六話【楽】
「バネさんバネさ~ん!起きてますか~?」
私は里に帰ってバネさんを訪ねた。『あるモノ』を借りるために。
「――あん?サネじゃねえか。どうした?今は姫さんの護衛忍務中じゃなかったっけ?」
「実はそのことで……かくかくしかじかなんですが」
「いやさっぱりわからんが……私んとこに来たっつーことはそういうことだろ?入んな」
ノってはくれないけれど、バネさんは夜遅くにも関わらず快く作業場に招待してくれる。
優しくって実にありがたいことだけど……みんないつ寝てるんだろう?この前もコンさんが夜通し調理してたし……
やっぱ『半寝半起』を習得してるから寝る必要がないのかな?
「前に話してた身代わりカカシ君の十三号を借りたいんですよね」
「十三號をか?アイツは見た目を完璧に模倣するだけの失敗作だぞ?姫さんの影武者させるなら最新作の十八號の方がいいんじゃねーの?」
わお、話がはやーい。
目的のブツを聞いただけで私の作戦を看破するとは……流石はバネさんだ。
「でも十八號は見た目の再現度が悪いもんねー?日常動作もぎこちないしさ」
「うおぅスズちゃん!?良い子はもう寝る時間だよ!?」
「私は悪い子だからいーんだよー!」
またまたいつの間にやら、私はスズちゃんの接近を許していたらしい。
ジャンプスケアに耐性のある私でも、この突然現れるスズちゃんにだけは驚かされちゃうんだよなー。多分、わざとびっくりさせようとしてるし……
腰に抱き付かれるまでわからないとは綾小路実秋一生の不覚!
「十八號は戦闘力に重きを置きすぎなんだよ。もっと精密に動けないと人間らしくならないよ?」
「オメーの絡繰と違って身代わりカカシ君の目的は文字通りなんだから大雑把でいーんだよっ!……というかサネ、十三號は自分で動けねー置物だぞ?自動で動けるのは十四號からだし、動きを操作できるのは十七號からだ」
「あ~、それについてなんですがね……」
話の流れにまかせて、私は背中におぶさっているスズちゃんに目をやった。……いつのまに私の背中に昇ったんだ?全く気が付かなかったぞ?
「スズちゃんお願い!一日だけでいいからカカシ君を操作してくれない?」
「ふむ?」
スズちゃんは『絡繰使い』。忍術で人形やら絡繰やらを操るテクニシャンなのだ。
スズちゃんの絡繰は実に多彩だ。その機械仕掛け(といっても木製だけど)の複雑さは職人技を思わせる。
バネさんが実用性を追求するモノづくり屋さんとするならば、スズちゃんは機構の精密さで勝負する技術者って感じだ。
そんなスズちゃんは私のお願いに面を食らって――そしてニヤリと笑った。
「この私にお願いをするなんてサネも偉くなったもんだねー!……ちなみに姫様はどんな感じなの?」
お、意外とノリノリだ。正直ここが一番のネックだったんだよね。他力本願だし。
スズちゃんに手伝ってもらえないと、それこそ私が何とかしてカカシ君を操り人形にしないといけないところだった。
流石に一晩で二人羽織を覚えるの無理があったからなー。ありがたい。
「えーっとかくかくしかじかって感じで…」
「これこれうまうま」
「私のお団子食ってる!?いつのまに!?」
「サネは懐が甘すぎるんだよ。二つの意味でね!」
「それを言うなら脇なんじゃねーの?」
私が懐に忍ばせていたお団子を食い尽くしながら、スズちゃんはドヤ顔でそう言うのだった。
……後でコンさんに新しいの貰いにいこう。
□◇斯々然々◇□
「それならサネがカカシ君を操れば良いよ!」
私が奴妻さん周りの状況を説明すると、スズちゃんが突然そんなことを言い出した。ホワッツ?
