13話 なんで冒険者課程で店なんだよ
夜の講義が始まる前、ガルド教官が講堂の前へ立った。
討伐訓練の空気は、まだ講堂の中に残っていた。
なのに、黒板へ書かれた二文字だけが妙に場違いに見えた。
さっきまで血と土の話をしていた場所に、急に祭りの話を持ち込まれた。
浮いて見えたのは、そのせいだと思った。
黒板へ、いつもより大きな字で一語を書く。
学院祭
後ろの列で椅子が鳴り、何人かが顔を上げた。
戸惑ったんだろうと思った。
討伐訓練の直後に聞く言葉としては、たしかにずれていた。
「来月、学院祭がある。今年も近隣住民に開放される。一般客も来る。子どもも来る」
そこで教官が教卓を指先で叩いた。
私語が止まる。
子ども、まで入ったところで空気が変わった。
自分たち相手の訓練じゃない、と全員がそこで理解したんだと思う。
「そして今年は、冒険者課程も模擬店を出す」
ざわめきより先に、露骨なうめき声が上がった。
「ええ……」
「なんで冒険者課程で店なんだよ」
ベルタが腕を組んだまま眉を寄せる。
「客商売までやれってのか」
「冒険者は依頼人相手の商売だ。今さらだろう」
ガルド教官は顔色ひとつ変えない。
「条件は三つ。赤字を出すな。死人を出すな。学院の看板に泥を塗るな。以上だ」
「条件が重いんだよ」
誰かがぼやいたが、教官はそのまま続けた。
「内容はお前たちで決めろ。ただし、屋台ひとつ出して終わりだと思うな。祭りの間、客もお前たちも浮足立つ。手が足りない場所も出る。そういうところまで見ろ。回し切れ」
そのまま視線がこちらへ向いた。
嫌な予感がした。
こういう時の教官の視線は、だいたい面倒ごとの前触れだ。
「進行はロイドとベルタ」
「は?」
「なんでだよ」
俺とベルタの声がきれいに重なり、講堂のあちこちで笑いが起きた。
笑われるのは分かる。
だが、やりたくない気持ちまで消えるわけじゃなかった。
ガルド教官は一切笑わない。
「討伐訓練で一番ましに全体を回していたのがロイド。声で連中を止められるのがベルタだ」
「それ、褒めてますか?」
「褒めてないだろ、それ」
「適任だ。前へ出ろ」
反論を切る声だった。
決定済みなんだろうと思った。
ここで断れる余地は最初からなかった。
俺は息を吐き、ベルタは舌打ちを鳴らして立ち上がる。
「……ほら、行くぞ兄さん」
「その呼び方やめろ」
「今さらだな」
並んで黒板の前へ出る。
講堂を見下ろすと、十八人。
ベルタが教卓へ片手をつき、全体を見回した。
「で?何やる」
いきなり投げた。
「せめて順番に聞けよ」
「時間の無駄だろ。言いたいことある奴から言え」
その一言で、手を挙げる奴と勝手に喋り出す奴が一気に増えた。
乱暴だが、詰まりは消えた。
ベルタはああいう形で場を動かす。
「模擬戦!」
「薬草茶!」
「的当て!」
「魔物標本展示!」
「大鍋煮込み!」
「待て」
チョークをつかみ、黒板の端へ回る。
「順番に行く。安全か、準備できるか、金になるか、祭り向きか、客が寄るか。そこを見るぞ」
黒板に並べる。
安全
準備
金
祭り向き
客が来るか
ベルタが横から見て鼻を鳴らした。
「細かいな」
「お前が最初から整理しないからだ」
「私は黙らせる役だ」
「十分仕切ってるだろ」
笑いが広がった。
形は雑でも、場を前へ押す役にはなっている。
ベルタの「黙らせる」は、実際かなり効く。
最初に立ち上がったのはマルクだった。
「模擬戦はどうだ?木剣で一対一。勝ち抜きで景品つき」
「子ども相手にやるのか?」
「……大人限定で」
「祭りで限定つけたら回らん」
「あと怪我が出る」
ハンスが首を振る。
「木剣でも鼻は折れるぞ」
「却下だな」
マルクが渋い顔で座る。
発想はマルクらしいと思った。
だが、祭り向きではない。本人も途中でそれに気づいた顔だった。
次にミアが手を挙げた。
「射的!」
「何を射るんだ」
「木の実とか藁の的とか?」
「弓を触ったことのない子どもにやらせるのか?」
「……危ないか」
「危ない」
「危ないな」
「危ないね」
俺とベルタとハンスの声が揃った。
ミアが頬をふくらませる。
そこは即答でよかった。
迷う余地のない危なさだった。
その隣で、リーネの手だけがまっすぐ上がった。
「保存処理した魔物素材の展示販売。牙、爪、毛皮、簡易加工済みの腱素材。利益率は高いわ」
「祭りで子ども泣くぞ」
「なんで利益率が先なんだ」
ベルタが半眼で言う。
リーネの眉が寄った。
「利益は優先事項でしょう」
考え方は間違っていない。
