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ミステリー短編集  作者: 倉木元貴


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壁の向こうで 最終話

 彼がいなくなってから数日が経った。けれど、私の生活はほとんど変わらなかった。


 朝起きて、壁に耳を当てる。夜眠る前に、壁に手を当てる。その儀式のような習慣は、彼がいなくなったあとも続いていた。

 変わったのは、壁の向こうから何も聞こえなくなったことだけだ。それ以外は、何も変わらない。変わらないはずだった。


 けれど、静寂というものは、長く続くと形を変える。最初はただの空白だったものが、次第に重さを持ち、輪郭を持ち、やがて存在のようなものになっていく。

 私はその変化を、毎日少しずつ感じていた。


 ある朝、私は目を覚ました瞬間に、壁の向こうから気配を感じた。

 音ではない。呼吸でもない。ただ、そこに“何か”があるような気配。私は布団から起き上がり、壁に近づいた。

 耳を当てても、何も聞こえない。けれど、気配は確かにあった。私は目を閉じた。暗闇の中で、その気配を探した。


 それは、彼の気配に似ていた。けれど、同じではなかった。もっと淡く、もっと遠く、もっと曖昧だった。

 まるで、記憶の中の彼が壁の向こうに立っているような感覚。

 私は壁に手を当てた。冷たさが指先に染み込んでいく。その冷たさの奥に、微かな温度を探した。けれど、何もなかった。


 私はゆっくりと息を吸った。胸の奥がわずかに痛んだ。その痛みは、彼の不在の痛みだった。

 私は部屋の中を歩いた。歩くたびに、床が軋んだ。その音が、やけに大きく響いた。私は立ち止まった。


 彼の部屋では、こんな音はしなかった。彼の足音はもっと軽く、もっと静かだった。私はその違いを、はっきりと感じた。

 私は机の上に置いていたノートを開いた。

 そこには、彼の生活音を記録したメモが並んでいた。

 帰宅時間、シャワーの音、寝返りの回数。私はそれらを、無意識のうちに書き留めていた。


 ページをめくるたびに、彼の生活が蘇った。音の記憶は、文字よりも鮮明だ。私は指先で文字をなぞった。紙がわずかにざらついていた。

 そのとき、壁の向こうで何かが動いた気がした。

 私は顔を上げた。耳を澄ませた。けれど、何も聞こえなかった。

 気のせいだろうか。そうかもしれない。けれど、私はその感覚を否定しなかった。


 私は壁に近づき、そっと手を当てた。冷たさが指先に染み込んでいく。その冷たさの奥に、微かな気配を探した。けれど、何もなかった。

 私は目を閉じた。暗闇の中で、彼の呼吸を探した。けれど、見つからなかった。その代わりに、静寂だけが広がっていった。


 私は壁に背を預け、ゆっくりと座り込んだ。床の冷たさが体に伝わっていく。その冷たさは、なぜか心地よかった。

 私は壁に頭を預けた。壁は硬く、冷たかった。けれど、その冷たさの奥に、微かな温度を感じた気がした。


 私は目を閉じた。暗闇の中で、彼の気配を探した。けれど、見つからなかった。その代わりに、静寂だけが広がっていった。


 私はゆっくりと息を吸った。その息は、いつもより重かった。胸の奥に何かが沈んでいくような感覚。それが何なのかはわからなかった。

 ただ一つだけ確かなのは、私はまだ“隣にいる”ということだ。彼がいなくなっても、壁の向こうが空白になっても、私はここにいる。


 私は、ただ隣にいる者だ。それだけのことだ。それ以上でも、それ以下でもない。

 けれど、その“隣”が何を意味するのか、私はまだ理解していなかった。夜になると、部屋の空気はさらに重くなった。昼間はまだ外の気配がわずかに残っているが、夜になるとそれも消える。静寂が部屋の隅々まで満ちていき、私の呼吸さえも吸い込んでしまうようだった。


 私は壁に近づき、そっと手を当てた。冷たさが指先に染み込んでいく。その冷たさの奥に、微かな気配を探した。けれど、何もなかった。

 それでも、私は壁から離れられなかった。壁の向こうに彼がいないことはわかっている。けれど、私はどうしても確かめたかった。彼の気配が、本当に消えてしまったのかどうか。


 私は壁に額を押し当てた。冷たさが皮膚に染み込んでいく。その冷たさは、なぜか心地よかった。まるで、彼がそこにいたときと同じように。


 私は目を閉じた。暗闇の中で、彼の呼吸を探した。けれど、見つからなかった。その代わりに、静寂だけが広がっていった。

 私はゆっくりと息を吸った。胸の奥がわずかに痛んだ。その痛みは、彼の不在の痛みだった。

 私は壁から離れ、部屋の中央に立った。暗闇の中で、彼の気配を探した。けれど、見つからなかった。その代わりに、静寂だけが広がっていった。


 私は壁に近づき、そっと手を当てた。冷たさが指先に染み込んでいく。その冷たさの奥に、微かな気配を探した。けれど、何もなかった。


 私は目を閉じた。暗闇の中で、彼の呼吸を探した。けれど、見つからなかった。その代わりに、静寂だけが広がっていった。


 私は壁に背を預け、ゆっくりと座り込んだ。床の冷たさが体に伝わっていく。その冷たさは、なぜか心地よかった。


 私は壁に頭を預けた。壁は硬く、冷たかった。けれど、その冷たさの奥に、微かな温度を感じた気がした。

 私は目を閉じた。暗闇の中で、彼の気配を探した。けれど、見つからなかった。その代わりに、静寂だけが広がっていった。


 私はゆっくりと息を吸った。その息は、いつもより重かった。胸の奥に何かが沈んでいくような感覚。それが何なのかはわからなかった。


 ただ一つだけ確かなのは、私はまだ“隣にいる”ということだ。

 彼がいなくなっても、壁の向こうが空白になっても、私はここにいる。


 私は、ただ隣にいる者だ。それだけのことだ。それ以上でも、それ以下でもない。

 けれど、その“隣”が何を意味するのか、私はようやく理解し始めていた。


 隣にいるということは、ただ距離が近いというだけではない。音が聞こえるというだけでもない。気配を感じるというだけでもない。


 隣にいるということは、その人の生活が自分の生活に染み込んでいくことだ。その人の呼吸が、自分の呼吸に重なることだ。その人の静寂が、自分の静寂になることだ。


 私は壁に手を当てた。冷たさが指先に染み込んでいく。

その冷たさの奥に、微かな気配を探した。

 けれど、何もなかった。


 それでも、私は壁から離れなかった。離れる必要がなかった。私はここにいる。

 彼がいなくなったあとも、その静寂の中でも、私はずっと隣にいる。


 私は、ただ隣にいただけだ。それだけのことだ。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 そして、これからも──私は隣にいる。

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