「できるよねー?バネ。十三號を調整すれば」
「調整は簡単だが……これ以上機能は追加できんぞ?操作する術はサネか姫さんが発動させる必要がある」
「そこは私が教えるからだいじょーぶだよ。ね、サネならできるよね?そのぐらいさっ」
スズちゃんの挑戦的な黄色い瞳が私を射抜く。
これは……誘ってるな?この私を!
「もちろんですとも!やってやろうじゃないですか!」
私はこのビッグウェーブに乗っかることにした。
実のところ、私もはやく忍術ってやつを使ってみたかったんだよねー!
この提案は渡りに船だ。
「その言葉を聞きたかった!それじゃあ早速私と特訓だよ!」
「お前なぁ……後でモミジに睨まれても私はしらんぞ」
「なーに言ってんの!バネも共犯に決まってんじゃん」
「なぁんでだよっ!」
……あれ?なんか雲行きが若干怪しそうだな。これまたなんかやっちゃいました案件か?
「あのー、忍術を使うってそんなにやばいことなんですか?それとも使うのに資格がいるとか…?」
「いんや?ただ姉範を差し置いて勝手に娣子を指導するのは御法度ってだけの話だ」
「それもべつに昔の話だしねー。バレなきゃいーんだよ、バレなきゃさっ!」
「ほらほら~サネはどうしたいの~?サネもはやく術、使ってみたいんじゃないのぉ~?」
「うむむむ、悪魔のささやき……!」
スズちゃんのわるーい囁きに私の心が揺れ動く。これで知らなかったとは言い訳できなくなった。
私の脳内では「ボクが教えたかったのにぃ!」と悲しむ師範の姿がありありと想像されている。
罪悪感がないわけじゃないけど……ごめんなさいモミジさん!私は忍術の誘惑に負けました!
「ご指導よろしくお願いしまっす!」
「よしきた!サネを夜明けまでに立派な絡繰使いに仕立て上げるぞ~!!」
「趣旨変わってんじゃねーか!」
こうして私はスズちゃんと悪巧みをすることになった。
実際、やろうとしてることもサボりだしね。悪事には変わるまいて。
毒を食らわば皿まで!
奴妻さんにも大見得を切った手前、絶対にこの『身代わり大作戦』を私の手で成功させてやるんだ――!
* * *
「――っていっても私がサネに教えるのは簡単な操作術だからね。他のちゃんとした術はまたモミジにでも教えてもらいなよ?」
簡単……だと?これが?
「ぐぬぬぬぬぅ~~~!?」
「はいダメー、力みすぎ。全然『魂』から力を持ってこれてないじゃん」
私は今、スズちゃんの指と自分の指を軽くつき合わせながら座禅を組んでいる。
曰く、魂からエネルギーを引っ張ってくるために。
「ハイ先生!魂ってなんですか!全くわからんのですが!」
「サネだって前に掴んでたじゃんか。分かりやすいとこで言うなら落武者の人魂だよ。正確にはその中身だけどね」
「あーなるほど……確かにあれは魂か」
そういやまつろわぬ魂をお月様に還してあげるっていってたっけか。
「言霊を用いて魂力を術に注ぐ!これが術を行使する為の基本だよ。それができなきゃ術式の構築なんて夢のまた夢だね」
「じゅ、術式の構築!?それってつまりオリジナル忍術を作れるってこと!?」
「ハイ横道にそれなーい!目の前のことに集中~!」
「あ、ハイ…」
スズちゃんにたしなめられて、私は再び瞑想に戻る。
私が引き出した魂エネルギーを指を通してスズちゃんに送り、それをスズちゃんが行使することで術を使う感覚を掴むっていうレッスンなんだけど……
まずもって、魂とやらを認知できないことにはお話になりませんよね?これ。
「う〜ぬぬぬ……私の魂はいずこ……」
「自分の裏側だよー、裏側を見つめるんだよー。
――――そういや『そっち』の世界には術って無いんだっけ?色々と不便そうだよねぇ」
私が頑張ってまだ見ぬ魂とやらを探っているというのに、スズちゃんは呑気なもんだ。
こっちにも術があってくれたら……私は落第してるかもなー。全然自分の魂を知覚できないし……
「んー、でも便利さで言ったらどうなんだろ?術の代わりに別のところが発展してるとも言えるし……そりゃあ、忍術なんてものがあった方が絶対おもしろいとはおもう、け、ど……」
……あれ?今スズちゃんなんて言った?
