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第9話「現在の対策とその限界」

**【関連資料・出典】**


- 学校教育法第19条:「経済的理由によって、就学困難と認められる学齢児童生徒の保護者に対しては、市町村は、必要な援助を与えなければならない。」

- 全国PTA連絡協議会「学校給食費の無償化を考える」:学校給食のはじまりは、1889年、山形県鶴岡町の忠愛小学校で、貧困児童を対象に無償で行われた

- エシカルノーマル「根本解決と対症療法は対立するか?」:社会課題は繋がっていて、こちらを叩けばあっちが出てきて、でもここを解決すれば両側の近しい問題も一定解決する

- 政府の学校給食支援策に関する予算資料

- 自治体格差に関する文科省調査データ

火曜日の放課後。市議会での発表を終えた翌日、3年2組の教室には興奮と疲労が混在した独特の空気が流れていた。昨日の発表は大成功だった。市議会議員たちは生徒たちの分析に真剣に耳を傾け、「これほど的確な問題分析は大人でも難しい」と評価してくれた。


しかし同時に、政治家たちからは「現実的な制約」についても聞かされた。


「みんな、昨日は本当にお疲れ様でした」


天野先生が教室に入ると、葵たち4人は複雑な表情で迎えた。


「先生、昨日は本当にありがとうございました」葵が深く頭を下げた。


「君たちの発表は素晴らしかった。市議会議員の皆さんも深く感心していた」


健太が少し困ったような表情で言った。


「でも先生、政治家の人たちが言ってたことで、よくわからないことがありました」


「どんなこと?」


「『現在も様々な対策を講じているが、根本的な解決は難しい』って言ってたんです。でも具体的にどんな対策をしてるのか、よくわからなくて…」


怜も頷いた。


「それに、『財源の問題がある』とも言われましたが、具体的にどのくらいの財源が必要で、なぜ確保できないのかも曖昧でした」


遥が小さく言った。


「私たちの提案は間違っていたんでしょうか?」


天野先生は生徒たちの真摯な疑問に応えるべく、椅子に座った。


「君たちの提案は全く間違っていない。ただ、現実の政治には様々な制約があるということだ」


「制約って?」


「今日は、現在政府や自治体が行っている対策と、その限界について詳しく説明しよう」


天野先生は黒板に「現在の対策」と大きく書いた。


「まず、政府は給食問題について、どのような対策を行っていると思う?」


葵が手を上げた。


「補助金とかですか?」


「その通りだ。まず一つ目は、緊急的な財政支援だ」


天野先生は黒板に項目を書き始めた。


「2023年度と2024年度に、物価高騰対応として臨時的な補助金を計上した」


健太が興味深そうに尋ねた。


「どのくらいの金額ですか?」


「全国で約500億円程度だ」


「500億円!」遥が驚いた。「すごい金額ですね」


「確かに大きな金額だが、全国の給食費総額から見ると、それほど大きな割合ではない」


怜が電卓を叩いた。


「全国の給食費総額はどのくらいなんですか?」


「年間約5000億円程度だ」


「ということは、500億円は全体の10%程度ですね」


「その通りだ。しかも、この補助金は『臨時的』なものだ」


葵が疑問を口にした。


「臨時的って、継続しないということですか?」


「そうだ。毎年必ず出るという保証はない」


健太が憤慨した。


「それじゃあ、根本的な解決にならないじゃないですか!」


天野先生は健太の指摘に頷いた。


「健太の言う通りだ。これは『対症療法』と呼ばれる対策だ」


「対症療法?」


「病気で例えると、熱が出た時に解熱剤を飲むようなものだ。一時的に症状は軽くなるが、病気そのものは治らない」


怜が理解した。


「つまり、給食費不足という『症状』に対して、一時的にお金を出しているだけで、根本的な『病気』は治していないということですね」


「まさにその通りだ」


遥が不安そうに尋ねた。


「根本的な病気って何ですか?」


天野先生は慎重に答えた。


「教育予算の構造的な不足、そして教育に対する政治的優先順位の低さだ」


葵が立ち上がった。


「でも先生、他にも対策はあるんですよね?」


「もちろん。二つ目は、給食費無償化の推進だ」


天野先生は新しい項目を書いた。


「現在、全国の自治体の約27%が何らかの形で給食費の無償化を実施している」


「27%?」健太が驚いた。「4分の1以上じゃないですか」


「そうだ。特に東京23区では、多くの区が無償化を実現している」


怜が資料を見ながら言った。


「でも、私たちの市ではまだ実現していませんよね」


「そうだね。そこに地域格差の問題がある」


遥が小さく手を上げた。


「地域格差って、お金持ちの自治体だけが無償化できるってことですか?」


天野先生は遥の鋭い洞察に感心した。


「残念ながら、そういう側面がある」


天野先生は日本地図を黒板に貼り、無償化実施自治体を色分けした。


「東京都、神奈川県、千葉県など、首都圏の自治体に無償化が集中している」


「一方、地方の財政力の弱い自治体では、無償化が進んでいない」


健太が悔しそうに言った。


「それって不公平じゃないですか!同じ日本の子どもなのに!」


「健太の憤りは当然だ。これが現在の対策の最大の限界でもある」


葵が手を上げた。


「三つ目の対策はありますか?」


「ある。就学援助制度の拡充だ」


天野先生は新しい図を描いた。


「経済的に困窮している家庭の子どもに対して、給食費を自治体が負担する制度だ」


学校教育法第19条において、「経済的理由によって、就学困難と認められる学齢児童生徒の保護者に対しては、市町村は、必要な援助を与えなければならない。」とされています


