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第3話「人手不足の真実」

を…

**【関連資料・出典】**


- 西日本新聞「給食業界、今も人手不足のままです」給食業界関係者からの投稿(2021年5月6日、2025年8月22日更新)

- 日本給食業経営総合研究所「給食業界の課題と課題解決策」(2024年10月)

- 全国学校栄養士協議会「給食調理現場の実態調査」

- 各地給食センターの労働条件調査資料

- 厚生労働省職業安定局「給食調理員の求人・労働条件に関する調査」

翌週の月曜日、放課後。3年2組の教室には、前週よりも多くの生徒が集まっていた。噂を聞きつけた他のクラスの生徒も数名参加している。


天野先生が教室に入ると、葵、健太、怜、遥の4人は、それぞれ大量の資料を抱えて興奮気味に座っていた。


「みんな、よく調べてきたね。その資料の量を見ると、相当本気で取り組んでくれたようだ」


「先生、僕たち、すごいことを発見しました!」


健太が真っ先に手を上げた。彼の前には、給食センターでもらったパンフレットや、調理員さんからの聞き取りメモが散らばっている。


「よし、今日は『人手不足』をメインテーマに話し合おう。健太、まずは君から報告してくれ」


健太は立ち上がり、深刻な表情で話し始めた。


「先生、俺、実際に給食センターに行ってきました。そしたら…マジでヤバいんです」


「ヤバいって、どういう意味で?」葵が身を乗り出した。


「まず人数。俺たちの学校区の給食センターでは、60人の調理員さんが1万4000食を作ってるんです。しかも時間は3時間半だけ」


教室がざわめいた。


「3時間半で1万4000食?」怜が電卓を叩いた。「一人当たり…233食を作ってることになる」


「そうなんです!しかも調理員の田中さんっていう人に話を聞いたら…」


健太はメモを見ながら続けた。


「『昔は5時間かけて8000食作ってたのに、今は人手不足で時間も短縮、でも食数は倍近く』って言ってました」


「倍近く?」天野先生が眉をひそめた。


「はい。だから手の込んだ料理は作れないし、唐揚げみたいに簡単に調理できるものしか作れないんです」


健太の報告に、教室の空気が重くなった。


「でも」葵が手を上げた。「なんで人手不足になったんですか?求人を出せば人は来るんじゃ…」


怜が資料を取り出した。


「それについて私が調べました」


怜は給料明細の資料を黒板に貼った。


「給食調理員のパートタイムの時給は、地域にもよりますが大体900円から1200円程度。フルタイムでも月収15万円程度が相場です」


「15万円って…」健太が絶句した。「俺の母さん、看護師だけど月収35万円って言ってた」


「そうなの。しかも労働条件がとても厳しいんです」


怜は次の資料を見せた。


「朝5時から出勤して、重い食材を運んで、熱い厨房で立ちっぱなし。しかも食中毒を出したら大問題だから、常に神経を使わなければならない」


遥が小さく手を上げた。


「私、実際に調理員をやめた人にも話を聞いてきました」


みんなが遥を見つめた。


「その人は60歳の女性で、30年間給食調理員をやってたそうです。でも去年やめちゃった」


「どうして?」葵が尋ねる。


「腰を痛めたからです。重い鍋を毎日持ち上げて、立ちっぱなしの仕事で、体がもたなくなったって」


遥は涙ぐみながら続けた。


「その人が言ってました。『子どもたちの笑顔を見るのが生きがいだったけど、最近は量を減らした給食を作ることが申し訳なくて、つらくなった』って」


教室が静まり返った。


健太が拳を握った。


「そんな…調理員さんたちも苦しんでるんじゃないか」


「そうなんです」怜が続けた。「しかも、新しい人がなかなか来ないんです」


「なんで?」


「第一に、給料が安い。第二に、仕事がきつい。第三に、責任が重い。こんな条件で働きたい人は少ないですよね」


葵が資料をめくりながら言った。


「私、他の職業と比較してみたんです」


葵は比較表を黒板に貼った。


「コンビニのアルバイトでも時給1000円以上のところが多いし、ファミレスなら1200円以上。しかも給食調理員と違って、そんなに責任重くない」


「だったらみんな、コンビニやファミレスで働くよね」健太が納得したような表情で言った。


天野先生が口を開いた。


「つまり、人手不足の根本原因は何だと思う?」


怜が手を上げた。


「労働条件と給料が見合ってないことです」


「正解だ。でも、なぜ給料を上げられないのか考えたことはあるか?」


「給食費が安いから?」葵が推測した。


「それも一因だね。でも、もっと根本的な問題がある」


健太が首をかしげた。


「根本的って?」


天野先生は黒板に図を描き始めた。


「給食調理員の雇用形態を見てみよう。現在、多くの自治体では給食調理業務を民間企業に委託している」


「委託?」


「つまり、市や町が直接調理員を雇うのではなく、民間の給食会社に丸投げしているということだ」


怜が驚いた。


「丸投げって…それって無責任じゃないですか?」


「経費削減のためなんだよ」天野先生が説明した。「自治体が直接雇うより、民間企業に委託した方が人件費を抑えられる」


「人件費を抑えるって…」遥がつぶやく。