私はギギギと油が切れたアンドロイドみたいにスズちゃんの方を見る。
「ふぅーんそっかそっかぁ。やっぱサネは『向こう』の世界から来たんだねー。なんとなくそんな気はしてたよ」
スズちゃんはこれでもかってぐらいニヤニヤとしながらご満悦だった。
――まずったぁ!口を滑らせたっ!
「ほんっとサネは甘いねー。ダメじゃんか、秘密はちゃんと墓場まで持って行かないと」
「スズちゃん……師範から聞いてたの?」
「ううん?別に?……なるほど、モミジは知ってるんだ。へぇ~」
しまった!また墓穴を掘った!
喋れば喋るほど穴が深くなっていく!
いやまぁ、別に秘密にするような事でもないんだけども……
「スズちゃんもあんまりびっくりしないんだね。こういうのって普通、もっと劇的なシーンになるはずなんだけどなー……」
「あはは!まぁバネならビックリしてくれるんじゃない?その後は質問攻めにされるだろうけどさー」
「私は『そっち側』にあんまり興味ないからさ。こっちはこっちで楽しくやってるし」
「……あ!でも絡繰の話は聞きたいかな。そっちには色んな絡繰があるんでしょ?また今度教えてよ」
スズちゃんはどこまでもあっけらかんとしていた。多分、本当にそう思ってるんだろう。
それが私には意外に写った……いや、これは私がそうは思えないってだけの話か。
「――――スズちゃんはさ、ここじゃないどこかに憧れたりしなかったの?まだ見ぬ世界を、自分が見たことのない景色を……見に行ってみたくはならなかった?」
私は……私なら、きっとそう思う。
怪談、神話、ファンタジー……私をワクワクさせてくれる、不思議で空想的なお話の数々。
もし、そんな常識では考えられない『非日常』が溢れるここではないどこかが実在するのなら……私はきっと、そこを目指すから。
「へぇ……最初に聞きたいのがそれなんだ?」
「うん。あんまり他人の裏側を詮索するのは好きじゃないんだけど……気になってさ」
「なるほどねぇ~」
「やっぱサネって変だね!」
「ええ!?そうかなぁ?」
いや、確かに人とズレてる自覚はあるけど、変ってほどではないはず。
……ないよね?帰ったら奴妻さんに聞いてみよ。
「うん。でもちょっとだけ私と似てるよ。表層への現れ方とかがさー」
「なんだそりゃ」
今日のスズちゃんはいつにもまして抽象的だ。
スタンスは違うけど出力は同じってことなのかな?