怜が興味深そうに尋ねた。


「どのくらいの子どもが対象になっているんですか?」


「全国で約130万人、全児童生徒の約13%が対象になっている」


遥が驚いた。


「13%って、7人に1人くらいですね」


「そうだ。決して少ない数字ではない」


健太が疑問を口にした。


「でも、それなら貧困家庭の子どもは給食費の心配をしなくていいってことじゃないですか?」


天野先生は健太の質問に苦い表情を見せた。


「理論的にはそうなるはずなんだが、現実には多くの問題がある」


「どんな問題ですか?」


「まず、認定基準が厳しい。本当に困っている家庭でも、基準に該当しないケースがある」


「次に、申請の手続きが複雑で、知らない保護者も多い」


「最後に、認定されても給付まで時間がかかることがある」


葵が憤慨した。


「それじゃあ、制度があっても十分に機能していないってことじゃないですか!」


「残念ながら、そういう側面もある」


遥が震え声で言った。


「私の友達にも、本当は困ってるのに就学援助を受けられない子がいます」


天野先生は遥の証言に深刻な表情を見せた。


「遥、それは重要な指摘だ。制度と現実の間には、確実にギャップがある」


健太が拳を握った。


「じゃあ、結局どの対策も中途半端ってことじゃないですか!」


天野先生は健太の怒りに共感した。


「健太の感想は的確だ。現在の対策は、すべて『対症療法』の域を出ていない」


怜が冷静に分析した。


「つまり、根本的な解決策は実施されていないということですね」


「その通りだ」


葵が立ち上がった。


「でも先生、なぜ根本的な解決策が実施されないんですか?昨日私たちが提案した『国レベルでの教育予算増額』は実現可能なはずですよね?」


天野先生は葵の鋭い質問に向き合った。


「実現可能だ。しかし、政治的な壁がいくつもある」


「政治的な壁?」


天野先生は黒板に「根本解決の障壁」と書いた。


「第一に、財源論だ」


「給食費を国が負担するとなると、年間約5000億円の財源が必要になる。これは決して不可能な金額ではないが、他の予算との調整が必要になる」


健太が疑問を口にした。


「防衛費は毎年増額されてますよね?それと比べてどうなんですか?」


天野先生は健太の鋭い指摘に驚いた。


「健太、よく調べているね。防衛費は5年間で約2兆円増額される予定だ」


「2兆円?」怜が計算した。「給食予算の4年分じゃないですか」


「その通りだ。つまり、財源がないのではなく、何を優先するかという政治的判断の問題だ」


葵が憤慨した。


「子どもの食事より武器の方が大事だって言うんですか?」


天野先生は慎重に答えた。


「それぞれ重要性があると考える人たちがいる。しかし君たちの疑問は当然だ」


遥が小さく手を上げた。


「第二の壁は何ですか?」


「政治的なリスクだ」


「リスク?」


「給食予算を大幅に増額するということは、他の予算を削るか、増税するかしなければならない」


「どちらも政治的には困難な判断だ」


健太が首をかしげた。


「でも、子どもの食事のためなら、国民だって理解してくれるんじゃないですか?」


天野先生は健太の純粋な疑問に答えた。


「理想的にはそうあるべきだ。しかし現実には、自分の負担が増えることを嫌がる有権者も多い」


怜が冷静に分析した。


「つまり、短期的には人気の出ない政策だということですね」


「残念ながら、そういう側面もある」


葵が最後の壁について尋ねた。


「第三の壁は?」


「既得権益の問題だ」


「既得権益?」


天野先生は慎重に説明した。


「現在の制度で利益を得ている人たちがいる。制度を大きく変えることで、その利益が失われる可能性がある」


「具体的には?」健太が尋ねる。


「例えば、給食関連の業界団体、既存の補助金受給団体、現在の制度を前提とした利害関係者など」


