2、楽しい高校生活、もう終了?
入学式の翌日。
少しずつ授業が始まり、放課後は体育館で各部活動による、部活動紹介及び勧誘会が行われた。
体育館の狭いステージで各部活が新入生勧誘のためにパフォーマンスをするものだ。
サッカー部やバスケ部なんかのボールを使う部活動のパフォーマンスは、間違ってこちらにボールが飛んでくるのではないかと冷や冷やした。
吹奏楽部やオーケストラ部の演奏は明るく楽しそうで、文芸部や華道部なんかの大人しそうな部活も、それなりにみな真面目に取り組み、コンテストや部誌の発行なんかで楽しく取り組んでいることが伝わってきた。
俺含め、新入生がキラキラした瞳で先輩方のパフォーマンスを見守っていたのだが、待てども待てども、俺の入りたい天文部の活動の紹介はなく、ついぞや部活動勧誘会は終わってしまった。
「あれ……?」
俺は首を捻る。
俺はこの津沼高校の天文部に入部するため受験し、入学したのである。
しかし、勧誘会に天文部の紹介はなかった。
「そうか、天文部だもんな。きっと夜の観測会の準備のために、この時間は寝てるんだ!」
天体観測を主な活動目的とするであろう天文部が、体育館で紹介できるものなど基本的にないように思う。
参加していない部活動もいくつかあるようだし、きっとそうに違いないと俺は一人で納得した。
しかし。
「そんなわけないでしょ」
と例のごとく花桜梨からツッコミが入る。
「パンフレットよく見てよ」
花桜梨に差し出された新入生歓迎部活紹介、と書かれたパンフレットには、この学校の全ての部活動が明記されていた。
「天、天、天、天、天文部……。あれ?ないな?」
部活動の名前がずらっと並んだ表を見ても、天文部、の部活名はどこにもなかった。
もしかして地学部とか、宇宙部とかそういう名前に変わったのかも?と思うも、そんな部活動すらなく、俺は更に首を捻った。
「おかしいな……、パンフレットにも名前載せ忘れちゃったのか?」
今度は花桜梨からぽこっと軽い手刀をお見舞いされる。
「夏月、現実を見て。天文部は存在しないわ」
「なん、だと……?」
花桜梨の言葉に、座っていたパイプ椅子から転げ落ちそうになる俺。
新入生はさっそく続々と席を立っており、皆意気揚々と希望の部活動へと見学に行くようである。
その中で俺と花桜梨だけが取り残され、真剣な表情で向かいあっていた。
「そんな……はずは……。確かに去年の文化祭にも出店していたし、高校のホームページにも載っていたんだぞ?」
中学三年生の時、俺はこの高校の文化祭を訪れていた。
夏の学校見学にももちろん参加していたのだが、九月の中旬に行われた文化祭にも参加したのだ。
そのとき、俺は天文部を見つけた。
地学室で一人、手作りのプラネタリウムを投影し、九月に見える星空を解説してくれた、女子の先輩。
声が落ち着いていて、星が好きなんだって気持ちも伝わってくる、素敵なプラネタリウムの上映時間だった。
いいな、高校ってこんなふうに自分の好きを追求した部活ができるんだって、当時の俺は目を輝かせて小さな世界の星々に魅入っていた。
その文化祭での出来事がきっかけで、普段何気なく眺めていた星々に興味を持って、受験勉強そっちのけで星の知識ばかり頭に叩き込んでた。
だからこの高校に入学したら、絶対天文部に入ると決めていた。
だというのに……、天文部が存在しないだと!?
俺の夢見る青春は、天文部でしか為し得ない。部員と夜遅くまで喋りながら星を見上げ、ああこの時期はあの星座が綺麗に見えるねだとか、夜は少し冷える屋上で温かい飲み物を飲みながらブランケットに包まったりだとか。
そういうことを日々妄想して過ごしていたわけだ。
それが、天文部がない、なんて話、許してなるものか!