「つまり、調理員さんたちの給料を安くするってことですか?」葵が憤慨した。


「結果的にはそういうことになる」


健太が立ち上がった。


「それっておかしいでしょう!子どもの食事を作ってくれる人たちの給料を削るなんて!」


「健太の怒りはもっともだ。でも、これにはさらに深い背景がある」


天野先生は別の図を描いた。


「1990年代から2000年代にかけて、日本では『行政改革』という名の下に、公務員の数を減らし、多くの業務を民間企業に委託する政策が進められた」


「行政改革…」怜がつぶやく。


「効率化、コストカット、小さな政府…様々な言葉で表現されたが、結果として公的サービスの質が下がった分野も多い」


葵が手を上げた。


「給食もその一つなんですね」


「そうだ。そして皮肉なことに、コストカットを優先した結果、かえって問題が深刻化し、最終的により多くのコストがかかることになった」


「どういうことですか?」健太が疑問を口にした。


「人手不足で給食の質が下がる→子どもの栄養状態が悪化→将来的な医療費増大→社会保障費圧迫。長期的に見れば、給食にお金をかけた方が安上がりなんだ」


怜が電卓を叩きながら言った。


「つまり、目先の節約にとらわれて、将来のことを考えていなかったということですね」


「その通りだ。経済学では『ペニーワイズ・パウンドフーリッシュ』と言う。小銭を惜しんで大金を失うという意味だ」


遥が小さく手を上げた。


「私たち子どもが、その『大金を失う』部分なんですね」


天野先生は遥の洞察に感心した。


「遥、鋭い指摘だ。君たち子どもこそが、この国の将来への最大の投資対象であるべきなのに」


健太が悔しそうに言った。


「じゃあ、調理員さんたちの給料を上げればいいじゃないですか!」


「健太、その通りだ。でも、誰がその費用を負担するんだ?」


「えーと…」健太が考え込んだ。


葵が手を上げた。


「給食費を上げる?」


「それも一つの方法だね。でも…」


天野先生は生徒たちの顔を見回した。


「給食費を上げると、誰が困る?」


遥が静かに言った。


「私みたいな家庭です」


教室が再び静まった。


「そう。給食費を上げれば調理員の待遇改善はできるかもしれない。でも、経済的に苦しい家庭の子どもたちが給食を食べられなくなる可能性もある」


怜が困ったような表情で言った。


「それって…どちらを選んでも誰かが犠牲になるということですか?」


「現在の制度では、残念ながらそうなってしまう」


葵が悔しそうに拳を握った。


「そんなのおかしいです!子どもの食事なんだから、大人が何とかするべきじゃないですか!」


「葵の言う通りだ。本来なら、給食費を上げることなく、調理員の待遇も改善できる方法があるはずだ」


「どんな方法ですか?」健太が食いついた。


天野先生は黒板に「国の予算」と書いた。


「国が教育予算を増やして、給食を支援すればいい」


「でも、それってできないんですか?」遥が尋ねる。


「できないことはない。でも、政治的な判断が必要になる」


怜が資料を見ながら言った。


「さっき調べた韓国やフィンランドは、国が給食を支援してるから無償にできてるんですよね」


「その通りだ」


葵が立ち上がった。


「じゃあ、なんで日本はやらないんですか?」


天野先生は少し言いにくそうに答えた。


「政治家や役人の中には、『給食は家庭の責任』と考える人もいる。『国が面倒を見すぎると、親の責任感がなくなる』という考え方だ」


「そんな!」健太が憤った。「調理員さんたちが苦しんでて、子どもたちがお腹を空かせてるのに、そんな理屈で片付けるんですか?」


「理不尽だと思うかもしれないが、それが現実なんだ」


遥が震え声で言った。


「私のお母さん、病気で働けない時があるんです。そんな時でも『親の責任』って言うんですか?」


教室の空気が張り詰めた。


天野先生は遥に近づき、優しく言った。


「遥、君のお母さんは十分頑張ってる。病気は誰のせいでもない」


「でも、政治家の人たちはそう思ってくれないんですよね?」


天野先生は言葉に詰まった。


葵が立ち上がった。


「先生、私、許せません」


「葵…」


「調理員さんたちが安い給料で重労働をして、子どもたちがお腹を空かせて、遥ちゃんみたいに困ってる家庭があるのに、『親の責任』で片付けるなんて」


葵の言葉に、教室の全員が共感した。


怜が冷静に言った。


「でも感情的になってても解決しません。具体的にどうすればいいか考えませんか?」


「怜ちゃん、何かアイデアある?」


「まず、現状をもっと詳しく知ることです。調理員さんの本当の労働実態を」


健太が手を上げた。


「俺、田中さんにもっと詳しく聞いてみる!」


「でも健太くん、調理員さんたちも忙しいから、迷惑かけちゃダメよ」葵が注意した。


「大丈夫です」健太が頷いた。「田中さん、『若い人たちが関心を持ってくれるのは嬉しい』って言ってくれました」


天野先生が口を開いた。


「健太、田中さんは他にも何か話してくれたか?」


「はい!すごく重要なことを教えてくれました」


健太はメモを読み上げた。


「『一番つらいのは、子どもたちに申し訳ないと思いながら仕事をすることです。本当はもっと美味しいもの、栄養のあるものを作ってあげたい。でも時間も予算もない。毎日罪悪感を感じながら働いています』って」


