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二話【林】


「木っきっき~!木っきっき~!私は原木げんき〜!」


「わたし鬱蒼のモリ!こっちは相棒の木々!林なの!」



やばい、ひとり言がでかくなってきた。



歩けども歩けども林の中。

最初は綺麗だなーなんて思ってた私も景色が変わらなさ過ぎて流石に飽きてきた。

日も落ちてきたし、夜になる前に里に付かないとこのままじゃ野宿する羽目になる。


いや、そもそも…


「里についても私って受け入れてもらえるの?!村社会って排他的なんじゃないの!?」


槍でつつかれながら追い回されるようなそんな嫌な想像が頭をよぎる。


「__ふぅ、いけないいけない。心まで林に飲まれてはいけないよ実秋わたし。こういう時は木でも数えて落ち着くんだ」


木がいっぽーん、木がにほーん…

鎧を飛ばしてまたいっぽーん。

林は続くよどこまでも。


閑静な林から聞こえてくるのはさわさわとした木の葉の揺れる音だけ。ヒーリングミュージックかて。

こんなんじゃ落ち着き過ぎて逆に眠くなっちゃうよ。


私はうんざりするほどにマイナスイオンを浴びながら、佇む鎧の横を通り過ぎた。



「___っていやなんかいるしッ?!」



そいつはぼぉ…と林の隙間に立っていた。


角の生えた兜といかつい甲冑、籠手に包まれた右手には刀が握られている。

いわゆる鎧武者ってやつだけれど、その中には『誰もいない』。


兜の中で、ゆらゆらと炎のような青い"人魂"だけが揺れていた。


す…


「すごい!リビングアーマーの和風版だ!」


セットやCGなんかじゃない"本物"が、確かな存在感を放ちながら私の目の前に佇んでいる。


一体、鎧の中はどうなってるんだろう?


私はわくわくしながら屈んで、鎧を下からを覗きこもうとして…

ブン、と何かが顔の横を通り過ぎた。


「えっ?」


横を見ると、錆びた刀が地面に突き刺さっている。

顔を上げれば、鎧武者が私に向かって斜めに刀を振り降ろしていた。


鎧武者はその刀を引き抜くと、ガタガタと震えだす。

そして震えがピタリと止まったかと思えば、鎧武者は刀をゆるりと上段に構えた。


何故かがらんどうなはずの兜からいやに視線を感じる…


『オォ……ソ…』



あ、これダメなやつだ。



「ごっ…」



「ごめんなさいぃぃっ!」

『ワカーーーーー!!!』

 


私は屈んだ姿勢はそのままにクラウチングスタートで走り出す。


「そうだよね!?そりゃ物の怪のたぐいだよねぇ!」


動く甲冑は刀を上段に構えたまま猛然と私を追いかけてきた!


まずい!あんなの追いつかれたら間違いなくチェストじゃん!

走れ実秋わたし!絶対にあの邪知暴虐のお化け鎧から逃げ切らなきゃならない!



今やすっかり日も落ちて、空には真ん丸なお月様が昇っていた。



その月明かりのお陰で林が明るいのは助かった。

視界は良好!なんなら街灯の無いうちの田んぼ道のほうが暗いぐらいだ。田舎育ちなめんな!



____ってあれ?私ってこんなに足早かったっけ?



ふとした違和感。頬を撫でつける風がかつてないほどの風速を叩きだしている。

私はまるでチーターにでもなったみたいに林を駆けていた。


すごい疾走感だ!これ自転車なんて目じゃないよ!

今の私はまさに人間バイクッ!


いける!これなら鎧はおろか光だって置き去りにできる____




スカッ!


「あらっ?」




勢いよく踏み出した右足が盛大にすかる。

前のめりになりながら慌てて視線を下げると、さっきまであったはずの地面がどこにもない。



私はアクセル全開のまま、いつのまにか崖から飛び出していた。



「あっ___」



跳躍の勢いがなくなった途端、私の全身にがくんと重力がかかる。

それに引っ張られるがままに仰向けになれば、眩い月が愚かな私を見下ろしていた。


ああ、気分はまさにフリーフォール___って言ってる場合かっ!


