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第1話「唐揚げ1個の謎」

「唐揚げが1個だけの給食」

その小さな違和感から、物語は始まります。

国が補助金を出してでも守るべき給食の質は、なぜ揺らいだのか。

真相を追う中学生たちの10話連続ノベルです。


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## キャラクター紹介


**天野あまの そう** - 社会科担任教師(32歳・男性)

知識豊富で少しユーモアを交えながら生徒の疑問に答える。時には核心を突く問いかけで、生徒を思考させる。温和な性格だが、社会問題には真摯に向き合う姿勢を持つ。


**藤井ふじい あおい** - 中学3年生(15歳・女性)

好奇心旺盛で、素直な疑問をぶつける。読者の代表として、難しい内容をわかりやすく噛み砕いてくれる役割。明るく積極的な性格で、クラスのムードメーカー。


**星野ほしの れい** - 中学3年生(15歳・中性的)

冷静で分析力に長ける。データや統計を調べるのが得意。クールに見えるが、仲間思いの優しい一面も。


**佐々ささき はるか** - 中学3年生(15歳・女性)

家庭環境が複雑で、給食問題を身近に感じている。おとなしい性格だが、核心をつく発言をすることがある。


**大西おおにし 健太けんた** - 中学3年生(15歳・男性)

体格がよく食べ盛り。給食の量に一番敏感。素直で感情表現が豊か。時にコミカルな発言でクラスを和ませる。


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桜が散り始めた4月の昼休み。3年2組の教室では、いつものようにワイワイと給食の時間が始まろうとしていた。


「いただきまーす!」


元気な声が響く中、大西健太が自分のトレーを見つめて固まった。


「え…?これ、マジ?」


健太の声に、周りの生徒たちが振り返る。彼のトレーには、いつもより明らかに少ない量の食事が載っていた。メインのおかずは唐揚げが1個。副菜は茹でたブロッコリーが3房。そしてご飯は普段の7割程度の量だった。


