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三原則世界

 それは2006年のことだった。

 ウインドウズ99と水槽を繋げて、人工世界を作ろう。

 もしも人類が滅亡したあとの、ノアの箱舟計画。

 そう言い出したのは、村田滋だ。

 彼は錬金術や魔術の世界に魅せられており、突拍子もない発言が多かったが、能力は確かだった。


 それに乗ったのが花川智美だ。彼女は趣味でファンタジー小説を書いていた。さすがに理系メンバーはくだらないと言うかと思ったが、理工学部で好奇心旺盛な安竜也もやってみようと言い出し、さらにコンピューター専門学校に通っている麻理もパソコンの中で世界を作ってみたいと言い出した。


 北海道で農家をしている町田良樹が北海道の芳醇な土を水槽に敷き詰めようと言い出し、じゃあ私は長野の水を持って行くよとノリの良い柴田陽子が言い出した。


 こうして、二十代だったメンバーたちは夏の休暇に神社に集まって、三原則世界を作った。


 インターネットで繋がった「零」のメンバーだ。


 黄金比に設計し水槽の中に、砂利と土、水、空気と生物が生きられる環境を作った。


 そして麻理と竜也がウィンドウズ99に世界をプログラミングし、水槽に繋げた。

 バチッと音がして水槽の中が真っ暗になった。

 メンバーは水槽の中を覗き込んだ。

 金色の光がほとばしり、太陽が誕生した。

 白い白銀が太陽と重なり、金色のリングになった。


「まさか、一発でできた。すごい」


 感動して智美が言った。彼女が世界の脚本を二十万文字も書いてきたのだ。


 水槽の中が青色になった。

 白い翼の天使たちが現れて、青空に虹をかけた。

 天使たちは水槽を覗き込む世界の創設者たちに微笑みかけた。


「すごい、すごいよ」


「え、まじで?」


「智美、天使モチーフ好きだよね」


「えーちょっとぅ、感動なんだけど」


「この後、どうなるんだ」


 それぞれ感想を口々に言い合っていると、智美が水槽の中に涙をこぼした。すると水槽の中は大雨となって激しい風が吹いて天使たちはバラバラになった。天使たちは羽根を失い、まっすぐに落ちていく。


「あー、天使が!」


 智美が叫ぶ。

 竜也がウィンドウズ99の中の三原則世界のモニターを見ると、天使たちの外見も話す言葉もバラバラになっていた。そして一つだった大地がバラバラになった。

 それぞれ天使たちは似た外見同士、同じ言葉を話す者同士で暮らし始めた。


 そこに「ゴッドマザー」女神を介入させた。

 これは智美が書いてきた、この世界はゴッドマザーとゴッドファザーの間から生まれた、七人の大天使たちが世界を作ったという脚本だ。


 リーダーのガラ、ティーチャーのギラ、ドクターのグラ、オブサーバーのグク、デザイナーのオグ、エンターテイナーのアグ。

 それぞれが人間に文明を伝えて世界を構築した。

 現実世界の倍速で世界はコンピューターと水槽の中で展開されていった。


「まさか、成功するとは思わんかった」


 発案者の村田滋が一番驚いていた。


「土がよかったからだ」


 町田良樹が嬉しそうに言う。


「いや、水のおかげ」


 陽子が笑う。


「違う違う、私のプログラミングで作ったソフトのおかげ」


 麻理が負けじと主張する。


「それだよ、俺たちプログラマーの力あってこそだ」


 竜也も主張した。


「まぁまぁ、みんな頑張ったということで。で、これからはこの管理を光ちゃん、お願いねー」


 智美が両手を合わせて言った。


「プログラミングはネット介してできるから、水やってくれるだけでいいから」


 滋が言った。


 2006年、八月。人工生命の箱庭計画「三原則世界」が作られた。

 三原則とは、人権の尊重、平和、国民主権の大切な三つだ。このルールを原則とすれば人類は滅亡しないのではないか、と人類学を学んだ町田の見識で決まった。


 面倒臭いものを作ってくれたな。

 それが光の本音だが、それを言うとメンバーに怒られると思ってやめた。それぞれ世界を作って大阪からそれぞれ住む場所に戻った。

 メッセンジャーで三原則世界の様子について、週に一度話すのが習慣となった。


 人工生物が戦争をしそうになったら大天使たちが作った「平和連」が戦争を止めて、魔術師の暴走は魔術協会という組織が取り締まる。三原則世界の文明が進むにつれて、智美が新しく脚本を書いた。

