背筋を伸ばしたまま立っている銀髪がいる。

リーネだ。


「下味は私が見るわ」


言い方はいつも通りだった。

だが、割烹着姿は妙に馴染んでいた。


似合うというより、必要な作業にまっすぐ入った結果そう見えるんだろうと思った。

余計なことを言わず、役に立つ場所へ立つ時のリーネは、こういう姿になるらしい。


「勝手に混ぜないで。配合が崩れるわ」


「急に怖いな」

マルクが一歩引く。


「料理になると支配欲が強いタイプか?」


「違うわ。精度の問題よ」

ぴしゃりと言い切る。


冗談を受け流す気はないらしかった。

今は味の再現が先で、笑いの順番じゃないんだろうと思った。


それを見たベルタが、竈の前で口元だけで笑った。


「で、兄さんはどうする」


「串打ちと味見役」


「ずいぶん都合のいい役だな」


「最終確認はいるだろ」


「まあ、それはそうか」


味見は遊びじゃなく、全体を止める最後の役だと分かっている声だった。


ベルタは炭を竈へ入れながら、そのまま役割を割った。

火加減はベルタ。

マルクは串打ち。

ハンスは運搬。

ミアは――呼び込みの練習。


「えっ、もう?」


「今からやっとけ。お前は本番で勝手に喋るだろうけど」


「それはそう」


ベルタは、人を見る時に能力だけじゃなく癖も入れている。

ミアには、呼び込みを覚えさせるというより、どうせやるなら今から慣らしておくつもりなんだろうと思った。


準備が動き出すと、調理場は一気に騒がしくなった。

マルクが串を打つ。

ハンスが桶を運ぶ。

ベルタが炭火を見る。

ミアは「焼きたてー!冒険者課程特製ー!」と声出しを始めた。


「早い。まだ焼いてない」


「練習です!」


そういう形で動けるなら、こいつは本番でも強いんだろうと思った。

細かいことは雑でも、場に声を足す役としては分かりやすい。


その横で、リーネは真顔のまま香草を刻んでいた。

細かい。

包丁の音が、乾いた拍みたいに途切れず続く。


音だけで、乱れていないのが分かる。

一定の速さで刻める時の手は強い。


「そんなに細かくするのか」


近寄ると、リーネの肩がわずかに揺れた。


気づいていなかったわけじゃない。

ただ、声をかけられるとは思っていなかったのかもしれない。


「……香りを肉に移すなら、このくらいは必要よ」


「驚かせたか」


「別に」


即答だった。

だが、包丁の先が一瞬だけ震え、刻むリズムがわずかに乱れた。


平気なふりはしているが、まったく無反応ではないらしかった。

そこは見ないふりをした方がいい気がした。


「たしかに、これなら焼いた時の当たりがやわらかいか」


「そういうことよ」


そこで会話が切れる。

竈の前から、ベルタの声が飛んだ。

「兄さん、邪魔ならどけよ」


「邪魔してないだろ!」


「してるかしてないかを決めるのは下味担当だ」


「リーネ、邪魔か」


少しだけ間が空く。


「……そこまでではないわ」


「だそうだ」


「そこまでではない、って時点で邪魔だろ」

マルクが笑い、周りもつられた。


試作は順調に進んだ。

塩。

香草。

甘辛だれ。

それから、大人向けに辛味を少しだけ足したもの。


味ごとに分けた肉を前に、リーネが腕を組む。


「順番に焼いて。混ぜると比較にならないもの」


「はいはい、下味担当様」


ベルタが受け流すように返した。


「焼きは私だ。文句は聞かない」


「火加減を誤れば文句を言うわ」


「言ってみろ。味見役に全部食わせる」


「やめろ。俺を盾にするな」


言い合ってはいるが、噛み合ってはいた。

火と下味、それぞれ自分の持ち場を取っている声だった。


最初の串が焼け始める。

炭火の上に脂が落ち、じゅっと音を立てた。

たちまち調理場に香ばしい匂いが満ちる。


匂いだけで、祭りの形が少し見えた気がした。

客はこういうので足を止めるんだろうと思った。


ミアが目を輝かせる。


「勝った」


「だからまだ早いって言ってるだろ」


こいつはずっと早い。

だが、こういう早さがあるから場が沈まないのも確かだった。


焼き上がった串を一本受け取る。

熱い。

だが、香りはかなりいい。


「味見役、どうだ」


ベルタが聞く。


ひと口噛む。

肉はやわらかい。

香草も勝ちすぎていない。


「うまい」


素直に言うと、リーネの指先が止まった。


待っていたんだろうと思った。

表情は変わらなくても、味の判定そのものは気にしていたらしい。


「香草が強すぎない。子どもでもいける」


「……そう」


返事は短い。

指先だけが、少しゆるんだ。


ベルタが火の前で口元を歪める。

「へえ」


「何かしら」


「別に」


リーネは何も返さなかった。

ただ、次の香草を取る指先だけが少し早くなる。


そのあとも準備は続いた。

串の本数を数え、炭の量を見て、肉の保管場所を決める。

火の匂いがこもる。

脂の音が続く。

笑い声が、その上を跳ねた。


役がそれぞれ動き始めると、場は意外なくらい自然に回った。

最初に案を出し合っていた時より、よほど班らしかった。


ひと通り終わったところで、リーネが小さく言った。


「……本番でも、今日くらいうまく回ればいいのだけれど」


「回るだろ」

俺が返すと、リーネがこちらを見る。


言い切られるのが意外だったのかもしれない。


「どうしてそう言い切れるの」


「昨日より今日のほうがうまくいってる」


「それは、まあ……そうだけれど」


「だったら明日はもっとましだ」


理屈としては単純だった。

でも、こういう時はそのくらいでいいとも思った。


リーネは何も言わなかった。

帳面を閉じる手だけが止まる。


否定はしない。

少しだけ、その先を想像したんだろうと思った。


竈の前で、ベルタが腕を組んだ。

「よし。本番で通す形にはなったな」


「まだ準備は山ほどあるぞ」


「勝つ気でやるのが大事なんだろ」


「それ私が言ったやつ!」

ミアが抗議し、ハンスが笑う。


気負いすぎず、でも緩みすぎてもいない。

今の空気なら、本番でも形は崩れにくい気がした。


夕闇が迫る調理場に、炭火の赤と笑い声が重なった。


ベルタが火の前で炭を返すたび、人の動きが自然に揃った。

ばらばらだった役割が、ようやく一つの形になっていた。


味は出た。

あとは本番で、この形を崩さず通せるかだった。


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