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第6話「自治体財政の限界」

**【関連資料・出典】**


- 総務省「地方財政制度」における地方交付税の説明:地方交付税の総額は、所得税・法人税の33.1%、酒税の50%、消費税の19.5%、地方法人税の全額とされています

- 内閣府「地方財政の課題」:地方による基礎的な行政サービスの提供については、地方財政法、地方交付税法等により、国がその財源を保障することが定められている

- Wikipedia「財政力指数」:財政力指数が1.0を上回れば地方交付税交付金が支給されない不交付団体となり、下回れば地方交付税交付金が支給される

- 総務省「地方財政制度」:約1,800の地方公共団体の財政の総体であり、その多くは財政力の弱い市町村です

土曜日の午前中。普段は静かな学校の図書館に、葵たち4人の姿があった。明日の保護者会に向けて、最終的な資料作りに取り組んでいる。


「みんな、お疲れさま」


天野先生が図書館に入ってきた。休日にも関わらず、生徒たちのサポートのために学校に来てくれたのだ。


「先生、ありがとうございます」葵が振り返った。


「プレゼンの準備はどうだ?」


怜が資料を整理しながら答えた。


「物価高騰の部分はまとまったんですけど、一つ大きな疑問が出てきました」


「どんな疑問?」


「なぜ自治体によって、給食の質にこれほど差があるのかということです」


怜は全国の給食費一覧表を広げた。


「同じ日本なのに、給食費無償化の自治体もあれば、うちみたいに12年間据え置きの自治体もある。この格差の原因は何なんでしょうか?」


天野先生は興味深そうに資料を眺めた。


「鋭い疑問だね。それが今日のテーマ『自治体財政の限界』につながる」


健太が手を上げた。


「先生、俺、市役所の人に聞いてみたんです。『なぜうちの市は給食費を無償化できないのか』って」


「何て言われた?」


「『財政力が違うから』って言われました。でも、財政力って何なのかよくわからなくて…」


天野先生は黒板に「財政力指数」と書いた。


「自治体の財政力を測る指標があるんだ。これを理解すると、給食格差の本当の原因が見えてくる」


遥が不安そうに尋ねた。


「財政力って、お金持ちの自治体と貧乏な自治体があるってことですか?」


「まさにその通りだ」


葵が驚いた。


「でも、税金は国が集めて、平等に配るんじゃないんですか?」


天野先生は日本地図を広げ、いくつかの自治体に印をつけた。


「実は、日本の地方財政は非常に複雑な仕組みになっている」


健太が身を乗り出した。


「どんな仕組み?」


「まず、税収の格差から説明しよう」


天野先生は東京都と地方の小さな町を指した。


「例えば、東京都港区。ここには大企業の本社がたくさんある。法人税や固定資産税で莫大な税収がある」


怜が興味深そうに尋ねた。


「どのくらいの差があるんですか?」


「港区の財政力指数は15を超える。一方、過疎地域の町村は0.2程度の場合もある」


「15対0.2?」健太が計算した。「75倍の差ってことじゃないですか!」


「そうだ。これが日本の自治体格差の現実なんだ」


遥が震え声で言った。


「それじゃあ、私たちみたいな田舎の子どもは、最初から不利ってことですか?」


天野先生は遥に優しく言った。


「本来はそうならないような仕組みがある。それが『地方交付税』だ」


「地方交付税?」葵が首をかしげる。


天野先生は図を描いて説明した。


「国が税収の豊かな自治体から税金を集めて、財政力の弱い自治体に再分配する制度だ」


健太が手を上げた。


「それなら平等になるんじゃないですか?」


「理論的にはそうなるはずだった。でも現実には多くの問題がある」


怜が資料を見ながら言った。


「私、地方交付税について調べてみたんです」


「どんなことがわかった?」


「地方交付税の総額は、所得税・法人税の33.1%、酒税の50%、消費税の19.5%、地方法人税の全額から算出されるそうです」


「そうだ。つまり国税の一部を自動的に地方に回す仕組みだね」


葵が疑問を口にした。


「でも、それでも格差がなくならないのはなぜですか?」


天野先生は少し困った表情を見せた。


「それが地方財政の根深い問題なんだ。理論と現実の間には大きなギャップがある」


健太が資料を見ながら言った。


「俺、うちの市の財政力指数を調べてみました。0.68でした」


「それは全国平均よりやや高い数字だね」


「でも、給食は唐揚げ1個。財政力指数が0.68もあるのに、なぜ給食にお金を回せないんでしょうか?」


天野先生は黒板に複数の項目を書いた。


「自治体の支出」「社会保障費」「公共事業費」「教育費」「人件費」


「自治体は限られた予算の中で、様々な支出をバランス良く行わなければならない」