確かにスズちゃんはいつも楽しそうにしてる。そして、私も今の生活を最大限楽しもうとしてる。
この、かけがえのない『非日常』を――――
私はずっと、求めてたんだから。
「迷える子羊だねぇ、サネは。まるで風に揺られる木の葉みたい」
「……それ、羊なのか葉っぱなのかどっちなの?」
「どっちもだよ。このまま柵の中にとどまるのか、風に乗ってどこまでも飛んでいくのか――そんな感じでしょ?」
そうなのかな?そうなのかもしれない。
こっちでの生活は、私の心を満たしてくれる『不思議』な事で溢れている。
でも――
『今は……早く帰りたい』
そう言って俯く奴妻さんを……私は放っては置けないから……
「……しょうがないなぁ。特訓も全然みたいだし、この私がサネにお手本を見せてあげるよ。二つの意味でね」
「えっ?」
「特別だよー?このやり方は私にしかできないんだから!」
「――――シズネユラユラ、フルミタマ」
スズちゃんが言霊を唱えると、私の胸の奥底から熱い何かが湧き上がった。
スズちゃんの指が絡んで手が結ばれる。
腕を通って指先に流れたこの熱が、手のひらで弾けた。
まるで火花が散ったみたいに、私の視界が白く瞬く。
瞬間、目の前に広がったのは見たことのない景色だった。
今と寸分も変わらないスズちゃんと、ふてぶてしい顔をした少年と___
長い黒髪の、袴を履いた女の人。
スズちゃんがからかって、男の子が怒って、それをお姉さんが笑う。
そんな……優しい光景だった。
場面が変わる。
お姉さんとスズちゃんが顔を突き合わせている。
二人の間には、バラバラになった懐中時計が台の上に散乱していた。
二人は夢中になってそれを弄ってて、とっても楽しそうだ。
場面が変わる。
スズちゃんがいつも持っているマネキンお人形さんを、お姉さんが手渡している。
お姉さんは床に伏していて……泣いていた。
「シノのん」は泣いていた。どうして泣くの?
胸が詰まる。どうしてそんな顔をするんだろう。どうしてみんなそんな事ばかり考えてるんだろう。
「私」は、ずっと楽しく過ごせればそれでいいのに……
ただ、私と一緒に笑っていてくれれば、それでよかったのに――――
「___どう?感覚は掴めた?」
スズちゃんの声で私はハッと現実に戻される。今のは……今のも術なのか。
「あ、うん。なんとなくわかったかも……」
「これがサネに使ってもらう『魂結び』ね。魂と意識をカカシ君に繋げて、己の意のままに操る術だよ」
スズちゃんの指が私の手から離れる。
まださっきの余韻が残っていて、私の手がなんとなくジンジンとしている。
あれが魂のエネルギー?
まるで熱い血が流れていくみたいだったけど、でもそれが流れてるのは血管じゃなくって……
不思議な感覚だった。
いや、それを感覚と感じることさえあやふやな、自分の内側に別の世界があるみたいな……そんな感じだ。
……いま何回感じるって感じた?だいぶ思考もふわついてふやふやだ。
「これは私が作った術でねー。これを習得できるなんてサネはツイてるんだから!特別大『さーびす』ってやつだよ」
「…うん。色々ありがとねスズちゃん」
「サネには立派な絡繰使いになってもらわないと困るからさー」
そう言いながら、スズちゃんは冗談めかして笑った。
私は今見た光景について……見せてくれた過去について、スズちゃんに何も聞く気が起きなかった。
多分、そこは本質じゃないから。
それが心から……「魂」から、私には理解できたから。
「サネはさー、今この瞬間の『楽しさ』を忘れちゃダメだよ?」
「出来ようが出来なかろうが、上手くいこうが失敗しようがそれさえも楽しむ!――それが人生を最高に楽しむためのコツなんだからさ」
……もしかすると、それを伝えるためにこの場を設けてくれたのかもしれない。
スズちゃんにも、異世界人に対して色々と思うところがあるのかもしれない。
そして、それは私にも……
「大丈夫だよスズちゃん。私はどっかの姫様と違って優等生じゃないからね」
「あは、確かに!落武者相手にへっぴり腰だったもんねー!」
「ちょ、それは言わないお約束じゃんっ!」
冗談を言い合って二人して笑い合う。
こうしてみると、確かに私たちは似てるのかもしれない。
そうだとも。せっかくの異世界なんだ。
私は、奴妻さんにもこの非日常を――――不思議が溢れるこの世界を、楽しんで欲しい。
笑っていて欲しいんだと、そう思った、
「じゃあ私からも何かスズちゃんにお返ししないとね!こっちの色んな機械の話でもしよっか?」
「あ、ううん別に良いよ?だってもうお駄賃はもらったしね」
「…え?」
お駄賃?どゆこと?
……い、いやまさか?
