五話【友】
(なぁんでこの城の通路はこんなに入り組んでるんだっ!)
屋根裏空間は狭い。
もちろん立ち上がることなんてできないから、私は廊下を走る奴妻さんを這って追いかける羽目になった。
このほうが中腰になるよりは遥かに早いけど…
気分は四足歩行のトカゲ。かっこよく言えばコモドドラゴン。
身体的というよりは精神的にしんどいぞ、これ。
「はぁ、はぁ……っ!」
と、ここにきて順調に先へ進んでいた奴妻さんの目の前に『迷いの十字路』エリアが現れた。
ここはひたすらに十字路が連続する迷路ゾーンで、正しい道順を辿らないと抜けられないようになっているのだ。
御多分に漏れず、奴妻さんも十字路を右往左往してる。
わかるよ~奴妻さん!私も最初はめっちゃ迷ったもん。
正解は最初の十字路から"左折右折左折左折左折左折直進直進"だ。
そうすると十字路ゾーンを抜け、ようやくこの長く暗い廊下地獄から解放される。
一回わざわざ一周しないといけないあたり、これも何かの術が掛けられてるんだろう。こっちの屋根裏空間にも適用されてるみたいだし。
もしかすると、別ルートだと隠し部屋とかに繋がってたりして……?
このゾーンを抜ければ開けた中庭にでる。
そこからなら塀に上って、この城から脱出できるかもしれない。
……その時は流石に私の力が必要だな。
「これって…」
そんなことを考えていると、奴妻さんは最初の十字路に戻ってきた。
奴妻さんも自分が迷っている、というかここがどこかおかしいことに気が付いたみたいで、あごに手をやりながら思考にふけっている。
ま、流石に初見クリアは無理だろうし、ここは私がなんとかしてヒントを――――いや不味い!なんか人が来てる!
奴妻さんもそれに気づいたようで、慌てて十字路の角に身を隠した。
「――ところで殿、姫様のことで少しお話が……」
「んん~?なんじゃい藪から棒に」
奴妻さんの行く手を阻んだのはガマ殿と左衛門さんだった。
この十字路、どっちから人が来てるかわかりにくいんだよね。危なかった…
「どうやら"惑い林"に放逐した姫様の片割れが妹殿だったようでございまして……」
「何ぃ?」
「家内の者と離されたことで姫様は随分と不安定なご様子です。このままでは帝の御来迎までに精神がもたぬやもしれません」
もと来た道に引き返そうとしていた奴妻さんがそれを聞いて足を止める。
「ちっ!まさかあやつが血縁者だったとはの。似ても似つかんではないか!……しかし、今頃は落武者どもの餌食であろう。手遅れだろうよ」
(ッ!!)
「然れば殿、いかがいたしましょうか?」
ガマ殿の無慈悲な言い分に奴妻さんがびくりと震える。
いやちゃんと生きてますがな。まぁ確かに餌食にはなりかけたけども……
はっ!?
まずい!廊下の向こうからも女中さんの群れが!挟まれて奴妻さんの逃げ道が無くなった!
前方のガマ殿後門の女中!このままじゃ見つかっちゃうよ奴妻さん!
私は慌てて奴妻さんの方を覗いて――――そこで初めて奴妻さんの『顔』を見た。
涙と不安でぐしゃぐしゃになった、奴妻さんの表情を。
私はそこでようやく我に返る。
なんで私はここでずっと奴妻さんを眺めてるんだろう?
奴妻さんは泣いていた。それはきっと、私を心配していたから。見知らぬところに一人きりで不安でいっぱいだったから。
そしてそれは、私が顔を見せてあげれば一発で解決する話だ。
護衛だから?忍だから?姫だから?
そんなのは全部この世界での話だ。
私たちはたった二人の同郷じゃないか。
そんな奴妻さんに手を差し伸べないことがあろうか?いやない!