遥が小さく手を上げた。


「教育費の優先順位が低いってことですか?」


「残念ながら、多くの自治体でそうなっている現実がある」


葵が立ち上がった。


「それっておかしくないですか?子どもの教育こそ、一番大切なはずでしょう?」


「葵の言う通りだ。でも、政治的には高齢者向けの社会保障費の方が重視されやすい」


「なぜですか?」健太が疑問を口にした。


「高齢者は選挙の投票率が高いからだ。政治家にとっては、票になりやすい政策を優先せざるを得ない」


怜が冷静に分析した。


「つまり、子どもには選挙権がないから後回しにされるということですね」


「構造的には、そういう側面がある」


遥が涙ぐみながら言った。


「私たち子どもは、いつも大人の都合で振り回されるんですね」


天野先生は遥の肩に手を置いた。


「遥、君の気持ちはよくわかる。でも、すべての大人がそうではない。君たちのことを真剣に考えてくれる大人もいる」


「本当ですか?」


「もちろんだ。そして今日君たちが調べていることも、そういう大人たちの心を動かす力になる」


健太が資料を見ながら言った。


「俺、もう一つ気になることがあるんです」


「何だ?」


「国は教育にお金を出さないんですか?給食も教育の一部ですよね?」


天野先生は頷いた。


「鋭い指摘だ。実は、給食に対する国の補助は非常に限定的なんだ」


「限定的?」


「給食センターの建設費には一部補助があるが、日々の運営費や食材費に対する国の支援はほとんどない」


葵が驚いた。


「ほとんどない?それじゃあ、自治体が全部負担してるってことですか?」


「そうだ。だからこそ、自治体の財政力によって給食の質に差が出てしまう」


怜が電卓を叩きながら言った。


「つまり、国は自治体に給食の責任を丸投げしてるということですね」


「厳しい表現だが、結果的にはそうなっている」


健太が拳を握った。


「それってずるくないですか?教育は国の責任のはずでしょう?」


天野先生は健太の怒りに共感した。


「健太の言う通りだ。憲法では『すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する』と定められている」


「だったら、国がちゃんと予算を出すべきじゃないですか!」


「その通りだ。でも現実には、教育予算は他の先進国と比べて非常に少ない」


遥が震え声で尋ねた。


「どのくらい少ないんですか?」


「日本の教育予算はGDP比で約3.2%。OECD平均の4.9%を大きく下回っている」


葵が憤慨した。


「1.7%も少ないんですね!その分があれば、全国の給食問題なんて簡単に解決できるんじゃないですか?」


天野先生は葵の指摘に感心した。


「葵、鋭い分析だ。確かにその通りかもしれない」


健太が立ち上がった。


「じゃあ、なんで国は教育にお金を使わないんですか?子どもは国の宝でしょう?」


天野先生は少し考えてから答えた。


「それが政治的判断の問題になる。国の予算も限られているから、何を優先するかという選択の問題だ」


「国の予算って、本当に限られてるんですか?」怜が疑問を口にした。


「どういう意味だ?」


「防衛費とか公共事業費とか、他の予算は増えてるのに、なぜ教育費だけ削られるんでしょうか?」


天野先生は怜の鋭い指摘に驚いた。


「怜、よく調べているね。確かにそれが問題の核心だ」


「つまり、お金がないのではなく、優先順位の問題ということですか?」


「その通りだ。日本の国家予算は約110兆円。教育予算を倍増させることは、決して不可能ではない」


葵が手を上げた。


「それじゃあ、なぜやらないんですか?」


天野先生は慎重に言葉を選んだ。


「それは…政治家と有権者の価値観の問題になる」


「価値観?」


「『国を守るためには防衛費を増やすべき』『経済を活性化するために公共事業を増やすべき』という考えの人もいれば、『子どもたちのために教育費を増やすべき』という考えの人もいる」


健太が悔しそうに言った。


「でも、子どもたちには選挙権がないから、俺たちの声は届かない」


「今はそうだ。でも君たちが大人になる頃には、状況は変わっているかもしれない」


遥が小さく手を上げた。


「私たちが今声を上げれば、少しでも変わりますか?」


天野先生は遥を見つめ、力強く答えた。


「変わる。君たちの声は、多くの大人たちの心を動かす力がある」


「本当ですか?」


「今日君たちが調べた事実を、明日保護者の方々に伝える。それだけでも大きな変化の第一歩だ」


葵が決意を込めて言った。


「私たち、がんばります」


「でも、自治体財政の複雑さがよくわかりました」怜が資料を整理しながら言った。「財政力指数の格差、地方交付税の限界、国の教育予算の少なさ…全部つながってるんですね」


