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ミステリー短編集  作者: 倉木元貴


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鍵のかかった教室 第3話

 警察の聞き取りがひと段落したころ、教室の外はすっかり暗くなっていた。

 廊下の照明が白く反射し、静まり返った校舎に、わずかなざわめきだけが残っている。

 佐伯は職員室の前の椅子に座り、ぼんやりと手元を見つめていた。

 自分の手が、こんなにも震えていることに気づくのに、少し時間がかかった。


 担任が戻ってきて、佐伯の隣に腰を下ろした。


「……今日はもう帰っていい。警察の人も、必要なことは聞いたと言っていた」


「……はい」


 返事はしたものの、立ち上がる気力が湧かなかった。

 頭の中では、三浦の倒れた姿が何度も再生される。

 鍵のかかった教室。

 書きかけの紙切れ。

 割れたガラスコップ。

 どれも、説明がつくようでつかない。


 担任がふと、ため息をついた。


「三浦……ずっと悩んでいたんだろうな」


 佐伯は顔を上げた。


「悩んで……?」


「最近、授業中も上の空でな。声をかけても、笑ってごまかすばかりだった」


 担任は机の上の書類を見つめながら続けた。


「家庭のことか、進路のことか……何か抱えていたのは間違いない。でも、話してくれなかった」


 その言葉が、佐伯の胸に重く沈んだ。

 昼休みに見た三浦の表情が、別の意味を帯びて蘇る。

 あのとき、声をかけるべきだったのかもしれない。

 だが、そんな後悔は、今さらどうにもならない。


 職員室を出ると、廊下の空気はひどく冷たかった。

 帰り支度をしようと自分のロッカーに向かう途中、ふと足が止まった。


 三浦のロッカーが、わずかに開いている。


 ――誰かが調べたのか?


 警察が触ったのかもしれない。

 だが、扉の隙間から見える紙の端が、妙に気になった。


 佐伯は周囲を確認し、そっとロッカーを開けた。


 中には、教科書やノートのほかに、折りたたまれた紙束が入っていた。

 それは、日記のようだった。

 表紙には何も書かれていない。

 だが、手に取った瞬間、胸の奥がざわついた。


 ページをめくると、三浦の筆跡が並んでいた。


 ――「迷惑をかけたくない」

 ――「全部、自分のせいだ」

 ――「誰にも言えない」


 どの言葉も、痛々しいほど追い詰められていた。

 佐伯は息を呑み、さらにページをめくった。


 だが、最後のページだけが破り取られていた。


 破れた断面は新しく、つい最近引きちぎられたように見える。

 誰が破ったのか。

 三浦自身か、それとも――。


 そのとき、背後から声がした。


「……佐伯?」


 振り返ると、友人の上野が立っていた。

 目が赤く、泣いたあとだとすぐに分かった。


「三浦の……ロッカー、見てるの?」


 佐伯は日記を閉じ、ゆっくりと頷いた。


 上野は唇を噛みしめ、しばらく黙っていたが、やがて小さく言った。


「……三浦、最近ずっと苦しそうだった。でも、誰にも言わなかった。僕にも……言ってくれなかった」


 その声は震えていた。

 佐伯は日記の破れた最後のページを思い出す。


 ――何を書いていたのか。

 ――なぜ破ったのか。


 上野は続けた。


「……三浦、誰かに脅されてたって言ってたんだ」


 佐伯は息を呑んだ。


「脅されて……?」


 上野は頷いた。


「でも、誰にかは言わなかった。ただ……“自分のせいだ”って、ずっと……」


 その言葉は、佐伯の胸に深く沈んだ。

 三浦は何を抱えていたのか。

 そして、なぜ鍵のかかった教室で倒れていたのか。


 ――まだ、何も分かっていない。


 その事実だけが、静かに、しかし確実に佐伯の心を締めつけた。


 上野の言葉は、佐伯の胸に重く沈んだ。

 三浦が誰かに脅されていた――その事実は、日記の内容と奇妙に符合しているように思えた。

 だが、同時に、何かが噛み合っていない感覚もあった。


「……三浦、何を言ってたんだ?」


 上野は視線を落とし、しばらく黙っていた。

 やがて、絞り出すように言った。


「“全部、自分のせいだ”って……そればっかり。誰かに何かされたっていうより、自分を責めてる感じだった」


 その言葉は、日記の内容と同じだった。

 だが、脅されていたという話と矛盾しているようにも思える。


 佐伯はロッカーの中の日記を見つめた。

 破り取られた最後のページ。

 そこに何が書かれていたのか。

 なぜ破ったのか。


 上野が続けた。


「……三浦、最後のほうは誰とも話したがらなかった。僕が声をかけても、笑ってごまかすだけで」


「笑って……?」


「うん。でも、あれは……無理してたと思う。目が笑ってなかった」


 その言葉に、昼休みの三浦の表情が重なる。

 確かに、どこか遠くを見るような目をしていた。

 あれは、助けを求めていたのだろうか。

 それとも、誰にも気づかれたくなかったのか。


 上野はロッカーの扉に手を置き、震える声で言った。


「……三浦、自分のことを誰にも迷惑かけたくないって、ずっと言ってた。だから、相談なんて絶対しなかったと思う」


 その言葉が、佐伯の胸に深く刺さった。

 迷惑をかけたくない――

 それは、日記にも何度も書かれていた言葉だ。


 だが、迷惑をかけたくない人間が、なぜ鍵のかかった教室で倒れていたのか。

 なぜ、あんな中途半端な紙切れを残したのか。


 上野は続けた。


「……佐伯、三浦のこと、警察に全部話すの?」


 佐伯は答えられなかった。

 話すべきなのかもしれない。

 だが、三浦が本当に望んでいたことは何だったのか。

 その答えが分からないまま、軽々しく口にすることができなかった。


 上野は佐伯の沈黙を見て、小さく息を吐いた。


「……僕、三浦のこと守れなかった。何もできなかった」


 その言葉は、佐伯自身の胸にも突き刺さった。

 自分も同じだ。

 昼休みに声をかけることができたはずだった。

 だが、しなかった。

 その後悔が、じわじわと胸を締めつける。


 上野が去ったあと、佐伯はひとり廊下に立ち尽くした。

 ロッカーの扉がわずかに揺れ、金属の軋む音が静かな廊下に響く。


 ――三浦は、何を隠していた?


 日記の破れたページ。

 鍵のかかった教室。

 書きかけの紙切れ。

 脅されていたという話。

 そして、迷惑をかけたくないという強い意志。


 どれも、ひとつの線でつながりそうで、つながらない。


 佐伯は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

 胸の奥にあるざわつきは、消えるどころか、ますます強くなっていく。


 ――三浦は、本当に自殺したのか?


 その問いが、静かに、しかし確実に形を持ち始めていた。


 そして同時に、もうひとつの考えが浮かぶ。


 ――もし、三浦が“自殺に見せかけた何か”をしたのだとしたら?


 その考えは、恐ろしく、しかしどこかで納得できるものでもあった。

 佐伯はロッカーを閉じ、廊下を見渡した。


 静まり返った校舎の中で、ひとつだけ確かなことがあった。


 三浦の死には、まだ見えていない“理由”がある。

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