「イヤーッ!?助けて神様仏様ァ!」


私は右手で拝んで左で十字を切りまくりながら、手当たり次第しゃにむに神に祈る。


「アーメンジーザスナムアミダブツ____

____『オンソワカ』ーー!!!」



その瞬間、カッと月から一筋の光が差し込んできた。



「…ぉ?お、おおお!?」


祈りのどれが神様に届いたのかはわかんないけれど、ふわりと私の落下が緩やかになる。

あんなにうるさかった風の音がピタリと止んで、私の周囲が静寂に包まれた。


なんということでしょう!急転直下から一転、私はまるで舞い落ちる羽のようにゆらゆらと空を飛んでいるではありませんか!



「おぉ神よっ!あなたは私を見捨てなかったのですね___ぐえっ!?」



唐突に私を包んでいた月光がフッと消えると、重力を思い出した私の身体おしりはそのままどしんと地面へ打ち付けられた。


「おぉ神よ……着地はもうちょっとなんとかならんかったとですか…」


いったぁ…危うくお尻が二つに割れるところだったよ。

…いや、命あっての物種だ。助かったんだから良しとしよう。

安いもんだ、私の尻の一つぐらい。



「はぁー、死ぬかと思った…」


私がまだ少し痛むお尻の土を払っていると、林の静寂を切り裂くように背後からガシャリと鉄が擦れる音がする。


うそっ!?崖をショートカット(不幸中の幸いで)したのにもう追いつかれたの!?


私は慌てて音の方へと振り向いて___がしゃんと甲冑が地面を転がるのを見た。

さっきまで私を追いかけていた動く甲冑がバラバラになっている…いや、バラバラにされていた。



「__ねぇ君、今のはまさか神道術かい?」



暗い林の影からするりと現れたのは、色付いた楓の葉みたいに鮮やかな髪色をしたショートヘアのお姉さんだった。

そのお姉さんの右手には動く甲冑の兜…というより、その中にある人魂がむんずと握られている。


あれって触れるんだ…いや、そんなことよりも!



「いやはや、一体どうやって事主ことぬし様から加護を………アオイ?」



お姉さんは私の顔を見るや否や、何やらびっくりしているが……それはこっちのセリフである。


嘘でしょ?だってあの格好って___



「"くノ一"だッ!!」

「…え?あ、うん、そうだよ?」



本物の『くノ一』がそこにはいた。


肩出し腕出しファッションに肘先までのアームカバーと指抜き手袋!

和風然とした着物は胸元がはだけていて、そこから覗く素肌を隠すように網目のボディスーツが着こまれてる!

視線を下げれば短パン!網タイツ!謎のブーツ!

よくよく見ればお腰にクナイを刺していて、首には長いマフラーを巻いててそれが風でたなびいている!


か…


「カッコイイ!!」


左衛門さんといい、この時代には本物の"ニンジャ"がいる!ニンジャは実在したんだ!


私が歴史の真実を目の当たりにして感動していると、お姉さんはよくわからないガラスの籠みたいなものを取り出して掴んだ人魂をその中に入れた。


青白い光がぼんやりと辺りを照らす。


(……いやまてよ?フツーに受け入れてたけどそもそも『人魂』ってなんだ?)


私が読み漁ってたホラーだとそういう超常現象なんて当たり前のことだから何の違和感もなくスルーしてたけど……この調子でいけばニンジャどころかお化けも実在する事になっちゃうんだが……


「…見慣れない格好だけど君はどこから来たんだい?ここは良之国よしのくにでも有数の霊場れいじょう。若者が遊びに来るような場所じゃないよ?」

「えっ?いや、この林を抜ければ里に着くってお城の人に言われたんですけど…」

「えぇっ?!」


私がそう言うとお姉さんは面食らった顔になる。

れ、霊場?それってどう考えてもヤバい場所なんじゃ…


「ここらへんには一つを除いて里はないし、そこに行くにもここは通らないよ……というか、この林には惑わしの術が掛けられていてね。それを暴かない限りはぐるぐると林の中を回って抜けられないようになってるんだけれど…」

「な、ナンダッテー!?」


今明かされる衝撃の事実。どうやら私は"迷いの林"に放逐されていたらしい。

それって完全に私を『始末』しようとしてたってことだよね!?


「おのれ許すまじガマ将軍…!次会ったらぶん殴ってやる!」

「あぁ〜なるほどね。なんとなく状況はつかめてきたよ」


私が拳を握りしめながら復讐を誓っていると、お姉さんはどこか納得したように苦笑いをした。


___というか、聞きなれない単語に知らない地名、理解不能な超常現象の上に謎の動く甲冑とそれを狩るくノ一って……



ここってもしや『過去』じゃなくて別世界___



『異世界』なのでは!?