だって私は……綾小路実秋は。
奴妻姫妃の、多分……
――――『友達』だから。
「ちょっと失礼しますよお姫さまっ!」
「え…?きゃっ!?」
私は素早く奴妻さんを屋根裏空間へと連れ込んだ。
その間わずか5秒!いよいよもって、私も人間離れしてきたな……いまさらか。
「なになに!?誰!?誰なの!?」
「しー!静かに!下の人にバレちゃうから!」
「んむ!?」
私は奴妻さんの口を人差し指で制する。
……よし!ガマ殿たちには気付かれてないみたいだ。ふぅ、間一髪だったね。
「フン!面倒だが祭りは後四日もあるのだぞ?最低でもそれまでは姫にご機嫌でいてもらわなくては困る!」
「左衛門!今すぐ姫の為の貢物を用意せよ!それと気を紛らわせる遊び人どもも追加だ!何としてでも姫をもたせろ!」
「御意に…」
左衛門さんはそれだけ言い残すと素早くどこかへと駆けていった。
ガマ殿は短く鼻を鳴らして十字路の奥へと消えてゆく。
ぱたぱたと女中さんたちが過ぎ去った後には、静まり返った暗い廊下だけが残された。
……なんというか、きな臭くなってきたな。
流石の私もこのお祭りがただの伝承に則ったものじゃないと薄々感じてきてる。
この祭りには何か裏の意図があるのかも……と考えていた私の指にひやりとした雫が伝ってきた。
見れば奴妻さんがもう決壊寸前になってる!今にも堰を切ったように泣き叫びそうだ!
私は慌てて奴妻さんを抱きしめた。
ふわりと漂った金木犀の香りが私の鼻孔をくすぐる。
「玉子焼きがヘタクソ」
「…えっ?」
あやすようにポンポンと背中を叩いてあげながら、私は奴妻さんの耳元で囁いた。
私しか知り得ない、彼女の事を。
「空き缶シュートチャレンジは結局最後まで入んなかったし」
「えっ?えっ!?」
「アイドルやってたのに実はあんまり歌が上手くなくて、カラオケは少ない持ち歌だけでなんとかごまかしてる」
「んなっ、なんでそれを!?」
「なぜかって!?その答えは単純明快っ!」
「ある時は女子高生!またある時はニンジャ!しかしその正体は~~~?」
私は勢い良くマスクを取り外した。
「でん!」
「あっ…綾小路実秋ッ!?」
「いえーす!あいあむっ!」
私は親指を立てて奴妻さんと顔を突き合わせた。
奴妻さんの揺れる瞳と私の視線が交差する。
「ほ、本物…?」
「もちろん本物だよ。文化祭のメインステージで勝負した時の話でもしようか?あの時は話が大きくなりすぎて大変だったんだから」
「ほ、本物だぁ……本物の綾小路さんだ……」
奴妻さんは思ったよりいっぱいいっぱいだったみたいで、私を見るや否や向こうから勢い良く抱きついてきた。
うぐぅ!?狭いから圧死する!?
「うええぇぇ…」
「ちょちょっ…!奴妻さん!苦しいし狭い!一旦部屋に戻ろう!?」
「うぅぅ……うん…」
奴妻さんは尚も嗚咽を漏らしながら目を潤ませている。
う~ん、途中まで奴妻さんの"冒険"を面白がって眺めてましたって言える雰囲気じゃなくなっちゃったな。
まぁ知らぬが仏か。今は再会の喜びを分かち合っとこう。
私たちはこそこそと這いながら、あのせまっ苦しい部屋に戻るのだった。
* * *
部屋に戻って寝床に腰掛けると、奴妻さんはようやく落ち着いてきたみたいだった。
「ねぇ、いままでどこに居たの?何してたの?その格好は何?大丈夫なの?心配してたんだから!」
おっと奴妻さんの質問口撃だ。
「実はかくかくしかじかで……」
「うんうんなるほどね~
――っていやわかんないわよっ!」
うむ。見事なノリツッコミ。さすがだね。
良い感じに調子を取り戻してきてるようでなによりだ。
一緒にノッてくれる師範もいいけど、やっぱりボケにはツッコミが必要だよね。
私はこれまでの経験を臨場感たっぷりに奴妻さんに語ってあげた。
「――ってなわけで、私はニンジャとなって奴妻さんの護衛についてるってわけ!」
「た、大変だったんだね綾小路さんも……」
私が落武者のくだりをおどろおどろしく語ったせいか、奴妻さんがちょっと引いちゃってる。興が乗りすぎたか。
というか奴妻さんって結構怖がりか?