ただ、祭りという前提がまるごと抜けている。
「優先事項ではあるけど、それだけじゃ人が寄らない」
俺が言うと、リーネは黒板を見たまま小さく息を吐いた。
「……なら、その案は下げるわ」
引っ込め方が早かった。
感情で押し通す気はないらしい。そこは助かる。
ハンスが手を挙げる。
「煮込みはどうだ。大鍋で肉と野菜を煮りゃ腹にもたまる」
「悪くはない」
俺も頷きかけたが、ベルタが首をひねった。
「悪くはないが、回転が遅い。祭りの客は待たないぞ」
「鍋は重いし、火加減失敗すると一発で終わる」
「炊き出しを何回もやってりゃわかる」
そこはベルタの方が現場を知っている。
いい案でも、回らなければ死ぬ。あいつはそこを先に見る。
そこから先は案がまとまらず飛び交った。
「迷宮飯再現!」
「迷宮に行ってない」
「却下」
「うるさい!」
とうとうベルタが教卓をばん、と叩いた。
一息で静まる。
力技だが、あれで止まる。
こういう時、ベルタは本当に便利だと思った。
「祭りなんだろ。だったら匂いで客を寄せて、歩きながら食えて、子どもでも買えて、こっちで回しやすいもんだ」
「それが最初から出れば苦労しない」
「出せよ、兄さん」
「お前がそれを言うのか」
そう返しながら黒板を見る。
屋台を決めるだけの話じゃない。
十八人を同じ形で動かせるかどうかだ。
安全。準備。金。祭り向き。客が来るか。
匂い。回転。食べやすさ。冒険者課程らしさ。
見比べているうちに、ひとつ形になった。
「……角兎はどうだ」
重なっていた声が途切れる。
「ホーンラビット?」
「焼くのか?」
視線が黒板の前へ集まる。
場が止まった。
悪くない止まり方だった。考える方向が一つに寄った気がした。
「安定して取れる。冒険者課程なら仕入れもできる。肉は癖が少ない。串にすれば食べ歩きできる。炭火で焼けば匂いで人が寄る」
言いながら、「祭り向き」と「金」の下に丸をつける。
「しかも、冒険者課程らしい」
ハンスが顎をさすった。
「悪くないな。解体も仕込みも分担しやすい」
ミアが身を乗り出す。
「子どもも好きそう。呼び込みもしやすい」
マルクも頷いた。
「串なら回転早いし、俺でも手伝えそうだ」
案の形が見えたんだと思った。
誰が何をするかまで、すぐ想像できる案は強い。
ベルタが腕を組んだまま口の端を上げる。
「いいじゃないか。焼いて食わせりゃ早い」
笑った拍子に、思ったより近くで目が合った。
そこで、リーネが口を開いた。
「下処理を丁寧にすれば肉は硬くならないわ。香草を使えば匂いも立つし、塩だけより単調にならない」
言い切ったあとで、少し出すぎたと思ったのか、リーネは口を閉じた。
乗る気はあるらしい。
しかも、自分の役まで見えている。そこは大きかった。
ベルタが目を細める。
「今日はやけに口が回るな」
「話が進まないのが煩わしいだけよ」
「へえ」
ベルタはそれ以上つつかず、教卓を指で叩いた。
「じゃあ決まりだな。ホーンラビット串焼き」
決める時は、あいつは早い。
そこでもう皆の頭が次へ切り替わった。
決まってからは早かった。
「味は何種類にする?」
「塩、香草、甘辛くらいか」
「辛味は?」
「子ども泣くだろ」
「じゃあ大人向けで別にするか」
「俺、焼きしたい」
黒板に役割を書いていく。
狩り班
解体班
仕込み班
焼き班
呼び込み
会計
形になると、皆動きやすい。
案を出す時より、役をもらう時の方がこの連中は素直だ。
ベルタが横から口を挟む。
「焼きは私がやる」
「なんでだ」
「火の前が似合うだろ」
「似合うかどうかで決めるな」
「実際似合う」
どこからかそんな声が飛び、笑いが起きた。
ハンスが手を挙げる。
「炭起こしと荷運びは俺がやる。重いもんは任せとけ」
「私は呼び込み!」
ミアが元気よく言う。
「それは向いてるな」
「でしょ?」
向いている。
あいつが立ってるだけで、たぶん客は止まる。
マルクが胸を張る。
「串打ちは俺だな。手先は器用なんだ」
「焼きたがってたじゃないか」
ベルタが突っ込む。
「焼きはベルタさんに取られた」
「取った覚えはない」
そのやり取りを聞きながら、黒板へ名前を書いていく。
何人かの役が埋まったところで、リーネが言った。
「下味は私が見るわ。香草の配合も」
「助かる。会計も頼めるか」
俺が聞くと、リーネはこっちを見た。
「……できるけれど、接客には向かないわよ」
「知ってる。計算だけでいい」
「そう。なら受けるわ」
