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第四話 2018年エラー龍

 理枝は輝が三歳になると、特殊清掃の仕事を始めた。

 嗅覚がなく、力持ちの理枝にとっては、どんな悪臭も耐えられ、物もてきぱきと運び出すことができた。そして、そこで亡くなった人の霊を祓うこともできて、完璧な清掃を成し遂げた。


 神社の近くに古い平家を買って、理枝は広い庭に近所の子たちを集めて遊ばせた。お隣さんとは家族同然に仲良くなり、輝は地域の人たちに可愛がられた。

 そのコミュニケーション能力に、光たちは驚かされた。


「人間の光より、合成生物の方が人間らしい」


 麻里の言葉に、光はぐうの音も出なかった。


 輝はすくすくと成長した。

 輝が好きな食べ物は「うさぎりんご」。三歳からうさぎりんごが好きで、特にりんごの皮を好んで食べた。


「変わった子やな」


 理枝は笑いながら、むいたりんごの皮を手でつかんで食べようとする輝に、小さく切った皮をフォークで食べさせた。


 輝はおとなしく賢い子で、何をやらせてもすぐにこなした。保育園のお遊戯会ではいつも真ん中でまっすぐ立って歌い、踊りもうまい。絵本が好きで、小学生になると児童書に夢中になった。運動神経もよく、運動会のリレーではアンカーを務めた。


 輝には、霊感も魔力もあった。その力をなんとか制御していたが、感情が昂ると宙に浮いてしまったり、手のひらから水が出てしまうことがあった。

 そして、怨霊は視えるが祓うことはできなかったので、怖がっていた。


「僕はなんで他の子とは違うん? よく顔のことも言われる。日本人やなくてハーフって言われる。僕のお父さんって誰?」


 輝が十歳になったとき、深刻な顔で理枝に尋ねてきた。

 理枝は、丁寧に輝が生まれた経緯を、子供にもわかりやすく話した。輝はノートにメモを取り、理枝の言ったことを一つ一つ確認した。


「おじいちゃんは、歩久春夢王子って変な名前のアイドルやったんや…………音楽番組の過去のアイドル特集で見た。あれがおじいちゃんやなんて」


 輝はそこにまずショックを受けていた。

 しかし、理枝が買っておいた歩久春夢王子のBlu-rayには「キラキラすぎるねん」「天使の翼でワイヤーで空飛ぶとかベタやな」「歯が浮く、僕もう乳歯ないのに甘くて歯が抜ける」とツッコミを入れながら、夢中になって観ていた。


 歩久春夢王子、本名は吉田正春。

 かつて九十年代を制覇したアイドルで、ポップソングにロックのビートを忍ばせた音楽に詩的な歌詞。長い足でターンとステップを踏み、ファンサがとにかく甘かった。口癖は「僕のプリンセス&プリンスたち、みんなハッピー、ラッキー、チョー素敵!」

 正統派な美形で長身スタイル、わかりやすいキャラクター性とキレのあるパフォーマンスで、日本の音楽界に名を残した。


 ゴッドマザーと偶然出会い、恋に落ちてしまった男である。

 理枝も、この男が自分の父だとは信じられなかった。

 夢王子は今は芸能界を引退して、児童養護施設を運営する慈善活動家であり、新聞で社会問題を語り、デモにも参加するアクティビストでもあった。


 理枝は児童養護施設に手紙を書いた。

 ゴッドマザーとの間にできた自分の話、そして孫にあたる輝の話。するとすぐに返信がきた。


「やぁ、なんて可愛い二人なんだ。君は…………おお、なんと。僕の愛したベイビーにそっくりだ」


 正春は輝を見て、目を潤ませた。

「ベイビー」とは、ゴッドマザーのことらしい。


 七十代の正春はカフェオレ色のスリーピースのスーツにハット、革靴がよく似合う、渋味をたたえた美老人になっていた。


「あの夜、僕は確かに世界の変化を感じたんだ。だから理枝の手紙のことをすぐに信じたよ。いやぁ、なんとも。我が子と孫って、かわいいね」


 正春は微笑んで言い、輝の頭を撫でた。

 輝は照れながら、正春の歌を歌って踊って見せた。その完璧なコピーに、正春は拍手をした。


「とても上手だね! 輝もアイドルになってみないかい?」


 正春が感動して言った。


「それ、めっちゃ言われるねんな。勝手にオーディションに書類送られたこともあって、断るの大変やねん。都会出たらすぐスカウトされるし。東京やなくて南大阪の田舎住みでよかったわ」


 理枝は愚痴った。輝は人が振り返って見るほどの美少年だ。

 日本人にはない色素の水色の大きな瞳に、人は惹きつけられてしまう。そのことを輝本人は嫌がって、いつもキャップを深く被るようになった。


「おじいちゃん、また遊びに来てな」


 正春にすっかり懐いた輝は、そう言った。


「僕、みんなと違うの当たり前やな。おじいちゃんがすごかったから」


 正春に会って、久しぶりに屈託なく笑う輝を見て、理枝はホッとした。


「生きづらいことがあっても、おかんはあんたの味方やからな」


 理枝は、ことあるごとにそう言って輝を励ました。


 ⸻


 2018年、五月。三原則世界で「エラー龍」が発生。

 魔物が現れて人々を襲い、さらに巨大な龍が三原則世界を滅ぼしかけた。すぐに光と麻理、竜也が対応したが、どうやらウィンドウズ99の限界がきたらしい。


 エラー龍と魔物は、ネットワークからきた異物の情報が形を持ってしまったものだった。さらに、光が水槽の水やりに使っていたじょうろが錆びていた。


 理枝も手伝いとして呼ばれ、工事が始まった。

 ウィンドウズ99と新しいパソコンをUSB-シリアル変換器で繋げた。これにより、三原則世界の様子が大きなディスプレイで見られるようになり、自動バックアップ用のメモリも追加された。


 さらに竜也が三原則世界専用の古いサーバーを持ってきて、ネットワーク管理と共有サーバーを立て、そこにウィンドウズ99を接続した。

 これによって状態監視、リモートコマンド実行、通信制御も可能になった。


「ああ、ここまで金がかかる物になるとはな」


 すべての設定を終えた竜也が寝転がって言う。


「そうやねん、あの……電気代、やばい」


 光はつぶやいた。

 水槽の下にあるパイプ工事を終えた理枝が、社の軒下から出てきた。いつの間にか輝が来ていて、じっとディスプレイを見つめていた。


「おかん、龍を倒してみんなを助けて」


 輝が理枝を上目遣いで見て、頼んだ。


「そうか、その案があったか。さすが輝、賢い。そうだ、理枝。エラーを倒してきて。ゴッドマザーも大天使も、古いパソコンの中で消え去ってしまった」


 麻里にも頼まれて、「うん」と理枝は即答した。

 汚れた作業着のまま水槽の前に立つと、その姿は吸い込まれていった。モニターには、作業着で戦う理枝の姿が映った。

 剣を持って龍に斬りかかり、龍の角の間を刺して、あっという間に倒した。

 理枝は近くにいた兵士に剣を持たせ、麻里が「勇者が倒した」と記録を書き換えた。


「おかん、すごいやん!」


 輝が笑顔で言い、その場で疲れていた大人たちは癒された。

 

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