遥が困ったような表情で言った。


「それじゃあ、変えるのは本当に難しいってことですか?」


天野先生は遥の不安を受け止めた。


「確かに簡単ではない。しかし、不可能ではない」


「どうして?」


「社会の意識が変われば、政治も変わるからだ。そして君たちのような声がその変化を促す」


葵が希望を込めて尋ねた。


「私たちの活動は意味があるということですか?」


「大いに意味がある。君たちは既に多くの人の意識を変え始めている」


健太が興奮した。


「じゃあ、俺たちがもっと頑張れば、本当に変わるかもしれないってことですね!」


「その通りだ。ただし、長期的な視点が必要だ」


怜が現実的に尋ねた。


「どのくらいの時間がかかるでしょうか?」


天野先生は考えてから答えた。


「短くても5年、おそらく10年以上はかかるだろう」


「そんなに!」遥が驚いた。


「社会の制度を根本的に変えるには、それだけの時間が必要なんだ」


葵が決意を込めて言った。


「でも、私たちが始めなければ、もっと時間がかかりますよね」


「その通りだ。君たちが今始めることで、将来の子どもたちが救われる」


健太がガッツポーズした。


「よし!長期戦でも構わない!」


怜が冷静に付け加えた。


「戦略的に、段階的にアプローチしていきましょう」


遥が最後に言った。


「みんなで力を合わせれば、きっとできる」


天野先生は生徒たちの成熟した判断力に感動していた。


「君たちは今日、現実的な制約と理想的な目標のバランスを理解した。これが真の政治的思考だ」


「明日からも、君たちの挑戦は続く。対症療法を批判するだけでなく、根本的な解決策を提案し続けることが重要だ」


チャイムが鳴り、学級委員会が終了した。


下駄箱で靴を履きながら、4人は今後の長期的な活動計画を話し合った。


「まず地域レベルから変えていこう」葵が提案した。


「保護者や地域住民の意識を変える活動を続ける」健太が賛成した。


「データと論理で、着実に支持を広げる」怜が戦略を練った。


「一人ひとりに寄り添う活動も大切」遥が付け加えた。


家路に向かいながら、健太がつぶやいた。


「対症療法じゃダメだってことがよくわかった」


「でも、対症療法も必要よね。困ってる人をすぐに助けるには」葵が答えた。


「そう。対症療法と根本解決、両方必要なのね」怜が整理した。


遥が最後に言った。


「時間はかかるけど、私たちは諦めない」


夜空を見上げながら、4人は決意を新たにした。


現在の対策とその限界を理解した彼らは、より現実的で戦略的な視点を身につけていた。


対症療法の意味と限界、根本解決の必要性と困難さ。


そのすべてを理解した上で、それでも諦めない強い意志。


彼らの挑戦は、単なる中学生の社会科研究を超えて、本格的な社会変革運動へと発展しようとしていた。


「社会課題は繋がっていて、こちらを叩けばあっちが出てきて、でもここを解決すれば両側の近しい問題も一定解決する」みたいな大局的な判断ができる彼らなら、きっと道を切り開いていけるだろう。


次の戦いは、より長期的で戦略的なものになる。


しかし、真実を知り、現実を理解した彼らに、もはや恐れるものはない。

**※ 次回予告**


第10話「最終話」では、生徒たちがこれまでの全調査を総括し、未来への具体的な行動計画を策定する。


給食問題から始まった彼らの挑戦は、日本社会の構造的問題への挑戦へと発展した。


そして今、彼らは新たな段階へ進む決意を固める。


「私たちの声で、この国の未来を変える」


最終話では、彼らの成長の軌跡と、これから始まる本格的な社会変革への展望が描かれる。


中学生から始まった小さな疑問が、大きな希望の光となって輝く感動のフィナーレ。

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