よくそんなんで私に肝試しを挑んできたな…
「はぁ~……つまり、私はあと四日間は『姫』をこなさないといけないってわけね?」
「そゆことだね。ガマ殿たちの思惑は置いといても、それが現状元の世界に戻れる可能性が一番高そうだし」
「最悪ね……ま、退屈な事を除けば座ってるだけだから楽ではあるけど」
「一応楽しそうにはしといてよ?どこで歓待の成功を見られてるかわかんないんだからさ」
「大丈夫よ、演技は得意なんだから……あっ!?」
今後の方針を確認していると、そこで奴妻さんは何かにハッと気が付いた。
「というか綾小路さん……姫の護衛ってことはこの三日間ずっと隠れて私を見てたってことっ?!」
「おっと…」
ばれたか。
「おっとぉ…じゃないわよっ!それならもっと早くに顔を見せてよ!あんなギリギリの瀬戸際じゃなくって!!」
「ちっちっち……奴妻さん?護衛ってのはね、護衛対象にその存在を気取られたらダメなんだよ?」
「はぁ?」
私がモミジさんの受け売りで言い訳すると、奴妻さんはこれでもかってくらいじっとりとした目で睨みつけてきた。
むむ。これは私が面白がってたのを見透かされてるな。
「美人は怒り顔も可愛いね!」
「そんなんじゃごまかされないわよ?」
私の切り札も鋭いツッコミですげなく一刀両断される。
うーん流石に無理か。ホントにそう思ってるんだけどなぁ。
奴妻さんは最大限凄んでるんだろうけど、ぶっちゃけ一ミリも怖くない。
鬼の形相も奴妻さんにかかれば小動物的でプリティーなラブリーフェイスなのだ。
美人ってのは得だね。この場合は損なのかもしれないけど。
「……貸しイチだからね」
「はっ!ありがたき幸せ!この私めになんでもお申し付けください!」
「うっさい!いい!?これから一回は私の言う事を『何でも』聞くんだからね!わかった!?」
「仰せのままにマイプリンセス!」
「ったく調子いいんだから…」
私がうやうやしく礼をすると、奴妻さんは呆れたように鼻を鳴らした。
うんうん。どうやら姫のご立腹もおさまったみたいだ。
元気もでてきたっぽいし結果オーライだね。
何でも言うことを聞くだけで矛を収めてくれるだなんてありがたいことだ。
別に、こんな状況なんだからできる限りのことはやってあげるつもりだったし……
私たちは、一蓮托生なんだから。
「んで?実際のところどう思ってるの?この姫さま暮らしは。外から見てる分には暇そうだけど……」
「――もう向こうに帰らなくてもいいやとか思ってたりする?」
だから、これだけは確認しておかないとね。奴妻さんが今の状況をどう思っているのかを。
「んなわけないでしょ!……そりゃあ、最初は『姫』ってことにワクワクはしたけど…」
「ワクワクしてたんだ?」
「最初だけよっ!……そのあとはこの部屋押し込まれて採寸だのなんだの……お料理もおいしかったけど、似たようなのばっかでもう飽きちゃった。そもそもあんな量食べきれないし」
「それはそう」
「今は……早く帰りたい」
「――そっかぁ」
奴妻さんは俯いてしょぼくれてしまった。
結果として、私のルートは結構恵まれてたのかもしれないな。……命の危険が二度もあったことを除けば。
「ま!安心しなよ奴妻さん!なんてったってこのスーパーニンジャサネさんがついてるんだからさ!」