教室が静まり返った。


遥が涙を拭いながら言った。


「調理員さんたちも苦しんでるんですね」


「そうなんです。しかも」健太が続けた。「最近は年配の調理員さんがどんどん辞めてるそうです」


「どうして?」


「体力的にきついのと、『子どもたちに満足な食事を提供できない』ことへの精神的なストレス」


葵が資料を見ながら言った。


「私も調べたんですけど、全国的に給食調理員の離職率が上がってるそうです」


「どのくらい?」天野先生が尋ねる。


「年間離職率が30%を超える地域もあるって聞きました」


怜が驚いた。


「30%?3人に1人が1年以内に辞めてるということ?」


「そうです。しかも新しく入ってくる人が少ない」


健太が悔しそうに言った。


「だから人手不足がどんどん酷くなって、残った人たちの負担が増えて、さらに辞める人が増える…」


「悪循環ですね」怜がつぶやく。


天野先生が黒板に図を描いた。


「これを『負のスパイラル』と言う。一度始まると、なかなか止められない」


葵が手を上げた。


「でも、どこかでこのスパイラルを止めなきゃいけませんよね?」


「その通りだ。では、どうすれば止められると思う?」


健太が真っ先に答えた。


「給料を上げる!」


「正解の一つだね。他には?」


怜が考えながら言った。


「労働環境の改善。最新の調理機器を導入して、作業効率を上げる」


「いいアイデアだ。他には?」


遥が小さく手を上げた。


「調理員さんという仕事の価値を、社会がもっと認めること」


天野先生は感心した表情を見せた。


「遥、素晴らしい指摘だ。社会的地位の向上も重要な要素だね」


葵が立ち上がった。


「でも、それって全部お金がかかることですよね?」


「そうだね」


「だったら、やっぱり国がお金を出すしかないじゃないですか」


健太が賛成した。


「そうだよ!子どもの食事なんだから、国が責任を持つべきだ!」


天野先生は生徒たちの熱い議論を見ながら微笑んだ。


「君たちの結論は、多くの専門家や研究者と同じだよ」


「本当ですか?」怜が驚く。


「ああ。給食問題の解決には、国レベルでの政策転換が必要だという意見が主流だ」


「だったら、なんで変わらないんですか?」遥が疑問を口にした。


天野先生の表情が少し暗くなった。


「それが…政治の難しいところなんだ」


「政治って、そんなに複雑なんですか?」健太が首をかしげる。


「複雑というより、様々な利害関係が絡み合っている。給食予算を増やすということは、他の予算を削るか、税金を上げるかしなければならない」


葵が手を上げた。


「でも、子どもの食事より大切なことなんてあるんですか?」


天野先生は答えに困った表情を見せた。


「君たちにとっては、もちろん給食が最優先かもしれない。でも大人の世界には、他にも重要だと考えられていることがたくさんある」


「例えば?」


「防衛費、公共事業費、企業への補助金…」


健太が憤慨した。


「そんなものより子どもの方が大事でしょう!」


「健太の気持ちはよくわかる。でも、『国を守る』ことも『経済を発展させる』ことも、確かに重要だと考える人たちもいる」


怜が冷静に分析した。


「つまり、価値観の問題ということですね」


「そうだ。『何を最優先にするか』という価値観の問題」


遥が震え声で言った。


「でも、お腹を空かせた子どもたちを放っておくような価値観って、正しいんですか?」


教室が静まった。


天野先生は慎重に言葉を選んだ。


「それは…君たち一人一人が判断することだ。そして、その判断に基づいて行動することが民主主義なんだよ」