「健太、何騒いでるの?」


藤井葵が隣の席から身を乗り出した。


「いや、見てよこれ。唐揚げ1個って…俺、給食のおばさんに嫌われてるのかな?」


健太は困惑した表情で唐揚げを箸でつついた。


「あ、私のも同じくらいかも」


佐々木遥が小さな声でつぶやく。


「遥ちゃんのも?」星野怜が眉をひそめた。「これは個人の問題じゃなさそうね」


葵はクラス全体を見渡した。確かに、どの生徒のトレーも普段より量が少ない。特に育ち盛りの男子生徒たちは明らかに物足りなそうにしている。


「先生!」


葵が手を上げると、教壇で生徒たちの様子を見ていた天野創先生が振り返った。


「どうした、葵?」


「給食の量、なんか少なくないですか?みんなのトレー見て下さい」


天野先生は教室を見渡し、深いため息をついた。


「そうだな…実は君たちにも話しておこうと思っていたんだ。今日から給食の内容が少し変わることになった」


「変わるって、どういうことですか?」


怜が冷静に尋ねる。


「予算の関係で、当分の間は今日のような献立になる予定だ」


「予算って…」健太が唐揚げを口に頬張りながら首をかしげた。「給食費、ちゃんと払ってますよね?うちの親」


天野先生は苦笑いを浮かべた。


「もちろん、健太の家だけじゃない。みんなの家庭はきちんと給食費を納めてくれている。問題は別のところにあるんだ」


「別のところって?」


葵の質問に、天野先生は少し考えてから答えた。


「実は、これは君たちの学校だけの問題じゃないんだよ。全国的に、学校給食の量や質が下がっているという報告が相次いでいる」


教室がざわめいた。


「全国的に?」遥が驚いたように声を上げた。「どうして?」


「それが複雑な問題でね…」天野先生は黒板に向かい、「給食問題」と書いた。「君たちは今まで給食について深く考えたことはあるかい?」


「美味しいか美味しくないかくらいしか…」健太が正直に答える。


「そうだろうね。でも実は、給食には君たちの想像以上に複雑な背景がある。経済の問題、政治の問題、社会の問題…すべてが絡み合っているんだ」


怜が手を上げた。


「先生、もしかして今度の学級委員会でそのことを話し合いませんか?私たち、来週から進路の話し合いをする予定でしたけど、これって私たちの生活に直結する問題ですよね」


「いいアイデアだね、怜」天野先生は微笑んだ。「君たちがもし本気でこの問題を考えるなら、きっと今の日本が抱える深刻な課題が見えてくるはずだ」


「深刻な課題って、そんな大げさな…」健太がつぶやく。


「健太、君は今、お腹いっぱいになった?」


「全然です。めっちゃお腹すいてます」


「それが答えだよ。君たちのような成長期の子どもが満足に食べられない状況が、実は日本全国で起きている。これを深刻な問題と言わずに何と言うんだい?」


天野先生の言葉に、教室が静まり返った。


葵が手を上げた。


「先生、私たち調べてみます。どうして給食がこんなことになっているのか」


「でも、どこから調べればいいの?」遥が不安そうに尋ねる。


「まずは身近なところからだ」天野先生が黒板に向かい、いくつかのキーワードを書き始めた。「給食費」「食材費」「人手不足」「物価上昇」…


「この中で、君たちが一番気になるのはどれだ?」


健太が手を上げた。


「俺、人手不足!給食のおばさんたち、いつも忙しそうだし」


「私は給食費かな」葵が続いた。「親がよく『給食費が上がった』とか言ってるから」


「私は物価上昇」怜が冷静に答える。「最近スーパーに行くと、お母さんがよく『高くなったなあ』って言ってるから」


遥は少し考えてから小さく手を上げた。


「私…家でもあんまり食べられない日があるから、給食が少なくなるのはすごく困る」


遥の発言に、教室の空気が変わった。みんな、改めて給食の重要性を実感したのだ。


天野先生は優しい眼差しで遥を見つめた。


「遥、正直に話してくれてありがとう。実は君のような状況の子どもたちにとって、学校給食は一日の中で最も重要な食事になっているケースが多いんだ」


「そうなんですか?」葵が驚く。


「そうだよ。給食は単なる昼食じゃない。子どもたちの栄養状態を支える、重要な社会保障制度の一つなんだ」


健太が手を上げた。


「社会保障って…年金とか医療保険とかの?」


「その通り。給食も立派な社会保障だ。子どもたちの健康を守り、教育を支える大切な仕組みなんだよ」


怜が考え込むような表情で言った。


「ということは、給食の質が下がるっていうのは、社会保障が削られているってことですか?」


「鋭い指摘だね、怜。まさにその通りだ」


天野先生は感心したような表情を浮かべた。


「でも、なんで削らなきゃいけないんですか?」葵が疑問をぶつける。「子どもの食事を削るなんて、おかしくないですか?」


「そこが今回君たちに考えてもらいたいポイントなんだ」天野先生は椅子に座り、生徒たちと向き合った。「誰かが悪意を持って子どもの食事を減らそうとしているわけじゃない。でも結果として、こういう状況になってしまっている」


「じゃあ、どうしてこうなっちゃったんですか?」健太が首をかしげる。


「それを君たちに調べてもらいたいんだ。来週の学級委員会までに、それぞれが興味を持ったテーマについて調べてきてくれ」


天野先生は立ち上がり、黒板に向かった。


「調べるテーマを整理しよう」


【調査テーマ】


- 給食費の現状(全国の給食費はどうなっているのか?)

- 食材費の変化(物価上昇の影響は?)

- 調理現場の状況(人手不足の実態は?)

- 他の地域や他の国の給食事情

- 給食を支える制度の変化


「この中から、各自が興味のあるテーマを選んで調べてきてくれ。図書館でも、インターネットでも、家族への聞き取りでも構わない」


葵が手を上げた。


「先生、調べた結果、もしかしたら怖い真実が見つかるかもしれませんよね?」


天野先生は少し真剣な表情になった。


「そうかもしれない。でも、真実から目を逸らしていては何も解決しない。君たちは来年高校生になる。大人になっていく過程で、社会の現実と向き合う力を身につける必要がある」