「……私を隠れて覗いてたくせに?」
「そこは忍者ライフに夢中だったから……」
「なんだかんだで忍者楽しんでるじゃん!」
「――大丈夫だよ。ちゃんと私が影に日向に奴妻さんを守ってあげるからさ」
「…そ、それならいいんだけどっ!」
私が自信満々に胸を叩くと、奴妻さんは少しは安心したようだった。ちょっと照れくさそうに顔をそらしてる。
案外、今のポジショニングはかなりいい感じだ。
姫の立場がある以上、奴妻さんの安全もある程度は確保されてるだろうし、私は忍者ライフも楽しめて目的にも近づける……ぶっちゃけ一石三鳥なのだから。
「じゃ、早速そんな姫さまの護衛任務に戻りますかね~」
「ちょっ、ちょっと待って!?もう行くの!?」
「えぇ?……ぐわぁ!?」
「あ!ごめん…」
私が華麗に屋根裏に戻ろうとすると、奴妻さんに引き留められる。結構物理的に。
袖をつかまれた私はそのまま畳にたたきつけられた。
うう、鼻が痛い……身体能力が上がっても痛覚はそのまんまなんだぞ!
「――――ねぇ、もうちょっとだけ話さない?」
奴妻さんは不安そうな上目遣いで私を見ながら、そうつぶやいた。
……おいたわしや姫さま。すっかり弱ってしまって。
向こうにいた頃からは考えらんないくらいのしおらしい態度だ。
奴妻さんはどれだけ私との勝負に負けようとも、いつだって自信満々で余裕綽々だった。
……いや、死ぬほど悔しそうにはしてたけど。
そこらへんのバイタリティは流石、まがりなりにも芸能界を渡り歩いてきただけのことはある。
でも、今の奴妻さんにはその"余裕"がない気がした。
「あ!じゃあさっきの貸しを使うわ!綾小路さんは今日一日はずっと私の側にいることっ!いいわね!?」
「そばにはずっといたんだけどね?Y軸がずれてただけでさ」
「つべこべ言わないっ!ほら!ここに来てここ!」
奴妻さんは妙なテンション感で寝台をバシバシと叩きつけている。
……しょうがないなぁ。もうちょっとだけ付き合ってあげますか。
「それじゃあえーっとぉ……綾小路さんなんか面白い話ない?」
「最悪のフリ方ぁ!!」
「――それではここで、私から小噺を一つ…」
「いや持ってるじゃないの!話!」
そりゃあありますとも。奴妻さんが面白いと思うかは別として。
といっても、私にできることなんて『語り部』ぐらいしかないんだけどさー。
よもや【不思議倶楽部】以外で私の語りを披露することになろうとはね。
「――――その後、その男の姿を見たものはいないのだった……」
「……ほぇー、そうなんだぁー……」
――って奴妻さんめっちゃうとうとしてるしっ!?
安心したのか、はたまた私の話がつまらなかったのか、奴妻さんの瞼は店じまいを始めていた。
……今まで倶楽部のみんなに『語り』を評価されてきただけに、正直これにはかなりの敗北感だ。
奴妻さんは寝ぼけて気づいてないけど。これがいつもの勝負だったら初めての敗北に喫するところだったよ。
慢心、驕り……
私ももっと腕を上げるべきだね。聞き手の眠気を吹き飛ばすくらい、物語に夢中にさせられるぐらいに!
「おやすみ、奴妻さん」
「んー……」
私は奴妻さんにそっと布団をかけてあげる。
そのまま屋根裏に戻ろうとして――――なぜだか奴妻さんにがっちりと後ろからホールドされた。
なんだなんだ!?