健太が拳を握った。


「つながってるからこそ、一つずつでも変えていけば、全体が変わるってことですよね?」


天野先生は健太の言葉に感動した。


「素晴らしい理解だ、健太。問題が複雑だからこそ、多角的なアプローチが必要なんだ」


遥が震え声で言った。


「明日の保護者会、緊張します」


「大丈夫だ」葵が遥の手を握った。「みんなで一緒だから」


「そうだ!俺たちには真実がある」健太が励ました。


「データと論理もある」怜が付け加えた。


天野先生は4人の結束の強さを見て、胸を熱くした。


「君たちなら必ず伝わる。なぜなら、君たちは自分たちのためだけでなく、すべての子どもたちのことを考えているからだ」


昼食の時間が近づいた頃、プレゼンの準備が完了した。


「自治体財政の限界について、よく整理できたね」天野先生が資料を見ながら言った。


「ありがとうございます。でも先生」葵が振り返った。「一つだけ確認させてください」


「何だい?」


「私たちが明日話すことは、特定の政治家や政党を批判することになりませんか?」


天野先生は葵の配慮に感心した。


「いい質問だね。君たちは事実を述べ、構造的な問題を指摘している。特定の人を攻撃しているわけではない」


「システムを批判しているということですね」怜が確認した。


「その通りだ。そして、そのシステムをより良いものに変えるための提案もしている」


健太が手を上げた。


「建設的な批判ってやつですね」


「まさにそうだ。君たちのアプローチは非常にバランスが取れている」


図書館を出る前に、遥が振り返った。


「先生、もし明日の発表で保護者の方々に理解してもらえなかったら、どうすればいいでしょうか?」


天野先生は優しく答えた。


「一度で全ての人に理解してもらうのは難しいかもしれない。でも、確実に何人かの心は動くはずだ。そして、その人たちが周りに伝えてくれる」


「波紋のように広がっていくということですね」葵が理解した。


「そうだ。社会の変化は、いつもそうやって始まる」


校舎を出る時、4人は明日への最終確認をした。


「発表の順番はどうする?」健太が尋ねる。


「まず私が全体の概要を説明」葵が答えた。


「次に私が物価高騰のデータを発表」怜が続けた。


「その次に俺が現場の声を紹介」健太が付け加えた。


「最後に私が家庭の立場からお話しします」遥が小さく言った。


「完璧な構成だね」


家路に向かいながら、健太がつぶやいた。


「明日が終わったら、俺たちも何か変わるのかな」


「きっと変わるよ」葵が答えた。「私たちは、もう前の私たちじゃない」


「何が変わったの?」遥が尋ねる。


「問題を見つけるだけじゃなくて、解決しようとしてる」怜が答えた。


「そして、一人じゃできないことも、みんなでなら挑戦できるってわかった」健太が付け加えた。


遥が最後に言った。


「ありがとう、みんな。明日は一緒にがんばろうね」


夕日に向かって歩いていく4人の背中は、もう迷いがなかった。


自治体財政の限界という複雑な問題を理解し、その構造的な課題を整理できた。


財政力指数の格差、地方交付税の限界、国の教育予算の少なさ…


すべてが給食問題の背景にある根深い問題として浮き彫りになった。


しかし、問題が複雑であればあるほど、それを解決する意義は大きい。


明日の保護者会は、彼らにとって初めての本格的な社会への発信となる。


果たして、大人たちの心に彼らの声は届くのだろうか。


そして、その声は社会を変える力となりうるのだろうか。


すべては明日、明らかになる。

**※ 次回予告**


第7話「生徒達の結論として『給食を減らす必要性』は本当にあったのか?」では、これまでの調査結果を統合し、生徒たちが独自の結論に到達する。


保護者会での発表を終え、大きな反響を得た4人。


しかし同時に、より根本的な疑問が浮かび上がってくる。


「本当に給食を削るしか選択肢はなかったのか?」


「他に解決策はなかったのか?」


そして遂に、葵が核心に迫る重大な発見をする…


構造改革という名の政策転換が、いかに子どもたちの生活を脅かしているのか。

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