「でも、私たち中学生に何ができるんですか?」遥が不安そうに尋ねる。


「まずは知ることだ。知らなければ何も始まらない。そして考える。なぜこうなったのか、どうすれば良くなるのか。君たちの年代だからこそ見えるものもあるはずだ」


健太がぽつりと言った。


「俺たち、唐揚げ1個から日本の問題を探ることになるんですね」


「素晴らしい表現だね、健太」天野先生が笑顔を見せた。「小さな変化に気づくことから、大きな問題が見えてくる。それが社会を学ぶということだ」


怜が手を上げた。


「先生、もし私たちが調べた結果、本当に深刻な問題が見つかったら、私たちにも何かできることはありますか?」


天野先生は怜の目をまっすぐ見つめた。


「もちろんある。君たちが今日感じた疑問や怒り、それ自体がすでに大きな力なんだ。社会を変えるのは、いつも誰かの『おかしい』という声から始まる」


「『おかしい』という声…」葵がつぶやく。


「そう。今日健太が『これ、マジ?』と言ったとき、それがすべての始まりだった」


健太は照れたように頭をかいた。


「俺、そんな大それたこと考えてなかったですけど…」


「それでいいんだよ。自然な感情、素直な疑問こそが社会を動かす原動力になる」


昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


天野先生は最後にこう言った。


「今日から君たちは、ただ給食を食べる生徒から、給食を通して社会を見つめる探偵になる。来週、君たちがどんな発見をしてくるか楽しみにしているよ」


生徒たちは給食のトレーを片付けながら、それぞれが心の中で決意を固めていた。


葵は遥の肩を軽く叩いた。


「遥ちゃん、一緒に調べない?一人じゃ不安でしょう?」


遥は小さく頷いた。


「うん…ありがとう、葵ちゃん」


健太は怜に話しかけた。


「怜、俺数字とか苦手だから、統計とかあったら教えてくれる?」


「もちろん。健太くんは現場の人たちの話を聞くのが得意でしょう?私も一緒に調理員さんにインタビューしない?」


天野先生は生徒たちのやり取りを見ながら、心の中でつぶやいた。


『彼らなら、きっと大人が見落としている何かを見つけてくれるだろう。そして、それがこの国の未来を少しでも良い方向に導いてくれれば…』


廊下に出た葵は、ふと立ち止まって窓の外を見た。校庭では1年生たちが元気よく体育の授業を受けている。


「あの子たちにも、美味しい給食を食べさせてあげたい…」


葵の呟きを聞いた健太が言った。


「そうだな。俺たちが今動かなかったら、あの子たちはもっと酷い給食を食べることになるかもしれない」


怜が振り返った。


「私たちの調査が、本当に何かを変えるきっかけになるといいけれど」


遥が小さく、でもはっきりとした声で言った。


「変えましょう。私、もう我慢するだけはイヤです」


4人は顔を見合わせ、無言で頷き合った。


翌日から、彼らの本格的な調査が始まることになる。


まだ彼らは知らない。


この「唐揚げ1個」の背景には、この国の政治と経済の根深い問題が横たわっていることを。


そして、その問題の解決が、いかに困難で複雑なものであるかを。


しかし同時に、彼らのような若い世代の視点こそが、膠着した大人の議論に新たな風を吹き込む可能性も秘めていることを。


放課後の教室で、天野先生は一人黒板を見つめていた。


『給食問題』


このシンプルな文字の背景に隠された、この国の歪みを生徒たちはどこまで見抜くことができるだろうか。


そして、その歪みに立ち向かう勇気を持つことができるだろうか。


明日から始まる彼らの調査は、単なる学習活動を超えて、一つの社会運動の始まりとなるかもしれない。


天野先生は黒板消しを手に取りながら、小さく微笑んだ。


「頑張れ、君たち…」

**※ 次回予告**


葵たちは本格的な調査を開始する。図書館で、インターネットで、そして実際に給食センターで働く人たちに話を聞きながら、給食問題の実態を探っていく。


そこで彼らが発見したものとは…?


第2話「学級委員会、開幕」では、それぞれが持ち寄った調査結果をもとに、白熱した議論が展開される。


貧困、格差、政治の責任…


中学生たちの素直な疑問が、この国の根深い問題を浮き彫りにしていく。


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**【関連資料・出典】**


- 文部科学省「学校給食実施状況等調査」(2024年度)

- 関西テレビ「学校給食が少ない!給食費は5%ほどアップも物価高で追いつかず」(2024年6月12日)

- 各地自治体の給食費改定に関する資料

- 全国学校給食協会による実態調査報告書

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note投稿版

https://note.com/ehimekintetu/n/n92399246d603

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