「ちょ!?力つよっ!?」
「んんん~…」
これ、奴妻さんも強化されてない!?そりゃそうか!!私が強化されてるんだから当たり前か!
拮抗するパワー。体勢的に不利だった私は、そのまま奴妻さんの懐へと引きずり倒される。
「うーん…?くまみこちゃんごつごつ…」
誰ぇ!?くまみこちゃん誰!?
なんか寝ぼけてぬいぐるみかなんかと勘違いされてる!?
ぐぎぎぎ!?締まる締まる!!
私がそのまま奴妻さんになすが儘にされていると、ちょうどいい私の抱き方を見つけたのか奴妻さんがすぅすぅと寝息を立て始めた。
ちなみに今の私は完全に抱き枕と化した。奴妻さんの両腕が脇を通ってがっちりと抱かれてるし、足も絡まれてて身動きが取れない。
(……ま、今日ぐらいは抱き枕になってあげよっか)
多分、ここ数日は気を張っててロクに寝れてなかったんだろう。
安いもんだ。私が抱き枕になるだけで奴妻さんが明日から元気になってくれるのなら――
……私、人が近くにいると寝れないんだけどなー
奴妻さんにぐりぐりと頭を押し付けられながら、私は先の長い夜に思いを馳せるのだった。
ちょうどいいから"アレ"の練習でもしてよっかな。
…
…
…
「____さん?綾小路さんっ!」
「んん~…?」
誰かに肩を触られている。
その人の気配で、私の意識が一気に現実へ浮上した。
「綾小路さん!もう朝よ!早く起きないと女中さんが着替えを持ってくるわよ!」
奴妻さんの元気な声で私は目を覚ました。
……完全に寝落ちしちゃってたか。うーん今回も『失敗』だな。
「あと五分だけ…」
「それあと三十分は二度寝するやつでしょ!ほら起きなさい!」
奴妻さんの手によって、心地の良い温もりをたたえた私の聖域が暴かれる。
布団をはぎ取って起こすだなんて、なんと古典的な……
私は冗談もほどほどに、伸びを一つして起き上がった。
「ふあ~~……んー、おはよう奴妻さん」
「もうだいぶ日が昇ってるわよ?姫をほっぽって眠りこけてるなんて護衛としてどうなの?」
私を抱き枕にして寝てた女の台詞か?とも思ったけど……もっともな意見だ。
しかし!私はただ抱き枕にされていたわけではないのだ!
「ちっちっち!ところがどっこい、護衛はちゃんとしてたんだよ!」
「え?そうなの?」
「忍者の特殊技能の一つ!『半分起きて半分寝る』!忍者たるもの、脳ミソを半分休ませながら行動することなんて造作もないことなんだよ」
「へぇ〜…」
「……その割にはさっきまでぐっすり寝てように見えたけど」
「…」
「ちょっと、何とか言いなさいよ」
私は奴妻さんから目をそらした。
理論上はそうなのだ。理論上は。
少なくとも私はモミジさんにそう教わった。
それができるかどうかはまた別の話なのだ。
「ま、まぁ?仮に寝てても人の気配は察知できるし?私にかかればこの部屋から廊下の先までは足音聞こえるし?」
「ふぅ~~ん?それはそれは………随分と寝心地がよかったみたいね?」
「ぐぬっ…」
奴妻さんは含みを持たせながらニヤリと笑った。
ええい!そんな生暖かい目で私を見るな!
脳ミソを半分眠らせるってナニソレ?そんなんもはや身体能力とか関係ないじゃん!