黒板の「会計」の横に、リーネの名前を書く。
向いていないことは先に切る。
でも、できることはちゃんと引き受ける。そこは分かりやすかった。
「異論ある奴」
形だけ聞いてみたが、今度は誰も変な案を言い出さなかった。
「冒険者課程らしくていいじゃん」
「うまそうだしな」
「売れそう」
そこでようやく、後ろの壁にガルド教官がもたれているのに気づいた。
腕を組んだまま、ずっと見ていたらしい。
最初から見ていたんだろう。
止める気がないなら、見て判断するつもりだったってことだ。
「決まったか」
「はい」
俺が答えると、教官は黒板を一瞥した。
「悪くない。串焼きなら死人も出にくい」
「基準が怖いんだよ」
ベルタが呟き、講堂がまた笑いに包まれた。
「準備も訓練のうちだ。赤字を出すな。経費管理のできない冒険者は、装備の更新すらできずに野垂れ死ぬ」
それだけ言って出ていった。
冗談じゃなく、本気でそう思っているんだろう。
あの教官はたぶん、金勘定も生存のうちに入れている。
講堂の笑いが薄れ、俺は手元のチョークを見下ろす。
隣でベルタが腕を組み、黒板の役割分担を見上げていた。口元だけが上がっている。
面白がっているんだと思った。
嫌がっていたわりに、こうして形になると楽しんでいる顔だった。
「お前、こういう場でも強いな」
思わず言うと、ベルタが片眉を上げた。
「私は黙らせてただけだ」
「十分だろ」
「兄さんのほうこそ、気づいたら仕切ってたじゃないか」
「お前が丸投げしたからだ」
「結果うまくいったんだからいいだろ」
笑った拍子に、ベルタの歯がのぞく。
気分がいいんだろうと思った。
討伐の時とは違うが、こういう場でも前へ出る手応えはあるらしい。
「兄さん?」
覗き込むように、ベルタが首を傾けた。
「何見てる」
近い、と思ったのを隠すみたいに視線を逸らす。
「……いや、なんでもない」
「変なやつ」
ベルタはそう言って、黒板の「ホーンラビット串焼き」を指で叩いた。
「ほら、兄さん。決まったからには狩りも仕込みも本気でやるぞ」
「ああ」
冗談じゃなく、本気でやるつもりなんだろう。
決まった後で気を抜く人間じゃない。そこは信用できた。
◆
片づけを終えて廊下へ出ると、壁際にベルタがいた。
腕を組み、肩を預けて立っている。
「遅い」
「先に帰ったんじゃなかったのか」
「帰ろうとはしたさ。でも、どうせ兄さん、何か引っかかって立ち止まるだろ」
「人を妙な生き物みたいに言うな」
「で?」
「何がだ」
「会議のことだよ。何か考えてただろ」
見られていたんだろうと思った。
待っていたというより、引っかかっているのを分かった上で残っていた感じだった。
「屋台を決めて終わりじゃないって話だ」
「まあ、あの教官が言うんだから、そうだろうな」
ベルタはそれだけ言って歩き出す。
俺も並ぶ。
分かっているんだと思った。
祭りの屋台そのものより、その先の人の動かし方の話だと。
廊下にはもう講堂のざわめきが届かない。
「でも、あいつも珍しかったな」
「誰がだ」
「リーネだよ。会議にちゃんと噛んできた」
「学院祭の話だからだろ」
「それもある」
ベルタは肩をすくめた。
「でも、あいつも前よりは噛んでくる」
「言い方が悪い」
「見たままだ」
あれはたしかに変化だった。
輪の外から見ているだけじゃなく、自分の役を出してきた。
外へ出ると、夜気が頬を撫でた。
石畳の先に、学生の姿はもうまばらだ。
「兄さん」
「ん?」
「全員回したいのはわかる。でも、兄さん一人で背負うな」
「ああ」
ベルタは横目で見た。
「そうか?祭りのことまで背負う顔してるけどな」
「失敗で終わらせたくないだけだ。屋台を、冒険者課程全員でな」
言葉にしてみて、重いなと思った。
ただ屋台を回す話じゃなくなっているのは、自分でも分かっていた。
ベルタは短く鼻を鳴らした。
「同じだよ。自分まで削るな」
それはリーネのことも、他の連中のことも含んでいるんだろうと思った。
全部を一人で拾うな、と言っているように聞こえた。
それだけ言うと、またいつもの調子に戻る。
「まあでも、学院祭までにもう一回くらい面白い顔が見られそうだな」
「人を見世物みたいに言うな」
「祭りなんだから、それくらいは役に立て」
笑う声が、夜の石畳に軽く跳ねた。
軽口で流しているが、言いたいことはさっき言い切ったんだろう。
そこはベルタらしいと思った。
学院祭までにやることは、もう決まっていた。
屋台じゃない。全員を同じ形で動かすことだ。




