3、部員獲得への道
翌日放課後。高校入学三日目が終わり、なんとも感じたことのない疲労が俺と花桜梨を襲っていた。
勉強の進むスピードは早いし、特別教室の移動には慣れないし、クラスメイトの名前は大分覚えてきたが、各教科担任の名前は未だに覚えられない。
だというのに、俺達の本番は放課後の今にある。
さっそく天文部の活動場所である地学室にやってきた俺と花桜梨。
だらだらと机に突っ伏しながら、今日一日の文句を垂れ流す。
「国語の授業眠すぎ……優しい先生なのはすごく有難いんだけど、私寝ちゃうかと思った……」
「わかる!なんか声も優しいんだよなぁ。教科書を読む速度とか声とか、眠りを誘っているとしか思えん」
いかんいかん、「疲れたねぇ」なんて言いながらだらだらと過ごしている暇はないのだ。
俺達には時間がない。今月末に行われる部活動総会までに天文部を再設立しなくては、部費が下りないのだった。
「よっし!作戦会議しよう」
「作戦会議?」
「部員をどう獲得するかって会議」
「あー……」
花桜梨はすっかり疲れ切っているのか、いつもの覇気がなく適当な返事を寄越してくる。
「俺、昨日少し家で考えてみたんだ」
「え?夏月、考えてきたの?すごいじゃん」
「俺、褒められるハードル低くね?アイデアも出してないのに、考えただけで褒めてもらえるの?」
「だって、夏月って考えたりしないでしょ?考えるよりもすぐ行動するし」
「それって褒めてる?」
「褒めてる褒めてる」
手をひらひらと動かした花桜梨に、やはりいつもの切れはなかった。
「で?どうするんだって?」
「まず、ポスターを作って、天文部があることを認知させようと思う。そのポスターには観測会の予定を記載して、目立つ掲示板に掲示する。購買部の前と、自販機の前とかがいいかな。そんで観測会に来た生徒をぐいぐい勧誘する。それがだめなら、勧誘のビラくばりとか、もっと目立つことも考えなきゃだな」
俺の話に、花桜梨は驚いたように目を丸くしていた。
「なんだよ?」
「夏月、本当に考えてきてる……!すごい!偉いじゃん!」
俺の頭をがしがしと容赦なく撫でる、いやこれはもはや摩擦によって毛根を殺そうとしている?、花桜梨の手をさっと払う。
「当然だろ、このままじゃ天文部なくなっちゃうんだから」
「こだわるね、天文部」
それはそうだ。あの時俺は、やっと自分の夢を見つけられそうな気がしたんだ。
なんでも適当にやればまぁそれなりにできた俺にとって、好きなものものめり込むものもなくて、やっと、やっと興味の持てるようなものが見つかったと思ったんだ。
天文部でならきっと、それが明確になると思っていた。それなのに……。
「ぜってー部員三人集める!」
「おお、すごい気合いだ」
俺は花桜梨にずいっと顔を寄せると、彼女の手を取った。
「ちょ!?急になに!?」
「花桜梨、お前にお願いがある」
「え、お、お願い?」
「ポスターを作ってくれ」
俺の切なる願いに、花桜梨は心底軽蔑したかのような表情を浮かべる。
「なんで私が?」
「花桜梨にしか頼めないんだ、頼む!」
「そりゃそうでしょ、夏月以外に私しか部員いないんだから。で、どうして私?夏月が書けばいいじゃない」
「いやぁ、だって俺、字汚いしぃ……、花桜梨は字も綺麗で、絵も描くの得意だろ?絶対みんな見てくれるって思って!」
そういうと花桜梨は、少し頬を赤らめながら。
「まぁ?そこまで言うなら、書いてあげないこともないけど?」
とごにょごにょ言っている。
おいおいちょろすぎるぞ、俺の幼馴染。頼んでおいてなんだが、そんなちょろさで大丈夫か?俺は不安になってきたぞ。
「で、観測会の日時は決まってるの?」
「んー、そうだな……」
俺はスマホを取り出して、天気アプリを起動する。
今日は四月九日木曜日だ。
早くて明日ポスターを掲示するとして、来週の金曜日の放課後くらいがいいだろうか。
「来週の金曜日、十七日の午後七時からにしよう。会場は屋上だが、集合は地学室で」
春の午後七時はまだまだ明るいかもしれないが、まぁ、いいだろう。
「わかった。観測会、人集まるといいね」
「だな」
「ポスター作ってくるから、今度なにか奢ってよね」
「わかってる。最高額パフェまでな」
「ん!」
そうして翌日放課後。花桜梨はさっそくポスターを作ってきてくれた。
「すご!五枚も書いてきたのかよ……」
「だって主要な掲示板は五つくらいあるでしょ?昇降口、購買の前、自販機の前、あとは二階と四階の渡り廊下前の掲示板」
「花桜梨さま、ありがたやっ」
俺が手を合わせて頭を下げると、花桜梨は嬉しそうにふふんとどや顔を見せた。
「さ!手分けして貼っちゃいましょ!お昼休みに生徒会のハンコはもらってあるから、掲示の許可は取ってあるよ」
ポスターの右下を見ると、確かに津沼高校生徒会の承認スタンプが押されていた。
「用意周到すぎないか?」
「ふふんっ!どんどん褒めて崇めて!」
「さては花桜梨、結構天文部楽しみにしてるだろ?」
「べ、別にそういうわけじゃないしっ!」
今日もツンデレ絶好調の幼馴染と手分けして、俺達は各所の掲示板に勧誘ポスターを張りに行った。
「しかし、本当によく書けてるなぁ……」
花桜梨の書いた天文部の勧誘ポスターは、来たれ!天文部!という大見出しと望遠鏡を覗く女の子が描かれており、その横に観測会の日時が目立つように大きく記載されていた。
可愛らしいイラストと字体に、花桜梨もなんだかんだ楽しく書いてくれたんだろうなぁ、と俺は嬉しくなる。
せっかく書いてもらったポスターを、他の掲示物に負けないくらい目立つ中央に貼り、俺は次に自動販売機前の掲示板までやって来る。
一枚一枚イラストやテイストが違うポスターを大事に貼っていると、なにやら騒がしい声が聞こえてきた。
なにか小さな悲鳴のような声が聞こえて、俺は自販機のある掲示板から外通路へと顔を出す。
すると。
「やぁっ!やめてっ!」
女の子の声が聞こえて、俺はなにも考えずに声の方へと走った。