「私たちに起こったのは祠スリップじゃなくて『祠トリップ』だったってわけだ…こりゃ一本取られたね」

「___ねぇ君、もっとよく顔を見せてよ」

「え?わっ!?」


私はお姉さんにあごを掴まれ、くいっと顔を上げられる。

お姉さんと私の視線が交差し、私たちはまじまじと見つめ合った。


これってあれだよね!あごクイってやつだ!


お姉さんの瞳は髪と一緒で赤橙に燃えている。お目目もまつ毛もぱっちりしてて綺麗な人だなー…


「君、行くとこ無いならうちにおいでよ」

「ほえー…えっ!?」

「うん!そうだね。それがいい!そうしよう!」


私がお姉さんをぼんやりと眺めていた間に、お姉さんは何かを納得したようだった。

一人で嬉しそうにうんうんと頷いている。


「安心して!ボクはさっき言ってた里の人間だから!それに君だけだとこの林を抜けられないだろうしね!」


いやまぁ、私としても行く宛が無くなっちゃったから願ったり叶ったりではあるけれど…

なんだか圧を感じる。逃がさないようにしてるような、そんな圧を。

めっちゃ肩掴んでこっち見てくるし…


「そ、それじゃあ…お願いします?」


私はお姉さんの熱い視線から目をそらしながらこくりと頷いた。

まぁ、このままこの林を歩いてても埒が明かなそうだし…


「それじゃあちょいと失礼するよ!」

「え?それってどういう___うげッ!?」


さっきまで至近距離にいたはずのお姉さんの姿がほんの瞬きの間に消えて、私の首にストンとした衝撃が走る。

ま、まさか!これは噂の首トンってやつ……では___


「ごめんね、外の人をそのまま里には連れて行けないから…」


お姉さんに申し訳なさそうな声で囁かれながら、私はまるで眠りに落ちるみたいに気絶するのであった。



がくっ






「____おいおい、変な格好だなコイツ。ホントにモミジの遠縁か?」

「はてさて。でも悪い人ではなさそうですよ」

「すやすやだねえ」


うーん騒がしい…

私は周囲の人の気配で覚醒した。

近くに人がいると安心して眠れないんだよね、私。


「ん、んん~…」

「あら、起きそうですよ」

「やべっ!隠れるぞっ!」

「いっそげー!」


私がわざとらしく身を捩って瞼を開けると、周囲の人たちはどこかに行ったようだった。

起き上がって周りを見渡しても誰もいない。


…いや、今の速度で影も形もないってどゆこと?


私はぼんやりした頭で現状を整理する。


「えーっと?私は確か林でお化けの鎧に追いかけられて、それで…」

「やぁ!起きたんだね!」


私が記憶を思い起こしていると、突然横から声を掛けられる。

そっちを見れば、いつのまにか人が柱にもたれかかっていた。


あの時、林で出会った赤い髪のお姉さんだ。


…さっきまでそこには誰もいませんでしたよね?

なんなの?ここにはニンジャしか居ないの?ニンジャの里なの?


と、私が益体のないことを考えていると、


「いやぁ〜元気になってよかったよぉ~~!」


と言ってお姉さんが物凄い勢いで抱きついてきた。

うわうわ?!なになに!?

お姉さんのナイスバデーが私の顔に押し付けられる。


「話、合わせて」「えっ…」


頭の上からお姉さんが囁く。


「どうだい?ここで快気がてらボクと散歩でも!」

「あ…う、うん!そうだね!行こう行こう!」

「いよーし!実はいい場所を知ってるんだよね!このボクが案内してあげよう!」


お姉さんはそう言うと、私を軽々とお姫様だっこしてくれる。

私がほんの少しの気恥ずかしさを感じるや否や、突然景色が変わった。


「はえ!?」

「ごめんね!ちょっと揺れるよ!」


私は一瞬で外に出ていた。そしてそのままお姉さんは屋根を飛び越えながら移動している。

それもものすごいスピードで。


「あばばば…!」


里を飛び出し木々の上を駆け抜け、大きな川の上を走って断崖を垂直に登る。

その果てに崖から数十メートルは離れているであろう対岸の丘へとお姉さんは躊躇いもなく飛び上がった!


