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第八話 救済の親子、しばしの別れ

 輝は八歳から自分のベッドで寝るようになり、一緒に寝てくれなくなった。その輝が、今は隣の布団で寝ている。十二歳で母親の身長を越すほど大きくなったが、寝顔はまだまだ子どもだ。

 母親が人間ではない、不完全な生き物だと察してか、輝は手のかからない子だった。勉強しなさいと言わなくても、宿題は欠かさずやって、全教科八十点越えの秀才だった。


「オカン、三原則世界にジャージはあかんよなぁ。この素材、きっと向こうの世界にはない」


 朝起きて、寝巻きのまま輝は服を選んでいた。輝はいつもアディダスのジャージを着ている。理枝はしまむらで買ったジャージを着ている。


「せやな、白いシャツとズボンがええな」


 理枝が言うと、輝は着替えた。理枝は顔を洗い、自分の顔を見る。よく眠れなくて、目の下にクマができている。泣いたらダメだと、自分に言い聞かせる。


 早朝、輝と手をつないで神社に向かった。手をつないで歩いてくれるなんて、久しぶりだった。


「オカン、あつ森の限定グッズ出たら買っといてな」

「オカン、ちゃんと人間のフリしぃや」

「ゴミは出してや。帰ってきたらゴミ屋敷やったら怒るで」


 輝はよく喋った。うん、うんと理枝は頷く。


 神社の社に着くと、鉄平たちが来ていた。


「あ、えっと。お名前忘れました、ごめんなさい」


 輝が鉄平たちを見て謝った。


「そりゃ君、小さかったもんなぁ。大きくなったね、輝くん。僕は大野鉄平やで」


 鉄平が笑って言った。


「本当に大きくなったわね。紫の目のお姉ちゃん、岡崎真琴だよ」


 真琴が少し身を乗り出して自己紹介をした。


「初めまして、輝くん。僕は物部士郎です。よろしくね」


 白い着物に紫色の袴姿の、整った顔立ちの青年が言った。


「どうも、俺は紫の目のお兄ちゃん、竹丸雅也だよ。君、歳いくつ?」


 レザーの眼帯を外した竹丸は体格がよく、黒スーツが窮屈そうに見えた。短髪のツーブロックで、凛々しい顔をしている。


「僕は田中輝です。十二歳」


 輝はペコリと頭を下げて、竹丸の方に向かって行った。


「お兄さんも紫色の目だ。すごいムキムキだね、鍛えてるんですか? ジムは毎日行ってるんですか?」


 輝が目を輝かせて、竹丸に質問する。


「そりゃどうも。俺、まあジム行ってるけど、お兄さんがムキムキになったのは、山伏修行であらゆる難所の修験道を越えてきたからだ」


 竹丸が上着を脱ぎ、袖をまくって腕の筋肉を見せた。


「すごーい。僕もそれしたら、ムキムキになれますか?」


 理枝は輝の耳をふさいだ。


「オカン、何すんねん」


 輝が手をどかせる。


「やめとき。あんたはムキムキにならんでええねん」


 理枝はぐっと奥歯を噛み締めて言う。


「えー、ムキムキなったらカッコええやん。僕、龍倒したらムキムキになってるかもな。じゃあ、そろそろ行こうや、オカン」


 輝が理枝の手を握って言う。


「では、僕は三原則世界に行ってきます。またみんなには会えると思います。その時はよろしくお願いします。光ちゃん、ご飯ちゃんと食べや」


 輝は光の頭を撫でていった。光はこくり、と頷く。


 理枝は水槽の下にある地下への扉を開けた。輝とパイプを通ると光に包まれ、気がつくと石畳の道に立っていた。人々が行き交う通りに突然現れた理枝と輝に、誰も驚かない。魔術師がこうして突然、道に現れるからだろう。

 空は青く、空気が澄んでいるように感じられた。ここは現実世界と違う。ファンタジー映画の中に来たみたいだ。


「こっちでの僕の名前は、ライモ、だね。ライモ。変な名前、慣れるまで時間かかりそう。えーっと、こっちだ。僕が入りたいサーカス団は」


 輝――いや、ライモは理枝の手を引いて、街外れの白いテントに来た。ライモはテントの前に立っている道化師に声をかけて、何やら話している。


「あんた、こっちの言葉、話せるん?」


「うん。だって僕、こっちで生まれるし。不思議と三原則世界に繋がってるモニター見てたら覚えた。海外ドラマで語学勉強した感じ」


「あんたはほんま、頭ええなぁ」


 理枝はライモの頭を撫でた。


 ライモは持ってきたぬいぐるみを巨大化させて動かし、さらに白い鳩を羽ばたかせ、白いテントの周りに花を咲かせて団長を驚かせた。


「よしっ、採用だ。君は顔も可愛いし、きっと人気者になれるだろう」


 太っちょの団長が言った。


「オカン、無事に受かったで! 僕、頑張るな。オカンも頑張りや。それでな、それで…………絶対に、迎えにきてや!」


 ライモが涙を流して理枝に抱きついてきた。

 理枝は力いっぱいライモを抱きしめた。


「うん、約束する。がんばろう、がんばろう、な」


 理枝も泣いた。けれど涙を袖で拭き、ライモに笑顔を見せた。


「あんたはうちの、大事な息子や。愛してるで。絶対にオカンは世界を救う」


 ライモは泣きながらも、笑って頷いた。


 ライモに背を向けて、理枝は走り出した。

 絶対に、絶対に、絶対に。


 現実世界に戻った時、もう夕方だった。

 社には誰もいない。暁のなか、理枝は声を張り上げて泣いた。

 

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