人には向き不向きがあるのだ。少なくとも私は自分の『脳ミソ』を操作することに関してはできなさそうだった。
…まぁ、奴妻さんの言ってることも正しいけど。
実際、人肌の温もりはたやすく私を眠りにへと誘った。今回の失敗の原因は九割そこにあったと言ってもいい。
「ご堪能いただけたようでなによりだわ。この私を抱き枕に"する"なんて望外の栄誉なんだから!よくかみしめることね」
「抱き枕に"された"のは私なんだが?というか寝言で言ってたくまみこちゃんってのは抱き枕の商品名かなんかですかい?」
「んがっ!?なぜそれを…」
「それとも……察するにクマちゃんのぬいぐるみに名前でもつけてるのかな?」
「…」
私の反撃に今度は奴妻さんが目をそらす。…図星か。
奴妻さんはなかなかに可愛いご趣味をお持ちのようだ。
これで朝一の『勝負』は引き分けといったところか。…なんかこっちに来てからというもの、勝率悪いね。
勝負って宣言してないからノーカウントだけどさー。
「それじゃあそろそろホントに護衛に戻るからね?」
「何言ってんのよ。今日中は私の『側』にいるって約束でしょ?もっとちこう寄りなさいな」
「ええ~?!それって昨日の話じゃないの?」
「違うわよ。…まだ『一日』たってないじゃない」
奴妻さんは明後日の方向を見ながら指でくるくると髪をもてあそんでいる。
不安ならそうやって言えばいいのに……ま、こうやって見栄を張れてるうちが花か。
昨日よりかは大分いつもの感じを取り戻してきてるみたいだね。
「ちゃんと私がわかるところで護衛しててよね!」
そういって、我らがワガママプリンセスはプイと顔をそらすのだった。
…
「姫さまのぉぉぉぉ、おなぁああああありぃぃ~~~~~!!!」
相も変わらずにいつもの流れ。
異彩喝祭四日目にして、大きく変わったのは私の潜んでいる場所だ。
私は今、奴妻さんの『真下』にいる。
姫さまの衣装が豪華なだけあって、それを綺麗に見せるために姫の席もまた仰々しく作られている。
端的に言えば竹で組まれたジャングルジムだ。それをピラミッドみたいに組むことで演目を見やすくしつつ、着物の見栄えも確保してるんだろう。
これ、うっかり姫さまが踏み外して落ちたらどうするつもりなんだろう?……そこまで考えてないか。
私はそんな姫さまを乗せる台の中に隠れ潜んでいる。
台の前には料理を乗せる机がいっぱいあるから正面からは見えにくいし、唯一感づけそうなお付きの人たちは着物の裾を伸ばすために離れている。
つまり、ここは異彩喝祭においての完全なる『死角』なのだ。……それこそ刺客がここに潜んでたらヤバかったな。
そんなことを考えていると私の頭上がフッと暗くなった。
どうやらピラミッドは奴妻さんの『着物』に包みこまれたらしい。これで私は外界から完全に見えなくなった。
…しっかしやっぱデカいなこの着物。私が動けるスペースができるぐらいには大きく広げられている。そりゃこんなもん一人で着れるわけないわな。
私はこそこそとジャングルジムを上って、奴妻さんに合図を送った。
「ひゃっ…!?」
「姫さま?いかがなさいましたか…?」
「い、いえ、なんでもありません」
私が奴妻さんの足をつつくと、げしりと強めに蹴りかえされる。
ふむふむ、奴妻さんは足の裏が弱いと……足ツボマッサージ勝負なら簡単に勝てそうだな。覚えとこ。
私は奴妻さんの着物の隙間から一緒に演目を見る。
(ねぇねぇ、奴妻さんはどれが一番気に入ったの?)