「人との魂結びは相互共鳴!サネ風に言うなら『ぎぶあんどていく』なんだよ?ちゃんと意識してないと盗み見放題なんだから」
「ス、スズちゃん!?何を見たの?!私は何を見られたのっ?!それってどこまでわかっちゃうの!?!?」
「さってねー!どこまででしょうか!」
「――――だから言ったでしょ?サネは懐が甘いってさ!」
スズちゃんはそう言って、悪戯っぽく舌を出すのだった。
* * *
私はカカシ君を抱えて奴妻さんの部屋へと舞い戻った。
結局朝方までかかっちゃったけど……私はやったぞ!やり遂げたんだ!
こんな私も今では立派な忍術使い!
……まだ一個しか術使えないけど、大きな前進だ。うん。
夜通しの特訓のおかげか、今の私はスーパーハイテンション。徹夜のせいでぶっ壊れてるとも言える。
私は出来るだけ音を立てないように、カカシ君を丁重に屋根裏空間で運搬した。壊れたら大変だし。
――ってあれ?部屋に灯りついてるじゃん。
「……奴妻さん?まだ起きてたんだ。もう良い子は寝る時間だよ?」
「あっ――――良い子はとうの昔に夢の中でしょ。……別に、『こいつら』の整理してたらこんな時間になっただけよ」
「おー几帳面だねぇ」
私が部屋に降り立つと、膝を立てながら物憂げな表情で寝台に座っていた奴妻さんがパッと顔をあげる。
あーあー、夜更かししてるからちょっとクマができちゃってるじゃん。
でもその代わりに、あんなにこの狭い部屋に溢れんばかりだった貢物たちが、今やその一つ一つが整然と整理されていた。
久方ぶりの奴妻さんの部屋は、どこか森を思わせる深い匂いに包まれていた。部屋の隅で貢物であろう香が炊かれている。
あのブサイク呼ばわりされた土偶くんも寝台のところにちゃんと飾ってもらえてるし……よかったな土偶くん。第一印象の時から考えれば大躍進じゃん。
「こうやって見るとほんとに色んなもんがあるねー。よく一晩で集めてこれたもんだ」
「……綾小路さん」
「え?あ、はい。なんでしょう…?」
私がどんな貢物があったのか品定めしてると、背後から奴妻さんに声をかけられる。
えらく平坦な声で。
「――おかえりなさい」
「あ、うん。ただいま……」
奴妻さんは私の方をじっとりと見ながら、やたら含みを持たせてそう言った。
なんだか圧を感じる……なんかご機嫌ナナメだな。
「ずいぶんと遅い『お帰り』ね。もう帰ってこないのかと思ったわ」
「そ、そんな夫の帰りを冷えたご飯の前で待つ奥さんみたいなセリフなんて言っちゃって……奴妻だけにってこと?!」
「うっさい!心配したって言ってんの!」
奴妻さんは腕を組んでそっぽを向く。その頬は少し赤くなっていた。
あいも変わらずに遠回しだけど……なんだかんだと言いながら私の帰りを待っていてくれてたらしい。律儀だねぇ。
なんというか、こうやって奴妻さんと喋ってると……アットホーム感?帰ってきたなぁって気分になる。
向こうに居た時とは逆で、いまや奴妻さんは私の『日常』の象徴になってるんだろうな。
私はカカシ君を掲げて奴妻さんに見せてあげる。
「でも安心してほしい!奴妻さんを待たせただけの成果は持ち帰ってきたから!」
「……それが言ってた秘策ってやつ?」
「いかにも!ささ、それじゃあ早速お手を拝借しまして……」
私は奴妻さんの手をカカシ君の胸にやる。
そしてその反対側の背中に私が手を置いてっと……
「はい、じゃあ私に合わせてね!言霊は『オンソワカ』だよ!」
「私は唱えるだけでいいの?」
「委細私におまかせあれ!それじゃあいくよ?せーのっ――」
「「オンソワカ!」」
私たちの言霊が重なる。
私がそれに合わせて魂力を注ぎ込むと、カカシ君は光に包まれた。
そして、その光の中でカカシ君の輪郭がみるみると変わっていき――
光が収まって現れたのは、私より背の低いさらりとした姫カットの黒髪。
二人目の奴妻姫妃が、そこにはいた。
やった!成功だ!