俺は勢いよく立ち上がると、急いで体育館を出て行く。
「ちょっと夏月?どこ行くの!」
「職員室!先生に天文部のこと訊いてくる!」
それが一番手っ取り早い。なにせ俺達一年A組の担任は、地学担当の教諭だ。何か知っていることがあるかもしれない。
「あー、天文部なぁ。あったよ、去年まで」
無精髭を生やした、いかにもやる気のなさそうな担任、及び地学教諭の加瀬は、俺の質問にもだらっと返答した。
「去年まで?」
「ああ、今年廃部になったんだ」
「廃、部……?」
加瀬の言葉に、文字通り俺も灰になる。
「部員がいなくてな。去年は女子生徒が一人いたんだが、その生徒も兼部してたから、もう一つの部活に行っちゃってなぁ。そもそもこの三年間、部員が五人に満たなくて、廃部になる予定だったんだよ」
「そん……な……」
俺はガクッと膝から崩れ落ちる。
「俺は、俺はなんのためにこんなド田舎高校に進学したというんだ……!?」
「お?うちの高校の悪口か?」
「加瀬!先生!」
「加瀬先生な、入学二日目で呼び捨てって、礼儀知らずだなぁ……」
「先生、なんとか天文部の廃部を取りやめてもらえませんか!?この通りです!」
俺は加瀬の足元で盛大に土下座する。
花桜梨が隣で「うわっ」と小さくドン引きの声を上げる。
「そうは言ってもなぁ、天文部希望はお前ら二人だけだろ?部活は五人いないと成り立たないんだ」
「そこをなんとか!!」
「え?私も頭数に入ってるの?」
花桜梨の疑問は無視し、俺は地面にめり込むほどに頭を下げる。
「まぁ、部員が五人集まれば問題ないと思うが」
加瀬の言葉に、俺は顔を上げる。
「五人集めればいいんですね?」
「まぁ、そうだな」
「よっしゃ!わかりました!五人集めます!」
俺が勢いよく立ち上がると、加瀬は目を丸くしながら俺に尋ねる。
「そんなに天文部がいいのか」
「はい!俺、ここの天文部に入りたくてこの学校に入学したんで!」
「そうか」
素っ気ない態度ではあるが、加瀬はなんとなく嬉しそうに顔を綻ばせた。
「まぁ、俺も地学教諭だ。天文に興味を持ってもらえるのは嬉しい。以前も顧問をしていたんだが、部活として再始動するなら、俺が顧問になろう」
「ありがとうございます!」
「部員集め、頑張れ。一月後の部活動総会までに設立できれば、部費もおりるかもしれないぞ」
「部費……?」
「学校で天体観測する分にはなんの問題もないが、もしどこかに遠征したりして観測するなら、部費が下りるに越したことはないからな」
「なるほど!了解っす」
「失礼しました!」
俺と花桜梨は職員室をあとにする。
「廃部の危機に瀕する天文部を再始動させるための部員集め、か……。いよいよ青春っぽくなってきたな……!」
「入学早々入りたい部活が廃部になってたって、そんなに青春感ある?」
「ったくいちいち冷静にツッコミ入れるなっつの。さて、あと三人か……どう集めたもんか……」
「ていうか私まで天文部員としてカウントされてるの?私、入るなんて一言も言ってないんだけど?」
「入るだろ?花桜梨も」
「は?なんで」
「俺は花桜梨と一緒にいると楽しい!んで、花桜梨もなんだかんだ俺と一緒にいるのが楽しい。だったら一緒に部活しようぜ、な?」
俺の言葉に、花桜梨は呆れたように浅くため息をついた。
「ほんと、夏月のそのポジティブ思考すごいよね。どうしたらそこまでポジティブに考えられるの?」
「人生は一度きりしかないんだ。だったらなんでも楽しく受け止めて過ごしたほうがいいだろ?」
「まぁ、そうかもだけど」
「だから花桜梨も一緒に天文部に入ってくれ」
花桜梨は「仕方ないな……」と言うと、渋々了承してくれた。
「ありがとな!花桜梨」
「まぁ、別に特に部活決めてなかったし……」
うんうん、今日もツンデレさんは健在なわけだ。
と、花桜梨が正式にOKしてくれたわけだが、部員はあと三人必要だ。どう集めたものだろうか。
「よし!ひとまずファミレス行くか!」
「え?」
「なんか腹減ったし、腹減ってると頭回らないからさ」
「夏月ってほんと自由だよね」
そういうわけで、俺達は高校に入って初めて二人で放課後デートをした。
別に俺と花桜梨は付き合っているわけではないが、なんとなく放課後デートという言葉が使いたかっただけである。
その日は期間限定抹茶白玉パフェに目がくらんで、天文部の今後の勧誘活動について話すのを忘れ、帰路に就いたのであった。