(んー……結局左衛門さんのやつかしら)
(あーね。同意)
二人してこそこそと会話しながら、今日の演目を評価していく。
何個かは目新しいやつがあったものの、まぁそこまで盛り上がるようなものでもなかった。……河童が連れてきた天狗が相撲を取り出したのには驚いたけど。
もっと天狗にやらせられることなんていっぱいあったろうに……もったいない。
そうこうしてるうちに、今日も今日とて奴妻さんの目の前に料理が運ばれてくる。
奴妻さんの目の前にも机があって、そこにお付きの人たちが小分けにした料理を置いてくれてるんだけど……
(ねぇ、これ食べてみてよ)
スッと着物の隙間から料理が盛られた小皿が差し出された。竹を割ったような小さな器だ。
ありがたや~!コンさんが持たせてくれたお団子(何故か腐らないらしい。味は全部違う)はおいしいけれど、新しい食感(モチモチ以外)を身体が求めてたところなんだよねー。
すかさずパクリ。……む、味はまあまあだな。
ちょっとコンさんに舌を肥えさせられすぎたか?
「イヨォォォォ…」
「ソイヤソイヤッ!アッソイヤ!」
林模が元気よく演じられているのをよそに、私たちは料理を品評していく。
今度は皿じゃなくてお箸できた。竹製の滑らかなお箸には茶色い何かが挟まれている。……なんかここにきて竹ばっかだな。食器類には竹を使うみたいな文化でもあるのかな?
とうとう奴妻さんは食べるフリもやめたらしい。次から次へと私の元へ箸でつままれたお料理が下賜されてゆく。
まぁぶっちゃけみんなあんまり姫の方を見てないしね。
色んな演目の中でも林模は特に人気らしく、左衛門さんの演目の次ぐらいには盛り上がっている。これって合いの手とかが入るような演目なんだ…
またまたパクリ。……これは鳥の唐揚げかな?にしては衣がシナシナだけど。揚げ物なのに冷えちゃってるのはどうなんだ?
…というか奴妻さん、なんか私への餌やりを楽しんでないか?
まぁ貰えるものはありがたく頂くけど…
その後も餌を与えられる雛鳥よろしく、私は料理をムシャムシャしていった。
結局、どの料理もコンさんのごはんを超えてこなかったな。後で奴妻さんにもコンさんのお団子を分けてあげるか。
「姫さまのォォォォオっ!ごたいじょぉおおおおう!」
奴妻さんが退場するのに合わせて、私も着物の中に隠れながらこそこそとついて行く。
正直、今日が一番お祭りを楽しめたかもしれない。
やっぱお祭りってのは誰かと一緒に楽しむもんだよね!できれば屋台も巡ってみたいものだけれど…
こうして、四日目の異彩喝祭も滞りなく終了したのだった。
「もう嫌ぁ!しんどい!!ダルい!!!」
そして我らが姫さまはこうなっちゃった。
奴妻さんはあられもない姿で寝台の上をジタバタとしてる。これはひどい。
「姐さん今日もお勤めご苦労さんです!」
「誰が姐さんよ誰が!…というかこの祭の構成考えたやつ誰よ!?こんなんでよく歓待って胸張って言えたわね!歓待じゃなくて拷問よこんなの!」
あらら…大分毒が滲み出ちゃってますな。
まぁしかし、確かに歓待とは呼べないかもね。だって姫様の都合ガン無視だし。
演者は左衛門さん以外はしぶしぶこなしてるって感じだし、料理も作るだけ作って与えるだけって感じだ。
何というか、おもてなしの心を感じないのだ。
古すぎて祭りが形骸化してるのか、はたまた報酬の『繁栄』さえ手に入れば姫なんてどうでもいいのか……
一回、古事記とやらをちゃんと読んでみる必要があるかもしれない。この城の何処かにはあるんだろうか?