およそ常人には不可能な道のりを経て、私は小高い丘の上にある大きな岩の麓に下ろされた。


「いやぁごめんね。あそこだとみんなに見られてて詳しい話ができなかったからさ」

「い、いえいえ…」


す、すごい体験だった…ジェットコースターなんか目じゃないほどのスリルと臨場感。

あまりの勢いにちょっとまだ頭がふらついてるもん。


「起きがけに慌ただしくってごめんよ。久方振りの御客人ってことでみんな浮足立ってるんだ」

「あ、いや!私の方こそ助けていただいてありがとうございますっていうか…」

「紹介がまだだったね。ボクはモミジ!そしてようこそ!我らが『和賀』の里へ!」


お姉さんが嬉しそうに腕を広げる。

その後ろには、私たちがさっきまでいた里の長閑な風景が視界いっぱいに広がっていた。


「おぉー!」


里には藁葺きの家が立ち並んでいて、ところどころから煙が上がっている。

なんというか、昔話に語られるザ・里って感じだ。

初めて来たはずなのにどこか懐かしささえ感じる。


「歓迎するよ!えーっと…」

「あ、私の名前は綾小路実秋です。実りの秋と書いて実秋」

「あやのこうじ…ふむ、聞いたことない性だけど、名字があるってことは結構高貴な出なのかな?」

「あっ!?いやぁ~…えっとぉ~…」


まずった!そうなんだ!?

どうする?!…いっそのことぶっちゃけちゃうか?

別に隠すような事でもないし…


私がわたわたしていると、それを見たモミジさんが笑い出す。


「アハハ!安心して、詮索はしないよ。重要なのは君がこれからどうしたいかだしね」

「どう…したいか?」

「ああ。このままこの里に留まるのか、どこか別の村にでも行くのか。…もちろん放り出したりなんかしないよ。どこか行きたい場所があるならそこまで送っていってあげるし」


や、優しすぎる!至れり尽くせりじゃん!

捨てるガマ殿あれば拾うモミジさんあり、か…差し引きはあってるね。

…よし、一人で悩んでてもしょうがないし、お言葉に甘えてモミジさんに頼っちゃおう。



正直なところ、他に私の取れる選択はない。



藁にもすがる思いというか、とりあえず掴んだ藁が太そうだからいっそのこと身を預けちゃおうという魂胆だ。


私はモミジさんにこれまでの一切をぶっちゃけることにした。



「あのう…実は私かくかくしかじかで…」

「えぇ!?まるまるうまうまなの?!」



私が放った胡乱な言葉にモミジさんはノってきてくれる。

案外ノリいいな、この人。



□◇斯々然々(かくかくしかじか)◇□



「___へぇ、こことは違う世界かぁ。それはまた凄い話だね」


モミジさんは私の話を案外すんなりと受け入れてくれた。


「事主さまの気まぐれだろうか…いやはや君も厄介なことに巻き込まれたもんだねぇ」


今のはちょっと何言ってるかわかんないけれども。

そういや出会った時もそんなこと言ってたっけか。くノ一のインパクトで忘れてたよ。


「それで、改めてこれからどうするかなんですけど、行く宛てもないのでここで厄介にならせていただきたいっていうか…もちろん下働きでもなんでもやりますんで!」

「おお!」 


某神隠しのここで働かせて下さい!ってやつだ。

元の世界に帰る方法を探すにしても、基盤は整えておかないとね。



とりあえず当面の目標は奴妻さんとの合流だ。その為にも私はこの世界に馴染んでいく必要がある。



と、私が決意を新たにしていると…


「相分かった!ならばこのボクが責任を持って実秋を立派な『忍者』にしてあげようじゃないか!」

「え"っ!?」


あ、あれ?なんだか思ってた反応と違うぞ?

なんで私が忍者になる話になってる?


「いや、あの〜別に忍者になりたいってわけじゃなくてですね…」

「うんうん!そう心配しなくとも大丈夫!ボクにドンと任せておきなよ!」


モミジさんは感激したように頷きながら私の話を全く聞いてない。

な、なんかデジャヴを感じる…!具体的には首トンをされる前に感じたあの圧を。


「よし!さっそく戻ってみんなに君を紹介しようじゃないか!」

「え、えぇぇ〜…?」


モミジさんは言うが早いか、私を再び抱え上げて空へと飛び出した。



(いや、ただの下働きでいいんだけど〜!?)



私の心の叫びは立体アスレチックコースの物理的な勢いにかき消されていったのだった。




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