「――――ってなんで素っ裸なのよっ!?」
神々しく現れた奴妻カカシ君は一糸纏わぬ姿だった。それも当然か。だって何も着てなかったんだから。
「あーそこまでは確認してなかった!すっぽんぽんだ!」
「ちょっとぉ!?これほんとに大丈夫なんでしょうね!?一体何に使うつもりよ!」
バネさんの言葉に間違いはなかった。
確かに十三号は奴妻さんを完全に模倣した。その『見た目』だけを。
着ている服はどうやら対象じゃないらしい。
奴妻さんは慌てて貢物の服をカカシ君に着せてあげてる。
「貢物に服があって助かったね。でも完璧に奴妻さんを再現できてたでしょ?」
「……再現しなくていいところまで再現されてましたけど?」
「『完全な』模倣だからね!すごいでしょ!」
ぶっちゃけ私もびっくりした。よもやここまでとは……
これを失敗作呼ばわりするバネさんって結構すごいのかもしれない。
私は奴妻カカシ君のほっぺをむにつく。うーむやわやわ、柔肌だ。
「ホントに見た目だけなんだねー。体温も感じないし、脈もしてないや。血の気なし!」
「いろんなとこ触りながら確認するのやめてくれる?見た目が自分なだけに、好き放題されてるとなんか複雑なんだけど……」
「そりゃそうだ。これは失敬」
私は奴妻カカシ君から手を離して――そしてすかさず言霊を唱えた!
「シズネユラユラフルミタマァ!」
私はスズちゃんとの一夜漬けの成果である魂結びを発動する。
目には見えない繋がりが私とカカシ君をリンクさせた。
「せーの!バンザーイ!」
『……』
「えっ!?すごい!動いた!?」
私はカカシ君をバンザイさせる。よしよし、腕は動くね。
「それじゃお次はスクワット!」
『……!……!』
「おおー!私は出来ないのに!……なんでスクワット?」
「奴妻さんが出来ないからだよ」「は?」
私の思うがままに奴妻カカシ君は綺麗なスクワットを披露する。本物と違って後ろに倒れるような事もない。
よし!足腰もオッケー!重心のバランスも問題なし!
「まだまだいくよっ!?ホップステップでタタタターン!」
『……!……!』
「あ、綾小路さん?もうわかったわよ?こいつの凄さは」
『……ッ!……ッ!」
「形相形相っ!女の子がしちゃいけない顔になっちゃってるんだけど!?なんで!?」
なんでだろ?それはわかんないけどダンスは滑らかだ。さすが元アイドル。素晴らしい反応性だ!
まるでゲームのキャラを操作するみたいに、いやそれよりも遥かに自由にカカシ君は動いてくれる。
ダンスの終わりに、片足立ちでクルクルと高速に回転するカカシ君。
そしてその最後に〜〜……
「――おすわりっ!」
『ワオーン!』
「あんたは私に何やらせてんだぁ!」
すぱんと小気味のよい音が夜更けの部屋に響き渡った。
うーんナイスツッコミだね。ちょっと調子に乗りすぎたか。
しかしこのカカシ君、まさか喋らせることまで出来るとは……
これはカカシ君がすごいのか、はたまたそこまでリンクさせられるスズちゃんの魂結びがすごいのか……両方か。
「動作良好!このカカシ君に働かせて私たちは悠々自適にお祭りを抜け出すってわけだよ!」
「途中から完全に悪ノリだったけど……確かにこれなら大丈夫そうね」
私がウキウキでピースすると、カカシ君もそれに合わせて同じくニコニコでピースをした。
……これ、意識してないと私とおんなじポーズとるな。抜け出す時はちゃんとリンクを外しとかないとまずいかも。
「……それで?抜け出した後のことはどうするか考えてるの?」
「ふっふっふ!もちろんですともプリンセス。明日の行程はこの私にお任せあれ!」
私が必死に考えた『奴妻さん異世界お楽しみ気分転換ツアー』に隙はない。多分。
私とカカシ君は自信満々に胸を張る。
「ふーん……そ、じゃあ楽しみにしておくわ」
それを聞いた奴妻さんはちょっとうれしそうだ。まあでもわかるよ。
今の気分はまさに遠足前!ウキウキで寝れないよこりゃ!
