第九話 進捗する若者たちの活動
2025年、三月。
大学を卒業した鉄平は関東から大阪に戻ってきて、会社を立ち上げた。表向きは「なんでも屋、総合雑務依頼所」だが、山伏修行帰りで異能の紫色の目をもつ竹丸が怪奇現象の解決を請け負う。
鉄平は多岐にわたる事例から社会問題のサンプルを集めるにはどうすればよいかを熟考した末、「誰かを手伝う仕事」を思いついた。「なんでもあなたのお困りごとを解決します」と看板を出せば、どんな依頼が来るかによって社会が見えてくる。
小さな「困りごと」にこそ、時代が凝縮されている。
「おまえ、ほんと計算通りに生きられるのがすごいよなぁ」
竹丸が言った。レザーのアイパッチを外してビルの前を凝視する。肩の重さ、気分の重さが消えた。鉄平には見えないけれど、竹丸が確実に霊を目で祓ったとわかる。
大阪・天王寺、駅近の裏路地にある古い事故物件のビルを、鉄平は学生時代に出版した『本当は怖い民俗学』の印税と、コロナ禍に始めたVtuberチャンネル『オカルトネコちゃん』で得た収入を合わせて現金一括で購入した。
竹丸に除霊してもらい、士郎に土地と建物を清める修祓式を行ってもらった。
薄汚れたコンクリートの外装はクリーム色に塗り替えられ、黄色がベースカラーの「なんでも家 虎猫本舗」の看板が電車から見える位置に掲げられた。岡崎真琴に依頼して描いてもらった茶虎の猫のキャラクターが、笑顔で「なんでも困ったことあったら相談してや」と吹き出しで言っている。
さて、何が来るだろう。
「そりゃ、僕は計算して生きてるからな。民俗学者やけど理系やし。さて、運ぶでー」
鉄平は言い、黒いN-BOXからパソコンの機材を出してキャリーカートに積む。マッチョの竹丸が荷物を次々とビルへ運んでいく。筋肉って便利やな、自分にはいらんけど、と鉄平は思う。
士郎と真琴に恋をしていつもソワソワしていた竹丸は、いまや落ち着いた青年の横顔になっていた。体も大きくなり、顔も男前になり、霊力も上がった。山伏修行はすごい。
竹丸はビルの二階を居住地に改装した。夜間相談員にもなれて家賃も浮く。天王寺は交通も便利で栄えていて、面白いと気に入ったようだ。
虎猫本舗ビルは、四階が事務所、三階が鉄平の呪物および民俗資料コレクション倉庫、二階が竹丸の居住スペース、一階がVtuberスタジオと作業所だ。
客を迎える事務所はこざっぱりしており、かつてのうらぶれた廃ビルの影はない。黄色のソファーや飾り彫りのある木製の衝立に、日当たりの良いところに置かれたフィカスは大きなハートの葉っぱをツヤツヤと光らせている。
竹丸がベージュのブラインドを開けて、窓を開けた。
「まさか、大阪で活動することになるとはなぁ……。まあ、ここで鉄平も頑張ったし、俺も少しは成長できたと思うしさぁ。頑張るよ。真琴さんと士郎さん、あの二人とは縁を持ち続けたい。しかし、あの二人が光さんの家で一つ屋根の下か。はっ、うらやましいっ! でも、俺はここでやることあるし……」
竹丸のひとりごとの言葉を聞き流して、鉄平はさっそく入った仕事の依頼者とLINEで打ち合わせを始める。
「もう運ぶの、これだけ? 俺、ジム行きたい」
「ああ、いいよ。竹丸、お疲れー」
「ういっす」
竹丸が答えて肩を回しながら、去っていく。挙動の落ち着きのなさは相変わらずだ。
士郎は「玲神社」のある南大阪・羽曳野市の静けさを気に入ったようだった。しかし、東京での都会生活をエンジョイしていた真琴まで玲神社に住むと決めたのは意外だった。秘密結社「零」の本部だから、という合理的な考えと、士郎と一緒にいられるという欲が合致したから――そう思うのは真琴に対して失礼なので、口にはしない。
「社長さーんっ、仕事、終わってきました!」
ドアを勢いよく開けて、理枝が入ってきた。
理枝は清掃班として虎猫本舗の職員になった。これから需要が増すエアコン掃除の技術も身につけた彼女には、さっそく格安のエアコン掃除の仕事が入っていた。
「エアコンはラクショーや。汚れの種類が少ない。埃とか、コンロに近い場所やと油汚れとか。人間の死体が出す汚れに比べたら、シンプルやわ」
「お疲れさん。そういう話、あんま人にせん方がええで。顧客の前ではやめてな」
鉄平はきつく言う。
「ハイ、社長、気をつけます」
理枝がキリッとした顔で言う。本当だろうか。清掃の仕事はバリバリできるが、なんでもペラペラ喋ってしまうのが難点だ。
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世界を救うには、まず情報を集めること。
こうして「なんでも家 虎猫本舗」は始まった。
世界終末を救済する計画を、若者たちは着実に進めていく。