 もし人類が滅びたら、水槽の下に設置したパイプから三原則世界の人々が出てくる、という工事までやった。


 黒檀の文机、ウィンドウズ99と水槽。

 光が持ち込んだ漫画と昼寝用の布団、社の中は神格とかけ離れていった。


 三原則世界では大天使たちは天の存在となり、ゴッドファザーは消滅した。

 誤算とは、だいたい足元からくるものだ。

 ゴッドマザーが、夫を失い悲しみからさまよっているうちに、水槽から出てきてしまった。


 深夜のことだった。

 光はぐっすり屋敷で眠っていた。


 神社に偶然訪れた男とゴッドマザーは出会い契りを交わしてしまった。社の防犯カメラにそのあられもない様子が写っており、その男が「有名人」であることから、光はパニックに陥った。

 しかし、隠してはおけない。

 メールで一斉送信すると、麻理から電話がかかってきた。


「パイプの工事、やり直し! あと、今後はちゃんとそういうエラーが出たら警告音鳴らすようにするから!」


 そしてすぐにメッセンジャーで会議が開かれた。


「やはりウィンドウズ99は限界がある。あの時は古いパソコンの方が適してたけど、もう動かなくなるかもな」

「再設定するのに時間がかかる。まずはバックアップを取らないと」

「でも人工生物とあのアイドル様が出会うとは」

「こういうときのために大天使七人を設定しているのに」


 この件でメンバーはちょっと揉めた。

 智美は「ロマンチック」と言ってメンバーに叱られた。


「とにかく光、管理をしっかりして」


 麻理にきつく注意された。


 いやそんなの予測できないよ、と光は不条理を感じた。


 そして、三原則世界でゴッドマザーはなんと人間と人工生物の間の子を産んだ。

 白くてふにゃふにゃして、口だけがありオギャアと鳴いている。不完全に生まれてきてしまった子は「かわいそうに」と涙ながらにゴッドマザーが三原則世界の海に流した。

 その子は海の中で人体となった。


 自分が捨てられたと世界を憎み、その子は「魔王ログ」と名乗って魔術で人々を襲うなど、三原則世界を混乱させたが、すぐに大天使に捕まった。しかしまたふにゃふにゃの体になって逃げ、火事や台風を起こしてはすぐにまた捕まえる。

 多大な損失はないが、魔王対応に開発者たちも疲れた。


 またしてもまた、災難は足元からやってくる。

 光が社で昼寝をしていると、ニュルッとしたものが足に触れた。それは人型となり「我は魔王ログ、全部、おまえたちのせいなんだ!」と叫んだ。

 目と鼻と口はあるが、髪の毛のない人形のような姿のログを見て光は震えた。


「ご、ごめん。おとなしくして」


 光はそれだけ言うと、ログが社から出ようとしたので、巻物を広げて結界を張った。ログは外に出られず、ジタバタとした。


 光は緊急で全員に電話をかけた。

 昼間でみんな仕事中だったが、結婚して専業主婦をしている智美が電話に出てくれた。智美と村田はいつの間にかカップルになって、結婚した。結婚式でずっと光はキラキラした世界が怖くて下を向いていた。


「あらまあ、大変やね。光ちゃんにその子は無理やろ。滋と私でなんとか面倒みて、更生させて三原則世界に戻そう」


 智美が言ってくれて、心底助かったと光は感謝した。

 魔王ログは奈良に住む智美と滋が引き取ってくれた。


 三ヶ月後、少女の姿をしたログがきた。


「今までごめんなさい。もう悪いことしません」


 ログが謝った。


「さ、三ヶ月ですごいね」


「うん、愛情たっぷりで育てた」


 智美と滋がにっこり笑う。

 智美は妊娠して大きなお腹をしていた。


 こうしてログが三原則世界に戻り、彼女の使う関西弁が世界に広まった。

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