私達は準備を整えて、屋根裏空間に忍び込んだ。
ドキドキを抱えたまま夜が明け、遠くの廊下からパタパタと人の気配がする。
さぁ――――いざ、作戦決行だ!
「姫さまのぉぉぉぉ、おなぁああああありぃぃ~~~~~」
いけ……!進め!歩くんだカカシ君……!
荘厳な音楽がかき鳴らされる中、奴妻カカシ君はゆるりゆるりと歩を進めてゆく。
一歩一歩、確実に。
今日ばかりはこのジャングルジムみたいな台座を作った奴に一言言いたくなった。真上からだとわっかりずらい!カカシ君が踏み外したらどうすんだ!
私は感覚を研ぎ澄まし、深くカカシ君とリンクする。
意識が外側に飛んでいくような感覚。
私はカカシ君を、己のもう一つのボディにまで昇華させた。
その深く研ぎ澄まされた感覚は、もはや着物重みすら私に感じさせるほどである。
転けないように慎重に段差を登っていって――――
カカシ君はゆっくりと着座した。
それに合わせて法螺貝が高らかに吹き鳴らされて演目が開始する。
……ふぅ〜、なんとかなったか。
「おっけー!完璧だよ奴妻さん!」
「さ、作戦は成功ねっ!?そそそ、それじゃあ早く行きましょうかっ!?」
私が親指を立てて振り向くと、奴妻さんは軒にしがみ付きながら震えていた。逆向きのナマケモノみたいだ。
私がここに連れてきてからというもの、ずっとこの調子だ。全く……
「奴妻さん?このぐらいの高さでびびってちゃ忍者にはなれないよ?」
「誰がなるかぁ!」
また奴妻さんの新しい弱点を発見したな。高い所が苦手っと。
まぁこれだけ吠える威勢があれば大丈夫そうか。
私は奴妻さんに手を差し伸べてあげる。
「ほら、大丈夫だよ。手ぇ貸して?」
「だ、大丈夫?!ホントに?!落っこちたりしないわよね!?」
「その時は私が骨を拾ってあげるから。――ほら」
奴妻さんはゆっくりと手を伸ばし、恐る恐る私の手を取った。
私の冷えた手を奴妻さんの手がじんわりと温めてくれる。私と違って奴妻さんって体温高いよなー。冷え性だからちょっと羨ましいかも。
私は奴妻さんの手をしっかりと掴んだ。
「それじゃあいこっか!」
「へっ――?」
私は奴妻さんをぐいっと引っ張って軒から引き剥がす!
そして、そのまま流れるようにお姫様抱っこに移行した。
奴妻さんが私の腕の中にすっぽりとおさまる。
よもや、忍になって文字通りお姫様を抱っこすることになろうとはね。人生わからないものだ。
でも――こういうの、楽しいな。
「えっ?あっ!?ちょ――」
「しっかり掴まってなよー!」
「いやぁああああ!?!?」
私は舞台の天井から城の塀目掛けて飛び降りた。
私たちの全身を、心地の良いひんやりとした風が撫であげてくる。良い気分だ!
奴妻さんの絶叫は舞台の演目の音でかき消されて、晴れ渡った空に吸い込まれていった。
こうして、私たちはウキウキでお祭りを抜け出したのであった。