葵が決意を込めて言った。


「私たち、もっと詳しく調べます。そして、たくさんの人に知ってもらいます」


「具体的にはどうする?」健太が尋ねる。


「次回は給食費の問題を詳しく調べましょう」怜が提案した。「なぜ給食費が上げられないのか、上げるとどうなるのか」


「私は引き続き、困ってる家庭の実態を調べてみます」遥が続けた。


「俺は調理員さんたちの労働組合があるか調べてみる」健太が意気込んだ。「労働者の権利を守る組織があるなら、話を聞いてみたい」


天野先生は感心した。


「君たちの視点は、本当に鋭いね。労働組合という視点は大人でも見落としがちだ」


葵が最後に言った。


「先生、私たちが調べれば調べるほど、問題が複雑だということがわかってきました」


「そうだね」


「でも、複雑だからって諦めたくないです」


健太が拳を上げた。


「そうだ!俺たちが諦めたら、1年生や小学生はどうなる?」


怜が頷いた。


「私たちにできることから始めましょう」


遥が小さく、でもはっきりとした声で言った。


「みんな、ありがとう。私一人だったら絶対に諦めてました」


4人は互いを見つめ合い、強い絆を感じた。


チャイムが鳴り、学級委員会が終了した。


廊下を歩きながら、健太がつぶやいた。


「俺たち、大人が作った問題を、子どもが解決しようとしてるんだな」


「でも、それでもやらなきゃいけないことだと思う」葵が答えた。


「うん。私たちが変えなきゃ、誰が変えるの?」怜が続けた。


遥が最後に言った。


「みんなで一緒だから、頑張れる」


下駄箱で、健太がふと思い出したように言った。


「そういえば、田中さんが最後に言ってたことがあるんだ」


「何て?」


「『最近の子どもたちは礼儀正しくて、『いただきます』『ごちそうさま』をちゃんと言ってくれる。その姿を見ると、どんなに大変でも頑張ろうと思える』って」


みんなが健太を見つめた。


「俺たち、調理員さんたちに支えられてるんだな」


「そうね。だからこそ、私たちも調理員さんたちを支えたい」葵が言った。


外に出ると、夕日が校舎を染めていた。


給食センターの方角を見ながら、4人は明日への決意を新たにした。


人手不足という問題の背景には、労働条件、給与体系、政治的判断、社会の価値観など、様々な要素が複雑に絡み合っていることがわかった。


しかし、問題が複雑であればあるほど、多角的な視点と粘り強い取り組みが必要だ。


そして何より、その問題に苦しむ人たちの存在を忘れてはいけない。


調理員さんたちも、子どもたちも、そしてその家族たちも。


全員が幸せになれる解決策を見つけるまで、彼らの探求は続く。


**※ 次回予告**


第4話「給食費据え置きの闇」では、なぜ給食費が長年上げられなかったのか、その政治的・社会的背景に迫る。


保護者の負担、自治体の財政、そして政治家の判断…


給食費をめぐる複雑な利害関係が明らかになる中、生徒たちは新たな疑問にぶつかる。


「本当に給食費を上げるしか解決策はないのか?」


「なぜ他の国はできて、日本はできないのか?」


そして、ついに彼らは気づく。


問題の本質は、お金ではなく、政治の優先順位にあること

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note投稿版

https://note.com/ehimekintetu/n/nbec98cbdec1d

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