「それでもちゃんと体裁を保ててるのがすごいよ。さすが数百人規模のファンクラブを従えてるだけのことはあるね!」
「それはそれ!毎日毎日この狭い部屋と舞台の往復だけで気が狂いそうよ!」
「私もお外にでたいよ~~!!もっと違う景色が見たいよぉ〜〜!!」
「で、でもほら!今日はいつもと違う景色もあるじゃん!」
幼児退行を始めた奴妻さんの気を紛らわすべく、私は今日一番の『変化』を指差す。
山盛りの品、品、品……
ただでさえ狭かった部屋を埋め尽くさんばかりに、姫さまへの『贈り物』と称された様々な物品が山のように積まれていた。昨日、ガマ殿が左衛門さんに指示してたやつだ。
しっかし、昨日の今日でよくここまで集めてこれたなぁ。左衛門さんすごい。さすがニンジャ。
「ほら、この土偶とか結構可愛いよ?ちょっと形が悪い所とかむしろ味が出てるし…」
「このブサイクな土偶を貢物と言い張る精神が信じられないわ。呪具かなんかでしょ」
私のイチオシは奴妻さんにすげなく貶された。……あわれ土偶くん。心なしか悲しそうな顔をしてる気がする。
「私はモノに釣られる安い女じゃないんですけど!?というかこの状況で物ばっかもらってどうすんのよっ!どの道この部屋から出られやしないってのに!」
「うーんごもっとも…」
どうやらガマ殿の作戦は失敗に終わったようだ。
全く!乙女心を理解してないからそうなるんだぞ!もっと姫を勉強してこい!
……まぁ、私にもよくわかってないけど。
なにぶん、乙女の生息域から遠く離れた所で生きてきたもんで……
その点、奴妻さんは実に女の子って感じだ。これが多分、普通の反応なんだろうな。
「『姫』ってなんなの!?この祭りは何のためにしてるの!?なんで私はここで監禁されてるの!?うがぁ~~」
「まぁまぁ、その辺はまた私が調べといてあげるからさ」
「だからあと三日頑張って!」
「ううう~~…私もどっかに出歩きたいよぉ~~…」
私はお疲れモードの奴妻さんの肩を揉んであげる。あんなデカい着物を着せられているせいか、大分こっちゃってるねぇ。
うーん、流石にこのまま放置は可哀想だ。今の奴妻さんには気分転換が必要だね。
しかし現状、姫のスケジュールには隙がない。
夜のうちにどっかに抜け出しちゃうか?いやでも夜は落武者も出て危ないしなぁ……
「あ、そういえば…」
「ん?どうしたの?……もうちょい右を揉んでくれない?」
なんて考えてた私に天啓が舞い降りた。
これが上手くいけば、明日の異彩喝祭をサボれるかもしれない。
よし。ここはいっちょ、奴妻さんの為に私が一肌脱いであげますか。
「私に秘策あり!」
「えぇ…?どうしたの急に…」
「ふふふ、この私が奴妻さんを外に連れ出してあげようじゃないか!」
「えっ!ホントに!?」
私が腕を広げてそう宣言すると、奴妻さんの顔がパァっと明るくなった。うむうむ、現金なやつめ。
……結構期待させちゃってるけど、上手くいかなかったらどうしようか?
その時はその時考えるか。
「ま、サネさんにドーンと任せておきなよ!それじゃちょっと出掛けてくるからね〜」
「えっ!?……ど、どっか行くの?」
「ちょいと里の方に戻らないとだからさ。流石に師範がいるから、一晩くらいなら護衛も大丈夫でしょ」
「……ちゃんと、戻ってくるのよね?」
奴妻さんが私の裾を掴む。
…あらあら、お可愛い反応なことで。
私は笑顔でサムズアップした。アイルビーバックだよ。
「勝手に一人で帰ったりしないから安心してよ。それより私は奴妻さんが今晩一人で眠れるかが心配だよ!」
「も、もうっ!子どもじゃないんだから寝られるわよ!」
「えぇ~?ほんとかなぁ~?くまみこちゃんの代わりにならなくても大丈夫?」
「結構よ!」
私がテキトーにからかってあげれば、奴妻さんは調子を取り戻したようだ。今日も元気にプリプリとしている。
「…いってらっしゃい。気をつけてね」
「あいあい、いってくるよ」
奴妻さんのお見送りを受けて、私は屋根裏空間を這い出した。
____なるべく早く帰ってあげようと、そう思いながら。




